―――『シング・シング・シング』も1年生の全体練習に移り南先輩の厳しい指導の下、目まぐるしいフォーメーション形成の練習に明け暮れた。ある日の朝、桃花先輩に言われた。
桃花「今度立華でやるハッピーコンサートって3部構成で第1部は座奏で、この前私に吹いてくれた『太陽のKomachi Angel』って曲のライブ映像観たんだけどさ、あれって凄くコンサート向けの曲だと思ったんだよね。「イェイ! イェイ!」って観客も盛り上がってて、あれ…佐々木に吹いてもらえないかな? フォローもするし空いている部員にも合いの手させるからさ。」
梓咲「俺は構いませんが、他の先輩方はご了承済みなのですか?」
「「「うん。」」」
梓咲「かしこまりました。気になる箇所があれば遠慮なく指摘させていただきますがよろしいですか?」
「「「いいよ。」」」
翔子「シングで忙しいだろうけど、こっちも佐々木くん次第だから頑張ってね!」
梓咲「かしこまりました。」
それから『太陽のKomachi Angel』を吹きまくって合いの手を入れる、入れない箇所、腕だけの動作、拍手する箇所を細かく報告した。
桃花「確かにこんな感じだったと思う! よく覚えてるわね佐々木!」
梓咲「たぶん同じライブ映像観てた可能性が高いですね。あ、後、『保護者の皆様の中にはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんがご遠慮なさらず合いの手をしてください』って事前にアナウンスしていただいた方がよろしいでしょうか。」
南「これっていつの曲なの?」
梓咲「1990年6月13日にCDで発売されました。」
南「保護者世代の曲だね…。じゃあした方がいいのかな? どうする、翔子?」
翔子「うーん…熊田先生に相談してみる。」
桃花「佐々木はどうしてこの曲知ってるの? 生まれる前の曲だよ?」
梓咲「B'zの曲聴き漁っていたらこの曲に辿り着きました。好きな曲のひとつです。」
桃花「私も大好き! 佐々木に捧げてもらって嬉しい!」
満面の笑みの桃花先輩。可愛らしい。見惚れる。
翔子「桃花ったらそんなこと佐々木くんにしてもらってたの? 程々にしなさいよ!」
桃花「南もしてもらったよ! 何だっけ? 『VAMPIRE WOMAN』だったよね⁉ ぷぷっ⁉」
南「後で歌詞調べたけどかなりキワドイよね…。佐々木は私を何だと思ってるの?」
梓咲「南先輩の魅力を精一杯表現しようとしましたが他に適度な曲が見当たりませんでした。」
南「まあ…佐々木が望めば血以外のものでも何でも吸ってあげるよ…。」
頬を赤く染めた南先輩と目が合う。美しい。見惚れる。
「「はいストップ‼」」
桃花「何ふたりの世界に入ってるのよ⁉ やっぱり南ったらムッツリスケベね⁉」
南「何とでも言いなさい⁉ 佐々木が私を魅力的だと思ってくれてることは凄く伝わったから⁉」
翔子「部内恋愛禁止とまでは言わないけど桃花も南も副部長とドラムメジャーの仕事に専念して! あと佐々木くんを困らせないで! わかった?」
「「わかった。」」
梓咲「ところで…俺の演奏は如何でしたか?」
翔子「上手だったよ。ねえ?」
「「うん。」」
梓咲「恐縮です。」
教室へ戻る。梓さんは…いた。
梓咲「おはようございます。梓さん。」
梓「今日朝練来なかったね。どうしたの?」
梓咲「ハッピーコンサートとやらの第1部の座奏で俺も吹くように言われました。」
梓「その後シングもやるんでしょ? 大丈夫なの?」
梓咲「1曲だけなので大丈夫だと思います。」
梓「そう…無理しないでね。」
放課後になった。音楽室へ向かう。深呼吸してから「失礼します。」と声を掛けてから入った。先輩方は…皆さん揃っている。幹部の御三方も揃っている。
翔子「それじゃ佐々木くんも来たことだし始めよう! 確認のために佐々木くんは前に立って吹いて。準備はいい?」
梓咲「少々お待ちください。」
ひと通り音出しする。指も滑らかに動く。
梓咲「はい、大丈夫です。」
翔子「好きなタイミングで吹いて。」
