20XX年、終末世界でヒャッハーしている。 作:ヒャッハー
それからのことは、ヒエダもアヤもよくは覚えていなかった。緑色の血を拭ったヘルメットと服のまま、二人はほとんど言葉を交わすこともなく、ただジープのエンジン音だけを聞きながら夜道を街へと戻った。
街に着く頃には、既に噂が先回りしていたのか、住人たちが総出で様子を見に駆けつけていた。ランタン片手に集まった人だかりの中、真っ先に飛び出してきたのはジャンク屋の爺さんだった。
「アヤ!アヤぁ無事かッ!」
爺さんは孫娘の姿を確認するなり、その場にへたり込みそうな勢いで駆け寄ってきた。目には涙が滲んでる。アヤもまた、震える声で「ただいま」とだけ絞り出すと、爺さんの胸に飛び込むように抱きついた。
その光景を少し離れた場所から眺めながら、ヒエダはジープに寄りかかったまま、何とも言えねぇ顔をしていた。
「兄ちゃん……本当に、本当にありがとうございました……!」
爺さんは涙目のまま、ヒエダの手を両手で握りしめて何度も頭を下げる。周りの住人たちからも「さすがだ」だの「街の恩人だ」だのと声が飛んできて、ヒエダはどうにも居心地悪そうに視線を泳がせていた。
「あぁ、いや……別に大したことしてねぇって」
いつもの謙遜を口にしながらも、その声にはいつもほどの軽さがなかった。血の付いたままの服を松明の灯りに晒すのが気まずいのか、皆から数歩下がった所に立ち続けた。
ヒエダはジャンク屋の爺さんからえらい感謝されたし、アヤが無事帰ってきたことに街の皆が喜んだ。だが、二人の心にはソレだけでは済まされないわだかまりが出来ていた。
いや、あくまでも気にしているのはヒエダだけで、アヤの方はさして何も思っていないのかもしれない。
実際、アヤは爺さんとの再会を終えると、こちらを振り返って小さく手を振ってみせた。いつもと変わらない、あの人懐っこい笑顔だった。
それがヒエダにとって救いなのか、それとも余計に居心地を悪くさせるものなのか、本人にもよく分からなかった。
ただ一つ確かなのは、あの夜以来、ヒエダがこの夜アヤに「素顔を見られた」として妙な気負いを背負ってしまう事だけだった。
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それからヒエダは何事も言わずに宿へと戻った。あのままあの空間にいるのはどうしても心地が良くなかったし、一度部屋に戻って心を落ち着けたかったのだ。
「……」
ヒエダは何を思ったのかそっとヘルメットを外して、自身の顔の皮膚に触れる……この顔のせいでクリーチャーと間違えられるわ、ヘルメットずっと被ってないといけないわ、ヒエダにとってろくなことがなかった。
コンプレックス……なんて生易しい言葉で片付けていいセリフじゃない。この顔になったことに後悔は無いが、嫌な思いをしたのはとても数え切れない。
鏡なんてこの部屋には無いが、指先で辿るだけで嫌でも分かる。頬に走る硬い鱗の感触、火傷の引き攣れ、それら全部が「お前は普通じゃない」と無言で突きつけてくるみたいで、いつまで経っても慣れきれない部分だった。
柄にもなくそんな事を考えていると、部屋の扉がコンコンとノックされる。ヒエダはヘルメットを被り直して声をだす。
「はいはい。どなたぁ?」
「わ、私です!アヤです!」
その声を聞いて思わず体を跳ねさせる。できる事なら今あまり会いたくはない相手だ……
(あの状況見られちまった直後だぞ……何しに来たんだよ、こんな時間に)
……そんな事を考えながらも、そのまま返すのも無粋に思い、いつもの調子で声をかける。
「……入っていいぜぇ」
すると扉が開き、なるべく平然を装おうとしているアヤの姿が目に飛び込んだ。何処か気まずそうでありながらも、それを悟られたくないとしているのはすぐに分かる。手には何かを抱えているようだった。
「こんな時間に何の用だ?」
できるだけいつも通りを装って軽い調子で聞いたつもりだったが、自分でも声が微妙にこわばってるのが分かった。
「あの……その、これ」
アヤが差し出してきたのは、清潔な布に包まれた何かだった。受け取って開けてみると、中には包帯と消毒液らしきものが入っている。
「傷、手当てしてなかったですよね。背中とか、腕とか」
「……あぁ」
言われて初めて思い出した。そういえば背中の爪傷、放置したままだった。痛みに慣れすぎて、すっかり存在を忘れかけてた。
「わざわざ持ってきてくれたのかよ、こんな時間に」
「はい。放っておいたら跡が残るかもしれませんし……あと」
アヤは一瞬言葉を切ると、まっすぐこっちを見た。
「今日のこと、ちゃんとお礼言いたくて」
「……礼なら、さっき街のみんなから散々もらったろ」
「違います。それとは別に、私からちゃんと」
真っ直ぐな目でそう言われると、どうにも据わりが悪い。ヒエダはヘルメットの奥で視線を泳がせながら、こういう時の対処法を必死に頭の中で探した。
「あー……悪ぃな、傷の手当てまでさせちまって」
「気にしないでください。それより、背中見せてもらえますか? 一人じゃ手当てしにくい場所でしょうし」
「いや、それは……」
さすがにコートを脱ぐのは、今の顔の話とはまた別の意味で抵抗があった。だが、アヤはもう部屋の中に入り込んで、有無を言わせない様子でこっちに近づいてくる。
