―――熊田先生にサンライズフェスティバルへの参加が認められた。『Still Alive』を吹いて
熊田「もっと自由に大胆に吹いていいんだよ。」
と言い残して去って行かれた。その後再現性を求めて何度も吹いた。
梓咲「如何でしょうか。」
桃花「吹く度に上手くなってる気がする…⁉」
南「自信出てきた?」
梓咲「はい、少しずつですが。サンライズフェスティバルというのは外で行われるのですか?」
南「うん。」
外で吹くことを意識して音量大き目にした。
南「大迫力だね。外で吹くの意識したの?」
梓咲「はい。観客の皆さんに聞こえないなんてことになったら台無しですので。」
南「ふふっ、そんなことにはならないから安心して。」
梓咲「はい。」
南先輩が微笑を浮かべる。見惚れそうになるのを我慢して吹き続ける。細かいところまで指使いを滑らかに素早く音をはっきりと出すように心掛けた。やがて翔子部長を先頭に3年生…だと思う。パートリーダーという人たちだろうか。ゾロゾロと音楽室に入ってくる。「お疲れ様です。」とお辞儀した。サックスパートの先輩もいた。手を振ってくださった。改めてお辞儀した。
翔子「さあ! 佐々木くん! さっきの思いっきりやっちゃって!」
梓咲「はい! 行きます!」
イントロはゆっくりと繊細に…でも音は大きめに…次のエレキギターパートから遠慮なく大音量で吹く。次のボーカルパートも同じように交互に繰り返す。エレキギターパートの細かいところは滑らかに素早く指を動かし音をはっきりと伝える。最後のエレキギターパートはゆっくりと、でも指の動きは最大まで加速させて音を伝える。吹き終える。
梓咲「ご清聴ありがとうございました。」
お辞儀する。
「「「「「おー⁉」」」」」
拍手と歓声をいただく。改めてお辞儀する。
翔子「どう? みんな⁉ 今年のサンフェスはこれでいい⁉」
「「「「「はい‼」」」」」
翔子「それでは楽譜配るから各パート、フォローに務めるように!」
「「「「「はい‼」」」」」
パートリーダーの皆さんが楽譜を受け取り音楽室を出ていった。
梓咲「あの…翔子部長。俺は何をすればよろしいでしょうか。」
翔子「うーん…今は演奏の練習に集中していいよ。」
梓咲「はい、かしこまりました。」
一礼して元の位置に戻る。立ったまま演奏し続ける。ふと別の曲が吹きたくなったのでバッグを漁り楽譜を眺める。脳内の曲と一致させる。よし、と気合を入れて吹く。吹き続ける。目の前に人影。見慣れた光景。桃花先輩だった。
梓咲「桃花先輩、どうなされましたか?」
桃花「もう部活終わりだよ。居残り練習する?」
梓咲「えっ⁉ もう終わりですか⁉ 今日の俺、ひとりでただ吹いてただけですよ⁉」
桃花「そうは言っても…時計見て。」
6時を過ぎていた。
梓咲「いつの間に…⁉ 居残り練習させていただきます。何時ごろまでしてもよろしいでしょうか。」
桃花「7時になったら呼びに来るから遠慮せずに吹いて。あ、そうだ。さっきの曲もいい曲だったね。何て曲?」
梓咲「『声明』というCD発売された曲です。『Still Alive』も同じCDに収録されています。」
桃花「ふーん、それじゃ、頑張ってね!」
梓咲「はい、頑張ります!」
それから『Still Alive』を吹きまくった。まだ物足りない、そう思いながら俺の求めるクオリティになるまで吹き続けた。まだまだ物足りない。そもそもエレキギターの早弾きをアルトサックスで表現するのは不可能なのだろうか。どれだけ必死に指を素早く動かしても速度が追い付かない。気づけば前のめりになっていた。冷静さを失っていた。深呼吸する。何度も。落ち着け。姿勢を正す。視線を真っすぐにサックスは縦一直線に構える。呼吸を整えてまた始めから吹く。冷静に、だが演奏は大迫力になるよう努めた。最初のイントロ以外は。吹き終えた。音楽室の扉が開く。拍手が聞こえる。複数人の。時計を見る。もう7時だ。桃花先輩と誰だろうかと思った。パートリーダーの皆さんだった。
梓咲「先輩の皆様…⁉ ありがとうございます…⁉」
深くお辞儀した。
楽器室に楽器ケースをしまって出る。
梓咲「桃花先輩、南先輩も俺にお付き合いくださりありがとうございました。」
