——魔道具というものがある。
魔狩が使う道具のことで、魔族の心臓である魔石で作られている。魔石を中心に据えた、科学の武器。それが魔道具。
魔族は、魔力によって形作られている。だからその魔力を繋がりを破壊できる魔道具か、同じく魔力を使う個人技能である魔法じゃないと倒せない。
ただ魔法は、比較的珍しい技能だから大体みんな魔道具を使ってる。
それからその魔道具も開発する人が段々増えて、それを売り出す人が出てきて、色々なメーカーが出来た。
有名どころを挙げれば、政府公認で自衛隊製品開発をしている日本最大手の八咫マテリアル、西洋随一で、円卓シリーズの開発元であるルクス・アルビオン、合衆国の鉄と正義を掲げるスミス&ウォーロックなどなど。後は、悪くも良くも有名な九龍集団。
「常夜原さん、ここがその?」
八咫の公認センターで本登録を済まし、その足で徒歩10分ほど移動したところにある路地の一角、地下へ続くステッカーと落書き塗れな階段を下った最深部にある古めかしい緑色のドアの前に、私と聖瑛は居た。
ドアには、《質屋》と書かれたシンプルな表札がぶら下がっている。
その良くも悪くも有名で、グレーよりもブラックなメーカーたちの集合体である九龍集団。その数少ない実店舗がこの《質屋》だ。
「そっ」
「……怪しくないか?」
ここに来る前に立ち寄った八咫の公認センターは、駅前にある綺麗なビルを丸ごと使っているから見劣りして当然だし、それに比べるとあまりにも普通の人間が立ち寄っていい場所には見えない。
「勿論、怪しいわよ。あんたのスマホに貼っつけてるそのシールだってここのやつよ」
「そういえばそうだったな………」
絶妙な、言語化しがたい表情をした聖瑛は、さっき私が貼り付けたスマホ裏の承認偽造パッチを見た。
「何? 不満? それのおかげでさっきも問題なく登録できたんでしょ。使えればいいの使えれば」
「確かに、それはそうかもしれないが……あまりよくないと思うぞ。騎士として」
仮採用なんだけど? とそこを突っ込んだら話が進まない。
「文句あるなら八咫の方で買う? さっき値段見てきたでしょ? あんたが自分で出すならいいけど私は無理よ」
八咫の製品って、物は良いんだけど高いのよね。本当に高い。手は出せなくもないけど出したくない。できる限り。
てか親と子供の会話させないで欲しい。私は、あんたの母親かっての。
「いや、無理だな……。ごちゃごちゃ言ってすまない」
聖瑛が神妙に頭を下げた。言ってることは間違ってないけどね。全部金がないのが悪い。私の元で金が止まらないのが悪い。
「はいはい。それじゃあ入るわよ」
ギィと軋みながら開いたドアの奥には、見慣れた雑多な空間が広がっている。
「……らっしゃい。なんだお前か」
入り口すぐ横のカウンターで、見慣れたやる気なさげな男の店員がこっちを横目で見ていた。さっさと荷物を軽くしよう。
「魔石の買取、いい?」
リュックから取り出した魔石を店員の前のカウンターに置く。店員の気だるい表情に、感嘆が浮かんだ。
「ほお……。いいもん持ってきたな。いいぜ。現金と現物どっちだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。主!」
「主じゃないっての。何?」
聖瑛が私の肩を引いて、小声で話しかけてきたからつられて私も小声になってしまう。
「あ、ああ、すまない。常夜原さん………その石は? 確か俺が倒した魔族から出てきたやつ、だったよな」
目ざといわね。
「魔石よ。言ったでしょ。魔道具はこれからできてるの」
「ああ。覚えてる。さっき教えてもらったことだしな。えっと、売るのか?」
「そうよ」
「ここでしか売れないのか? なんというか非合法っぽいところでこういうのを売るのはまずいんじゃないのか? あまりよく分からないから感覚的な話になってしまうんだが」
「ちっ」
「舌打ちした……?」
これだから常識的なやつは……。面倒くさいけど説明しないわけにもいかないか。
