「ヒャッハー!水と食料寄越せェッ!!」 作:ヒャッハー
いやぁ、やべぇな。犬っころタイプのクリーチャーか……こいつすばしっこくて苦手なんだよな。俺は自慢の火炎放射器と鉈を片手にゆっくりと目の前の化け物と目を合わせる。
結構なスピードでジープで轢いたからか、体中をゴキゴキと鳴らして肉を再生させている……その再生能力こそがクリーチャーの厄介なところだ。
その次に厄介なのが見た目。干肉がしばらく食えなくなるような見た目をしてる……本当勘弁してほしい。
今なら前世で家畜が屠殺される動画見てヴィーガンになる奴らの気持ちが分かる気がする。やっぱちょっと嘘。
「アヤぁ、平気か?」
「あ、あんまり平気じゃ……」
「だよなぁ。んじゃはよジープ乗んな、さっさと逃げよーや」
あの様子だとまだあの犬っころは動けない。今のうちにトンズラをこいてやろう……俺はそんな気持ちでつぶやくが、すぐにその考えを訂正する。
足音が少しずつ増えてきた……4足動物の足音だ。不規則に増えていく……俺はジープのライトを恐る恐るつけてやると、ようやく現在の状態を把握した。
俺が対峙してるのは一匹ではなく複数匹の犬っころだと言うことに。
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れた。ライトに照らされた闇の中、爛々と光る目玉が、二つ三つ……いや、もっとある。ヨロヨロと草陰から姿を現す肉塊どもは、さっきまで俺がぶっ飛ばしてた奴と瓜二つの図体をしてやがった。
(マジかよ、群れかよ……)
どうりで貯水タンクの周りにゴロツキの肉片が散らばってたわけだ。一匹相手ならまだしも、この数となるとさすがに笑えねぇ。
「ヒ、ヒエダさん……!」
助手席に転がり込んだアヤが、震える声で俺の名前を呼ぶ。やめろそんなに頼んな。
「あぁ、分かってる分かってる。落ち着け、こっちも今絶賛パニクってるとこだから」
「パニクってるんですか!?」
ごもっともなツッコミを受け流しながら、俺はハンドルを握る手に力を込めた。囲まれる前に離脱しねぇと、さすがにこの数はきつい。
「舌打ちしてる暇もねぇな……アヤ、しっかり掴まってろよ!」
言うが早いか、俺はアクセルを思いっきり踏み込んだ。タイヤが荒れた地面を蹴って、ジープが唸りを上げて前に飛び出す。
バックミラー越しに、犬っころどもが一斉にこっちへと突進してくるのが見えた。
「うわ、追いかけてきやがった!速ぇ……!」
「言わんこっちゃない!何なんですかあの数!?」
「知らねぇよそんなん!俺だって初耳だっつーの!こりゃやべぇな、街にあの数のクリーチャー持ち込めねぇぞ!」
下手にあんな数の生肉動物軍団持ち込んだら入店拒否される!ぜってぇ見殺しにされる!とはいってもなぁ……ざっと数えて4匹……行けるかなぁ。
バックミラーに映る犬っころどもの速度と、ジープの残り燃料を天秤にかける。このまま逃げ切ろうとしても、街に着く前に追いつかれるのが目に見えてる。逃げ切れても、街にクリーチャーを招く結果になるだろう。そりゃ駄目だ。
なら、やることは一つしかない。ここで迎え撃つしかできることはない。
「アヤ、ちょっとブレーキ踏むぞ!あと外には出るなよ!俺を置いて逃げたりもするなよ!?」
「えっ!?ちょっ、何を!?」
俺は思いっきりブレーキを踏むと、ジープが大きく揺れてその場に止まる……と同時に俺は火炎放射器と鉈を持ってクリーチャー共へと向かっていく。
背後で「ヒエダさん!?」というアヤの悲鳴じみた声が聞こえたが、そっちに構ってる余裕はねぇ。
片手で火炎放射器を撒き散らしながら向こうからの接近を防ぎつつ、それでも突っ込んでくる奴には回避でかわし、代わりに鉈の一撃をくれてやる。
「一匹目ぇ!」
最初の一匹目、勢い余って炎の壁に突っ込んできた奴の首元を鉈で薙ぐ。緑色の血が夜闇に飛び散った。
だが、こいつら群れで動く分、頭は悪くねぇ。二匹目、三匹目は左右に分かれて回り込もうとしてきやがる。
「おいおい、連携プレーとかやめろっての……!」
両手を塞がれてる分、動きが遅れる。左から迫った一匹の爪が、コートの裾をわずかに掠めた。ヒヤリとした感覚が背筋を這う。
(危ねぇ……こいつら、思ってたより頭使ってきやがる)
舌打ちしながら、俺は火炎放射器のトリガーを引きっぱなしにして周囲一帯を炎の壁で囲うように旋回した。
悲鳴じみた鳴き声を上げて数匹が怯む。その隙を逃さず、鉈を握り直して一番近くにいた奴の脳天へ叩き込んだ。
「二匹!」
残るは二匹。大分ペースよく狩れてるが……それでもなおクリーチャーは怯むことなく俺を取り囲み挟み撃ちにしてこようとしてきやがる。
そしてタイミングを少しずらしてこちらが回避しにくいタイミングで一斉に飛び掛ってきた。鋭い爪が俺の喉元をすり抜け、背中に浅く犬っころの爪が切り刻まれる。痛い。
思わず体勢を崩しそうになるが咄嗟に耐えて火炎放射器をぐるりと回して炎を噴き出す。すると近くにいた犬っころ二匹は避けきれずに皮膚を焼く炎に慌てて遠ざかる。
「いつつ……」
