ルエカ村で門番の青年から『馬車で2週間は西へ向かえ』と教えられたあの日。
僕たちは確かに、希望に胸を膨らませて西へと歩き出したはずだった。
しかし、結論から言おう。
僕たちが迷宮都市オラリオの巨大な城壁をその目に映すまでには、そこから丸2年という途方もない歳月がかった。
理由は、それはもう単純明快なものだ。主神たるデメテル様が、自由すぎたためだ。
「あっちの山を越えれば、きっと大きな街道に出るはずよ」
「デメテル様、先月も同じことを言って、たどり着いたのは底なし沼でしたよ......」
「今度こそ間違いないわ」
そんなやり取りを幾度繰り返しただろうか。
右へ左へ、時には来た道を数週間かけて逆戻りし、西へ向かっているはずがなぜか雪山で遭難しかけ、海辺で巨大なカニの魔物と死闘を繰り広げたこともあった。
当初は頭を抱え苦言を呈していた僕もリヴェリアも、半年が過ぎる頃にはすっかり諦めの境地に達していた。
道なき道を進み、名もなき村を救い、未踏の森を切り拓く。
この2年の間、同じテントで寝食を共にし、幾多の死線をくぐり抜けてきた僕たちの絆は、良くも悪くも、出会った当初では考えられないほど深いものへと変化していた。
例えば、旅を始めて半年が過ぎた、ある秋の豪雨の日のことだ。
その日、僕たちは突然の雷雨に見舞われ、慌ててテントを張っていた。容赦なく叩きつける冷たい雨粒に体温を奪われ、全身はずぶ濡れ状態だったんだ。
僕は外で周囲の警戒と雨避けの溝を掘る作業を終え、泥だらけの体を拭くための布を取りに、急いでテントの入り口をめくった。
「デメテル様、リヴェリア、タオルを......」
言葉は、途中で完全に凍りついた。
狭いテントの中。そこには、濡れた旅装束を脱ぎ捨て、まさに着替えの真っ最中だったリヴェリアの姿があった。
透き通るような純白の肌。滑らかで無駄のない、しかし女性らしい柔らかな曲線。服の上からでは分からなかった膨らみ。
肩から背中にかけて流れる翡翠の髪が、微かなランタンの光を反射して妖艶に輝いている。
彼女は下着すら身につけていない、完全な一糸まとわぬ姿で、僕の方を振り返った。
「......ッ!?」
「......あ」
翡翠の瞳が限界まで見開かれ、時が止まったような静寂が数秒間、僕たちを包み込む。
「ち、違う!これは事故だ!溝を掘り終わって、早く体を拭きたくて......!」
「ひゃあああああっ!見ないでくれえええっ!」
普段の冷静沈着な彼女からは想像もつかないような、悲鳴に近い叫び声がテント内どころか森全体に響き渡った。
飛んできた濡れた衣服が僕の顔面にクリーンヒットし、僕はそのまま後ろにひっくり返って泥だらけの水たまりにダイブする羽目になった。
「うふふ、ライったら。入る時はちゃんと声をかけなきゃダメじゃない」
着替えを終えていたデメテル様の呑気な笑い声が、雨音に混じって聞こえてくる。
その後、1時間ほど謝り倒すことになったのだが、不思議とリヴェリアからの殺意は感じなかった。
「......次からは、必ず声をかけろ。君は幼くとも、男なのだから」
顔を真っ赤にして俯く彼女の耳の先まで朱に染まっているのを見て、僕はひどく心臓を跳ねさせながら、ただひたすらに頷くことしかできなかった。
その一件からさらに季節が巡り、僕たちの旅はなおも続いていた。
極寒の雪山をさまよい歩いた時は、3人で固まって暖を取って、なんとか夜を凌いだ。
見知らぬ海岸線に出た時には、硬い甲殻を纏った魔物に遭遇し、僕が前衛として囮になりながら、後方からリヴェリアが魔法を放って撃破するという見事な連携を見せた。
共に戦い、共に笑い、共に呆れる。
そんな日々を積み重ねるうちに、僕たちの間には言葉にしなくても通じ合う確かな信頼関係が築かれていった。
