あれから1ヶ月。
ヘラ・ファミリアが要求する最高等級の野菜と、甘味の配達については、口の固い団員に事情を伏せたまま一任した。
僕自身が毎日ヘラ・ファミリアに通い詰めていれば、いずれ必ず誰かの目に留まり、不必要な疑念を生むからだ。
午前中は部屋に籠り、調合と薬学、そして医療に関する専門書を片っ端から頭に叩き込む。
そして午後は迷宮へと足を運び、文字通り命懸けでダンジョンに潜る日々を続けている。
ダンジョンの攻略自体は、決して難しくはない。
あえて死線に身を置くような無茶な戦い方をすれば、それに比例してステイタスはグングンと向上していく。
次のレベルへと昇華するための『偉業』の達成には少なからず手こずるだろうけど、今の僕にとって、無理な戦闘をすることは大きな問題ではない。
だが、調合に関してはそうはいかなかった。
学ぶべきことが山のようにある。かき集めた何十冊......いや、100冊を超える分厚い医学書や薬草学の文献を読み漁り、知識は確かに得た。
だが、所詮はそれだけだ。知識はどこまでいっても、ただの知識でしかない。
机の上に並べられたフラスコ、そして幾度となく失敗を繰り返し、異臭を放つ薬液の残骸を見つめながら、僕は深く息を吐き出した。
「──限界か」
ぽつりとこぼれ落ちた呟きが、静まり返った部屋に虚しく響く。
これが、独学で学ぶ限界だった。もちろん、もし僕に十分な時間があるのなら話は違う。
数年、あるいは数十年という歳月をかけて失敗を繰り返せば、独学でもさらに学びを深め、いつか知識を真の知恵へと昇華させることができるだろう。
だが、今の僕にはそんな悠長な時間はない。残された期間はあと11ヶ月しかないのだ。
出来るだけ早く、この頭に詰め込んだだけの知識を、実践的な知恵と確かな技術に変えなければ、待っているのは永遠の責め苦だ。
調合と薬学、そして高度な医療について、専門的な指導をしてくれる『師』が必要だった。
誰に教えを乞うべきだろうか。
真っ先に思い浮かぶのは、オラリオ最大の医療派閥であるディアンケヒト・ファミリアだ。
そうでなければ、街で名を馳せている他の治療師たちに頭を下げて教えを乞うか?
......いや、ダメだ。それだと僕が裏でコソコソとやっていることが、いずれファミリアの仲間にバレてしまう。
他のファミリアに属する治療師であれば、得体の知れない行動を取る僕のことを不審に思い、必ず自身の主神に報告するだろう。
そこから情報が漏れ、デメテル様やリヴェリアの耳に入るリスクは絶対に避けなければならない。
となれば、眷属を通さず、神自身に直接教えを乞う必要がある。
だが、神ディアンケヒトに直接教えを乞うたところで、門前払いされるのがオチだ。
仮に話を聞いてくれたとしても、まともなことを教えてくれるとは思えないし、無駄金を使って終わる可能性が極めて高い。
最悪の場合、秘密を盾に法外な口止め料まで請求されかねない。
僕の突拍子もないお願いを聞いてくれて、医療と調合の腕が確かであり、なおかつ外部にそれを決して漏らさないような、底抜けの人徳者。
そんな都合のいい神が、このオラリオにいるはずが───いた。
脳裏に、ある神の穏やかな顔がフラッシュバックする。
貧しい者たちにも分け隔てなく接し、良質なポーションを提供している中規模ファミリアの主神。
うちのファミリアで栽培した野菜を定期的に購入してくれてるから、その縁で何度か直接言葉を交わしたこともある。
ミアハ・ファミリアの主神ならどうだろうか。
僕は暗闇の中に垂らされた一筋の蜘蛛の糸を掴むように、作業台から立ち上がった。土下座してでも教えを乞う。
僕は失敗できないんだ。ヘラが僕との約束を律儀に守って、失敗した時に僕の魂だけで終わらせるとら限らない。
