世界の終わりに、何の話をしようか 作:獅子唐の遺跡
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ネタをくれ(強欲)
遺言……言葉を遺す、文字通りの意味を持って、伝えるものが私にも生まれた。
残念と言うのは贅沢なのだろうが、望まず死ねない以上生きて伝え続けることが大切だと思った。
話し続けていれば、いつか話すことになるだろうから。
話の内容なんて隠すこともないし、もう言ってしまうよ。
今回の話は『覚悟』だ。
これまでに話してきた話を、君がどれだけ覚えているか私には分からない。
最初の君は興味を持ってはいたが、理解と記憶においては循環の中でさらに優れる君に出会うことが多かったから、『忘却』も相まって力が衰えていたのだろうね。申し訳ない。
謝罪が本題でないから、話を戻そう。
君は、『覚悟』とは何だと定義する?
人はよく口にするよね、今後を左右する局面や命をかける場面で"覚悟を決める"ってね。
まるで、自分に言い聞かせみたいに。
……運命が結末を規定するならば、その結末へ至るまでの走る速度、そして足跡の深さを決めるのは———いつだって私や神ではなく、泥を啜りながら進む君自身の意志なんだ。
甘言だろうと幻影だろうと、歩みを止めることはできないように。
確かに、走り続ければ息切れをする日も来るだろう。
愛する者との別れを惜しむ暇もないだろうね。
だが、それは停滞する理由にはならない。足を止めてはならないんだ。
まぁ……所詮は諦めきれずに何度も繰り返して、果てに掴めず終わった私の戯言。
心の片隅に置いてもらえたら嬉しいよ。
『覚悟』とは、どれほど無慈悲で絶対的な『運命』や『死』が未来に待ち受けていようと、その結末を言い訳にせず、ただ前に進み続ける"誇り高い拒絶"だと考えている。
生物にとっては『死』は『運命』が引き寄せるものだから、同一とも言えるだろうね。
一部の存在を除いて、生きるもの、存在するもの……それらは滅びるよう望まれて作られた。
生命の終わりを繋ぐ、決して終末の訪れることのない螺旋に囚われている。
だからこそ必死に足掻ける、だからこそ生きる事ができている。
恥にまみれたとしても、これから先に見る光景の為になら受け入れられるように。
対して滅びぬ者たちは、自らの存在意義に囚われる。
退屈な永遠に囚われる。
迫りくる忘却の『恐怖』に怯え続ける。
必死に足掻いていたとしても、真に生きるものに勝ることはないだろう。
生者の持たない権能を使って真似した所で、真似事である上に偽物でしかない。
……故に、私にとっての『覚悟』は少々定義する意味が変わってくる。
私にとっての『覚悟』とは、君と同じように生きて、同じように死ぬこと。
たとえ何度も『死』を繰り返して、その終わりが齎す絶望に心折られたとしてもだ。
生半可な心構えじゃできないだろう。だからこそ『覚悟』だ。
もしもこの話が遺言なら、私は『覚悟』を決めて『死』を選んだのだろうね。
背を押したのは君だけど、背を押されるまで待ったのは私で、そのまま歩き続けたのも私だ。
見えない流れに沿って動いた結果死ぬなんてことはないから、気に病まないでくれ。
……遺言はここまでにしようかな、暗い話から離れられないだろうから。
また追加で遺すことがあるかもしれない、その時は探してみてくれ。