思いっきり息を吸い込んでから吹き始めた。バックのフォローも合いの手もしっかりやってくださった。テンションが上がる。最後のエレキギターソロに当たる部分もきっちり吹き切った。音楽室の扉が開く。目を向ける。熊田先生だった。
熊田「今の『太陽のKomachi Angel』⁉ 吹いてたのは佐々木くん⁉」
梓咲「はい。」
熊田「いやー懐かしい⁉ 職員室から飛び出して来ちゃった⁉ 保護者の皆さんも喜ぶんじゃない⁉ もう1回いい⁉」
梓咲「かしこまりました。」
もう1度吹く。熊田先生もノリノリで合いの手を入れてくださる。嬉しかった。俺も合いの手するのをグッと我慢して吹き切った。
熊田「あー楽しかった⁉ 若い頃を思い出すわ⁉ ありがとう佐々木くん⁉ ありがとうみんな⁉
ハッピーコンサートが楽しみね⁉ それじゃあね⁉」
ご機嫌な様子で先生は去って行った。
翔子「先生も気に入ったみたいだしこれで行こう!」
「「「「「はい‼」」」」」
それから南先輩と一緒に校舎裏へ行き1年生の皆さんとシングの練習に励んだ。タイミングを合わせてのシングのステップもフォーメーションの素早い変化にも慣れてきた。部活の時間が終わった。
「「「「「ありがとうございました‼」」」」」
南「佐々木は残って。そんな表情のままシング踊らせるわけにはいかない。もちろんハッピーコンサートにも出られない。」
梓咲「かしこまりました。」
1年生の皆さんの視線が俺と南先輩に交互に集中する。先輩が周囲を見渡す。
南「何? 立華のマーチングは笑顔が基本なの。そんなことも出来ない部員にシングを踊る資格はない。問題ある?」
「「「「「いえ…。」」」」」
南「それじゃ早く帰りなさい。佐々木は居残り練習。」
「「「「「はい…。」」」」」
1年生の皆さんが帰っていく。残ったのは俺と南先輩のみ。正面から抱き着かれる。顔を胸にうずめられる。
梓咲「臭いませんか?」
南「全然。佐々木の匂い好きだよ。……最後に笑ったのいつか覚えてる?」
梓咲「うーん…覚えていません。家でも学校でもロクな思い出がないので。」
南「私も佐々木が笑ってるところ見たことがない。立華の部活はどう?」
梓咲「やり甲斐はあります。新しいことを覚えるのも楽しくて自分の成長が実感できて楽しいです。好きな曲も吹かせていただいてますので。」
南「佐々木は笑顔でいるのが苦手?」
梓咲「他人を騙しているようで苦手です。その内心臓がズキズキと痛み始めます。」
南「でも必要な時は笑顔でいてほしい。そうでないとマーチングにも出られないよ。笑って。」
作り笑顔をする。南先輩と目が合う。続けた。
南「胸は痛む?」
梓咲「南先輩と一緒にいると安心するので今は大丈夫です。」
南「座奏の時もマーチングの時も私が見守っているから安心して。」
梓咲「はい、かしこまりました。」
南「それじゃシングの練習しよう。」
南先輩のカウントに合わせてステップを踏む。フォーメーション移動の練習も俺が吹く順番も再び移動する所までしっかり指導してしていただいた。シングの終わりの決めポーズの瞬間までずっと笑顔でい続けた。南先輩が見守っていてくださる。それだけでリラックスできた。何度も何度も繰り返した。気づけば暗くなっていた。
南「もう8時になるし終わりにしよう。一緒に戻ろう。」
先輩と並んで歩く。指が触れる。指が絡み合う。手を繋ぐ。
梓咲「こんな眉無し坊主野郎でいいんですか? 何だか申し訳ないですよ。湿気た話しか出来ませんし。」
南「佐々木が気にすることじゃない。私はこうして触れ合えるだけで幸せだよ。だから佐々木は何も考えなくていいの。」
音楽室まで通じる廊下に出た。パッと先輩の手が離れる。
「おーい佐々木! もう時間だよ…あっ南⁉ 今佐々木と手、繋いでたでしょ⁉ 見えてたよ⁉」
楽器室まで歩く。楽器ケースをしまいバッグを持つ。
南「桃花だって佐々木に抱き着いたり手を繋いでたじゃない。人の事言えないよ。」
桃花「あーそう⁉ じゃあこうするもん⁉」
桃花先輩が空いている方の手に指を絡ませ手を繋ぐ。
