——私の両親は、3年前、魔族に殺された。
東京西部一帯で、複数の大型魔蝕が発生した。私は、奥多摩に家族でハイキングをするため、父さんの運転する車で移動していたのを覚えている。楽しい休日になるはずだった。
だけどならなかった。父さんも母さんも私を逃すため、魔族をひきつけた。特に魔法も、魔道具もない普通の人間がそんなことをすればどうなるか言うまでもない。
「……こんな時に、来ることになるなんてね」
三矢さんの運転する自動車に揺られて、私は、今、3年ぶりに両親が死んだ土地に訪れていた。
看板に従って、車が高速道路を降りる。標識には、八王子市とあった。その市内を車は進む。
窓の外には、灯った光の少なさや放置されて長そうな廃墟、夜間といえど異様に少ない人通り。この辺りは、まだ3年前の傷が癒えきっていないのが街並みから窺えた。
「深澄ちゃん。今日は、ほんとごめんね。夜も遅くなっちゃったし」
「ああ、いえ、構いません。私も関係ありますし、明日は休校ですし……」
学校を離れて、1時間経った。学校のことは、既に、ニュースとなってネット上を流れている。
充電中のスマホの画面では、魔狩の失敗とアリスによる学校の
魔宮化。魔族によるテリトリー化の最終段階。場所を魔力で汚染して、自分の空間を作り上げる。魔宮となった場所は、通常の物理法則ではなく、主となる魔族を中心に組み立てられた法則が支配するようになる。それができる魔族は、上位クラスに限られるけど暫定クラスAのアリスならできて当然。都市を呑み込み、果てには国すら呑み込む魔族による最大の侵略行為だ。
これは、放置されず流石に実力のある魔狩がすぐに動くだろうと思ったら千葉の方でもクラスAの上位魔族が現れ、埼玉では、魔族の大量発生。神奈川沖の海上では、魔狩同士の衝突などなどと今の関東圏は、近年稀に見る大荒れ模様となっていた。
それらの対応でまともに類する魔狩は、現在、軒並み手が空いていないらしいというのがSNSで拾った情報。スクロールすると不安から東京どころか関東脱出を声高に叫んだり、実際に離れたという人も少なくなかった。
諸々の事情から魔宮に引きこもってしまったアリスに対する魔狩は、現在、後回しにされている。現場を中継している配信者系魔狩のドローンの映像からもアリスの影により再構築された学校は不気味な沈黙に包まれていて、非常線を超える魔狩の姿は窺えない。丁度、今、調査目的のドローンが学校の敷地に入り込んで、どこからか現れた影に貫かれ、落とされた映像がタイムラインを流れていった。
こんなのを見せられたまともな魔狩の腰は重くなる。それに普通、クラスAを超えるアリスに立ち向かおうと考えもしない。当然の状況だろう。
アリスは、聖瑛が来るのを待っている。聖瑛が来るまで門戸を開くことはないだろう。あの女は、聖瑛に、異常に執着していたから間違いない。
「それは、そうよね……。親御さんは、大丈夫?」
「叔父には、連絡しました。大丈夫です。友達のご家族にお世話になっていると伝えています」
心配するLINEが来てたから適当なメッセとスタンプを返しておいた。
「お世話になったのは、こっちだけどね」
苦笑いする三矢さんの視線が一瞬、後部座席に向けられた。つられて私も後ろを見た。
聖瑛は、まだ起きていない。眠ったまま。凄い姿勢をして、間抜けな寝顔で穏やかな寝息を立てている。
車に乗せた時は、座ってたんだけどどこかのカーブでバランスを崩したのか上半身がぐにゃんとなって、横に倒れてた。軟体生物みたい。なにせ縦に長いから寝かせるわけにもいかなかった。自分の背の高さを恨んでほしい。
「最近、あいつの世話してくれてるんでしょ?」
「えっ、いえ、そんなことは……」
「いいのよ。あいつに人のお世話なんてできないし。あ、それと魔狩のことも隠さなくていいから。あいつは隠してるつもりだったけど。丸わかりだっての」
三矢さんがムスッとしたのに、つい苦笑いが出た。隠し事、下手くそそう。
「っと、到着。深澄ちゃん降りちゃって。瑛、起きて!」
