―――翌日、早朝。荷物確認をして飲む物飲んで着替えて部屋を出て走って学校に向かう。校舎裏へ向かう。運動着に着替えて念入りに準備体操と柔軟体操をやって体を解す。アルトサックスの代わりになる物…体育館倉庫へ入りダンベルのプレートを外しバーにナットを付けて構える。長さも重量も物足りない気がするがないよりはマシだろう。校舎裏に戻りゴメハの練習をする。バーをもって口元に寄せて背筋を伸ばして視線は真っすぐに白線に合わせて行進練習する。延々と繰り返した。
「おはよう! 梓咲くん!」
梓咲「おはようございます。梓さん。」
梓「それ何持ってるの?」
梓咲「ダンベルのバーとナットです。何も持たないよりはマシかと思いまして。」
梓「持っていい?」
渡す。
梓「えっ⁉ これ持ってゴメハの練習してるの⁉ 疲れない⁉」
梓咲「大丈夫です。アルトサックスよりは軽いんじゃないですか?」
梓「あれはストラップで支えになってるから、これ持ち続ける方が大変だと思うけど…。」
梓咲「まあ…持った感じでは大差ないので大丈夫ですよ。それでは続けますね。」
梓「うん…。」
梓さんの視線が気になるが放っておいてひたすら歩いた。ふと疑問がよぎった。
梓咲「朝練って自主練ですか?」
梓「うん。 えっ⁉ 知らなかったの⁉」
梓咲「はい、通りで…人数少ないと思いました。楽器室は開いているんでしょうか。」
梓「うーん…熊田先生がいれば音楽室と楽器室の鍵借りられると思うけど。」
梓咲「ちょっと職員室へ行ってきます。」
走って職員室へ向かう。熊田先生は…いた。早歩きで歩み寄る。
梓咲「おはようございます。お疲れ様です。熊田先生、音楽室は開いてますか?」
熊田「うん、3年生の幹部が来てるから開いてるはずだよ。」
梓咲「ありがとうございます。行ってきます。」
走って音楽室へ向かった。扉を開ける。幹部の御三方がいた。
梓咲「おはようございます。部長、桃花先輩、南先輩。」
「「「おはよう。」」」
梓咲「アルトサックスをお借りしてゴメハの練習したいのですがよろしいでしょうか。」
翔子「いいんじゃない? いいよね?」
「「いいよ。」」
梓咲「ありがとうございます。失礼します。」
楽器室へ入る。昨日保管した場所の楽器ケースを取る。中身を確認する。確かにアルトサックスだ。楽器ケースごと持って校舎裏へ走って戻った。開けて軽く息を吹き込む。ストラップを首にかけて縦一直線に構える。梓さんに許可を貰おうと思った。
梓咲「吹奏楽に全く関係ない曲ですけど吹きながらゴメハの練習してもよろしいでしょうか。」
梓「いいけど、えっ⁉ もう吹けるの⁉」
梓咲「昨日練習しました。」
許可は貰ったので吹きながらゴメハの練習をした。姿勢も視線も真っすぐに…歩幅は62.5㎝、5m8歩…意識して歩き続けた。吹き終えては記憶にある限りの曲を呼び起こして吹きながら歩き続けた。誰かが背中に抱き着く。目を向ける。桃花先輩だった。
梓咲「あっ⁉ 桃花先輩⁉ 何か御無礼でもしてしまったでしょうか⁉」
頭を下げる。
桃花「そうじゃなくって⁉ ゴメハも出来てたしいい曲でいい音だったよ⁉ もう朝練の時間も終わるから呼びに来たの⁉ ね、梓⁉」
梓「はい…⁉ 凄かったです…⁉」
梓咲「ありがとうございます! 急いで楽器返しに参ります!」
走って楽器室へ向かい元に戻した。
「いい音だったよ。」
梓咲「南先輩…。夢中でゴメハの練習をしていたので自分ではピンと来ませんがお褒めの言葉をありがとうございます。」
お辞儀する。
南「桃花にも言われなかった?」
梓咲「『ゴメハも出来てたしいい曲でいい音だったよ』とのお言葉をいただきました。でも…自分では実感が湧きません。とにかく姿勢と視線も真っすぐサックスは縦一直線を、歩幅は62.5㎝、5m8歩を意識して集中して吹いていたので。」
南「もっとリラックスすることだね。電車から佐々木が走って学校に向かっていくのが見えたよ。あんな風に出来て当然って風に演奏して歩くことを心掛けて。座って。」
座った。両肩をマッサージされる。
南「凄い筋肉だね…。思いっきり息を吸って…ゆっくり息を吐いて…そう、リラックスするの…。落ち着いて…リラックスして…。」
