歪みがテーマの、とある個人短編コンテスト企画に参加しましたー。

 好きに書きましたが、少しでも何か感じて下さると嬉しいですー。

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第1話

 生まれてからしばらくずっと、潮騒を聞いていた。

 幼い私は、時にうるさいそれを身近な怪物のものと解してしまう。

 そして、アレはどうして昼も夜も泣いているのだろうかと不思議に思い続けていた。

 

「悲しい怪物なんて、どこにも居なかったね」

 

 しかし想像していたよりも海とはずっと幸せなものであり、悲しんでいるのは私の心ばかり。

 

 気が向けば何時でも波に乗れるって最高だから。

 どうしてこんな海岸の近くの小さな家にへばり付くようにその日暮らしをしているのか疑問に思った私に、父母はそう答えた。

 彼らはサーファーという生き方を軽薄にまとっていて、そして肌の色までお揃いに黒い。

 夏の日光に痛みすら覚えて泣きじゃくる私を、彼らは次第に家に忘れるようになる。

 

「でも、帰ってきてくれれば、それで良かったのに」

 

 ある日父は海に飲まれて、やがて母は酒に呑まれた。

 ゴミ屋敷と化したもと海の家である我が家の有様を見かねた父方の祖父が私を引き取ってくれなければ、もしかすると仲良くあの家の梁に母と仲良くぶら下がる羽目になっていたのだろうか。

 あの時私を離した母のその手の力の無さを思うに、それはないと思う。

 

「これで、よし」

 

 でも、私は今も願うように梅雨の頃には仲良く三つのてるてる坊主を並べてその首元を誤っても解けぬよう強く縊らせるのだった。

 

 

 私はバロックパールが好きである。

 丸ではなく自然のいたずらのような形の歪んだ真珠ばかりが私の首元で毎日鈍く輝いている。

 オンリーワンの連なりなんて、やり過ぎじゃないかと友達は私のネックレスを笑う。

 だがそれが私の価値観の歪さを意味するものではないと思うのだ。

 

「だって、大体がばばがくれたものだから」

 

 大切を好きになるのは自然なこと。

 そう信じたい私は、けれども何より大切にすべき私のことが嫌いだから、笑えない。

 しかし彼らは真っ当に私のことを好きで大切にしていてくれた。故に、口元は何時だって歪ませていなければいけなかったのだから、私も大変だ。

 

 特に私を可哀想な子だと思いこんでいた祖母は私があまり嬉しそうでないと薄い眉を面白いくらいに八の字にする。

 結果滑稽なまでに皺だらけになる老婆はでも本気で悲しんでいるのだから、私も嘘みたいに真剣に笑ってあげるしかなかった。

 笑みが次第に癖になった私の頬は、今も好きでもない喜色に歪んで固まりきっている。

 

「でも、それが愛ならば仕方ない」

 

 そう言う私は、首元のネックレスがころころと笑いだして真っ当な丸の形に戻っていないか、時に探るのだった。

 

 

 父方の祖父母は、真珠養殖業を営んでいる。

 彼らの仕事場は、臭い。そして下を向いて貝殻を弄る老人ばかりが存在していて、彼らはラジオから響く明瞭な声色に背を向けながら黙々と作業をしている印象だった。

 

「生きるって、大変」

 

 私も彼らの働きを手伝っていたことがある。

 しかし、好きではない磯の匂いの充満する中、チャンネルを溶接された機器から響き続ける音楽やら何やらが子供心には恐ろしくすら感じた。

 また、任してもらった真珠玉の仕訳ですらうまくいかなくて、じじにはお前にこの仕事は向いていないかもなと決めつけられる始末。

 でも、毎日のように仕事場に顔を出すのを止めなければ、そのうち駄賃代わりとして売れない真珠をばばがくれるようになった。

 

「それも、止めちゃった」

 

 不格好な真珠の一つ一つに穴を開け、連ねてぶかぶかなひと巻き。

 一年かけてそれが出来た途端に私の意欲の糸は切れてしまったのか、私は彼らの手伝いをしなくなる。

 

 けれどもそれをすると喜んでくれると変に学んだばばはずっと、私に()()な真珠をしばしばプレゼントしてくれた。

 私が毎回その手の罅割れにとれない黒ばかりを見つめていたのに、あの人は気付いていただろうか。

 それは分からないし、もう聞けない。たっぷり孝行して無遠慮に触れてあげる前に、ばばは転倒が原因で亡くなってしまったから。

 

「ごめんね」

 

 あの人は、私に良さそうだと感じた形の真珠を取り逃した後に、深追いしすぎた結果滑って頭を強かに地にぶつけたらしい。

 私は、じじが事情とともに渡してくれたこの最後の真珠に、もう私のためにと穴を開けることは一生出来ないだろう。

 

 

 そして今日私は、ぜんぶお前のせいだと、酒に灼けた声を聞いた。

 

 なるほどと、私は全てを納得する。

 ただ最後に、潮騒を聞きたいと私は思った。

 

 何時も自慢するかのようにぶら下げていたバロックパールの首輪がうざったくなるくらいに駆け足のまま、私は止まれない。

 そしてたどり着いたのは、父母が親しんでいただろうものよりずっと冷たい感触。

 冬の海に映った私の顔はもう、笑っていなかった。

 

「これから、私はどうなるの?」

 

 自問に、しかし揺れる海は歪みを連ね、怪物の泣き声を続けるばかり。

 きっとこのまま私なんていうものは、父のように波に飲まれて帰らなくなるのが正しいのだろう。

 

 ざあざあ、ぽつぽつ。

 

 

 けれども。

 

「どうしようもない、か」

 

 歪んだ心は一人で満足できなければ、孤独に揺らぐ。

 ただ好きで、何よりも大切だったものはここにはない。

 

「帰ろう」

 

 

 私はだから、こんなところで終わってなんて、あげられない。


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