最近のライは、明らかに様子がおかしい。
何かに激しく駆り立てられるように、私たちの適正レベルを超えた階層まで足を踏み入れ、自らの命を削り落とすかのように魔物と戦い続けている。
オラリオに到着してから8年。ファミリアの基盤を築くため、来る日も来る日も荒れ果てた農地に向き合い続けてきた。
稀に冒険者として迷宮に潜る際も、常に安全を第一に考え、堅実な戦いを私たちは選んでいた。
......それなのに。
今のライは、まるで目に見えない死神の鎌を首筋に突きつけられているかのように、異常なまでの焦燥感を抱いている。
ファミリアの拠点の執務室。窓の外に広がる広大な農場を見つめながら、私はデメテルに本日の報告を行っていた。
「午前中はミアハ・ファミリアに通い詰めているみたいだ。午後からのダンジョン探索では、今日は26階層まで降りた」
私の報告を聞き、デメテルは肩をわずかに震わせた。彼女の横顔にはいつもの底抜けに明るい笑顔はなく、深い悲哀と苦悩が滲み出ていた。
26階層。青白く発光する水晶と無数の巨大な滝が支配している。本来であれば第一級や第二級の熟練の冒険者たちが、連携をもって挑むべき過酷な死地である。
そこへ少人数で、しかも連日の疲労を溜め込んだまま強行突破しようなど、正気の沙汰ではない。
それ以外にも、ライらしくない不可解な行動をファミリアの内部でいくつも目についていた。
その最たる例が、最高等級である『S等級の野菜』と、彼が独自に開発した『冷凍スイーツ』の不自然な扱いだ。
S等級の野菜は、ライの魔法である『豊穣の息吹』で生み出される奇跡の産物だ。
高値で販売するために供給を減らし、ライ自身が『販売は月に1回に絞る』とルールを定めていたはずだった。
それなのに、週に1回、1週間分のS等級野菜を育て上げている。
さらに不可解なのは、それを市場に卸して利益を得るのではなく、特定の団員に命じ、オラリオの『どこか』へ秘密裏に運ばせていることだ。
冷凍スイーツに関しても同様の矛盾を抱えていた。
神々すらも舌鼓を打つであろう味に、この世界にない初めての甘味という物珍しさ。さらには長期間保管もできるときている。
それを大々的に販売すれば、ファミリアにさらなる莫大な富をもたらすことは火を見るより明らかだ。
しかしライは、その存在を他の団員たちにすらひた隠しにし、どこかへ送り出している。
「......そう」
デメテルは悲しげに瞳を伏せ、手の中で完全に冷えてしまった紅茶のカップをそっとテーブルに置いた。
「私がね、ライから頼み事をされているその子に、内緒で少しだけ話を聞いたの。そしたら......それを『誰かに誰に届けてるか聞かれても、絶対に教えずに1年間続けるように』と、ライからひどく真剣な顔で言い含められていたそうよ」
「......ライが何を考え、どんな理由があって行動しているのか、本人が口を開くまで私は待つべきなのはわかっている」
私は無意識に強く握りしめていた拳を解き、静かに言葉を紡ぐ。
「だから──私はこれ以上、ライを止めない」
無茶な冒険に苦言を呈した。理詰めでもって、その無謀な行いを止めようともした。
だが、ライは決して理由を話さず、私の制止を静かに、しかし断固として拒絶し続ける。
話したくないというのなら、話してくれる日まで待つ。全てを打ち明けてくれる時まで、私は口を閉ざそう。
今の私にできることはたった一つしかない。
──ライが暗闇の中で立ち止まりそうになった時、絶対に彼を1人にしないことだ。
彼が地獄の底まで魔物を狩りに行くというのなら、私もまた、この杖を強く握りしめてその地獄の底まで付き合おう。