「してないわよ。一部あってる。八割くらい」
「だいぶじゃないか……!?」
声がでかい。私がついしかめっ面をすると「すまない」と両手で口を覆って、小声で謝ってきた。可愛いアピールやめろ。
「八咫で売ると税金とか入手どころとか色々うるさいの。ここなら若干足元見られるけどうるさいこと言ってこなくて面倒くさくないのよ」
「なるほど………。ここで換金して八咫で買うのは?」
「結局足がついちゃうじゃない」
「それは……そうか……」
微妙に納得いってない顔をしてる。これで騎士だとか諦めてくれないかしら。
「つまり俺が頑張って、こんな店を使わず済むように努力すればいいのだな」
ダメっぽい。眉が強い決意を感じる角度をしている。
「ククク、夢があるねえ……。青春だねえ………」
「盗み聞き? 趣味悪いわよ」
ヘラヘラ笑って店員は、睨みつける攻撃をさらっと流した。ちっ、ゴーストタイプの理科系め……。
「聞こえたんだからしょうがないだろ。それでどっちにする?」
「現物と残った分は、電子マネー」
「了解。見てきな」
魔石を店員に預けると、私は、奥の方へ足を向けた。ずんずんと奥の方へ向かいながら後からついてくる聖瑛に声をかけた。
「ねえ、どんな魔道具がいい?」
「どんなの、か……。とりあえず、騎士らしく剣と盾が欲しいな。騎士たる者、主を守る盾と主の敵を斬る剣がなくてはな」
「ふーん。そういうのは、ルクス・アルビオンのおうち芸だけど、似たようなのはあるでしょ」
「似たようなの?」
「なんでもそうだけどメーカーごとに特色ってあるでしょ。車とかパソコンとかスマホとか。魔道具もそういうのがあるの。八咫マテリアルなら安心信頼、ルクス・アルビオンなら豪華絢爛。後、スミス&ウォーロックとかなら質実剛健ね」
「じゃあ、九龍集団は?」
「大体こういう感じね」
側の籠に傘みたいに突き立っている長い棒状の魔道具を手に取って、背後で棚からよく分からない小物を興味深げに見つめていた聖瑛に差し出す。
「こういう? これ、さっき八咫で見たやつじゃないか? 中古? 《九龍製:稲妻》……? よく似てるな」
「そりゃそうよ。コピー品よ、コピー品。ここのは大体そういう違法ギリギリのかしっかり違法な品ばっかなの」
ぶら下がっているタグに首を傾げていた聖瑛がカチンと固まる。
「枉法徇私。遵法精神が欠如が九龍集団の特色。てか、承認偽造パッチなんて作ってる辺り、まともじゃないの分かってたでしょう……て何その顔」
「くっ、ここまで暴虐無人というか怖いもの知らずとは思っていなかったんだ……!! こ、ここまでとは……!! 早いところ俺が活躍して足を洗ってもらわないと……!!」
自意識が強すぎてうるさないな。あんたは私の何になるつもりなのよ。
「そもそも。そういうのって問題になってないのか? 一応大きなメーカーなのだろう?」
「前気になって調べたんだけど、あくまで九龍は、受託者であって商品の安全性なりを担保するのは、開発作成してる委託者側だとかなんとか」
「……それは、詭弁じゃないのか」
「かもね。安いから私は使っちゃうけど」
別に私だって好きで使ってるわけじゃない。私だって八咫のハイエンドとか使いたいし。
ここの商品は、そういうワケアリとか表立てないものなだけあって、値段は安い。だから使ってるんだけどサポートは、イマイチで、いつ壊れるか分かったもんじゃない。できれば使いたくない。
けど、背に腹は代えられない。苦しい〜〜。
「ほどほどに期待してる。それはどう?」
「ちょっと長すぎて取り回しが悪い気がする。やはり剣がいい。片手で扱えるような剣がいいな。両手を使わないといけない武器では、盾が持てない」
「初志貫徹ね。探してみましょう」
なんだかんだ言って、私は、守ってもらう身だ。それなりに良いものを選びたいし、この男の希望に添えるものを選びたい。
「これは? ルクス・アルビオンの改造品かな。多分」