そして、旅の開始から1年半が過ぎようとしていた頃、僕たちは木々が茂る山岳地帯を抜けようとしていた。
太陽は高く昇り、雲一つない晴天であり、本来ならば心地よいハイキングになりそうな気候だったが、周囲の空気はどこか重く、淀んでいた。
「......なんだか、嫌な雰囲気だね」
僕は歩みを止めた。
「ライも感じるか、私もだ」
杖を構えながら、リヴェリアも険しい表情で前方を睨みつけた。
僕たちは視線を交わし、足音を殺して慎重に前進した。山の中腹へ差し掛かると、ぽっかりと口を開けた巨大な洞窟が姿を現した。
洞窟の入り口周辺の草木は枯れ果て、岩肌は高熱でひび割れている。そこから漏れ出す熱風は、息をするだけで喉がカラカラに乾いていく感覚があった。
「これは......魔物の巣窟ね。しかも、かなり強力な」
デメテル様が普段の温かな笑顔を引っ込め、真剣な眼差しで洞窟を見据えた。
僕とリヴェリアは洞窟の入り口の岩陰に身を潜め、内部の様子を窺った。
グゥルルル......という低い唸り声が洞窟内に反響し、次いで、ボッという音と共に暗闇の中で炎が燃え上がった。
炎に照らし出されたその姿を見て、僕は息を呑んだ。
黒い体毛に覆われた四足歩行の魔物。犬や狼に似ているが、その体躯ははるかに大きく、口元からは火の粉が漏れ出している。
「ヘルハウンド......それも、群れか」
リヴェリアがギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。
ヘルハウンド。その名の通り、地獄の番犬と称される炎の魔物だ。俊敏な動きと鋭い牙に加え、口から吐き出す業火はあらゆるものを燃やし尽くす。
冒険者にとっても、決して容易に相手をしていい魔物ではない。Lv1の僕たちならなおのこと。
しかも、洞窟の中にいるのは1体や2体ではない。ざっと見渡しただけでも、十数体はいる。
だが、真の絶望はその奥にあった。
洞窟の最奥部、一段高くなった岩座のような場所に、周囲のヘルハウンドたちとは明らかに一線を画す巨体が鎮座していたのだ。
体長は優に3メートルを超え、口元から覗く牙は鋭い。四肢は丸太のように太い。
「あれは......ライガーファング」
リヴェリアの声が微かに震えていた。
「個体としての戦闘力もさることながら、ヘルハウンドを呼び出して群れで戦うと文献で読んだことがある」
もしあの群れが、そしてあのボスが山を降りたらどうなるか。ここから数日の距離には、いくつかの中規模の村があったはずだ。
彼らが村に辿り着けば、人々は逃げる間もなく殺され、村は一晩で消滅するだろう。
「......逃げるか?」
リヴェリアが、探るような視線を僕に向けた。彼女の瞳には恐怖の他に、僕の意志を確かめようとする光があった。
僕たちがここで踵を返せば、確実に生き延びることはできる。僕たちの足なら、魔物の襲撃を村に知らせて避難させる時間くらいは稼げるかもしれない。
だが。
「......いや、やろう」
僕は手にした武器を強く握りしめ、静かに、しかしはっきりと首を横に振った。
僕の手にあるのは、かつて愛用していたナイフではない。
あのナイフは、硬い甲殻を持つ魔物との戦いでへし折れてしまった。
今僕が握っているのは、ルエカ村を出る時に農夫のおじさんから『ないよりはマシだろ?』と譲ってもらった、長柄の農作用の大鎌だった。
初めはただの農具でしかなかったこの大鎌も、この旅の中で幾度となく魔物と戦い、僕自身が砥石で丹念に研ぎ続けた結果、今ではしっかりと僕の手に馴染んでいる。
「避難させたところで、村や畑が焼かれたら彼らは生きていけない。それに、誰かがやらなきゃいけないなら、僕たちがやるべきだ」
