ヘラとアルフィアがじゃが丸くん屋台で働く期間はあと半年。サボることなく毎日よく働いてくれている。
「平和だなぁ」
そう、最近はすこぶる平和なのだ。他のファミリアに喧嘩を売られることもなく、今はギルドとやり取りすることもない。
ダンジョンに潜ったり、畑を耕したり、あとは美味しい料理を食べて充分な睡眠をとる。うんうん、素晴らしい生活だ。この生活が今後も続いてほしい。
あ、でもリヴェリアは僕と違って平穏な日々とはいえないかな。
何がどうなってそうなったかは分からないけど、週に一日アルフィアに挑んでる──もとい、訓練をつけてもらってるみたいだ。
僕?僕はアルフィアと戦うくらいなら、ダンジョンに潜るよ。ダンジョンに潜って魔石を稼いでいた方が、心身的にも経済的にも遥かにいい。
「っと、そろそろ出ないと約束の時間に遅れる」
今日はガネーシャ・ファミリアと一緒に街の見回りをする約束をしてるんだよね。
こういう面倒事はリヴェリアに任せたかったんだけど、降り悪く今日がアルフィアに挑む日だった。ついてない。
ため息を一つ吐き出し、僕は大鎌を背負ってファミリアの拠点を後にした。
向かった先は、オラリオの治安維持を担う都市最大の派閥、ガネーシャ・ファミリアの拠点前だ。
「待たせたかな、シャクティ」
「いや、私も今来たところだ。わざわざすまないな、ライ」
待ち合わせ場所に立っていたのは、ガネーシャ・ファミリアの団長であり、オラリオでも有数の実力者であるシャクティ・ヴァルマだ。
引き締まった褐色の肌に、Lv.5の第一級冒険者であり、その実力と統率力には僕も一目置いている。
「気にしないでよ。治安維持の協力くらいなら喜んでやるさ」
「デメテル・ファミリアには、日頃から食糧の安定供給で助けられている。こうして合同パトロールという形で協力姿勢を示せば、住人たちもより安心するだろう」
シャクティは真面目な顔で頷き、僕たちは並んで大通りへと歩き出した。
オラリオの昼下がりは、いつも通り活気に満ちている。
屋台から漂う香ばしい匂い、商人たちの威勢のいい声、そして行き交う冒険者たちの喧騒。
僕たちが歩いていると、すれ違う人々が次々と声をかけてくる。
「おっ、シャクティ団長!今日もご苦労様です!」
「ライさんじゃないか!今日の野菜も最高でした!」
ガネーシャ・ファミリアの『治安維持』の役割、デメテル・ファミリアの『食』の恩恵。
この二つのファミリアが並んで歩く光景は、オラリオの住人にとってこの上ない安心感を与えるらしい。
「相変わらずの人気だな」
「ガネーシャ・ファミリアこそ」
和やかに言葉を交わしながら、僕たちはメインストリートから少し外れた、エリアへと足を踏み入れた。
この辺りは少しだけ空気が淀んでいる。昼間から酒を煽る荒くれた冒険者も多く、いざこざが絶えない場所だ。
「最近の治安はどうなの?何か厄介事は起きてる?」
僕が尋ねると、シャクティは微かに眉間に皺を寄せ、重いため息を吐いた。
「......最近は、ソーマ・ファミリアの動向に頭を悩ませていてな」
「ソーマ・ファミリア?」
「ああ。『神酒』のせいで、酒の代金を払うために借金を重ね、挙句の果てには一般市民から金品を強奪する事件まで起きている」
シャクティの言葉に、僕は内心で舌打ちをした。
ソーマ・ファミリア。僕が次にファミリアの新規事業として『酒造』を始めようとした際、最大の競合になるだろうと目を付けていた派閥だ。
ソーマ・ファミリアの黒い噂は聞いていたが、まさか一般市民にまでそこまで直接的な実害が出始めているとまでは思ってなかった。
「それは厄介だね。ギルドは動いてないの?」
「あくまで『酒に酔った冒険者個人の暴走』として処理されてしまうことが多い。だが、現場の我々からすれば、異常なのは明らかだ」
なるほど。ファミリア全体としての犯罪の立証が難しいから、手出しができないわけか。まあ、一般市民への強盗は完全に団員たちの暴走だろうしね。
そんなの関係ない。ソーマ・ファミリアの団員がよろしくないタイプの問題を多数起こしているのは事実だからね。
ソーマ・ファミリアを社会的に孤立させ、僕たちが高品質の酒を市場に投入するための完璧な地固めをするのには、問題を起こしてくれた方が都合がいい。
