世界の終わりに、何の話をしようか 作:獅子唐の遺跡
この話と次の話について話したかった。
思想は強いと生きにくい。
空気が変わってきたね、多分、時間の動きも変わっているはずだよ。
かつて話したこと、覚えてる?『既に時は戻り始めている』。その根源に近づいてきている。
ここに来たのは私の意志であり、決して君への情ではなく、そして命令でもない。
では、時間と空間の歪みに気をつけながら話をしようか。よそ見は厳禁だよ。
今回は『芸術』だ。
……嫌な顔するね、何か過去にあったのかな?
———芸術と幸福論が、共通テストの第一問目で来ることが多いから嫌い?
はは、笑えるな。いや話は続けるし、実際はあまり気分が良くないんだけどさ。
芸術……人によって感性は違うし、自分の定義する芸術と違う定義をしている相手に、分かってほしいと願っても無駄な時間を過ごすことになるだろうね。
まぁ、君の定義する芸術が何かは知らないけども、今回は「空白」と「継承」で話そうか。
空白というのは、余分なものを全て削ぎ落としたという意味での空白だ。
誰かが気に入らないと言う、そういったいらないものを削って消していく。そうすれば必ず、最高のものが生まれるだろう。
けれど、これでは全てを落とした先に残るのは虚無だけ。
この虚無を「空白」と定義することで、虚無は生み出された"間”として芸術となり、産声を上げる。
「何も無いがある」なんて生易しいもんじゃない。何もないんだ。
そこに存在していない価値を見出そうと考える必要はなく、何かがあって然るべき場所に何も存在しない。これこそが空白。……何か言いたいことはあるだろうけど、まだ待ってね。
もう一つだ。
生きとし生けるもの、遍く全ての命は死へと行き着く。死とは終わりであり、その者の次はない。君も、私も、滅んだ全てに例外はないんだよ。
だが、花が散り、散った花が腐り、肥えた土となって他を育むように。
遺したものには、残されたものには先がある。
たとえ終わったとしても、自分は他のものと共に進む。そう信じて生きる。そう信じて託す。
有限を無限とする道を、「継承」として見た時美しくないと、芸術でないと誰が言えるだろうか。
———2つの芸術は反発しあい、互いに互いを拒絶する。
"運"ただ一つで、己は己であり、貴様は貴様であると定義される。故に「継承」において、「空白」は存在し得ない。
逆に"運"を手にして同一へと至った時、そのものには何も残らず、「空白」を手にすることだろう。
しかしその時、己自身として遺すものはなく、「継承」は存在していない。
継承は自らのみが持つ物を遺さねば継承と言えない。
果たして継承に値するものは、道標のない世界で見つかるのだろうか?
余計なものを切り捨てなければ空白と言えない。
果たして人とは、簡単に自分を殺して他人に成り代わる事のできる生物だったか?
……芸術を語る奴も、芸術を追い求める奴も、異常なんだ。
自らの人生を懸けて一つの美を生み出すなんて、異常以外に表せない。
失敗するものだらけ、道半ば力尽き、無念のまま死ぬ。随分と、惨めな最期。
あぁ、だからこそと言うのだろう。
完成した空白は人を魅了する。在りもしない最高を幻視する。
完成した継承は尊敬を抱かせる。永遠という人智を超えた存在を降臨させる。
哀れにも見惚れて、恋して、果てに狂って芸術を生み出す夢を見る。
君もそうだろう。いや、そうなんだよ。
君が違うと言い張ったとしても、私がそう定めた以上、そうでなくてはならない。
じゃないと、先には進まない世界だから。
さぁ行こうか、最後の話、最後の時間だ。
もう私は消えるだろうけど、君が望む限り共に進んであげる。
だからどうか———最後まで
最後の話は、『愛』についてだ。
げい‐じゅつ【芸術】
1 特定の材料・様式などによって美を追求・表現しようとする人間の活動。および、その所産。絵画・彫刻・建築などの空間芸術、音楽・文学などの時間芸術、演劇・映画・舞踊・オペラなどの総合芸術など。「芸術の秋」「芸術品」
2 学芸と技術。
引用元-コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E8%8A%B8%E8%A1%93-58905