キィと小さなブレーキ音を立てて止まった車から出た私の視界に最初に入ったのは、年季の入った平屋。古民家みたいな雰囲気だ。立てられてから時間の経過したフェンスと手入れされた庭がある。玄関には、見た目にそぐう年代物の引き戸。どうやらここが聖瑛の家らしい。不思議と彼にしっくりときた。
「ん……ここはって、母さん……?」
母さん呼びなんだ。クラスメイトの普段見ない姿が見て、なんだか新鮮な気持ちになる。こういう動揺してる姿も結構初めてもかもしれない。面白い。
「……待ってくれ、母さん。これには理由が、理由が、あるんだ。説明させて欲しい」
「言い訳結構。てかそういうのは後にして。あたし、お腹減ってるの」
くぅ〜〜。と微かに可愛らしい腹の虫を鳴かせながら三矢さんが不機嫌そうに言う。
「……ごめんなさい」
「分かったらさっさと出て。私は、ちょっとやることあるから先にご飯食べておいて。冷蔵庫にカレーあるから温め直して。ご飯は炊いてるからチンしなくていい。後、当たり前だけど着替えなさいね」
「了解です」
聖瑛を車から下した三矢さんの車が直進し、角の先に消えるのを見送った。名も知らない虫の鳴き声だけがその場にあった。
「……えっと、常夜原さん。家に入ろう。また雨が降ってきたし」
「え。ああ、うん」
頷いて、聖瑛の後に続く。沈黙。妙に話しずらい、気まずさがあった。あんなドラマチックな別れをしてから会話一つしていないのに、また2人きりにされたんだから気まずくても当然だと思う。
改善する案なんて簡単には出てこない。その空気のまま家の中に案内されて、リビングに通された。外見通りの時代を感じる内装だけどリノベされてて綺麗だし、置かれた家具もセンスがある。
「ちょっと座っててくれ。テレビとかは自由に使ってくれて構わないから……って、言われて触るのもやりづらいか」
セルフツッコミした聖瑛は、壁際にある40インチほどの液晶テレビの電源を入れる。神妙な顔したスーツ姿の男女が画面に映った。ニュース番組だ。魔族関連のニュース。聖瑛は、黙ったままチャンネルを変えた。変えてもニュース。状況が状況だからしょうがない。
「つまらない番組ばかりね」
「……俺が寝てる間に色々ありすぎだ」
「ふふ、そうね」
互いに、顔を見合わせて苦笑いが出る。
「テレビは、いい」
「ああ、それならこれ動画サイトとかも見れる——「そういうことじゃないわ」——えっとなら……?」
「あんたのこと、聞かせてもらえる?」
「俺のこと?」
聖瑛は、きょとんとしたような表情を浮かべる。ほんと呆れた。
「当たり前でしょう。あんなの見せておいて、黙ってられると思わないでよ」
「確かに。少し待ってて欲しい。母さんに頼まれたことと着替えをしてくる」
「そうね。とびっきりの猟奇殺人事件現場か魔族にたかられた後みたいだもの、あんた」
「そこまで言う? そうかぁ?」
頷く私に、怪訝とした顔で首を傾げた後、どこかに消えていった。風呂場だろう。
「私もあんまり人のこと言えないんだけど……」
自分のボロボロになったセーラー服は、結構見るも無惨。大きな、大きな溜息が出る。後で、三矢さんに服を借りて、お風呂も借りたいわね。
と思っていたらドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。上裸に脱ぎかけのズボンを引っ掛けて戻ってきた聖瑛は、驚きの表情を浮かべ言った。
「本当にそうだった……」
「戻ってこなくていいから……!!」
凄まじく鍛えられた身体だった。無駄一つない彫刻みたいな——いや、思い出さない。この記憶は、なかったことにします。不純よ不純。この妙な頬の火照りも一緒に、無しにします。
それから少し経って夕食をご馳走になった私は、2階にある聖瑛の部屋にいた。簡素な畳の和室。部屋の隅に折り畳まれた布団、使い古されたちゃぶ台が一つ。他は、本棚くらい。質素な部屋だ。
人の服って、落ち着かない。借りた黒いジャージの袖と裾が長い。
「すまない。人を招くなんて初めてだから。特に面白くもないだろうこの部屋」
ちゃぶ台の上に、湯呑みを置いた聖瑛は、私の向かいで、同じく座布団に座った。
人の部屋もあんまり落ち着かない。けどこの部屋は、ちょっと懐かしくて、なんかまあ……、なんでもないです。