先輩に言われるがまま深呼吸してマッサージされる。リラックスしようとした。さっきから眼球がおかしい。ジンジンする。遂に涙が出てきた。鼻水も出てくる。鼻を吸い込む。口もおかしい。しゃっくりのように言葉が上手く出てこない。先輩が俺の正面に回る。抱きしめられる。益々涙が出てくる。俺は只泣き続けるしか出来なかった。
南「落ち着いた?」
梓咲「はい…。俺、どうなっちゃったんでしょうか。悲しくも悔しくもないのに涙が止まらなくて…物心ついてから初めて泣いたと思います…。お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。」
お辞儀しようとしたが先輩の手が額を押さえて止められる。
南「謝らなくていいんだよ。佐々木は他人の優しさに慣れてないだけだよ。過去に正しいことしたのに理不尽な目に遭ってそれでも前向きに生きて…よく頑張ったね…。」
梓咲「先…輩…⁉ 俺…⁉ 俺…⁉」
また元に戻ってしまった。どうすればいいのかわからない。
「あー⁉ 南が佐々木泣かしてる⁉ 翔子に言いつけてやろーっと⁉」
南「ちょ⁉ ちょっと⁉ 人聞きの悪いこと言わないで⁉」
「佐々木くん⁉ 大丈夫⁉」
何やら話し声が聞こえるが俺はそれどころではない。勝手に涙が出てきて言葉が出ない。南先輩の姿が消えて代わりに誰かが俺の正面にしゃがんで抱き知められる。
「よしよし、よく頑張ってるよ佐々木は。もっと自信を持っていいんだよ。」
この声は…桃花先輩だ。
梓咲「桃…花…先…輩…⁉ 俺…⁉ すみま…せん…⁉ すみ…ません⁉」
桃花「もう…! 謝らないで! こういう時は素直に甘えるように!」
梓咲「はい…⁉ ありがとう…ございます…⁉」
泣き続ける。桃花先輩の姿が消える。代わりに誰かが俺を抱きしめる。
「我慢は必要だけど、人間だって限界があるよ。佐々木くんは限界が来ちゃったんだよ。」
この声は…部長だ。
梓咲「部長…⁉ 部長…⁉」
翔子「もう…そこは名前も込みで呼んでほしいな!」
梓咲「翔子…部長…⁉ ありがとう…ございます…⁉」
翔子「やっと名前で呼んでくれたね! てっきり忘れられてると思っちゃった!」
梓咲「そんなこと…⁉ ありません…⁉」
それからどのくらい泣き続けただろうか。もうホームルームに入っているだろう。御三方の優しさに感激した。
梓咲「ありがとうございました。御三方のお陰でスッキリしました。それと…長い―――。」
「「「ストップ‼」」」
桃花「また謝ろうとしたでしょ⁉ 悪い癖だよ⁉」
南「そうだよ⁉ 佐々木は謝り過ぎ⁉」
翔子「ふたりの言う通りよ。私たちがしたいことをしただけなんだから謝る必要なんてない。」
梓咲「お言葉に甘えさせていただきます。それでは…失礼します。」
一礼して立ち去る。
桃花「ふぅ…ようやく佐々木の年相応なところ見られて安心した。南、何したの?」
南「マッサージしながらリラックスしてって言っただけだよ。あんなに泣くのは意外だった。」
翔子「しょうがないよ。もしかしたら人生で初めて優しくされたかもしれないし。」
校舎裏へ戻ると俺のバッグもダンベルのバーも無かった。急いで教室へ戻った。俺のバッグが机に置いてあった。
梓「お疲れ様、いつまで待っても戻ってこないからダンベルの奴も片付けてバッグ持ってきたよ。それより目、真っ赤だけどどうしたの?」
梓咲「幹部の御三方に褒められて…嬉し泣きというやつかもしれません。ずっと涙が止まらなくてようやく落ち着きました。バッグを持ってきていただいてありがとうございました。」
梓「どういたしまして。そりゃあ正式に入部して4日目であんなの見せられたら誰だって驚くよ。幹部の先輩たちが褒めるのも当然だよ。」
梓咲「夢中で練習していたので実感が湧きません。」
梓「……相変わらずだね。はあぁー! でも良かった! 梓咲くんと同じ楽器じゃなくて! 同じだったら私のプライドがボロボロだよ!」
梓咲「そうなんですか?」
梓「そうだよ! 梓咲くんは少しは自覚するよーに! わかった?」
梓咲「……善処します。」
制服はバッグに入ったままだがどうせ昼錬があると思い着替えるのは止めた。四時限目が終わり校舎裏へ向かうため廊下を走る。
「「佐々木梓咲くん‼」」
聞き覚えのない、似たような声をしたふたりに呼び止められる。振り向く。可愛らしい女子ふたりがニコニコ顔で駆け寄って来た。ふたりとも瓜二つ…だがひとりは目つきが鋭めでもう一方は穏やかな目つきだ。