「ちょっと刀身の長さが中途半端だな。後、柄が、その……言いづらいな。どうしてこんなふざけた形状を……」
「気づかなかった。他。んーこれは? 片刃で薄刃。加速装置付きで速度と切れ味特化。八咫の製品のコピーね」
「強度が気になる。魔族の攻撃を受け止めることを考えると切れ味よりも頑強性が欲しい」
「なるほど。次」
そんなこんなで1時間。
「あれ」
魔道具漁りに夢中になっていたらいつの間にか聖瑛が消えていた。どこに行った? と思っていると隣の通路から声が聞こえてくる。あっちか。
「——ねえ、あんたの体型だとそれ、使うの無理じゃない?」
「ん? いや、そんなことはない」
「ワオ。力持ち」
隣の通路を覗き込んでみると聖瑛と派手なピンク髪の女がいた。見たことのある女だった。確かここの常連だと思う。いつも顔の整った男を脇に連れていたのが印象的だった。今日は、1人みたいだけど。
背は私と同じくらい。胸は、ムカつくくらい大きい。私の倍以上はある。その身体を、太もも辺りまで裾のある薄ピンクと黒のオーバーサイズなジャージジャケットで覆っている。裾の端からちらちらとホットパンツみたいなものが覗いている。
「いくら持てて、振りが遅くなるな。盾のようには扱えなくもないが……ダメだな」
その隣で、聖瑛は、身の丈ほどあって、身体を覆い隠すほど幅広な刀身を持つ大剣を持ち上げていた。馬鹿みたいな武器だ。
「持ち運びに難がありすぎる。目立ちすぎる」
……分かってんじゃん。なんかむずむずする。
「ふうん。あんた、武器探してるの?」
「ああ。片手剣とそれに合う盾を探している」
「へえ〜〜。なるほどねえ。じゃあ僕が選んであげるよ。あんた顔、いいし」
ニヤニヤとピンク髪女が聖瑛に近づいて、顔を近づけた。獲物を狙うネコ科の猛獣のような顔をしていた。
贔屓目に見なくてもあの男、イケメンだし、美形だし、そういうのはあるか。いい感じの武器を見つけてくれるなら私としては言うことはないんだけど。
「結構だ。君に申し訳ない」
「遠慮しなくていいよ。僕、声かける相手は、結構選んでるんだ。分かるでしょぉ?」
さらに一歩。ピンク髪女は、聖瑛に、身体を近づけた。大きな胸が聖瑛の腹で潰れるくらい近く。
「ね?」
あまりにあざとく砂糖より甘ったるく。癇に障る声で囁いた。
「いや、本当に結構だ。これは、自分で見つけるか主に見つけてもらわないとだめなんだ」
「…………は、はあ?」
ピンク髪女の声がワントーン低くなった。長いまつ毛に縁どられた眼が信じられないものを見るようになっている。
思わず、吹き出しかけた。口元がひくつく。
「俺は、主を守る剣で盾だ。そうありたい。そうあるための力は、他の誰かを介在させたくないと思うんだ」
恥ずかしいことを何の恥ずかしげもなく話すよね、この男。
「だからすまない! 君は、君の買い物をしてくれ!!」
一歩、後ろに下がって、惚れ惚れするほど綺麗なお辞儀。
「……きっしょ。意味分かんない」
しかし。ピンク髪の女には、響かなかった。彼女は、そう吐き捨てると踵を返して聖瑛を置き去りにした。ずんずんと私が覗き込む棚の方に向かってきて、逃げる暇もなく鉢合わせた。
無言。じとっとこっちを見た女は、そのまま私の前を通り過ぎていった。舌打ちだけ残して。怖。
「……いいの、あれ」
「おっと、見られていたのか。……やや恥ずかしいな」
私が声をかけるとはにかんだように、聖瑛が笑う。
この男関連の女からの被害っていうのがないわけではない。多分、クラス内でこの男を狙っている女には、あんまりいいイメージは持たれてないと思う。
そういう女がまた1人増えただけのこと。学校外だしどうでもいい。学校内のはどうしよう。今のところ実害は生じてないからどうしようもないけど。
「別にいつもあんな感じだし、恥ずかしがる必要ないでしょ。それで、良かったのさっきの。結構可愛かったけど」
「もちろん。彼女の時間を使うのは、申し訳ないしな」
「それに」と言葉を繋げる。