彼が押し潰されそうになった時、その背中を支え、私の全てを懸けて彼の進むべき道を切り拓く。
彼がそれを望んでいないのだとしても。私を安全な場所に遠ざけようとして、突き放すような言葉を投げかけてきたとしても。
私は、絶対に彼の手を離さない。
「.....そう、ね。でも、心配なの。あなたも、ライのことも」
10ヶ月だ。あれから、10ヶ月。
僕とリヴェリアは、Lv5へとランクアップを果たした。
世間には公表していない。無駄な騒ぎになるのは今は煩わしいだけだからだ。
薄暗い調合室の中で、僕は血走った目で机の上に散乱した膨大な羊皮紙の束を睨みつけていた。
視界がぐらぐらと揺れる。慢性的な睡眠不足で、思考は常に泥沼の中を泳いでいるかのようだった。
しかし──ついに、僕はその泥沼の底で、眩いほどの光を放つひとつの『真理』を掴み取った。
「......ああ、全て理解した。理論は完璧だ」
無意識のうちに震える両手で、僕は書き殴った最後のピースをなぞる。
「ああ、ああ!素晴らしい。完璧だ。ようやく、ようやくだ」
僕の突拍子もない頼みを聞いて、医学の基礎から高度な調合技術までを惜しみなく教えてくれた神ミアハ。
僕の無茶を心配しながらも、決して見捨てることなく毎晩祈るようにステイタス更新をしてくれたデメテル様。
そして──僕の無謀な冒険に、文句一つ言わずに付き合ってくれたリヴェリア。
正直、リヴェリアを死地に連れていくのが嫌で、わざと冷たい態度をとったり、突き放すような言葉を投げかけたこともあった。
それなのに彼女は、断固として僕の隣を歩き続けてくれた。
彼女が背中を守ってくれたからこそ、僕は限界を超えて、ここまで強くなることができたのだ。
アルフィアとその妹の不治の病。それは、通常の医療やポーションでは決して治らない、スキルとして昇華されてしまっているからだ。
それを治すにはどうすればいいか。
答えは極めてシンプルだった。同じく不治の病をも無効化し、魂の次元から肉体を浄化する『スキル』に昇華し得るほどの、究極の万能薬を作ればいい。
そう、ただそれだけの話だったのだ。
ハハッ、言うほど簡単なことじゃない。今までそんなものを誰も作ったことはなかったのだから。
だが、決して不可能ではない。
発展アビリティの『耐異常』を考えてみればいい。
あれは、毒草などを継続的に摂取したり、ある一定の病や毒に晒されながらも生き延びることで、身につくことが多い。
つまり、前例は存在している。
毒に耐えたら耐性を生むように、極限の治癒力を持つ霊薬を体内に取り込めば、それは『あらゆる病を治癒・無効化する』という概念そのものへと昇華し、スキルとして刻まれる。
だから僕はその前例をなぞって、飲めばあらゆる異常や不治の病さえもたちどころに治す万能薬を作る。
つまりはそういうことだ。
そのために必要な調合のプロセスは全て、理論として組み上げた。ダンジョンにしか存在しない希少な素材の確保は、ヘラ・ファミリアにお願いしてある。
残る問題は、この万能薬の核となる、地上で最も神聖で強大な生命力を持つ素材だけだった。
「......話す時が来たんだ」
僕は乾いた顔を両手で擦り、フラフラとした足取りで調合室の扉を開けた。
今夜、全てを打ち明けよう。僕の大事な──家族に。
夜が更けたファミリアの拠点の執務室。
暖炉の火がパチパチと爆ぜる音だけが響く中、デメテル様とリヴェリアは、僕が語る真実にただ無言で耳を傾けていた。
イシュタル・ファミリアに襲われたあの日のこと。
苦し紛れについた嘘が、最凶の神ヘラと、静寂のアルフィアを呼び寄せてしまったこと。
僕の命と魂、そして永遠の苦痛を代償にして、デメテル・ファミリアの安全と素材の調達を勝ち取ったこと。
