「ヒャッハー!水と食料寄越せェッ!!」 作:ヒャッハー
色々あって街に留まること数日……なんやかんやで街に水や食料が行き届いたのか、次第に俺が来た頃よりも街は活気づいていた。俺が来たときにゃCLOSEDの看板をどの店も下げていたのに、すっかりどの店も開店している。
そう、どの店も……つまりは酒場も開いたって事だ。俺はそこで一人久々に酒を嗜んでいた。ちなみに人前でヘルメットは脱ぎたくないのでストローでヘルメットの隙間から無理やり吸い込んでる。
正直喉に直接酒がぶっかかって火傷しそうなほど熱くなるが、これがまた癖になる。勿論、酒場のマスターからは怪訝な目で見られるがな。
「お客の飲み方に指図するわけじゃないが……ストローで酒飲むのはどうなんだ?」
「俺シャイボーイだから人前でヘルメット取りたくないの」
そう言ってケラケラと笑ってみせる。マスターは呆れたように肩をすくめながらも、それ以上は何も言わずグラスを磨く作業に戻った。まあ、金払いさえ良けりゃ客の趣味嗜好にゃ口出さねぇってのが商売人の流儀ってやつなんだろう。
街に活気が戻ったからか酒場みたいな趣向品屋もそれなりに賑わっている。カウンターの端から端まで、久々に見る人いきれと笑い声で満ちてた。
流浪の人間もこの街じゃ珍しくはないのか、酒をストローですするのを珍しがる奴はいても、見知らぬ人間を警戒するような奴はいなかった。
むしろどこからか俺が例のゴロツキ共をぶちのめしたっていう噂が流れたのか、警戒されるどころか声をかけられることの方が多いくらいだ。
「よぉ!あんただろ!あのゴウダのゴロツキ共を伸してやったって奴ぁ!」
「街の手練でもどうにもならなかったってのにすげぇな!」
「うちの子供を助けてもらってありがとう……!」
次から次へと声をかけられて、俺はストロー浮いたグラス片手にどう対応したもんかと苦笑いする。こうも真っ直ぐな感謝の言葉を浴びせられると、なんだか居心地が悪くて仕方ねぇ。妙にソワソワする感覚だ。
「あぁ、あぁ。別に大したことしてねぇって。たまたま通りかかっただけだしよ」
謙遜のつもりで返した言葉に、目の前の男は「またまたぁ!」とばかりに背中をバシバシ叩いてきた。痛ぇ、加減しろ。
「いやいや、謙遜すんなって!あんな筋肉ダルマのバケモンをぶちのめすなんざ、そこらの傭兵にゃできねぇ芸当だぜ!おごらせてくれよ、一杯くらい!」
「お、それは有り難く受け取っとくわ」
現金なもんで、酒がタダで飲めるとなりゃ断る理由もねぇ。ストローの吸い口を新しいグラスに突っ込みながら、街の連中と話をする。
こういう時間は旅の醍醐味と言うか、嫌いじゃねぇ。一人旅で只管にジープのエンジン音だけを聞いてる時間が長くなると、余計にそう思うようになる。
しばらく客の連中とヤイのやいのと話していると、酒場の扉が思いっきり開いた……すると、そこに居たのは先日ジャンク屋の工房で見たアヤの爺さんだ。
やけに焦った顔で爺さんは叫ぶ。
「なぁ!ここにヘルメットの兄ちゃんは来てるって聞いたんだが!?」
「んあっ?」
思わぬご指名に視線は一気に俺の方へ向く……あれ、俺また何かやっちゃいました?とちょけてやりたい。俺はストローを口から離して爺さんに体を向ける。
「ジャンク屋の爺さんじゃねぇか」
「どうしたんだよそんな慌てて……」
息を切らせながら店内に踏み込んできた爺さんの顔は、普段のガハハと笑ってる姿とは打って変わって、真っ青だった。額には玉のような汗が浮かんでる。ただ事じゃねぇ、それだけは一目で分かった。
「み、みんなも聞いてくれ……アヤが朝から戻らねぇんだ!」
「アヤちゃんが?」
「何処かに行かせたのか?」
「あぁ……この前までゴロツキが締めてた貯水場の辺りだ。タンクの様子を見に行くってアヤが言うもんだから昨日の夕方位に行かせたんだが……」
確かに、時間はすでに夜頃……俺は爺さんの気持ちなんぞ分かんねぇが、孫があの物騒な場所に出かけたきり戻らねぇとなりゃ、心配なことこの上ないはずだ。
周りの客たちも、それまでのにぎやかな空気から一転、静まり返っちまってる。誰かがぽつりと「大丈夫かよ、あそこ……」と呟く声が聞こえた。
しかも場所が場所だ。例のゴロツキどもの残党に何かされてる……なんて可能性も捨てきれない。まったく、もう少しほとぼりが冷めてからでもよかったろうに。
(あの子、意外と行動力あるからな……見に行くって言い出したら聞かねぇタイプだろ、あれ)
すると、ジャンク屋の爺さんが擦り寄ってくる。
「ヘルメットの兄ちゃん!いや、誰でもいい!誰か様子を見に行ってくれねぇか!?」
店内の客たちも顔を見合わせるが、誰も進んで手を挙げようとはしねぇ。まあ、無理もねぇ。夜の荒野に、しかもゴロツキの残党がいるかもしれねぇ場所に、わざわざ首突っ込みたがる奴なんてそういねぇだろうよ。
