世界の終わりに、何の話をしようか   作:獅子唐の遺跡

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忘れるというのは、思っているよりも怖いのかもしれない。
忘れてしまえば"無"と同義に成り下がるしかないのだから。



恐怖

 

 

…おはよう、今日は早かったね。

何時かって?ちょうど9時を過ぎたあたりさ。

朝ご飯の準備はできているけど、どうする?

 

そうか。

本当は、無理やりにでも食べさせたいんだけどね。

日に日に痩せて衰えていく君を見るのは、結構効くんだよ。

更に私は君を愛すると宣って、共に老いることすらしない。

 

望んだことじゃない。仕方がない。

そんな言葉であの空虚さを埋めることはできないんだ。

君の変わりは何処にも居ないんだ。

 

似たような話だとしても、必ず興味を持って食いついてくる人はいない。

自分なりに問いと課題に真摯に向き合って、自分なりの答えを示してくれる人はいない。

私と定義について、夜通し語ってくれる人はいない。

 

……今日の話は、元々決めていた。

でも、今の君を見ているとまだ早いように思える。

だから———今回の話は『恐怖』について、だ。

 

恐怖(Fear)』。

尽きる事のない絶望の起源であり、人間が手にした勇気の根源であり、全ての進歩はこれを克服するために生まれた。

恐怖により生まれたものは数知れないだろう。

 

恐怖の例として、暗闇を挙げようか。

根源的恐怖である暗闇は、あらゆる生物が忌避し、嫌悪するものだ。

生物は進化していくが、真に闇を克服できたものはいない。

殆どは光で照らすことをせず、光を得たものも遠くの闇を晴らすことはできない。

 

しかし、人間は『時間』をかけて『技術』を発展させ、『宗教』により統制し『言語』と『芸術』で後世に繋いだ。

人間の進歩は恐怖の克服と強く結びついているんだよ。

 

暗闇は恐怖の例の一つでしかない。

『死』を恐れない傑物が、『愛』することを恐れるように、個々によって恐怖するものは変わるだろう。

その中で、全ての人間(・・)が最も恐れているものを挙げようか。

 

忘却。

忘却に対しての恐怖は、私もまた持つものだ。

自らの存在の忘却。愛する者の忘却。社会からの忘却。……世界からの忘却。

忘れるというのは逃れられないことなのだろう。時間ですらその規律を捻じ曲げることができるというのに、忘却からはいかなる手を持ってしても逃れることはできない。

 

忘れてしまえば終わりなんだ。

終わりを始まりに繋げる永遠も、忘却によって消え去る。

……全部だ。

全部、台無しになる。

これまでも、これからも…。

紡いできた全てが、忘却という逃れられない事象一つで消え去るんだ。

 

私は怖い。

君との出会いを忘れるんじゃないか。

 

私は怖い。

君とのやり取りを忘れるんじゃないか。

 

…私は怖い。

君との別れを、忘れるんじゃないか。

 

 

 

———

 

 

 

昔々、ある一人の天使は、一人の恋した人間のために死を撒き散らしました。

その人間は"不死"を得ていたため、死の影響を受けません。

不死と天使の二人で生活することも、できたのでしょう。

 

しかし、不死は自身が不死である事を拒否しました。

自身の幸福を犠牲に、世界すらも欺く忘却を用いたのです。

天使はその姿を見て、自分のしたことは間違いだったと気付きました。

 

せめてもの贖罪として、天使は不死に問いました。

「不死であることを止め、人として死にたいのなら一歩進みなさい」

不死は迷わず一歩前に進んで、遡行する時間と共に消え去りました。

 

天使は一人になりました。

全てのものは天使を置いて行きました。

ずっと、ずっと、天使はひとりでした。

 

憐れんだ世界が光を与え、新しく始められるとしても。

必ず天使は一人になりました。

必ず孤独が、天使を蝕み続けました。

 

 

 

———

 

 

 

これは、私の恐怖だ。

逃れる事の出来ない過去であり、現実であり、未来でもある。

忘れてはいけない、たった一つの記憶だ。

 

……長話。付き合わせてすまない。

もうそろそろだから、私は準備をするよ。

次の話、私が決めるよ。最後だろうし許してくれないか?

 

次の話は、『歴史』について。

ゆっくり休んでくれ、次の話をする前に、勝手に終わらせないように。

 

 





もはや意味を、定義を示す意味もなくなった。
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