「別に、部屋に面白さは要らないでしょ。まあ本棚の中身は、意外でちょっと面白いかもね」
参考書や教科書、小説。思ったより小説が多い。この前映画になったSFや恋愛物、よく見たらバトル系っぽいライトノベルも混ざっている。
「アリスに教えてもらったんだ。物語の面白さ、素晴らしさを。俺は、それを忘れられず今も読み続けている」
「もしかして、あんたが言ってる騎士ってのも?」
「ああ。騎士が出てくる物語を教えてもらった。アリスは、昔の俺にとっての姫、守るべき人だった」
「……それがどうしてあんな風に?」
「昔、俺は、施設で暮らしてたんだ。アリスは、俺と同じくそこに居た」
「孤児だったって事?」
この時代、孤児は珍しくない。魔族は、場所を選ばずそこら中で湧くし、そこら中で人を殺している。子供だけが残ることもままある。私みたいに。私は、運が良かったから自分を助けてくれた人がいた。
……最初に助けてくれたのは、悪魔だったけど。勿論比喩だ。
それで言うと三矢さんはどういう関係? と思ったけど今は、聖瑛が話す時間だろう。後にした。
「そういうことだ。ただその施設は、普通の養護施設じゃなかった。孤児を集めて、魔法とか魔族の実験をしている施設だった」
「それは……」
「ああ。完全に非合法だ。後に聞いたことだけどどうやらそこは、魔族を信仰対象にしている新興宗教の施設で、人が魔族になれることを目指してたんだ」
そんな集団がいるというのは、私もネットの噂で見たことはある。
実際、国外には、魔族に支配された地域というのはある。そうではなく自ら憧れたり、崇めたりする集団。私の理解の外だ。
「俺もアリスもそこで魔族の因子を移植される実験を受けていた。何人も同い年の子供がいなくなった。その中でも俺たちは優等生だった。特にアリスは、すごかった。神童って呼ばれてて、期待されてた。埋め込まれた魔族の力を完璧に制御していたんだ。俺の魔法もアリスと同じなんだ。魔族の因子の力は、ほとんど魔法と変わらない。ただ異常に強力で、得体の知れない代償がある」
「そういえばあんた、魔法を使った時にリミッターがあって、自分じゃなくなるとか言ってたけど大丈夫なの?」
「何とかね。身体と精神は、まだギリギリ大丈夫なんだと思う。多分、魂が一番ダメなんだ。あれを捧げたらきっと俺は、どうなるか分からない。とてつもなく強くなるかもしれないし、もっと別のことが起きるのかもしれない……。分からなくて、怖い」
深刻な顔をして、聖瑛が口をつぐんだ。
「……ごめんなさい。脱線させたわね」
「いいさ。常夜原さんが心配してくれているんだ。こんなに嬉しいことはない」
「うるさいわね……。続き、話して」
調子に乗るとすぐにこう。ついバツが悪くなって、斜め下に視線を逃がしてしまう。そんなことしたらバレバレなのに。
「アリスは、優れていてから他の子供たちと違って優先されて、我儘を聞いてもらえた。食べたいもの欲しいもの、施設を出る以外全部だ。その時、アリスは、俺に物語を教えてくれた。アリスは、どこで覚えたのか分からないけど文字が読めたんだ。だから読み聞かせをしてくれた。おかげで今の俺がある。あの時間は、いつ思い出しても輝いている」
「もしかして、アリスって、あんたのこと騎士って呼んでたのは、本から?」
「ああ。元々、俺は、名前がなくて数字で呼ばれてたからな。今では母さんのくれた名前があるけど。その頃は、彼女がくれた称号だけだった」
そう言った聖瑛の遠くを見る横顔は、懐かしげで、悲しげ。ちょっとだけ親近感を覚えた。嫌な思考だ。傷の舐め合いよりも酷い。勝手に寄りかかってる。
「けどそれも長くは続かなかった。最終実験、アリスの完全な魔族化が行われた。上手くいくはずだった。理論を超えた理想をアリスは、体現していた、らしい。詳しいことは分からないけどそう言っている大人たちの興奮を覚えている」
「……その口ぶりとアリスのあの様を見るに失敗したのね」
「失敗した、というより上手く行き過ぎたんだ。アリスは、あまりにも優秀で、あまりにも完璧だった。だから魔族になってしまった。完全な魔族。クラスAの魔族、影と魂を操るソウルイーターの因子を植え付けられたアリスは、それそのもの、それを超える何かになった」