南「それなら私はこうする。」
バッグを持つ腕に腕を絡ませしなだれかかる。腕から伝わる柔らかい感触。下半身が反応しそうになる。脳内で念仏を唱えて夢中で落ち着いた。何か会話をしていた気がするが悉く耳を素通りした。いつの間にか正門まで来ていた。ふたりが離れる。
梓咲「それではお疲れ様でした。南先輩、桃花先輩、失礼します。それではまた明日。」
南「うん! また明日!」
桃花「また明日ね!」
一礼して走って帰る。
南「佐々木に聞いたの。最後に笑ったのいつか覚えてる?って。『うーん…覚えていません。家でも学校でもロクな思い出がないので。』って答えた。佐々木は笑顔でいるのが苦手?とも聞いた。『他人を騙しているようで苦手です。その内心臓がズキズキと痛み始めます。』って答えて私も胸が苦しくなった。罪悪感なんて覚える必要ないのに。」
桃花「私も佐々木が笑ったの見たことない。どんなに情熱的な演奏した後でも心は全然満たされてないようで…見てて胸が苦しくなる。」
南「でも部活に関しては『やり甲斐はあります。新しいことを覚えるのも楽しくて自分の成長が実感できて楽しいです。好きな曲も吹かせていただいてますので。』って答えてホッとした。」
桃花「そっか…良かった…。」
こうして『太陽のKomachi Angel』を吹きまくってはシングの練習に励む毎日を過ごし、ようやくハッピーコンサート当日を迎えた。早朝から翔子部長を元とする先輩方の指示に従い体育館の床に厚手のシートを隙間なく床全面に敷いてパイプ椅子を運んで並べて音楽室からの楽器運びを黙々と行った。設営も終わり俺は俺の準備にかかった。アルトサックスの手入れをして試しに吹く。
「佐々木。」
聞き慣れた声、顔を向けずともわかる。敢えて立ち上がり向き直る。
南「私…いや、桃花も見守ってるから全力で吹いて。」
梓咲「はい、かしこまりました。」
第1部に備えて舞台袖で待機する。トントンと指で肩を叩かれる感触、振り向く。桃花先輩だった。
桃花「佐々木、頑張ってね。私たちが見守ってるから。」
梓咲「はい、頑張ります。」
熊田「ではこれよりハッピーコンサートを開催といたします。第1部の楽曲は保護者の皆様にはお馴染みではないでしょうか。『太陽のKomachi Angel』です。」
素早く位置に着く。俺は正面に立つ南先輩より少し下がった斜め右に立った。観客席がどよめく。視線が俺に集中している気がしたが無視した。南先輩の指揮に合わせて吹き始める。舞台下に控えている残りの部員の皆さんが合の手を入れる。吹きながら観客席を眺める。保護者の方だけでなく中学生の方々も合いの手を入れてくださっているのが見えた。テンションが上がった。南先輩の方へ目を向ける。先輩と目が合った…気がした。益々テンションが上がる。最後のエレキギターソロにあたる部分もしっかり吹き切った。南先輩が観客席へ向いて一礼した。俺も合わせて一礼する。拍手と歓声が沸き起こる。熊田先生のMCで進行していく中、次はシングの準備をした。視線を感じる。目を向ける。前の方で待機している梓さんと目が合った。
梓「梓咲くん! 笑顔! 忘れないでね!」
梓咲「はい、こうですか?」
作り笑顔で応えた。
梓「そうそうその調子! 頑張ろう!」
熊田「はい、では次はお待ちかねのあの曲です。どうぞ、『シング・シング・シング』です。」
1年生の女子部員の皆さんが「キャー!」と声を上げながら俺もそれに混ざって縦、横に規則正しく列を作り南先輩の指揮の下、ステップを刻みながら演奏する。最前列はクラリネット&フルート、軽やかに踊りながらやがて演奏に移る。その間も両脚は交互に宙を蹴り続ける。演奏が終わると笑顔で手を振りながら列を入れ替える。次はトランペット&トロンボーン、同じように軽やかにステップを踏みながら演奏する。また列を入れ替える。今度は俺たちサックス組。身に染み付いたステップを踏みながら両脚を広げて腰を落とし静止する。一斉に動きが止まる。また列を入れ替える。重そうな低音楽器を持ち演奏しながらステップする。再び「キャー!」と声を上げながら最初のクラリネット&フルートの隊列が最前列に並ぶ。そして全員での合奏に変わり終わりを迎え
