世界の終わりに、何の話をしようか 作:獅子唐の遺跡
生は愛より始まるのだから、避けては通れぬ話。
死とは終わりである以上、始まりも結びつくものです。
チッ。苛立たしいな、あのジジイ。
お前に揉ませる肉は私にはないって、何度言えば分かるんだ?
……あぁ、君か。仕事は順調さ、あの下種とのやり取りで荒んだ心も、この結果を見るためだと思えば少しはマシになるくらいにはね。
あぁ、君からの要望があったね……今日の話は、『死』について。
はぁ……『死』とは、終わりだ。それ以上でも、それ以下でもない。人はよく、死の先に何かがあると思っている。
天国や地獄、生まれ変わり、あるいは魂がどこかへ還るのだと。
けれど、死とはもっと単純で、もっと絶対的なものだ。ただの幕引きであり、存在の完全な停止。
その瞬間から先へ進む時間なんて、一秒だって残りやしない。何かが続くわけでも、やり直せるわけでもないんだ。
そしてなにより――死そのものに、価値なんてものは微塵もない。
人は死に意味を見出そうと躍起になる。「尊い死」だの「美しい最期」だの、都合の良い言葉で飾っては己を慰めているが、まぁ、正直言って反吐が出るね。
無になることに何の価値がある?虚無はただの虚無だ。価値なんてものは、生きている間にしか存在し得ない。死とはただ、すべての価値が消失する残酷な通過点に過ぎないのだから。
世界に存在するあらゆるものは摩耗し、劣化する。生命は老い、器物は朽ち、星すらもいずれ燃え尽きる。
これらは変わることのない絶対的なルールであり、恐ろしいことに神とて例外ではない。
永遠を謳う神々ですら、悠久の時の中で少しずつ擦り切れ、変質し、最後には狂気や忘却の中に沈んでいく。
なんなら、時間なんてまどろっこしい物を使わなくても死ぬ。殺せるんだよ、あいつ。
———疲れてるな。話が逸れた、ごめんね。
…形の有る無しに関わらず、存在するということは「死に向かって摩耗し続ける」ことと同義。そう……ただ一つ、死を司る何かという例外を除いてはね。
それは決して擦り減らないし、老いることも、朽ちることもない。永遠に不変のまま、世界の終焉を見届けるためだけに作られたんじゃないかって、最近考えるようになったよ。
…何よりも呪わしかっただろうね。摩耗すら許されず、終わることすらできない時間は。
でも人間は、いつでも自らを終わらせられるという絶対の権利を持っている。
摩耗の果てに自壊するか、惨めに命乞いをする神とは違う。人は神を超えているんだ。
君は、君自身の意志で、完璧な絶望と完璧な静寂を選び取ることができる。
死そのものに価値はない。全てはいずれ終わるものであり、先へ進むことはない。
私?私はねぇ、まだ終わるには早いかな。
君と出会えて愛を知ったんだ。
無意味な終着点。その道中で輝く熱は、冷えきった私を焦がすには十分だった。
摩耗し、劣化し、いずれ完全に途絶えると知りながら、生命は他者に執着し、己を削ってまで誰かを慈しむ。
明日には途切れるかもしれない線と線を、必死に結びつけようとする。
あぁ、実に滑稽で、美しく、そして途方もなく特別だ。
死という虚無の暗闇があるからこそ、その真っ只中で燃え上がる愛だけが、本物の光を放っている。
終わりが来たその時、私は静かに目を開けたまま消え去ろう。神々すら逃れられぬ無の淵で、あの『特別』な光の余韻を思い出しながらね。
世界が完全に摩耗し尽くし、最後のページが閉じられるその瞬間。
私は私自身の手で、私の中の『死』を完成させるんだよ。
し【死】
1 生命がなくなること。死ぬこと。また、生命が存在しないこと。「死に至る病やまい」「死の谷」⇔生せい。
2 律の五刑の一。絞こうと斬ざんの2種があった。
引用元-コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E6%AD%BB-71667