「遠慮しなくていいですよ。今日、また命懸けで助けてもらったんですから、これくらいさせてください」
その言葉に、ヒエダは観念したように小さく息を吐いた。
「……分かったよ。ちょっと待ってろ」
コートを脱ぎながら、ヒエダは内心で呟く。
(顔だけじゃなく、傷まで見られるのかよ……なんだこの晒しっぱなしの一日は)
自嘲気味にそんなことを思いつつ、ベッドの端に腰掛けて背中を差し出す。アヤは背中の傷を見て痛ましそうにしながら消毒液を塗り込む……その度にヒエダが上ずった声で「いったぁっ!?」と叫ぶ。
「す、すみません、痛かったですか……?」
「いや、悪ぃのはお前じゃなくて傷の方だ……続けてくれ……」
だが、はたから見ていたよりもずっと浅めな傷だ。ずいぶん丈夫な体だとアヤは驚く。
「凄いですね、もっと深く斬られてるのかと思ってました……」
「肉体強化のインプラントしてるからな。人よりも体丈夫なんだよ」
不死身とまではいかないがな、と軽く笑うヒエダだった。話しながらも、包帯を巻くアヤの手つきは丁寧で、無駄がない。
慣れてるんだろうな、とヒエダはぼんやり思った。ジャンク屋の手伝いをしてるくらいだ、手先はやはり器用なのだろう。
それからしばらく無言が続くと、とうとう耐えきれなくなったのか、ヒエダが問いかける。
「俺の顔の理由、知りたいか?」
「っ!?」
当人からその話を切り出されると思っていなかったのか驚くアヤ……だが、彼女はしばらくしてから自身の好奇心に負けて「はい」とコクリと頷いた。
その素直な反応に、ヒエダは小さく息を吐いた。話すかどうか、正直まだ迷いはあった。だが、こんだけ世話になっといて、いつまでも誤魔化し続けるのも、なんだか筋が違う気がした。
「……そんなに面白ぇ話でもねぇけどな」
前置きを挟んでから、ヒエダはぽつりぽつりと語り始めた。
「簡単に言うとミュータント工場で幼女誘拐して助けたら逆に捕まって身体魔改造されてこの顔になった」
「待ってください思ったより情報量多くて……!!」
ヒエダにとってはごく簡潔に事実のみを並べたつもりなのだが、アヤにはそれがあまりにも情報量が多すぎる一言に思わず頭を抱えていた。
「お、落ち着いて聞くので、もう少し順番に話してもらえますか……?」
「あぁ? まあ、それもそうか」
ヒエダは軽く頭をかくと、少し考えるように視線を天井に向けた。昔語りなんて柄でもねぇが、まあ、ここまで来たら仕方ねぇ。
「んー、そうだな……昔、まだ今ほど強くなかった頃の話だ。荒野を彷徨ってた俺は、あるクリーチャー研究所に拉致られてな」
「クリーチャー研究所……?」
「あぁ。マッドサイエンティストの巣窟みてぇな場所で、隕石落下で変異したクリーチャーを研究してた施設だ。で、そこで人体実験の被験体にされかけた」
アヤの顔がさっと青ざめる。ヒエダはそれに構わず淡々と話を続けた。もう随分昔の話だ、今更取り乱すようなことでもねぇ。
「檻の中で似たような境遇の連中と一緒に閉じ込められてたんだが、その中に一人、幼い女の子がいてよ」
「女の子……」
「あぁ。まだ小せぇのに、あんな場所に放り込まれてよ。見てらんなくてな……脱走の機会があった時、俺はその子だけでも逃がすことにした」
言いながら、ヒエダは無意識に自分の腕を撫でた。当時のことを思い出すと、今でも僅かに手が震える気がする。
「見張りの隙を突いて、俺がその子の逃走を手引きしてやった。……で、結果としちゃ、あの子は無事に逃げおおせた」
「良かった……」
「あぁ、それだけは良かった。だがその代わり、俺の方は逃げ切れなくてよ。またすぐに捕まっちまった」
アヤが息を呑む音が聞こえた。ヒエダは苦笑しながら続ける。
「見せしめのつもりだったのか、単なる腹いせだったのか知らねぇが、俺はそのままより念入りな人体実験のモルモットにされた。クリーチャーの体組織だの薬品だのを、あれこれ体に叩き込まれてよ」
「そんな……」
「その結果がこの顔だ。鱗だの引き攣れだのくっついた、正真正銘のバケモン面。ただまあ、副産物としちゃ悪くねぇもんもあってな」
ヒエダはそう言って、軽く自分の腕を叩いてみせた。
「普通の人間より、パワーも回復力も格段に上がった。あのデカブツの一撃食らってもピンピンしてたのも、犬っころに引っ掻かれた傷が思ったより浅かったのも、そのおかげだ」
自嘲するみたいに笑いながら、ヒエダはそう締めくくった。
「まあ、そういうわけだ。悪ィな、辛気くせぇ話聞かせちまって」
「……いえ」
アヤはしばらく黙り込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。
「その子……無事に逃げられた女の子は、今どうしてるんですかね」
「さぁな。あれから会っちゃいねぇし、生きてるかどうかも分からねぇ」
ヒエダは肩をすくめてそう答えた。だが、その声には僅かに、何か柔らかいものが滲んでいるようにアヤには聞こえた。
「……でも、無事に逃げられたなら、それでいい。俺があの時やったことに、後悔は一つもねぇよ……まっ、それでまた脱走する時に暴れすぎたんで顔隠す為にヘルメットで顔隠してるって訳だ。」
その言葉は、誰かに聞かせるためというより、自分自身に言い聞かせるみたいな響きだった。窓の外の月明かりが、包帯を巻き終えたばかりのヒエダの背中を、静かに照らしていた。