僕の言葉を聞いて、リヴェリアは一瞬だけ驚いたように目を丸くし、次いで、ふっと柔らかく微笑んだ。
「......そうか。なら、私は君の判断に従おう」
「ありがとう、リヴェリア。でも、死ぬ前には逃げなよ」
「君が逃げたら私も逃げるさ」
リヴェリアは愛用の杖を構え、その瞳に強烈な闘志を宿した。
「決まりね。それじゃあ、私たちのファミリアの初の大仕事といきましょうか」
デメテル様も後ろから僕たちの背中をドンッと叩き、力強く頷いた。
こうして、僕たちとヘルハウンドの群れ、そしてライガーファングとの、数ヶ月に及ぶ長き死闘の幕が上がったのだ。
とはいえ、正面からあの群れに突っ込むのは自殺行為でしかない。
当時の僕たちの実力は、決して高くはなかった。
ステイタスを持たない一般人よりははるかに強いが、オラリオの第一級冒険者のような規格外の強さはない。
ヘルハウンド1体を相手にするだけでも、文字通り命懸けだった。
僕たちの作戦は極めてシンプル、しかし過酷なものだった。
『洞窟の入り口付近に罠を張り、群れからはぐれた個体を1体ずつ確実におびき寄せて仕留める』
言葉にすれば簡単だが、実行するのは地獄だった。
初日、見張りに立っていたヘルハウンド1体を森の奥へと誘い込んだ。
「グルゥゥゥッ!」
炎を吐き出しながら突進してくる地獄の番犬に対し、僕は大鎌を構えて立ち塞がった。真正面から受け止めれば、大鎌ごと僕の身体は消し炭になる。
ギリギリまで引きつけ、横に跳躍しながら大鎌の刃を魔物の側面に引っかける。
「はあぁぁっ!」
硬い毛皮と筋肉に阻まれ、刃は浅くしか入らない。そこへ、後方で詠唱を終えたリヴェリアの声が響いた。
【母なる大地よ、命の鼓動よ。芽吹きの槍となりて敵を穿て──我が名はアールヴ】
【ソーン・ピアス】
地面から鋭く太い茨が突き出し、ヘルハウンドの四肢に絡みついて動きを封じる。その隙を突き、僕は再び踏み込んで大鎌を魔物の首筋へと深く振り下ろした。
血飛沫が舞い、ヘルハウンドが灰となって消滅する。残されたのは、小さな魔石だけ。
「......はぁっ、はぁっ......やった......!」
たった1体を倒すだけで、息は絶え絶えになり、両腕の筋肉は悲鳴を上げていた。
「怪我はないか、ライ。先は長い、無理は禁物だ」
「大丈夫。でも、これをあと十数回も繰り返すなんて、気が遠くなりそうだね」
その日の夜、僕たちは洞窟から遠く離れた安全な場所にテントを張り、眠りについた。
翌日も、またその次の日も、地道な誘い出しと各個撃破が続いた。
時には2体のヘルハウンドに同時に気づかれ、死に物狂いで逃げ回ったこともあった。
僕の腕や脚には火傷の痕が増え、大鎌の刃こぼれを夜な夜な研ぎ直すのが日課となった。
そんな僕たちの支えは、毎晩のデメテル様によるステイタス更新だった。
「ふふっ、ライもリヴェリアも、今日もたくさん成長してるわよ!」
ステイタスを更新する度に、自分たちが強くなっていることを僕たちは実感していた。
そして、過酷な死闘を繰り返すことで、僕たちの身体は徐々に魔物の動きに適応していった。
最初の1ヶ月が過ぎる頃には、ヘルハウンドの突進を余裕を持って躱せるようになり、リヴェリアの魔法との連携も、言葉を交わさずとも完璧なタイミングで決まるようになっていた。
そして、季節が初夏から本格的な夏へと移り変わる頃。
僕たちはついに、洞窟内のヘルハウンドを全て間引くことに成功した。
残るは、洞窟の最奥に鎮座する洞窟の主、ライガーファングのみとなった。
決戦の朝。
森の空気は澄み渡り、気の間から漏れた日が僕たちの足元を優しく照らしている。
「......準備はいいか、ライ」