桃花「いいのよ、こっちはこっちでやることあるから。ね、南。」
南「うん。だからそんなに気を遣わなくていいんだよ。」
梓咲「はい、かしこまりました。」
ふたりの先輩と並んで歩く。
桃花「それで…その…実質1日1食っていうのは本当なの?」
梓咲「はい。」
南「佐々木さえ良ければお弁当作ってこようか?」
梓咲「えっ⁉ 勿体ないですよ⁉ 以前に食生活の改善を図りましたが、朝も昼も少し食べて運動しただけで胃液が出るまで吐きまくりましたから⁉ せっかく作っていただいたのにそんなことになったら申し訳ないです⁉ ですので今は現状維持で大丈夫だと思います。」
桃花「そうなんだ…どうすればいいんだろうね…。」
梓咲「どうすればいいのかわかりませんが俺がどうにかしないといけない問題だと思ってます。」
南「翔子も言ってたけど我慢は必要だけど本当に限界だと思ったら迷わず言うように。わかった?」
梓咲「はい、かしこまりました。」
正門を過ぎる。
梓咲「それでは…俺はここで失礼させていただきます。お疲れさまでした。」
南「また明日!」
桃花「また明日ね!」
梓咲「はい! また明日お会いしましょう! 失礼します!」
一礼して走り去る。
南「『どうすればいのかわかりませんが俺がどうにかしないといけない問題だと思っています』って言ってたよね。私は悔しいよ…⁉ 近くにいて何も出来ないなんて…⁉」
桃花「私だって悔しいよ⁉ 目の前に苦しんでる後輩がいるのにどうしたらいいのかわからないよ…⁉ 練習の時はあんなに吹きまくって元気で疲れた様子も見せないのに、独りでいる時は苦しんでると思うと…悔しくて情けなくなってくるよ⁉ 私はせめてあいつの前では頼れる先輩でありたい⁉」
翌日、早朝。荷物確認をして飲む物飲んでさっさと部屋を出る走って学校についた。同じく走って音楽室に向かった。閉まっている。幹部の御三方はまだ来ていないようだ。とりあえず運動着に着替えようと思い制服を脱ぎパンツ1枚姿になる。
「「「おー⁉」」」
という叫び声が廊下に響いた。ビックリした。手が止まる。音源を探る。階段を上ったすぐの廊下の所で幹部の御三方が俺を見ていた。
梓咲「あっ失礼しました。」
急いで運動着に着替えようとする。
「「「ストップ⁉」」」
動きが止まる。御三方が駆け寄ってくる。恥ずかしい。
翔子「凄い⁉ 漫画のキャラクターみたい⁉」
桃花「これって傷跡…? こんなにたくさん…⁉ 大丈夫だったの?」
梓咲「傷も浅くて出血もすぐ止まったので大丈夫でした。」
南「中学の時の体力テストどうだったの?」
梓咲「3年連続全項目10点満点で評価Aでした。」
南「こんなに凄い体してたら当然かもね…⁉ 腹筋触っていい?」
梓咲「いいですよ。」
腹を手でなぞられる。くすぐったい。桃花先輩も傷跡に触れてくる。
南「これが真のシックスパック…⁉ 初めて触った…⁉」
梓咲「あの…そろそろ着替えてもよろしいでしょうか。」
「「「いいよ。」」」
梓咲「ありがとうございます。」
急いで着替えた。恥ずかしかった。ついでに準備体操と柔軟体操もやる。徹底的に体を解した。
その間もずっと御三方に凝視されていた。恥ずかしかった。
梓咲「それではアルトサックスお借りします。失礼します。」
「「「いってらっしゃい。」」」
走って校舎裏へ向かう。梓さんは…まだ来ていない。早速『Still Alive』を吹きながらゴメハの練習をした。正しい姿勢と視線と構えで規則正しく歩くように心掛けた。演奏の方も細心の注意を払った。延々と繰り返した。誰かの声が聞こえた気がした。動きを止めて周囲を見渡す。誰もいない。
「こっちっこっち⁉」
振り向く。梓さんだった。
梓咲「おはようございます。梓さん。」
梓「その曲ばっかり吹いてるけどどうしたの? 宿題?」
梓咲「何でもサンライズフェスティバルとやらで使用するそうです。練習するように翔子部長に言われました。」
梓「えっ⁉ そうなの⁉」
梓咲「熊田先生が新しい曲をやってみたいと仰ったらしくてその時に俺が朝練で吹いてた曲を気に入ったそうで、それでしたらこの曲はどうでしょうってことで吹いたのが今の曲です。それで無事採用されたようで各パートリーダーの皆さまに楽譜を配って試行錯誤しているみたいです。俺はただ練習するようにと言われました。」
