「ヒャッハー!水と食料寄越せェッ!!」   作:ヒャッハー

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憧れはとめらんねぇんだ。

「だいぶ乗り込んでますね……しかも、相当無茶させてるでしょう?」

「あぁ……結構」

 

 車体の下に潜りながら俺の愛車のジープを弄るアヤはそうぼやく。確かにここん所ではロクなメンテもさせずに酷使させてたかもしれない。

 

 直近で言うとどっかのミュータント工場から逃げ出した化け物と荒野でカーチェイスした時はマジでエンジンが焼き焦げるかと思ったぜ。あん時ゃアクセル床まで踏みっぱなしで、荒れた地面をガタガタ跳ねながら逃げ回った。今思い出しても心臓に悪い。

 

 そもそもこの世界がいつ頃からこんな有様なのか……学のない俺にゃさっぱりだ。

 

 話を聞くには、ある日世界各地に隕石が落ちてきて、都市部や国や行政機関、インフラ諸々が壊滅。そこからはズルズルと流れるようにこんな荒野の広がるポストアポカリプスになっちまったらしい。

 

 おまけに隕石に付着していたウィルスは動物を変異させてクリーチャー化させるわ、そのウィルスを解析してるとかいうバイオ研究所絡みでもまた碌でもねぇ話が転がってるわで、とにかくロクな事がねぇ。

 

 まるで何かのゲームの世界みたいな話だが、紛れもない事実だ。おかげで見渡す限りの地平線……たまにこうした街がポツポツあるくらい。

 

 どっかにかなり発展して人が安定して暮らせるくらいの街もあるらしいが、そこはVIP待遇、体制があった頃の要人くらいしか住めないっつー仕様だそうだ。持ってる奴と持ってねぇ奴の差、こういう時代になっても変わらねぇもんなんだな。

 

 そんな世界でジープでこうして一人旅できている俺は、結構恵まれた側の人間なんだろうなって思う。変な所で運が良い男だ。

 

「んで、どうだ?」

 

 俺が声をかけると、車体の下からアヤの声がくぐもって返ってきた。

 

「うーん……サスペンションが結構いかれちゃってますね。あと、エンジンオイルもかなり汚れてます。よくこの状態で走ってましたね……」

「走ってた、っつーか、走らせるしかなかったんだよ。整備工場なんて贅沢品、荒野じゃそうそうお目にかかれねぇからな」

 

 俺がそう答えると、アヤはガコンと工具を鳴らしながら車体の下から這い出てきた。作業着の袖で額の汗を拭いながら、ジープをぐるっと一周見て回る。

 

「とりあえず応急処置じゃなくて、ちゃんと直しときますね。このまま乗り続けたら、そのうち本当に立ち往生しますよ」

「マジか。頼めるか?」

「はい。時間はかかりますけど……そうですね、半日くらいあれば」

 

 半日か。まあ、水と食料の目処も立ってねぇ状況だし、その間にジープを直してもらえんなら願ったり叶ったりだ。

 

「オーケー、頼んだ。んで、金は……」

「あ、それはおじいちゃんとの話でいいですよ。私は手伝ってるだけなんで」

「そうか。んじゃ、遠慮なく頼らせてもらうわ」

 

 アヤは頷くと、早速工具箱を引っ張り出して作業に取り掛かった。慣れた手つきでボンネットを開け、中を覗き込みながらブツブツと独り言を呟いてる。ラジエーターだのベルトだのって単語が飛び交ってるが、俺にゃちんぷんかんぷんだ。

 

(……この様子だと、本当に手先器用なんだな、この子)

 

 俺は手持ち無沙汰になって、近くの木箱に腰を下ろした。ジープの整備なんて俺にゃさっぱり分からねぇから、大人しく見学することにする。日差しがジャンク屋の隙間から差し込んで、埃っぽい空気をキラキラ照らしてる。悪くねぇ光景だ。

 

「あの、ヒエダさん」

「あぁ?」

 

 作業の手を止めずに、アヤがふと口を開いた。

 

「このジープ、随分と傷だらけですけど……よく無事でしたね。この世界で一人旅なんて、普通は長くもたないって聞きますし」

「まあな。運が良かったんだろうよ、単純に」

 

 誤魔化すみたいにそう答えると、アヤは少し不思議そうな顔でこっちを見た。

 

「運だけで、こんな傷まみれになりながらも生き延びられるものですかね」

 

 鋭いとこ突いてくるじゃねぇか、この子。

 