そして、その期限が残り2ヶ月しかないこと。
全てを話し終えた時、室内は凍りつくような沈黙に包まれた。
「............っ」
最初に動いたのは、デメテル様だった。
音を立てて椅子から立ち上がると、震える足で僕の前に歩み寄り、そのまま両腕で僕の頭を強く、苦しいほどに抱きしめた。
「デメテル、様......」
「バカっ......!大バカ......っ!」
頭上から降ってきたのは、怒声ではなく、張り裂けるような号泣だった。
「どうして......どうして一人で抱え込んだの!私から許しをこえば、ヘラだってあなたにそんな難題を押し付けるマネはしなかったはずよ.....!」
「......ごめんなさい。でも、僕の嘘のせいで、二人が傷つくのだけは絶対に嫌だったんです」
僕は背中に手を回し、その温もりを感じながら懺悔した。
「ふざけるな」
低く、しかし氷のように冷たい声が響いた。
リヴェリアだった。彼女は翡翠の瞳に強烈な怒りと、それ以上の悲哀を浮かべて僕を睨みつけていた。
「お前は、私たちが無事なら、お前自身が苦痛に襲われても構わないと思ったのか。残された私たちが、どれほどの絶望を抱えて生きていくのか......想像もしなかったのか!」
「リヴェリア......」
「私は......私たちはファミリアだ......!お前が背負うものは、私が背負うものでもある」
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。王族としての矜持も冷静さもかなぐり捨て、リヴェリアは僕の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。
「次から絶対に一人で背負うな.....次は許さないからな」
「......うん。ごめん、リヴェリア。ごめんなさい」
僕は涙を堪えきれず、二人の前で子供のように泣きじゃくった。
10ヶ月間、張り詰めていた緊張の糸が解け、恐怖と孤独が溶け出していくのを感じた。
ひとしきり泣き、感情を吐き出した後、僕は充血した目でリヴェリアを真っ直ぐに見つめた。
「リヴェリア。僕の理論は完成した。あとは調合するだけなんだ。でも、ダンジョンの素材だけじゃ、薬の核となる生命力が足りない」
「......何を求めている」
リヴェリアは涙を拭い、真剣な顔に戻って問い返した。
「世界樹の葉と、樹液だ」
僕の言葉に、リヴェリアは息を呑んだ。
世界樹。それはエルフたちにとって最も神聖な信仰の対象であり、その恩恵を外部に持ち出すことは重罪に等しい。
「......君の故郷である、エルフの秘境。そこにある世界樹から、なんとか手に入れてきてくれないか。君にしか頼めないんだ」
「............」
リヴェリアは数秒間、目を閉じて沈黙した。
それは故郷の掟を破る行為であり、かつて国を飛び出した彼女が再び敷居を跨ぐことの困難さを物語っていた。
しかし、彼女が再び目を開けた時、その瞳には一切の迷いはなかった。
「分かった。すぐに発とう」
「リヴェリア......いいの?」
「君の命がかかっているのだ。掟など知ったことか。必要なら、力ずくでねじ伏せてでも奪い取ってくる」
彼女は力強く頷き、愛用の杖を手に取った。
「必ず持ち帰る。私の全てを懸けて。だからライ......君はここで、調合の準備を進めて待っていてくれ」
「ありがとう。気をつけて」
リヴェリアはすぐに、オラリオを旅立っていった。
それからの1ヶ月間、僕は残された時間をすべて下準備に費やした。
調合のシミュレーションを頭の中で何万回と繰り返し、手先のわずかな狂いすら起こらないように感覚を研ぎ澄ませていく。