梓「そうなんだ…じゃあ私も梓咲くんの演奏聴いて勉強する!」
梓咲「では続けますね。」
それからも黙々と『Still Alive』を吹きながらゴメハの練習に取り組んだ。吹き終わってからきちんとゴメハ出来てるかの確認もした。その作業を繰り返した。梓さんが何かを叫んでいる。動きを止めた。
「隙あり⁉」
抱き着かれた。目を向ける。南先輩だった。
梓咲「あっ⁉ もしかして音楽室閉める時間ですか⁉」
南「そうだよ! 呼んでも全然気づかないから強硬策に来たってわけ!」
梓咲「今すぐ戻ります!」
南「うん! 一緒に行こう!」
バッグを忘れずに持って音楽室へ走った。翔子部長と桃花先輩が待っていた。
梓咲「今すぐ片付けます!」
翔子「慌てないでいいよ。」
桃花「あれ? 南は?」
梓咲「もうすぐいらっしゃると思いますが…。」
遅れて南先輩がやってきた。
南「佐々木は走るの物凄く早いね! あっという間に置いてかれたよ!」
梓咲「せっかく呼びに来ていただいたのに申し訳―――。」
「「「ストップ‼」」」
梓咲「はい、かしこまりました。」
桃花「熊田先生も褒めてたよ! 『あの子昨日より上手くなってるね、凄いわね』って!」
梓咲「ほ、本当ですか…⁉」
「「「うん、本当。」」」
梓咲「ありがとうございます⁉ ありがとうございます…⁉」
何度もお辞儀した。嬉しかった。自分が成長していることを誰かに認めてもらえて本当に嬉しかった。もっともっと頑張ろうと思った。
梓咲「俺⁉ もっともっと頑張ります⁉」
翔子「うん、頑張って! 応援してるからね!」
桃花「私も応援してること忘れないように!」
南「私だって応援してるよ! 忘れないでね!」
梓咲「はい! 忘れません! ありがとうございました! 失礼します!」
張り切って教室へ戻った。
桃花「朝から凄い元気だよね…。物凄くいい音出して演奏も日が変わるごとに上手くなって…あいつは絶対認めないだろうけど天才ってやつなんじゃないかな…? どうか今の調子が続いてほしい…。」
南「私も…あんなに良く出来た後輩を持てて自慢に思うよ…。最後の3年目なのが惜しい…。」
翔子「私ももっと早く佐々木くんに会いたかった…。」
教室へ戻る。梓さんは…いた。
梓咲「ただいま戻りました。」
梓「おかえり。物凄い集中力だよね。南先輩が何回叫んでも気づかないんだもん。もしかして抱き着かれるの期待してた? 桃花先輩も抱き着いてたよね?」
梓咲「い、いえ⁉ そんなことはないです⁉ 本当に気付かなかったんです⁉ 信じてください⁉」
梓「……その反応じゃ本当みたいね。信じるよ。そういえば病気の事話す気になった?」
梓咲「はい、鬱病と不眠症です。」
小声で伝えた。梓さんが唾液を飲みこむ音が聞こえた。
梓「食欲がないのはそのせい?」
梓咲「それか薬の副作用なのかは判断がつきません。1度薬を飲まずに試してみようかとおもいましたが不眠への恐怖心に負けて出来ませんでした。」
梓「原因はわかる?」
梓咲「それに関しては翔子部長か桃花先輩か南先輩にお尋ねください。話が長くなりますし俺も精神的に疲れます。ごめんなさい。」
梓「謝らなくていいよ。私も軽々しく聞いてごめんね。」
梓咲「梓さんこそ謝らなくていいですよ。黙っていた俺が悪いんですから。」
梓「梓咲くんが悪いなんてことは絶対ないよ。」
梓咲「ありがとうございます。とにかく、今は薬も効いてますので変にお気遣いなさらないでくださいね。」
梓「わかった。」
そこで会話は途切れた。俺も何を話していいのかわからなかった。4時限目が終わる。運動着に着替える梓さんに声を掛ける。
梓咲「それではお先に行きますね。」
梓「ちょっと待って⁉ すぐに着替えるから⁉」
少し待つことにした。
「「佐々木梓咲くん‼」」
聞き覚えのある声…音源を探る。教室の開いた扉の隙間にニコニコ顔の西条姉妹が待っていた。
梓咲「少々お待ちください。梓さんと一緒に行きますので。」
花音「え~⁉ 梓なんて放っといて早く行こうよ⁉」
美音「そうだよ⁉ 早く行こうよ⁉」
梓「無視して。」
小声で呟く。わざとらしく咳払いをして無言を貫いた。
