世界の終わりに、何の話をしようか 作:獅子唐の遺跡
語ることも少なくなってきた。
……君はさ、神を信じるかい?
もし私が神がいると言ったのなら、信じてくれるかい?
永遠に近づいた人間に裁きを下す天使の存在を、血も涙も何処かへ置いてきた成底ないの存在を、君は認めてくれるのかい?前置きはここまで。
———今回の話は、『宗教』だ。
信じるものは、人によって多岐にわたる。
それこそ私が言ったように、神という絶対的な何かが存在すると呈し、信じて追従する者たちが蔓延っていた時期もあった。
しかし、気付けば人は神を信じることをやめた。
……だからといって、信仰をやめたわけではない。騙されたわけじゃないからね。信じるというのは、神に限られたものではなかった。
それは他人だったかもしれないし、不変を約束する何かだったかもしれないし、まぁとにかく、信じるに値するものだったんだろうね。少なくとも、不完全なものに少しでも自分を委ねようとするのは、常時ですべきことではないのは明白だから。
信じるという事は信仰であり、信仰することは宗教の誕生を意味する。
信じる
宗教とは生きる道を照らす光であり、進む先を示す指針であり、もはや生きるという事と同一となるものだ。少なくとも、
……善人も悪人も等しく信心を抱き、行動を正当化するために宗教を上手く使った。
見えないものを信じることはできなくとも、見えているものなら、自らの行動によって起こった事柄ならば、信じることができるのだろうと。
しかし、人は人を騙すために宗教を用いた。この瞬間、宗教は、信仰は、価値を失ったんだよ。
人間が人間を騙せるというのに、存在しないものに従って生きるなんて不可能だ。
……この私の言葉も、君の考えも、それぞれが感じたことで、否定できない真実だ。
今回に限り、
君は
短いけど、この話はここまで。
もう少しだ、あと1,2回の話で、この舞台は終わる。
もはや終幕を喜ぶ気にもなれず、嘆く気もない私とまだ進んでくれるというのなら、私は言葉を紡ぎ続けよう。
君を
しゅう‐きょう〔‐ケウ〕【宗教】
《religion》神・仏などの超越的存在や、聖なるものにかかわる人間の営み。古代から現代に至るまで、世界各地にさまざまな形態のものがみられる。
引用元-コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%97%E6%95%99-76838