資格を手放した元先生の繰り返した世界線での願い 作:Thinker1714
第2話です。よろしくお願いします
視界の端でゆらゆらと揺れる、
頬を刺すような日差しの熱さと、鼻腔を突く乾いた砂埃の匂い。
(……夢、じゃない)
脳裏にこびりついた4度の失敗と自身への絶望。その記憶の重みとは裏腹に、目の前でかがみ込み、心配そうにこちらを覗き込んでくる少女の存在感はあまりにも生々しかった。
梔子ユメ。
原作の『ブルーアーカイブ』においては、本編開始時点でとうにこの世を去っていたはずのアビドス生徒会会長。
(なんで……ユメ先輩が目の前に……?)
思考が激しく衝突する。
手元のシッテムの箱はもう無い。アロナの声も、奇跡のプロテクトも存在しない。
代わりに、神様から貰ったこの身体……ナノマシンによって強化された身体の感覚だけが、彼女の温もりと微弱な生体反応を冷徹なまでに伝えていた。
「あ、よかった! 目、覚めた?」
ほっと安堵の息を漏らす彼女の頭上には、見間違えようもないアビドス高校の校章に似たヘイローが浮かんでいる。
(よりにもよって、原作の2年以上前……)
擦り切れた心に冷たい冷気が走るのと同時に、俺はゆっくりと上体を起こした。
「……あぁ、大丈夫だ。……助かった」
「へへ、気にしないでください! ……って、立ち話もなんですし、こんなところで倒れてたら本当に熱中症になっちゃいますよ! すぐそこに私の学校があるんです。とりあえずそこに行きましょう!」
眩しいほどの笑顔でそう言うと、彼女は俺の手,を引くように立ち上がらせてくれた。
伝わってくる彼女の手の温もりに、胸の奥がキュッと締め付けられるような錯覚を覚える。
「あ、自己紹介が遅れちゃいましたね! 私はアビドス高校1年で生徒会会長の梔子ユメです! 君のお名前は?」
「……死騎ユウだ」
「ユウ君ね! よろしくね!」
『先生』という肩書きは、もう二度と名乗らない。
ただの『死騎ユウ』としてそう告げると、ユメ先輩は疑う様子もなく無邪気に頷いた。
砂利を踏みしめる音だけが響く灼熱の砂漠を歩き、案内された場所——そこは見覚えのある、だがあまりにも静まり返ったアビドス高等学校だった。
(静かすぎる……)
校舎の周りを見渡す。
手入れの行き届いていない敷地、あちこちに目立つ砂の堆積。
そして何より——過去ではあの鋭い目つきをした尖った性格で、けれど誰よりも仲間想いな『後輩』の気配がどこにもない。
「ユウ君、冷たいお水持ってきますね! そこで座って待ってて!」
バタバタと嬉しそうに奥へ走っていくユメ先輩の背中を見送りながら、俺は確信に近い予感を抱いていた。
(ホシノがいない……。まさか、入学してくる前の……本当の最初期のアビドスなのか……?)
「お待たせしました! はい、どうぞ!」
思考を巡らせていると、奥から戻ってきたユメ先輩が、なみなみと水が注がれたグラスを差し出してくれた。
受け取った冷たさに感謝しながら一気に喉を潤す。
「ふう……助かった、ありがとう」
「へへ、どういたしまして! それで……さっきの続きですけど、ユウ君は歳は私と近いですよね? その割にどこか落ち着いてるっていうか……不思議な雰囲気の人ですね。趣味とか、何か好きなことってあるんですか?」
グラスをテーブルに置き、小さく息を吐く。
どこまで話すべきか言葉を選び、口を開こうとした——その瞬間だった。
話の途中、唐突に校舎全体を揺らすような重低音が腹に響いた。
直後、校門の方角から乾いた連射音と、激しい着弾音が静寂を切り裂く。
窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げ、俺は姿勢を低くした。
「えっ……!? な、なに!?」
唐突な爆音に、ユメ先輩が肩を跳ねさせて持っていたトレーを落としそうになる。
そんな彼女の横で、俺の脳内はすでに冷徹な戦闘モードへと切り替わっていた。
(……アサルトライフルが15、ショットガン7、粗悪なグレネード投射器が2。距離は約百メートル、校門付近か)
体内のナノマシンがもたらす過剰なまでの視覚と聴覚、そして思考加速の兆候が、音と振動だけで敵の規模と位置を瞬時に弾き出していく。