ソウルイーター。確か、ほとんど出現を確認されていない魔族だったはず。正直よく知らない。クラスA以上は、存在を認知されているごく少数か、目撃者が残っていない大多数のどちらか。ソウルイーターは、その狭間にある。
「だからアリスはあんなに強力に、残虐になっているんだと思う。その時も施設の全てがアリスの影に引き裂かれ、呑み込まれた。人も物も例外なく、アリスすらも影の奥に消えて、更地になったそこに残っていたのは、運の良かった俺と母さんだけだった」
「三矢さんが?」
「三矢さんは、施設の研究者だった。と言っても俺と直接関わってたわけじゃない。魔道具の研究をしていたんだ」
何となく察してたけど口に出されるとどうにも衝撃的ね。ただそれよりも気になったことがあった。躊躇いよりも先に、私は、口を先に開いていた。
「ねえ。それって、辛くないの?」
「辛い……?」
「私も似たようなことがあったんだけどその時は、最悪だったわ。まあ、三矢さんは、私の時の人と違って良い人っぽいからそう思わないかもだけどさ」
両親が死に、1人になった私は、当時、丁度東京に訪れていた遠縁の親類の世話になることになった。一人ぼっちだった私は、その時、すごく安心したのを覚えている。両親とたまに会っている人で、会うとお小遣いやお菓子をくれて、穏やかな人たちだった。
だから良い人だと私は、思い込んでいた。そんなことは、全くなかった。全部上っ面。両親に金を無心するためだけのモーション。
すっかり騙された私は、両親の財産を全て奪われた。知識も度胸も何もない私は、ただただ奪われるだけだった。
叔父さんが駆けつけてくれなければどうなっていたか考えたくもない。
今の私がないのは間違いない。
お父さんとお母さんの死にかこつけたあの人たちをずっとずっと私は、憎んでいる。
何よりその時、簡単に騙されて、何もできなかった私も。
「私は、今でもその人たちを殺したいと思っている」
「……そうか」
「……あ”っ。ご、ごめん。入り込んで自分語しすぎた。恥ずかし……」
いつの間にか前のめりになっていた身体を後ろに引き戻す。顔が熱い。熱すぎる。汗が止まらない。
「それは、今更だろう。俺は、さっきからずっと身の上話を話し倒してる。初めてだ。こんなに自分のことを話すのなんて。振り返ってみるとちょっと恥ずかしいな」
聖瑛は、はにかんで肩を竦めた。
「質問に答えるよ。昔は、辛かった。今は、そうじゃない。親みたいな人だと思っている。常夜原さんの言う通り、母さんは、いい人だから。例え俺の研究に関わっていたとしても今の俺があるのは、あの人のお陰だ」
「そっ……。なら、いいんじゃない」
「よし。俺は、話し終えた。かなりすっきりだ。次は、君の番だ」
「は? い、いや。私のは、今回のことと関係ないでしょ」
急に何言い出すの、この人は。何を言ってるんだとばかりの表情を聖瑛は、作る。ムカつくわね。
「関係なくとも今迫真の語りを見せたじゃないか。呑み込めてないならここで吐き出していってもいいんだぞ」
「それは…………」
確かに、そうだけど。でもこの男に話すのは…………。
「……今じゃないわ。また今度。気が向いたら。私、あんたと違って図太くないの。心の準備とかいるんだから。そうね。アリスを倒した後とかなら丁度いいかもしれないわね」
「そっか。じゃあ、戻ってきたら話してくれ」
「は? 戻ってきたら?」
怪訝に眉を顰める私に、聖瑛は、確固たる意志を込めた表情で、頷く。
「次は、俺1人でアリスと戦う。それから戻ってきたらってことだよ。こんな危険な戦いに、君を付き合わせられない」
「嫌よ」
断固拒否します。
「しかし……言いたくはないけど……」
「私と戦いなさい。聖瑛」
言い淀みながらも戦力外だと表情で語ってるも同然の聖瑛の言葉へ被せるように言い放ってから私は、立ち上がった。驚いた顔で見上げる聖瑛に、私は、宣戦布告する。
「私が足でまといでないことを今ここで、証明してあげる」
無謀だとわかっていても私は、やる。
私が私であるために。私が1人で立っていられると証明するために。舐めた口を効いたあの女に一発かますために。
私が隣に立っていていいと聖瑛に、解らせる。