「うん。いつでもいけるよ」
僕は研ぎ澄まされた大鎌を握り直し、リヴェリアは杖の先端を洞窟の奥へと向けた。
「絶対に、無事に帰ってくるのよ。2人とも、私の大切な家族なんだから」
デメテル様が僕たち2人の背中を力強く押してくれた。
その温もりを背中に感じながら、僕たちは薄暗い洞窟の最奥へと足を踏み入れた。
洞窟の中央。そこには、群れを失ったことなど意に介さない様子で、巨大なライガーファングが横たわっていた。
僕たちの足音に気づくと、奴はゆっくりとその巨体を起こした。
ズシン、ズシンと、一歩踏み出すたびに分厚い岩盤がヒビ割れる。
「グルルルルル......!!」
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮。それは紛うことなき、王者の威圧だった。
「来るぞ......!」
リヴェリアの警告と同時に、ライガーファングの巨体がブレた。
「速いッ!」
巨体からは想像もつかないような速度で、奴は一瞬にして僕の眼前に迫っていた。丸太のように太い前脚が、僕の頭部を粉砕すべく横薙ぎに振るわれる。
大鎌の柄を両手で握りしめ、盾のように構えた。
ガギィィィンッ!という凄まじい金属音が響き渡り、両腕の骨が折れるかと思うほどの衝撃が全身を駆け抜ける。
「ぐぅぅっ......!」
靴底が地面を削りながら、後方へと数メートル押し込まれる。真正面から受け止めるだけで、精一杯だった。
「ライ!【母なる大地よ、命の鼓動よ。芽吹きの槍となりて敵を穿て──我が名はアールヴ】!」
【ソーン・ピアス】
リヴェリアの短文詠唱が発動する。地面から突き出した無数の茨がライガーファングの四肢に絡みつく。
しかし。
ブチブチブチッ!
ただ力任せに前進しただけで、茨を容易く千切り捨てた。この圧倒的な暴力の前では、短文詠唱では時間稼ぎにもならない。
だが、その一瞬で十分だった。
「はあぁぁっ!」
僕は壁を蹴って跳躍し、空中で大鎌を振りかぶった。狙うは奴の首筋。遠心力を乗せた刃が、毛皮に深く食い込む。
「ガァァウッ!」
初めて痛みを伴う一撃を受けたライガーファングが、怒りに任せて身を捩り、その鋭い牙で僕を噛み砕こうと迫る。
空中で身を捻り、奴の顔面を蹴りつけ、間一髪でその牙から逃れた。
「今だ、リヴェリア!詠唱を繋いで!」
僕が叫ぶと同時に、既にリヴェリアは杖を高く掲げ、詠唱を開始していた。
【吹き荒れよ、冬の息吹。命を休ませる白銀の帳】
長文への連結。
「グルゥゥッ!」
危険を察知したライガーファングが、詠唱を続けるリヴェリアに向かって地を蹴った。その突進力は、さきほどの比ではない。
「行かせるかぁっ!」
僕は大鎌を構え、奴の進路上に立ち塞がった。
振り下ろされる巨大な爪。僕はそれを鎌の刃で受け流し、奴の側面に回り込もうとすが──強靭な尻尾を鞭のように振るい、僕の腹部を強打した。
「がはっ......!」
息が詰まり、地面を転がる。口の中に鉄の味が広がった。
【凍てつく氷牢よ、厳冬の試練となりて獲物を封じよ──我が名はアールヴ】
【ウィンター・プリズン】
リヴェリアの杖から極寒の吹雪が解き放たれる。
それはライガーファングの巨体を包み込み、猛り狂う獣を絶対零度の氷牢へと急速に閉じ込めていく。
「ギィ......ガァ......ッ!」
奴の四肢が分厚い氷に覆われ、その動きが完全に停止した。
しかし、長文詠唱の氷魔法ですら、完全に仕留めるには至らない。氷の表面にピキピキとヒビが入り始めている。
力だけで、氷牢を粉砕しようとしているのだ。
「......まだだ!そのまま繋げ、リヴェリア!」
僕は立ち上がり、大鎌を杖代わりにしてひび割れが大きくなっていく氷牢の前に立った。