「今、最も優先するべきなのは、常夜原さんだ。君との時間を他の誰かに使いたくない」
「ふぅん。そっ」
と、なんとなくこの男の方を見ずらくなった私は、それとなく視線を外して、横の棚の方を見た。
「あっ」
「? どうかしたか、常夜原さん」
つい、声が出た。聖瑛の横を通り抜けて、さらに奥の棚へ。見つけたそれに手を伸ばして——重……。取ろうとしたが重くて止めた。代わりに指で差し押しめす。
「これとかどう?」
片手剣と盾のセット。どこかの誰かの改造品みたい。綺麗に作られてはいるがメーカー製っぽくなくて、3Dプリンターの部品や既製品の組み合わせなどDIY感がある。
盾の方は、カイトシールド。剣の方は、両刃のブロードソード。デザインは、西洋武器モチーフなのにルクス・アルビオンというより八咫っぽい。柄から刃の先まで黒中心で無骨。工業品的な雰囲気がある。目立たなくてグッド。片手剣の柄の隅やこれまた盾の裏の隅に、シンプルにMHと刻まれている。
「タグを見るに機能は、盾に、簡易の魔力障壁。剣もシンプルな魔力による材質強化。魔石もそれぞれにランクEが2つ。シンプルに硬い盾と硬い剣って感じね。持ってみて」
頷いて、それらを手に持った聖瑛は、私から離れてから装着して軽く素振りした。
「……ふむ、なるほど。いい感じだ。いい感じだよ」
「じゃあ、これにしましょうか」
「ああ! ありがとう!!」
心底嬉しそうなニコニコ顔で剣と盾を抱える様は、まるで少年のよう。嬉しいならそりゃ良かった。
「これで名実共に君の剣と盾になれる。それも君が選んでくれた剣と盾で……。これほど嬉しいことはないよ」
「……ああ、そう」
ヒュンと髪を振り回すようほど素早く踵を返した私は、そのまま早足で、カウンターの方に向かっていた。どうしてかは考えたくない。
「長かったな——へえ、面白いもん見つけたな。」
胡散臭い店員は、やっと来たかという顔をしてから聖瑛が持ってきた剣と盾を見て、感嘆したように口笛を吹いた。
「何? 良い奴なの?」
魔道具の善し悪しについて語れるかと聞かれれば、結構ノーより。オタクじゃないもの。
「個人の魔工の商品なんだが、魔工名、MH。界隈で知る人は知るって感じだよ。魔工って結構自己主張激しい人種なんだけどこの人は、控えめなんだよなぁ。紋章とかもないし、それで魔道具も質実剛健って感じで渋いんだ。ストイックな職人感、かなり憧れるぜ」
「ああ、あれ名前だったんだ。それにしても面倒くさい言い回しね。良いのか良くないのかはっきりしてくれない?」
「はいはい。良い奴だよ良い奴。で、これ買うってのでいいな?」
「勿論!! この剣と盾を頼む!!」
ガチャと前に出た聖瑛が剣と盾をカウンターに置いた。まるで、プレゼントを買ってもらう子供みたい。
「元気がよくてよろしい」
「ああ!! 数少ない取り柄だからな!!」
「あーそうなの?」
「こっち見ないで」
「へいへい……。とりあえずお買い上げね。認証はやっとく。君、スマホ出して」
「俺か? 分かった」
これでひと段落。後は、個人認証をするだけ。魔道具は、未登録の魔狩に使わせないため、基本的に認証装置がついている。それを魔狩アカウントと紐付けて認証して、初めて魔道具は使えるようになる。
九龍販売の魔道具でもこれは変わらない。
「そうそう……って、そうだ。これ無銘なんだけど名前どうする?」
「名前? つけれるのか?」
「登録上一応必要でね。別に適当に決めてもらえればいいんだけど」
「なんと……!!」
あ、嫌な予感。ゆっくりと私の方へ首を動かした聖瑛の顔は、これまた輝いていた。サーチライトかっての。
「常夜原さん……!!」
「……何よ」
「俺の剣と盾に、名前を貰えないか……!!」
「嫌。全部自分で考えて」
「そんな……!!」
「絶対、嫌」
本当に。すごく。かなり。
「スタバ行ってくる。終わったら呼んで」
連絡先を交換した意味があったなあ。こうやって無駄な時間を過ごさず済む。