手元にシッテムの箱はない。だが、この身体の知覚精度はかつての戦闘指揮すら過去のものにするほど研ぎ澄まされていた。
「ひぃん、大変! またヘルメット団の人たちかも……! ユウ君、危ないからここで待ってて!」
慌てて自身の銃器を構え、震える脚を叱咤するように前へ出ようとするユメ先輩。
たった一人で学校を守ろうとするその華奢な背中を見つめながら、俺は静かに立ち上がった。
「さて……冷たい水をいただいたお礼をしなくてはな」
俺はユメ先輩の後を追い、姿を隠しながら窓越しに校門前の戦場へ視線を向けた。
(……なるほど、流石はホシノの先輩か。盾で身を守りながら正確に狙いを定めている。だが……一人ではあまりにも火力不足だ。仲間がいれば話は別だが、今の彼女にそれを望むのは酷というものだな)
息を潜め、冷徹に思考を巡らせる。
ただ敵を倒すだけでは意味がない。目的は『アビドス側の被害をゼロに抑え、かつ弾薬や物資の無駄な消費を防ぎ、短時間で最も効率よく敵群を無力化すること』だ。
(まずは——広範囲に被害を広げるグレネードランチャー持ちの無力化からか)
皮膚の表面から滲み出た高密度の金属粒子が、身にまとっていた戦闘服の上に這い回り、洗練された重厚なアーマープレートとなって硬化・定着していく。
さらに右手の中空へナノマシンが集束・高密度圧縮され、バチバチと蒼白い電流を帯びた非殺傷のスタンロッドが構築されていく。
手元に伝わる、ずっしりとした金属の質量と冷たさ。
装甲化を終えた俺は、呼吸を極限まで深く、静かに整えた。
できる限り目立たず、確実に隠密で処理する——。
俺は体内のナノマシンを極微小な微粒子として空気中に散布させ、周囲の光を屈折させることで、一時的に自らの姿を不可視化させた。
完全に気配を消して戦場へ踏み出そうとした……が、ふと自分の足元に目を落とし、俺は密かに眉をひそめた。
(砂地だと、踏みしめた足跡までは隠せないか……)
制約を瞬時に理解しつつも、思考加速の処理速度で即座に優先順位を組み替える。
足早に砂を蹴り、まずは一番近くで無我夢中にアサルトライフルを乱射していたヘルメット団の背後へ肉薄。無防備な首元へ、電流を帯びたスタンロッドを正確に叩き込んだ。
一瞬の痙攣とともに、少女が膝から崩れ落ちる。
(感電時の接触音を聞かれるリスクを考慮していたが……この激しい乱射音の中なら、その心配もなさそうだな)
すぐさま次の標的——最優先目標であるグレネードランチャーを構えた少女の背後へ回り込む。
膝裏へ的確に蹴りを叩き込んで体勢を崩させつつ、落下による怪我を防ぐため左腕で背中を抱え込む。そのまま間髪入れずに右手で首元へスタンロッドを押し当て、静かに無力化を完了させた。
だが——あまりにも完璧な動作の合間、運悪くその不自然な光景を目撃したヘルメット団の一人がいた。
「えっ……!? な、誰もいないのに、なんで二人が倒れて——!?」
突如として仲間が宙に浮くように倒れた怪奇現象にパニックを起こし、慌ててこちらへアサルトライフルの銃口を向けようとする少女。
しかし、動揺に満ちたその対応はあまりにも遅すぎた。
銃口がこちらを捉えるより早く、不可視の境界線から俺が肉薄する。
強烈な掌打で銃身を跳ね上げ、そのまま吸い込まれるようにスタンロッドを叩き込む。甲高い放電音とともに、少女の意識を刈り取った。
(ヘルメット団といえども生徒だ……なるべくは怪我させたくないな……)
混乱が伝播する前に、俺は素早く戦場を駆け抜けた。
光学屈折を維持したまま残りのグレネードランチャー持ちへ肉薄し、抵抗の間すら与えずにスタンロッドで沈める。広域火力を真っ先に奪ったことで、戦場の主導権は完全にこちらへ傾いた。
(あとは、混乱する残党を片付けるだけだ)
ふと視界の端を捉えると、正面から堂々と敵を押し返しているユメ先輩の姿があった。
「——そこまでです! これ以上、アビドス校舎には立ち入らせません!」
重厚な盾をしっかりと構え、前衛として敵の射撃を真正面から弾き返す。