そして、約束の1ヶ月後。
期限まで残り1ヶ月を切ったその日、拠点の扉が乱暴に開け放たれた。
「......ライ、帰ったぞ」
そこに立っていたのは、息も絶え絶えになったリヴェリアだった。
「リヴェリア!」
「強行軍は二度と御免だな。話の通じない両親と対話するのに骨が折れた」
彼女は疲労困憊の様子で笑うと、背中の荷物を床に下ろした。
「指定された世界樹の葉と、樹液だ......そして、頼まれてはいなかったが、これも持ってきた」
リヴェリアが布を解くと、そこには緑色の微弱な光を放つ、一本の太い枝があった。
「世界樹の、枝......?」
「ああ。葉や樹液だけでは、採取してからの時間経過で生命力が劣化するかもしれないと考えた......ライ、君の魔法なら、この枝を育てることができるのではないか?」
彼女の言葉に、僕は目を見開いた。
切り離されたとはいえ、それは神聖なる世界樹の一部だ。
「......やれる。いや、やるしかない!」
僕は世界樹の枝を抱き抱え、拠点の裏にある広大な農場の中心へと走った。
大地に深く穴を掘り、神聖な枝を丁寧に植え付ける。
僕はその前に跪き、体内の魔力を限界まで開放した。
【謳え、慈愛の大地。万物を育む豊穣の母よ】
【我が祈りをもって陽光と為し、我が声をもって恵雨と為す】
それは、僕が8年間オラリオの土を耕し続けた魔法。
しかし今、注ぎ込む魔力の質と量は、これまでの比ではない。Lv5に達した僕の全魔力を、たった一本の枝に集約させる。
【目覚めよ、小さな命】
【理を束ね、刹那の刻に花を咲かせん】
両手から溢れ出す黄金の魔力が、世界樹の枝を包み込む。
枝は脈打つように光を放ち、周囲の土壌から凄まじい勢いで栄養を吸い上げ始めた。
「ぐぅぅっ......!」
精神力が急激に枯渇していく。マインドダウンの兆候だ。
しかし、ここで意識を手放せば全てが終わる。
【与えよ、満たせよ、至高なる大地の恩寵をここに──】
【『豊穣の息吹《アウラ・デメテル》』!!】
僕が絶叫と共に最後の魔力を注ぎ込んだ瞬間、大地が激しく揺れた。
植えられた枝からズズズッと太い根が張り巡らされ、幹が急速に膨張し、天に向かって伸びていく。
数秒のうちに、それは見事な幼樹へと成長し、清らかな翠緑の光が溢れ出した。
「成功だ......」
僕はその場に崩れ落ちそうになりながらも、輝く世界樹の葉を数枚もぎ取り、樹皮にナイフを入れて新鮮な樹液を採取した。
.....僕の精神力と魔力を全てつぎ込んで、幼樹か。さすが世界樹。
「ライ、よくやった!さあ、すぐに調合を!」
リヴェリアに支えられながら、僕は採取したばかりの至高の素材を抱え、調合室へと駆け込んだ。
そこからの1ヶ月は、まさに地獄のような死闘だった。
ヘラから提供されたダンジョンの猛毒素材を、世界樹の葉と樹液を触媒にして中和し、治癒力へと反転させていく。
温度が1度でも狂えば、あるいは注入がコンマ1秒でも遅れれば、全てが灰に帰す。
僕は失敗の可能性を考慮し、同時並行で10個のフラスコを用いて調合を進めた。
「くそっ!」
開始から3日目。3つのフラスコが黒い煙を上げて破裂し、中の液体が蒸発した。
少しでも集中を切らせばこうなる。
「ライ、汗を拭くわ。水も飲んで」
デメテル様とリヴェリアが付きっきりで僕の世話をしてくれている。本当に感謝してもしきれない。
20日目。さらに2つのフラスコがどろどろの汚泥に変わり、廃棄を余儀なくされた。
残るは5つ。
僕の体力はとっくに限界を超えている。それでも、止めるわけにはいかない。
期限まで残り数日。
最後の仕上げとして、僕は自らの血を液体に注ぎ込んだ。
パァァァンッ!