花音「あっ⁉ 今梓が何か言ったでしょ⁉ 梓咲くんの様子おかしいもん⁉」
美音「そうだよ⁉ 梓ばっかりズルいよ⁉ 同じクラスで席が隣で同姓同名でその上独り占めする気⁉」
梓「お待たせ。」
上機嫌そうな梓さんが俺と腕を組む。ふふんと誇らしげな様子だ。可愛い。俺も嬉しい。一緒に教室を出る。梓さんの早歩きに合わせて俺も歩く。
花音「チクショー⁉ こうなったら…⁉」
花音さんが空いている俺の腕に絡ませる。
美音「ちょ⁉ 何やってるのよ⁉ 私の梓咲くんに手を出さないでよ⁉」
姉妹同士で引っ張り合う。
花音「ねえ梓咲くん⁉ 私と梓、どっちが魅力的⁉」
視線を感じる。梓さんと目が合い満面の笑みを浮かべる彼女。
梓咲「梓さんです。」
花音「ショック⁉」
ふらついて彼女が俺から離れる。代わりに美音さんが腕を絡ませる。
美音「じゃ、じゃあ私と梓ならどっちが魅力的⁉」
視線を感じる。また梓さんと目が合い満面の笑みを浮かべる。
梓咲「梓さんです。」
美音「ショック⁉」
彼女もふらついて俺から離れる。
梓「はあー! 楽しい! 流石! 梓咲くん! 私の事考えてくれて嬉しい!」
梓咲「どういたしまして。」
「「来年のクラス替えまで覚えてろ⁉ 梓ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」」
ふたりの悲痛な叫び声が廊下に響く。すれ違う同級生たちからの視線が痛いが考えるのは止めた。校舎裏に着く。指導役の先輩の視界に入る前にパッと梓さんが離れる。この辺りの気配りは流石だと思った。昼錬が終わった後も誰よりも俺と腕を組んだのは梓さんだった。彼女の顔をちらりと見る。御機嫌な様子でなによりだった。
放課後になる。音楽室へ行きスケジュールを確認する。昨日と同じく『佐々木梓咲は音楽室で待機‼』という紙が貼られていた。同じように楽器室からアルトサックスを拝借して『Still Alive』を吹いた。昨日の居残り練習の最後の1曲の続きを求めて集中して念入りに吹いた。視線を感じる。周囲を見渡す。しまった。まだスケジュール確認している皆さんが残っていた。
「「「「「おー⁉」」」」」
と拍手と歓声をいただいた。
「アンコール!」
「「アンコール‼」」
「「「アンコール‼」」」
「「「「アンコール‼」」」」
「「「「「アンコール‼」」」」」
梓咲「ありがとうございます⁉ もう1回行きます⁉」
この熱気を大事にしたかった。何も考えなかった。指を限界まで素早く動かした。情熱に任せて思いのままに吹きまくった。
「「「「「おー⁉」」」」」
梓咲「ありがとうございます⁉ ありがとうございます⁉」
何度もお辞儀した。
「ちょっと⁉ 何の騒ぎ⁉」
「あっ⁉ 桃花先輩⁉ 佐々木くんって初心者のド素人じゃなかったんですか⁉」
桃花「何言ってるのよ⁉ 初心者のド素人に決まってるじゃない⁉」
「そうだよ。最初はドレミファソラシドも音出すのにぎこちなかったんだから。」
「南先輩⁉ っていうことは…⁉ ここ数日で成長したってことですか⁉」
南「そうだね。佐々木には居残り練習も朝練もやりまくる情熱と努力と才能もあるんだよ。みんなも見習って。」
「「「「「はい⁉」」」」」
桃花「あーあ! みんなに聴かれちゃったか! もっと後に聴かせてビックリさせようとしたのに!」
南「本当だね。でも盛り上がってたから結果オーライじゃない?」
梓咲「すみま―――。」
「「ストップ‼」」
桃花「もう…! 何度言っても治らないわね! 気を付けなさい!」
梓咲「はい、本当は皆さんが音楽室を出るまで我慢するつもりでしたが早く練習したくて我慢出来ませんでした。」
南「ふふっ、佐々木らしいね。そういうところ……嫌いじゃないよ。」
梓咲「ありがとうございます。それで…サンフェスについて調べたのですが俺の衣装というのはどのように用意すればよろしいでしょうか。」
「「……あっ⁉」」
桃花「ヤバい⁉ ヤバいよ⁉」
南「おおお落ち着け⁉ まだ間に合う⁉」
この後保健室に連れていかれて身長と体重に肩幅に胸囲と最大肺活量測定をさせられた。その間パンツ1枚姿で幹部おふたりに凝視されていた気がするが考えるのは止めた。