「「「「「ハイッ‼」」」」」
という掛け声と共に腕を広げるようなポーズを取り静止し終了した。観客席から盛大な拍手が沸き起こる。笑顔で手を振りながら舞台袖へと引き上げる。直後に熊田先生に呼び出された。
熊田「本当はこの後は中学生の子たちと合奏の予定だったんだけど佐々木くんの『『太陽のKomachi Angel』が皆さんに大好評みたいで『もう1回聴きたい⁉』って要望が多いのよ。もう1回頼める?」
梓咲「かしこまりました。」
南先輩と一緒に舞台へ上がる。先輩の動きに合わせて一礼する。拍手と歓声が湧く。テンションが上がった。指揮に合わせて吹く。やがて観客席の皆さんのほとんどが合いの手を入れてくださった。益々テンションが上がる。思うが儘に吹きまくった。最後のソロを吹き終える。拍手と大歓声が沸き起こった。南先輩とほぼ同時に一礼して舞台袖に引き上げる。肩をポンと叩かれる。
南「お疲れ様。よく頑張ったよ。」
梓咲「お役に立てたなら何よりです。」
手早くシートを畳んで椅子を片付け楽器を音楽室へ戻した。もう演奏も練習の予定もないそうなのでアルトサックスを楽器室に戻しに行った。
「「お疲れ様。」」
聞き慣れた声。振り向いた。桃花先輩と南先輩が立っていた。
梓咲「お疲れ様でした。南先輩、桃花先輩。」
桃花「物凄い勢いで設営も片付けもやってたけど疲れてないの?」
梓咲「力仕事は得意中の得意なので平気です。」
南「『本当に疲れるのは帰ってから』で合ってる?」
梓咲「仰る通りです。」
桃花「……座って。」
座った。桃花先輩が後ろに回り俺の肩を揉む。
桃花「今日の佐々木は本当によく頑張ったよ。コンサートも大盛り上がりだったし来年は佐々木目当てに入学する子もいるんじゃない? ゆっくり息を吸って…吐いて…。」
先輩の言う通りにした。
梓咲「それはそれで嬉しいようなそうでもないような…俺は誰かにモノを教えるのが下手なのでそちらが心配ですね。」
いつの間にか脚を伸ばした状態にされていた。南先輩がふくらはぎを揉む。どんどん手が太ももへ上っていく。一方の桃花先輩も背中からお尻に手が下がっていく。そしてふたりの手が股間に触れる瞬間…急いで立ち上がった。
「「あっ⁉」」
梓咲「もう大丈夫です。ありがとうございました。」
おふたりに向き直りお辞儀した。ふたりとも不満気な表情だったがこれ以上はマズいだろう。コンクールも控えているというのに。それからいつだかの日と同じように桃花先輩と手を繋ぎ南先輩と腕を組んで正門まで向かった。
南「今日は本当に楽しかったよ。ここ3年間で1番盛り上がったと思う。ありがとう佐々木。」
桃花「本当ね! サンフェスもそうだったけど私たちが経験した中で1番盛り上がったよ! ありがとう佐々木!」
梓咲「恐縮です。」
南「もう…! 副部長とドラムメジャーが褒めてるんだからもっと嬉しそうにしてもいいんだよ!」
桃花「そうよ! 私たちの言うことそんなに信じられない⁉」
梓咲「しかし…1年生の小僧の分際で生意気なことを申し上げますが許していただけますか?」
南「いいよ!」
桃花「ドンと来て!」
梓咲「『立華はマーチングだけじゃねえんだよ。座奏もやれるんだよ。舐めんじゃねえぞ。』という意気込みで吹きました。御無礼をお許しください。」
一礼する。おふたりのゴクリと唾液を飲みこむ音が聞こえた。
南「……そうだね。その通りだよ。佐々木の言ってることは正しい。その意気込みを私たちも見習わなくちゃいけない。」
桃花「やっぱり佐々木って熱い男ね! 私も燃えてきた!」
梓咲「それではお疲れ様でした。桃花先輩、南先輩。それではまた明日お会いしましょう。」
南「うん! また明日!」
桃花「気をつけて帰ってね! また明日!」
一礼して走って帰った。
桃花「佐々木って表情からは何考えてるのかわかりにくいけど、本当に熱いよね…。」
南「うん…。明日翔子に報告するよ…。佐々木がああ言ってたって。」