激しい破裂音と共に、また一つフラスコが弾け飛んだ。だが、まだ4つは無事だ。
──ちょうどヘラとの約束である『1年』が経とうとする、その日の夜明け前。
グツグツと煮えたぎっていた4つのフラスコ内の液体が、突如として不気味な気泡を立てるのをやめ、静まり返った。
次いで、液体の色がドス黒い紫から、透き通るような黄金色へと変化し、部屋中に神聖で甘い香りが満ち溢れた。
「......完成、した」
僕は嗄れた声で呟き、その場に仰向けに倒れ込んだ。
「やった......!やったわね、ライ!」
デメテル様が歓喜の涙を流して僕に抱きつき、リヴェリアも安堵の息を吐いてへたり込んだ。
10個作って、無事に完成に至ったのはたったの4つ。
だが、これで十分だ。アルフィアとメーテリアの2人分に、僕たちのテスト用が2つある。
「よし......それじゃあ、僕がこれを飲んで、効果を実証するよ」
僕はフラフラと身を起こし、黄金の液体が入った小瓶の一つを手に取った。
しかし、その手をリヴェリアが強く掴んで制止した。
「ダメだ。私が飲む」
「リヴェリア......?」
「この薬が本当に万能薬として完成しているのか、まだ確証はないのだろう?万が一のことがあれば、君が死んでしまう」
「だから僕が飲むんだ」
「───私は、君を信じている。ライ、君が作った薬で死ぬのなら──それも運命なのだろう」
リヴェリアは有無を言わさぬ力で僕の手から小瓶を奪い取ると、一瞬の躊躇いもなく、その黄金の液体を一気に飲み干した。
「リヴェリアッ!」
ごくりと喉を鳴らした直後、彼女の全身から尋常ではない量の汗が噴き出し、苦しそうな表情を浮かべている。
「がはっ......ぁぁぁぁっ!」
「リヴェリア!リヴェリア!」
僕は絶叫して彼女に駆け寄る。失敗したのか?猛毒のままだったのか?そんなはずはない。違う、嫌だ、間違ってない。
しかし、数十秒が経過した後に、リヴェリアは荒い息を吐きながら立ち上がり、自らの両手を見つめた。
「大丈夫だ、少し苦しかったが......スキルとして発現するには、ステイタス更新が必要だったな。ライ、後ろを向いていろ」
「デメテル様!すぐにステイタス更新を!」
僕の叫びに弾かれるように、デメテル様がリヴェリアの背中に神血を垂らし、羊皮紙を押し当てた。
数秒後、羊皮紙を見つめるデメテル様の瞳が見開かれた。
「......新しいスキルが、発現しているわ」
震える声で読み上げられたその内容は、僕たちが求めていた奇跡そのものだった。
『あらゆる毒、病魔、呪いを無効化し、肉体と魂を清浄に保つ』という、前代未聞の超常スキル。
「やった......証明できた!これで、ヘラとの契約を果たせる.....!」
僕は歓喜のあまり叫び、残っていたもう一つの小瓶を手に取り、自らも一気に飲み干した。
内臓が燃え上がるような激痛が数秒間走った後、憑き物が落ちたかのような圧倒的な爽快感が全身を駆け巡った。
僕もすぐにデメテル様にステイタスを更新してもらい、リヴェリアと全く同じ異常無効のスキルが刻まれていることを確認した。
「......終わった。ようやく、終わったんだ」
効果を完全に立証できて、僕は深い安堵の深呼吸をした。
窓の外からは、夜明けの光が差し込み始めていた。
オラリオの空が、これほどまでに美しく、希望に満ちて見えたのは初めてだった。
良かった。2度と作れる気がしないけど、本当に良かった。
「......ヘラ。今回の件が終わったら、1度話しましょう。じっくりと、腰を据えて」