僕が頭の中で算段を弾き始めた、まさにその時だった。
「──ふざけんじゃねえッ!さっさと金を出せって言ってんだよォ!」
通りから一本路地に入った場所で、耳障りな怒声と、物が砕ける派手な音が響き渡った。
「キャアアアアッ!」
女性の悲鳴。
僕とシャクティは顔を見合わせ、言葉を交わすことなく同時に声のする方へと駆け出した。
路地の奥にある小さな広場。そこでは、荷馬車を引いていたと思われる一般の初老の商人と、その娘らしき女性が、4人の冒険者に囲まれて震えていた。
荷馬車は横転させられ、売り物と思われる果物や野菜が泥まみれになって地面に散乱している。
それを取り囲んでいる男たちの姿は、一目で異常だと分かった。
目は血走り、口元からは涎を垂らし、手にした武器を無軌道に振り回している。
彼らの胸元に刻まれたエンブレム、そして周囲に漂う、酒の匂い。
「......シャクティ」
「ああ。間違いない、ソーマ・ファミリアの団員たちだ。重度の神酒の依存に陥っている」
男の一人が、腰を抜かして座り込む商人の胸ぐらを掴み、力任せに持ち上げた。
「おいジジイ!金だ、金を出せ!俺にはあの酒が必要なんだよォ!一杯でいい、頼むから金をくれェェッ!」
「ひ、ひぃぃっ!お助けを!」
「うるせええええッ!」
男が商人を地面に投げ捨て、腰の剣を引き抜いて高く振り上げた。
狂気に支配されたその目に、もはや理性の欠片もない。ただ、神酒という欲望を満たすためだけに動く獣だ。
「そこまでだッ!私はガネーシャ・ファミリアのシャクティ・ヴァルマ!直ちに武器を捨てて投降しろ!」
シャクティが鋭い声で制止し、瞬時に間合いを詰めようとした。
ところで、僕は彼女の肩を掴んで制止した。
「ライ?」
「シャクティは、市民の保護と避難を。僕がやる」
「......やりすぎるなよ」
「大丈夫。少しだけ教育するだけだから」
僕はシャクティに微笑みかけ、背負っていた大鎌をゆっくりと手にして、冒険者たちの前へと歩み出た。
「おいおい、白昼堂々ずいぶんと元気だね。食べ物のありがたみも分からないバカどもが僕は嫌いなんだ」
僕の声に、4人の男たちが一斉にこちらを振り返った。
血走った眼球がギョロリと動き、僕の姿を捉える。ああ、僕のことさえ分からないのか。これでも有名人なんだけど。
「あァ?なんだテメェ......しゃしゃり出てくんじゃねェよッ!」
「そいつの金も奪えェェッ!」
男たちは奇声を上げながら、僕に向かって殺到してきた。
Lv.1か、せいぜいLv.2といったところか。動きは単調で、足元も酔っているせいかふらついている。
こんな連中が、自分より弱い一般人から金を巻き上げ、あまつさえ危害を加えようとしていた。
それって、許されない罪だよね?
「──本当に、愚かだなぁ」
僕は大鎌の柄を短く持ち直し、姿勢を低くして地面を蹴った。
視界がブレるほどの速度。彼らの目には、僕が突然消えたように映ったはずだ。
「な、消え──ガァッ!?」
先頭の男の懐に潜り込み、大鎌の石突きで鳩尾を的確に打ち抜く。
肺の空気を全て吐き出させて動きを止めた瞬間、僕は男の右腕を掴んだ。
そして、一切の躊躇いもなく、逆関節の方向へと体重を乗せて捻り上げる。
メキィィィィッ!という、生々しい骨の砕ける音が広場に響き渡った。
「ギャァァァァァァァッ!?」
「右手だけじゃバランスが悪いよね」
苦痛に絶叫する男を容赦なく引き倒し、そのまま彼の左腕を足で踏みつけ、踵で肘の関節を完全に粉砕した。
ゴキッ、という音と共に、男の左腕が奇妙な方向へと折れ曲がる。
「あああああァァァッ!うで、腕がァァァァッ!」
男は両腕をぶら下げたまま、白目を剥いて地面をのたうち回った。
「な、なんだコイツ......ッ!ぶっ殺せェッ!」
仲間がこっぴどくやられたのを見て、残りの3人が怯えと怒りの混じった声を上げて一斉に武器を振り下ろしてくる。
遅い。遅すぎる。
僕にとっては、止まっているも同然の速度だ。
飛んできた剣の軌道を大鎌の柄で軽々と逸らし、そのまま柄の先を2人目の男の顎に叩き込む。
脳を揺らされて意識が飛んだ男の手首を掴み、背中に回すようにして関節を極め、力を込める。
バキィッ!ボキィッ!