梓咲「初めまして…でよろしいでしょうか。お名前を窺ってもよろしいでしょうか。」
「私は西条花音! 姉です!」
「私は美音!妹ですが双子です!」
花音「双子は関係ないでしょ! 少しは姉を敬いなさいよ!」
美音「少し生まれる時期が早かったくらいで偉そうにしないでよ!」
梓咲「あの…俺に何か御用ですか?」
花音「あ! そうだった! 昼錬行くんでしょ? 一緒に行こう!」
そう言って俺と腕を組む。
美音「あ⁉ ズルい⁉」
そう言って空いた方の腕を組む。並んで歩く。
梓咲「あの…誤解されませんか?」
「「何が?」」
梓咲「え、だって…おふたりと付き合ってるみたいじゃないですか。」
花音「きゃー⁉ そう見える⁉ 梓咲くんならそれでもいいよ⁉」
美音「梓咲くんは私のよ⁉ 横取りなんて許さないわよ⁉」
「花音⁉ 美音⁉ 梓咲くんを困らせないの⁉ さっさと離れて⁉ 昼錬行くわよ⁉」
ふたりが俺から離れた。急いで走った。
梓咲「すみません! お先に失礼します!」
体育館倉庫へ入りダンベルのバーを持って校舎裏へ向かう。
「……それは何?」
2年生の先輩…だったと思う。名前が思い出せない。今更聞くのも失礼だと思って止めた。
梓咲「楽器の代わりです。何も持たないよりマシだと思いまして。」
「持っていい?」
渡す。
「えっ⁉ これ持って練習するの⁉ 疲れない⁉」
梓咲「朝練で試しましたが大丈夫でした。」
「そう…無理しないでね。」
西条姉妹と梓さん…と名瀬さんだったか、4人がやってくる。
「はーい! 一列に並んで! 始めるよ!」
「「「「「はい‼」」」」」
一列に並ぶ、俺は身長の関係で最後列に並ぶ。それから先輩の合図でゴメハの練習が始まる。
「動き合わせて!」
「はい!」
「そこ、歩幅ズレてる。ゴメハ守って。」
「はい!」
「腕、落ちてる。楽器なしでこれだったら、楽器持ったら歩けないよ!」
「はい!」
「じゃあもう1回。」
「「「「「はい‼」」」」」
延々と繰り返した。
「はい、5分前。昼錬はここで終わりです。お疲れ様でした。」
「「「「「ありがとうございました‼」」」」」
花音「梓咲くん凄いね⁉ 1回も先輩に注意されなかったし、それ…貸してもらえる?」
どうぞ、と渡す。
花音「えっ⁉ こんなの持ってずっと練習してたの⁉ 疲れないの⁉」
梓咲「朝練でもやりましたが大丈夫です。借り物なので体育館の倉庫に戻してきますね。」
返してもらって急いで走ってプレートも嵌めてナットで締めて元通りにした。教室に帰ろうとすると西条姉妹が扉から顔を覗かせていた。
美音「その…バーベルっていうの? やって見せてもらっていいかな?」
梓咲「いいですよ。」
観た感じ全部プレートは嵌まっているのでベンチプレスと担いでスクワットを10回ずつやった。
「「おー⁉」」
驚嘆の声をいただいた。
梓咲「昼休みもおしまいですのでこれだけです。」
花音「えっ⁉ っていうことは…⁉ もっと出来るの⁉」
梓咲「練習前に体力残しておきたいので50回まではそれぞれやりました。限界までやったことはありません。」
「「50⁉」」
観ていて楽しいふたりだなぁと思った。
梓咲「あっ⁉ すみません⁉ 昼休みが終わりますので戻ります⁉」
ふたりを置いて体育館を出て教室まで走って戻った。
梓「……遅かったね。何してたの?」
梓咲「西条姉妹さんにバーベルで筋トレやってるところ見せてほしいと言われたので少しだけやりました。」
梓「それだけ?」
梓咲「はい、それだけです。」
梓「ふーん。」
そういえばサプリメントと痛み止めを飲むのを忘れていた。バッグを漁って口内に放り込み
梓咲「ちょっと行ってきます。」
梓「あ、うん…。」
水道水で流し込んだ。走って戻る。
梓「そういうの部長たちに報告した?」
梓咲「『そういうの』とは?」
梓「実質1日1食ってこと。」
梓咲「……あっ⁉ 報告した方がいいですかね?」
梓「いいと思うよ。どう考えても異常だもん。何かあったら大変だよ。」
梓咲「わかりました。そうします。」