リヴェリアの詠唱は止まらない。超長文への連結が始まる。
【間もなく、種は地に落ちる。厳しき風雪を越え、命の芽生えは至れり】
杖の先端に、光の熱量が収束していく。それは洞窟内の暗闇を明るく照らす、純粋なる太陽の輝き。
「ガァァァァァァァァァァァッ!」
ライガーファングが全身の筋肉を限界まで膨張させ、ついに拘束していた氷牢を粉々に粉砕した。
砕け散る氷の破片が弾丸のように飛び交う中、怒り狂う巨獣が、詠唱を続けるリヴェリアを殺すため、その巨大な顎を開いて飛びかかってくる。
「っ......!」
リヴェリアの詠唱はまだ終わらない。ここで逃げれば魔法は不発に終わる。リヴェリアは逃げずに詠唱を続けている。
守らないと──僕が。
「退けえええええええええっ!」
全身の筋力を振り絞り、大鎌を振りかぶってライガーファングの鼻面に真正面から激突した。
ガキィィィィンッ!という、肉と金属がぶつかったとは思えないようなけたたましい音が響き渡る。
僕の両腕の筋肉が悲鳴を上げ、奴の圧倒的な体重と突進力に押し潰されそうになりながらも、歯を食いしばり、一歩も退かずに奴の突進を受け止めた。
時間にすれば、ほんの数秒。しかし、それは永遠にも等しい時間だった。
僕の足元の岩盤が砕け、膝が地面につく。奴の爪が僕の肩口を深くえぐり、鮮血が舞ったその刹那。
【慈愛の陽光は降り注ぎ、大地の恵みは極限に至る。至れ、黄金の豊穣、母なる自然の鉄槌】
リヴェリアの声が、洞窟内を完全に支配した。
【汝は命の巡りなり。ことごとくを土へと還し、新たなる生命の幕開けを】
背後から膨れ上がる、本物の太陽のような魔力の光。僕は残された最後の力で大鎌を跳ね上げ、ライガーファングの顎を弾き飛ばすと同時に、後方へと全力で飛び退いた。
【咲き誇れ、世界樹の華──我が名はアールヴ】
【ブルーミング・ノヴァ】
リヴェリアの杖から放たれたのは、全てを飲み込む黄金の光流。それは命を育む温かな太陽の光でありながら、時に全てを干上がらせる大自然の猛威そのものだった。
「ギャオォォォォォォォォォッ!」
極光の奔流に飲み込まれ、ライガーファングの巨体が宙に浮く。
奴の鋼のような筋肉も、鋭い爪も、超長文によって極限まで高められた魔法の前では意味を成さなかった。
断末魔の叫びと共に、洞窟の主はその身を完全に光に飲み込まれ、サラサラと音を立てて土へと還っていった。
後に残されたのは、魔石だけだった。
「......終わった、のか」
僕は仰向けに倒れ込み、天井の岩肌を見つめながら荒い息を吐いた。全身が鉛のように重く、肩の傷からは血が流れ続けている。だが、指一本動かす気力すらない。
「......ああ。私たちの、勝利だ」
杖を支えにして立っていたリヴェリアも、膝から崩れ落ちて地面に座り込んだ。彼女の翡翠の髪は汗で額に張り付き、いつもの毅然とした態度は見る影もない。
だが、その表情は今まで見たどの顔よりも清々しく、誇りに満ちていた。
僕たちは互いのボロボロの姿を見て、不意に笑い声を漏らした。
最初はクスクスと、やがて腹を抱えて大笑いした。死線を越えた者にしか分からない、生の実感と高揚感がそこにあった。
しばらくしてから、僕たちは互いに支え合いながら歩き始め、デメテル様が待つ拠点へと戻った。
「二人とも、よく頑張ったわね......!本当によくやったわ!」
デメテル様は涙を流しながら駆け寄ってきて、僕たち二人を力強く抱きしめてくれた。
その温もりに触れて、ようやく僕は戦いが終わったことを心から実感できた。
数時間後。安全な場所まで移動し、応急処置を終えた僕たちは、いつものようにテントの中でデメテル様にステイタスを更新してもらっていた。