「グギィィィッ!?」
悲鳴を上げる間も与えず、両腕を完全に破壊して地面に転がす。
「ヒッ......!化け物......ッ!」
3人目と4人目が、ようやく自分たちが喧嘩を売った相手の異常性に気づき、武器を放り出して背を向けた。
もちろん、逃がすわけがない。
僕は地面を蹴って瞬時に彼らの背後に回り込み、逃げる2人の肩を背後から同時に掴んだ。
「おっと、どこに行くの?神酒を飲むための金が欲しいんだろう?──僕に勝てたら幾らでもあげるよ」
「ひ、ひぃぃぃっ!ごめんなさい!許してッ!」
「許すよ。許すけど、悪いことをしたら罰を受けないとね。君たちは冒険者ではない弱者に手を出したから、その罰は──このくらいかな?」
二人の両腕をそれぞれ掴んで、容赦なくへし折った。
バキバキバキッ!!
広場に響く、肉と骨が砕ける不協和音。
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
「痛いッ!痛いいいいいぃぃぃっ!!」
ほんの十数秒の出来事だった。
広場には、両腕を奇妙な方向へ曲げて泣き叫び、泥の上を転げ回る4人の男たちの姿だけが残された。
僕は大鎌の柄についた微かな血の汚れを布で拭い取り、冷ややかな視線で見下ろした。
「これなら、もう酒のグラスを握ることも、剣を振り回すこともできないね。平和的で素晴らしい解決策だ」
「......ライ。君というやつは......」
一般の親子を背後に庇っていたシャクティが、呆れが入り混じった顔で僕を見つめていた。
「やりすぎだったかな?でも、こうでもしないと、あいつらどうせまた同じことを繰り返すよ」
僕はあくまで平然とした態度で、肩をすくめてみせた。
「それに、腕の骨なんて高級ポーションでもかければ治る。まあ、そんなお金を持ってるかは知らないけど。ないなら借金でもすればいいんじゃない?」
シャクティは深くため息を吐き、額の汗を拭った。
「......君の言う通りかもしれないが、あまりにも容赦がない。Lv.5の第一級冒険者が格下相手に両腕を粉砕するなど、悪目立ちしすぎる」
Lv5?いつの話だろうか。あ、ああ、そういえばギルドに正しいレベルを報告してなかった。まあ、別にいっか。
「一般人に手を出す冒険者が多くなればなるほど、僕たちの肩身も狭くなるからね。容赦すべきじゃない」
「......はぁ、分かった。この場は我々ガネーシャ・ファミリアが引き取ろう。彼らは治療の後にギルドに突き出し、ソーマ・ファミリアには抗議しておく」
「よろしく。ああ、それと」
僕はシャクティに顔を向け、少しだけ声を潜めた。
「ソーマ・ファミリアの素行不良の件、ギルドには強く報告してくれるかな。どうせギルドは動かないだろうけど──彼らが増長してるのは厳正な罰を与えないギルドにも非がある」
シャクティは一瞬だけ息を呑み、そして静かに頷いた。
「......承知した。何を企んでいるかは知らないが、あまり無茶を.....いや、騒ぎを起こすなよ」
「もちろん。神に誓ってすぐには騒ぎなんて起こさないよ」
シャクティとのやり取りはそこまでにして、腰を抜かしている初老の商人とその娘さんの元へ歩み寄った。
「怪我はありませんか?今後困り事があれば、ガネーシャ・ファミリアを頼ってください」
デメテル・ファミリアではなく、ガネーシャ・ファミリアをね。
「あ、ありがとうございますぅぅっ!」
涙を流して感謝する親子を見送りながら、僕は空を見上げた。
平和だ。本当に平和だ。
もとより、酒造事業を独占状態にする案は以前から考えてた。もっとお金を稼ぐことができる。
「──さあ、帰って準備しないと」
両腕をへし折られて呻く男たちの悲鳴を背中で聞きながら、僕は機嫌よく鼻歌を歌い、パトロールの続きへと歩き出した。