放課後になる。音楽室へ行き黒板に記されている各パートの練習場所を確認する。『佐々木梓咲は音楽室で待機‼』という紙が貼られていた。幹部の方々がいらっしゃいますようにと祈りながら音楽室で待った。ただ待つのも勿体ないのでバッグからB'zの楽譜集を取り出しペラペラとめくり音符の確認をする。脳内の曲と一致する。楽器室からアルトサックスを取り出す。軽く息を吹き込む。また楽譜を見直す。脳内の曲と一致させる。立ったまま姿勢と視線正して吹く。吹き続けた。正面に手を振る女子が現れる。桃花先輩だった。
梓咲「あっ⁉ すみま―――。」
「「「ストップ‼」」」
桃花「熱心に練習してる後輩に怒るほど理不尽な性格してないわよ。佐々木はしばらく謝るの禁止! わかった⁉」
梓咲「かしこまりました。あの…俺の食生活についてご報告があるのですがよろしいでしょうか。」
南「いいよ。」
梓咲「朝と昼はサプリメントと痛み止めと水だけで済ませて夜になってようやく空腹感がやってくるのでご飯炊いて丼に盛って常温のレトルトものと納豆をかけて食事を終わらせております。」
南「えっ⁉ ということは…⁉」
梓咲「実質1日1食ということになります。」
桃花「マジ⁉」
翔子「サプリメントはともかく痛み止めは何のためなの⁉」
梓咲「精神科に通ってから稀に脳ミソを針で刺されるような激痛に襲われてそれを抑える、または予防薬として飲んでいます。痛み止めといっても何でもいいというわけではなく…ええと…確かイブプロフェンとかいう成分が主成分である薬でないと激痛は収まりません。」
翔子「食欲がない原因に心当たりはある?」
梓咲「症状のせいか服用している薬の副作用なのか不明です。1度薬を飲まずに確かめてみようとしましたが恐怖心には勝てませんでした。」
南「そこまでしなくてもいいよ。誰も佐々木を責めないよ…。」
梓咲「ありがとうございます。ところで…音楽室での待機命令が張り出されていましたが何か御無礼を働いてしまったのでしょうか。」
「「「それはない。」」」
梓咲「承知いたしました。」
翔子「サンライズフェスティバルって知ってる?」
梓咲「申し訳――――。」
「「「ストップ‼」」」
桃花「私たちの目の届く所なら何度でも止めるからね。覚悟してね。」
梓咲「かしこまりました。存じ上げません。」
翔子「サンライズフェスティバル…通称サンフェスね。各高校が披露するマーチングのお祭りみたいなものね。立華も毎年参加してお客さんも盛り上がってるの。そこで今年は…何か新しい曲をやってみないかって先生から提案されて…佐々木くんの吹いてた曲が気に入ったらしくて編曲や振り付けはこちらに任せて思いっきりサンフェスで吹いてみない?って先生が言ってたんだけど…どうかな…?」
梓咲「どの曲を気に入られたとかは仰りませんでしたか?」
翔子「うーんそこまではねぇ…ごめん。」
梓咲「でしたら1度聴いていただきたい曲があるのですが…あ、こちらが楽譜です。少し確認させていただきます…ええと…はい、吹けます。ご確認ください。」
姿勢を正して視線を真っすぐに、サックスは縦一直線に構える。イントロのボーカルパートはゆっくりと繊細に…次のエレキギターパートから豪快に…続くボーカルパートも大迫力で…交互に繰り返した。最後のエレキギターパートはゆっくりと焦らず吹いて閉める。
梓咲「初めて吹きましたが如何でしょうか?」
桃花「えっ⁉ 初めて⁉ マジで⁉」
南「私…⁉ 鳥肌が立った…⁉ 圧倒された…⁉」
梓咲「聴くだけなら脳内に刻みつくほどに聴きまくりました。後は曲の再現性に努めました。」
翔子「これは…確かに凄いね…⁉ 先生呼んでくる⁉」
それと同時に音楽室の扉が開く。現れたのは熊田先生だった。
熊田「さっきの曲を吹いてたのは君?」
俺に向かって問いかける。
梓咲「はい、そうです。」
熊田「職員室まで聴こえてたよ。凄かったね。もう1度吹ける?」
梓咲「はい、やります!」
さっきよりも出すべきところは大音量に出す。細かいところは滑らかに素早く指を動かしはっきりと音を出し再現性を高める。ゆっくりと吹き終える。
梓咲「ご清聴ありがとうございました。」
一礼する。パチパチパチパチ。拍手が聞こえる。音源を探ると熊田先生だった。
熊田「いやーいいもん聴かせてもらってありがとうね。どう?翔子部長。この子の演奏に付いて来れる?」
翔子「やります! 間に合わせます!」
熊田「ところで曲名は何?」
翔子「『Still Alive』です。」
よくわからないが妙なことになったと思った。