「さぁな。俺にも分かんねぇよ、そんなの」

 

 肩をすくめてはぐらかすと、アヤはそれ以上追及してこず、また作業に戻っていった。工具の音がカチャカチャと工房に響く中、俺はぼんやりとジープのボンネットを眺めながら、しばらくその音だけを聞いていた。

 

 すると不意にアヤが言葉を紡ぐ。

 

「でも、良いですね。こうやってジープで一人旅って……」

「あぁ?」

 

 思わず聞き返すと、アヤは工具を握ったまま、ちょっと遠い目をしてジープのボンネットを見つめた。

 

「私、生まれてからずっとこの街から出たことないんです。おじいちゃんの手伝いして、たまに車で隣の街まで買い出しに行くくらいで……」

「そりゃまた、随分と大人しい人生だな」

「そうなんですよ。ヒエダさんみたいに、好きな時に好きな場所へ、誰にも縛られずに旅する生き方……ちょっと憧れちゃいます」

 

 いや待て、憧れる要素あったか、今の話に。俺なんざ野盗にぶちのめされかけたり、化け物とカーチェイスする羽目になったり、ロクな目にあってねぇんだが。

 

「憧れんなよ、こんな生活。毎日野宿と戦闘の繰り返しだぞ。飯だってろくに食えねぇ日もあるし、寝首かかれそうになったことだって一度や二度じゃねぇ」

「それでも、です」

 

 アヤは工具箱に手を戻しながら、それでもどこか眩しそうな声でそう続けた。

 

「毎日同じ景色、同じ顔ぶれ、同じ仕事の繰り返し……それはそれで安心なんですけど、たまに、この街の外がどうなってるのか気になって仕方なくなる時があるんです」

 

(……なるほどな)

 

 俺は木箱に座ったまま、ちらっとアヤの横顔を見た。真剣な顔でボルトを締めてるくせに、言ってることは案外子供っぽい。

 

 いや、子供っぽいっつーより……単純に、まだ何にも縛られてねぇ目をしてる、って言った方が近ぇか。前世の記憶しかねぇ俺からしたら、ちょっと眩しいくらいだ。

 

「まあ、外に出てぇ気持ちは分からんでもねぇけどよ。この世界、外は本当に何が出るか分かんねぇぞ。ミュータントもいりゃ、俺みたいなロクでもねぇ流れ者もうろついてる」

「ヒエダさんはロクでもなくないですよ。私たち助けてくれましたし」

「あぁ……いや、それは、まあ、結果的にそうなっただけっつーか」

 

 なんか妙に真っ直ぐな目で見られると、こっちが照れる。俺は誤魔化すみたいに視線を逸らした。ヒャッハーがこんなんで照れてどうすんだよ、まったく。

 

「兎に角、外に出るってのはそう簡単な話じゃねぇ。おじいちゃんも心配すんだろうしよ」

「分かってます。今すぐどうこうって話じゃないんです。ただ……いつか、そういう機会があったらいいなって、思うくらいで」

 

 そう言ってアヤは小さく笑った。憧れと現実の狭間で、ちゃんと折り合いをつけてる、そんな笑い方だった。

 

(……にしても、こんな荒れ果てた世界に憧れちまうくらい、あの街の暮らしは代わり映えしねぇってことか)

 

 ちょっとした申し訳なさと、あとほんの少しの――なんつーか、こう、面映ゆいような感情が入り混じって、俺は結局それ以上何も言えなかった。

 

「……もしいつか外に出るって時が来たらよ」

 

 気付けば俺は、そんな言葉を口にしていた。

 

「一言くらい相談しろよ。荒野の歩き方くらいなら、教えてやれることもあるだろうしな」

「……!はい、その時は、ぜひ」

 

 アヤは目を丸くした後、嬉しそうに頷いた。その笑顔があんまりにも屈託ないもんだから、俺はなんとなく気まずくなって、腕組みしたまま視線をジープの方に逃がした。

 

 言っちまってから、ちょっとやりすぎたかもしれねぇと思う。ヒャッハーが赤の他人の将来に首突っ込むとか、柄でもねぇにも程がある。だが、まあ、口に出しちまったもんはしょうがねぇ。

 

 工具の音がまた工房に響き始める。俺はその音を聞きながら、ジープの整備が終わるまでの時間を、ただぼんやりと過ごすことにした。窓の外は今日も、変わらず砂埃混じりの風が吹いてる。

 

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