背中の傷が思いのほか深いのか、じんわりとした熱が広がっていくのが分かる。だが今は痛みに構ってる場合じゃねぇ。残る二匹は、俺の一挙一動を窺うようにジリジリと距離を詰めてきてやがる。
(……厄介な群れに目ぇつけられたもんだ)
火炎放射器の残量計にちらりと視線を落とすと、派手に燃やしたからかもう片方はすっかり空に近い。もう一丁の方も、この調子で使えばそう長くはもたねぇだろう。燃費の悪さはこの火炎放射器の最大の欠点だ。
「くそ、燃料が保たねぇか……鉈一本でどうにかするしかねぇか」
覚悟を決めて、俺は空になりかけた片割れの火炎放射器を背中に回すと、燃料のギリ残ってる方を片手に取り、鉈を握り直した。
残る二匹は俺の動きの変化を察したのか、より一層警戒の色を強めて唸り声を上げる。
「噛みつくなよ、狂犬病怖いからな。」
挑発するように声をかけると、案の定、一匹が先に痺れを切らして飛びかかってきた。
俺はギリギリまで引きつけてから体を捻ってかわし、すれ違いざまに鉈を横薙ぎに振るう。手応えあり、緑色の血が夜空に弧を描いた。
「これで三匹目!」
だが安堵する暇もなく、残った最後の一匹、他の奴らより一回り体格がデカい個体が、仲間がやられた怒りからか、これまでとは比べ物にならねぇ速度で突っ込んできやがった。
「っ……!?」
完全に反応が遅れた。避けきれねぇと判断した瞬間、俺は咄嗟に腕を交差させて防御の姿勢を取る。だが、その判断は半分正解で半分間違いだった。
鋭い爪が俺の腕をかすめて防御自体は成功した……が、その勢いのまま体当たりを食らって、俺は地面に叩きつけられる。
「ぐぁっ……!」
背中を強かに打って、一瞬息が詰まる。視界がグラつく中、馬乗りになろうとするクリーチャーの爪が、俺の頭部――正確にはヘルメットの縁に引っかかった。
「あ、まず……待っ……!」
言い終わる前に、ガコンという鈍い音と共に、ヘルメットが勢いよく弾け飛んだ。
夜風が、久しく外気に晒されていなかった顔面に直接吹き付ける。ケロイド状に爛れた皮膚になぜかくっついてる鱗の感触に、俺は一瞬時が止まったみてぇな感覚に陥った。
かつて鏡で見たゾンビとトカゲとサカナと人間がミキシングされたような醜悪な自分の姿が目に浮かぶ。
(――やべぇ)
地面に転がったヘルメットが、月明かりに照らされて鈍く光る。それを目で追う暇もなく、俺は上に乗ったクリーチャーの喉元へ、渾身の力で鉈を突き立てた。
断末魔の叫びと共に、緑色の血が俺の――剥き出しになった顔に、盛大に降りかかった。
静寂が戻った荒野に、俺の荒い呼吸音だけが響く。ゆっくりと体を起こしながら、俺は地面に転がったヘルメットへと視線を向けた。
拾い上げるべきか、迷った。もう遅ぇんだろうけどな。
振り返らなくても分かる。ジープの方角から、アヤの息を呑む気配が、はっきりと伝わってきていた。
「ひっ……えだ……さん?」
声が震えてる。無理もねぇ。今の俺の顔、鏡なんぞなくたって想像はつく。夜目にも分かるくらい引きつってるのが、その声色から伝わってきた。
「オーケー、言いたいことはいろいろあるのはわかる」
俺は両手を上げてアヤに懇願する。降参のポーズだ。せめて敵意はねぇって示しとかねぇと、この空気じゃ何言われても反論できる気がしねぇ。
「でも先ずは今の俺のためにジープからタオル取ってくれねぇか?流石にこんなシュレックの体液みたいなもんつけたままヘルメット被りたくねぇ」
沈黙。長い、長い沈黙。
地面に転がったヘルメットと、血まみれで突っ立ってる俺の顔と、その両方を交互に見比べてるアヤの視線が、痛いくらいに突き刺さる。
(……くそ、なんつー空気だよ)
言いたいことがある、って顔だ。それも一つや二つじゃなさそうな。だが、こういう時に限って俺の方から先に口を開くわけにもいかねぇ。相手のペースを待つしかねぇ、ってのが、こういう気まずい場面での鉄則だ。
やがて、アヤはよろよろとした足取りでジープに近づくと、後部座席から布切れを一枚引っ張り出した。
「……はい」
「お、おぉ。サンキュ」
差し出されたそれを受け取って、俺は自分の顔をゴシゴシと拭う。緑色の血が布に染み込んでいく様を横目に、なんとも言えねぇ気まずさが場を支配してた。
「あの……」
「あぁ?」
ようやくアヤが口を開いた。俺はビクリと肩を強張らせながら、恐る恐る続きを待つ。
「……その、痛くない、ですか?」
思わずタオルを持つ手が止まった。
(……あれ、なんか思ってたのと違う質問来たな)
覚悟してた「気持ち悪い」だの「無理」だのって言葉じゃなく、まさかの純粋な心配。拍子抜けした俺は、思わず素で答えちまった。
「あぁ……いや、痛くはねぇよ。もう慣れたもんだ」
「そうですか……。よかった」
それだけ言うと、アヤは小さく息を吐いて、少しだけ表情を緩めた。怖がってねぇ、とまでは言い切れねぇが、少なくとも拒絶の色は見えねぇ。
(……変な奴だな、ホント)
俺はそれ以上何も言わず、地面に転がったヘルメットを拾い上げると、そっと何事もなかったかのように装着する。