おいこらまた面倒事かよ……ったく、そんなに俺みたいな流浪のヒャッハーに、あれこれ求められても困るんだが……無視すんのも寝覚め悪ぃしな。
「……はぁ、確かジープの修理費と値交渉、まだだったよな?」
「えっ?あ、あぁ……」
「たっぷり値切ってやるから覚悟しとけよ」
そう言って俺はヘルメットの奥で不敵に笑ってみせることにした。飲みかけの酒はカウンターに置いたまま、俺はストローを咥え直す代わりに、椅子から立ち上がって愛用の火炎放射器を肩に担ぎ直す……
―――――――――――――――
ジャンク屋の娘、アヤは荒野の夜を逃げていた。何から? この間のゴロツキか? だったら護身用で持ってきたスタンガンでどうにか太刀打ちできただろう。
彼女を追ってきているのは、そんなチャチなものでは無い。貯水タンクの周りに転がる、ゴロツキどもだったであろう肉片が、それを証明していた。
「はぁ……はぁ……」
息を殺して逃げるアヤ……そんな彼女の後ろから迫るのは、犬のようなナニカ。犬にしてはその体表に毛の一切はなく、全身が肉ぶくれしたような姿をしていた。
まるでホラー映画にでも出てきそうな出で立ち……この世界ではクリーチャーと言う通称で呼ばれている。
世界崩壊の原因の一つとなった隕石落下、その隕石に付着した未知のウィルスにより変異した存在。
条件は不明だが、感染した生物の一部をより強力にし、その理性を奪い、目の前の食料を根こそぎ食らうケダモノに変える……その成れの果てがクリーチャーだ。
人間用に調整したスタンガン程度でどうにかなるものでは無い……より強力な武器や兵器が必要だ。若しくは、ウィルスごと丸ごと焼いて滅却するとか。
――ヒュン。
背後で空気を切り裂く音。アヤは反射的に横に飛んだ。直後、地面が抉れる音と共に土埃が舞い上がる。振り返る余裕なんかない。あの化け物の爪が、さっきまで自分の頭があった場所を薙いでいったのだと、遅れて理解した。
(なんで……こんな時に限って……!)
貯水タンクの点検なんて、いつもならすぐ終わる仕事のはずだった。だが施設の裏手に回った瞬間、生臭い臭いと共に、あの化け物と出くわしてしまった。
声を上げる暇もなく、気付けば無我夢中で逃げ出していた。街まではまだ距離がある。足はもう限界に近い、息は上がりっぱなしで、視界の端が白く霞み始めてる。
(誰か……誰か、助け……)
背後から漏れる、ヒュルヒュルと空気が擦れるような呼吸音が、確実に距離を詰めてきているのが分かった。
荒れた地面に足を取られて体勢を崩す。転んだら終わりだ、そう分かっているのに、恐怖で膝が笑ってまともに走れない。
振り返るべきじゃないと分かっていても、本能がそれを許さなかった。ちらりと肩越しに見えたのは、闇の中でぬらぬらと濡れ光る肉の塊と、爛々と光る複数の目。
悲鳴すら出なかった。ただ、喉の奥から掠れた息だけが漏れる。
「っ……!」
次の瞬間、足元の石に躓いて、アヤの体は前のめりに地面へと投げ出された。頬に土の感触、口の中に砂の味が広がる。立ち上がろうとする腕に力が入らなかった。
化け物の呼吸音が、すぐ背後まで迫っていた。
(――もう、駄目……)
諦めが脳裏をよぎったその時……今にも飛びかからんとしていたクリーチャーは、横から跳んできた鉄の塊にふっ飛ばされる。
鈍い衝撃音と共に、ガラスみたいな何かがパリンと割れる音が響く。そこから出てきたのは……1台のジープだった。
「やっべ何か轢いた!?どっち!?どっちだ!?」
慌てて顔を出すのは……相変わらずヘルメットを顔面に貼り付けた奇妙な男……ヒエダだ。運転席から身を乗り出して、右へ左へと忙しなく視線を彷徨わせてる。
今轢いたのが化け物か人間かの区別もついていなかった事にアヤは軽く恐怖を覚えながらも、その顔が向けられた途端、ほんの少し安堵した。それは、ヒエダもまた同じだった。
「あっぶねぇ……一瞬アヤ轢いたかと思ったぞ……」
「恐ろしい事言わないでください……!?」
地面にへたり込んだままのアヤは、涙目になりながらも思わず声を張り上げた。生きた心地がしないどころか、二重の意味で死にかけたと知らされれば、そりゃあ叫びたくもなる。
ヒエダとアヤがそんなふうな口を叩きあう横で……轢かれて飛ばされた4足のクリーチャーが全身から緑色の血を吹き出しながら立ち上がり、目の前の獲物たちを見つめていた。
ジープにぶつかってもなお怯む様子もなく、ぶるりと体を震わせて血を撒き散らすと、爛々と光る複数の目が改めて二人を捉える。喉の奥から漏れる唸り声には、明確な敵意が滲んでいた。
ヒエダはそんなクリーチャーを見て一言。
「ジャーキーで見逃してくれねぇかなぁ」
そんなふうなボヤキを思わず絞り出すのだった。