迫るヘルメット団に対し、怯むことなく踏み込んで強烈なシールドバッシュを叩き込み、体勢を崩した隙を見逃さず、ハンドガンで正確に脚や武器を撃ち抜いて無力化していく。
(……なるほど。原作の知識通りお節介で呑気に見えるが、伊達にアビドス生徒会会長を名乗ってはいないな)
後方からの不気味な連鎖ノックアウトと、正面からのユメ先輩による果敢な圧迫。
挟み撃ちの形となったヘルメット団は瞬く間に戦意を喪失し、パニックを引き起こした。
「ひ、ヒィィッ! な、なにが起きてんだよぉぉッ!?」
「撤退! 撤退ぃぃッ!」
「待って、〇〇ちゃんが倒れてる! 引きずってでも連れてくよっ!」
「う、うわあん! 誰にやられたか分からないけど覚えてろぉぉッ!」
恐怖に怯えながらも、彼女たちは気絶して倒れている仲間を慌ただしく担ぎ上げ、肩を貸し合いながら必死の形相で脱兎のごとく逃げ出していく。
乱雑な足音と悲鳴が遠ざかり、校門前には瞬く間に静寂が戻ってきた。
肩を貸し合いながら去っていく彼女たちの後ろ姿を見送り、俺は静かに息を整えた。
光学迷彩を解除し、体内のナノマシンを収束させる。
「ふぅ……さて、戻るか」
姿を現し、足音を立ててユメ先輩の方へ歩み寄る。
すると、誰もいないはずの場所から突然現れた俺を目撃したユメ先輩は、目を丸くして跳ね上がった。
「ひゃいっ!? ゆ、ユウ君!? な、なんで何もないところから急に出てきたの……!? 姿が消えてた……? えっ、さっきのヘルメット団の人たちを倒したのは、もしかして……!?」
「……まあ、ちょっとした手品みたいなものだ。怪我はないか?」
「私なら平気だけど……ううん、平気じゃないよ! ユウ君!」
いきなりユメ先輩がぷくっと頬を膨らませ、両手を腰に当てて俺に詰め寄ってきた。
「ヘイローがないのに、こんな危険な戦闘に飛び込むなんてダメだよ! キヴォトスじゃヘイローがない人は銃弾一発で命に関わるんだから! 手助けをしてくれたのは嬉しいけど、もしユウ君に何かあったら私、泣いちゃうところだったんだからね……!」
(ヘイロー、か……)
真剣な顔で本気で俺の身を案じて怒ってくれる彼女。
その温かさに苦笑しつつも、「俺の身体はナノマシンで強化されているから大丈夫だ」とは言えず、素直に「すまない、気をつける」と謝るしかなかった。
「……でも、本当に助かったよ。ユウ君がいてくれなかったら、校舎を荒らされていたかもしれなかったよ。ありがとう、ユウ君!」
パッと花が咲いたような笑顔で感謝を述べた後、ユメ先輩は何かを思いついたように手をぽんと打った。
「ねえねえ、ユウ君! どこにも所属してないなら、いっそのことアビドス高校に編入しちゃわない!? 今なら生徒会副会長のポストが空いてるよ! というか生徒私しかいないから選び放題だよ!」
「いや、申し訳ないが遠慮しておく。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
「えぇ〜、そこをなんとか! ご飯もお水も奢るから〜!」
「ふふ、すまないな。代わりにちょくちょく会いに来るからさ。それより、さっきできなかったこのあたりの地理と物資の調達先について情報を教えてくれないか?」
猛烈な勧誘をひらりと躱しつつ、情報交換という名目でアビドス周辺の情勢を聞き出す。
やはりホシノはまだ入学しておらず、生徒はユメ先輩たった一人。学校の財政も壊滅的で、ヘルメット団のような地元のならず者が頻繁に襲撃してきているらしい。
(まずは……拠点と装備の拡張ならびに資金、そして情報の収集か)
情報を切り上げ、名残惜しそうにするユメ先輩をなんとか宥めて校舎を後にする。
俺が次に向かうべき場所は決まっていた。
法も秩序も届かない、キヴォトスの闇が集う場所——ブラックマーケット。
ナノマシンの真価を発揮し、この世界で影から動くための「基盤」を作るため、俺は砂塵の舞う街道へと足を踏み出した。
Tips オリ主事死騎ユウの身体は神様転生特典の一つとして普段は生身と変わらない状態ですが、戦闘になればナノマシンの増殖や硬化などでプロテクターや武器などを製作している。非戦闘時に意図してない銃撃をもらうと普通に死んでしまいます。(1敗)