「......!」
僕の背中をなぞっていたデメテル様の指先が、ピタリと止まった。
「どうしたんですか、デメテル様?」
「ライ、リヴェリア......見て」
彼女の声は、信じられないものを見たかのように震えていた。彼女が羊皮紙に書き写した僕のステイタス。
そこには、明確な変化が刻まれていた。
レベル1だった数字が、書き換えられている。
『Lv.2』
「ランクアップ......」
リヴェリアの息を呑む音が聞こえた。
その後、同じくステイタス更新した彼女の羊皮紙にも、同じようにLv.2の文字が刻まれていた。
数ヶ月に及ぶ地獄のような死闘。
そして自分たちよりも遥かに格上のボスモンスターであるライガーファングの討伐。それは、『偉業』として認められ、僕たちの器を次の段階へと昇華させてくれたみたいだ。
「やった......僕たち、強くなれたんだ」
「ああ。これなら......オラリオの迷宮でも、充分にやっていけるだろう」
遠回りばかりの旅だった。ハプニングだらけで、死にかけたことは一度や二度ではない。
でも、これまでの旅路は決して無駄ではなかった。僕たちは確かな絆と、揺るぎない強さを手に入れたんだから。
「さあ、いよいよオラリオね!」
デメテル様が自信満々に胸を張る。
「デメテル様、方角は分かってるんですか?」
「もちろんよ。あっちよね」
デメテル様は方向音痴とかではなく、旅を楽しむために自由気ままに適当を言っていることに僕たちは気づいていた。自由すぎる女神様だ。
「......ライ、地図をみてくれ」
「うん、あっちの方角だね」
リヴェリアが深いため息をつきながら声をかけてくる。
僕たちは顔を見合わせ、再び笑い合った。
ライ・フェンネル
Lv2
力I:0
耐久I:0
器用I:0
敏捷I:0
魔力I:0
魔法
【謳え、慈愛の大地。万物を育む豊穣の母よ】
【我が祈りをもって陽光と為し、我が声をもって恵雨と為す】
【目覚めよ、小さな命】
【理を束ね、刹那の刻に花を咲かせん】
【与えよ、満たせよ、至高なる大地の恩寵をここに】
【『
効果:対象となる野菜や植物に使用するとその成長速度を劇的に早め、滋養強壮満点の『極上の野菜(高品質の植物・土)』へと瞬時に変質させる。
スキル
所属ファミリアの知名度に比例してステイタスが早熟する。共闘した同ファミリアの団員にも効果あり。改宗した場合、当スキルは消滅する。
発展アビリティ
神秘I
リヴェリア・リヨス・アールヴ
Lv2
力I:0
耐久I:0
器用I:0
敏捷I:0
魔力I:0
魔法
【母なる大地よ、命の鼓動よ。芽吹きの槍となりて敵を穿て──我が名はアールヴ】
【ソーン・ピアス】
効果:短文詠唱。地面から太く鋭い茨を突き出させ、対象の四肢に絡みつかせて動きを封じ、刺突する。
【吹き荒れよ、冬の息吹。命を休ませる白銀の帳】
【凍てつく氷牢よ、厳冬の試練となりて獲物を封じよ──我が名はアールヴ】
【ウィンター・プリズン】
効果:長文詠唱。極寒の吹雪を解き放ち、対象を絶対零度の氷牢へと閉じ込める。
【間もなく、種は地に落ちる。厳しき風雪を越え、命の芽生えは至れり】
【慈愛の陽光は降り注ぎ、大地の恵みは極限に至る。至れ、黄金の豊穣、母なる自然の鉄槌】
【汝は命の巡りなり。ことごとくを土へと還し、新たなる生命の幕開けを】
【咲き誇れ、世界樹の華──我が名はアールヴ】
【ブルーミング・ノヴァ】
効果:超長文詠唱。全てを飲み込む太陽のような黄金の光流を放ち、対象を殲滅する魔法。
発展アビリティ
魔導I
覗かれたリヴェリア
お出迎えデメテル
エルフに何回殺されたら、この狐は罪を償えるんだろうか。恐ろしい恐ろしい。
次回はオラリオ到着後の生活風景から。