——私の朝は、眠い。特に、今日は。
午前6時半。スマホのアラームを止めた。LINEが1件、学校謹製の連絡アプリが1件、J.M.A.S.も通知。学校の方をとりあえず見る。
魔狩をした翌日の私は、ベッドの中でグダグダとしてから7時前くらいにベッドから這い出るのがルーチンとなっている。してなければランニングなり筋トレをしてたりする。魔狩は、体力勝負だ。
「休みかぁ…………」
スマホの画面には、休校の二文字。助かった。連日の魔狩による体力も魔力も使いすぎた。ランニングなんてやる元気もない。学校があっても行く気力がない。
今日の私は、グダグダである。
昨日の魔族によって学校は、休校だ。魔蝕や魔族のテリトリー化が発生すると土地は、魔族の魔力により汚染される。その洗浄が行われるから学校は、使用不可。結果、休校になる。
二度寝しようかな。怠いし。
しばらく、バタバタと寝返りを打って、7時を越えて、半になって、そろそろ8時かなと思った時。
「あっ、忘れてた」
LINEの方を見てなかった。2件。片方は……無視。もう片方は、叔父さんから定時連絡とプラス1。
『最近、どうだ?』
『学校に魔族が出たと聞いた。無事か?』
「問題なし。っと」
おまけに、無料のよく分かんない知らないキャラクターのスタンプ。
目も覚めたし、起きようかな。かけ布団の上にスマホを転がし、ベッドから降りる。カーテンを開き、日差しを浴びながら身体を伸ばした私は、見慣れつつある1kの部屋の方に振り返った。
白と黒でまとめた部屋にあるのは、ベッドとデスク。後は、ソファに、テレビ。叔父さんが送ってきた空気清浄機とサーキュレーター。後は、たまにゲーセンで取ってくるキャラもののぬいぐるみが無造作に転がっている。
トイレと風呂は、別。この辺りは、叔父さんのこだわり。若い頃の教訓だとかなんとか。
朝は、適当にパンと卵と牛乳。運動をすればプロテインをつけたりする。
「今日は、ちょっと豪勢でいいかも。休みだし、お腹減ってるし」
キッチンには、賞味期限の近い食パンとフックにぶら下がったやや皮が黒いバナナ。
これまた大きめがいいという叔父さんの主張により大きめな冷蔵庫には、同じく期限の近い牛乳、叔父さんがたまに送ってくる仕送りに入ってたメープルシロップ。
「……これは、フレンチトーストを作れって言われてるわね」
てか冷蔵庫の中身がほとんどない。買い物行かないと。今日は、都合よく金曜日。休みになったから三連休。どこかでしっぺ返しみたく休みが消滅するかもしれないけど、夏休みが少し削られるくらいかな。
「フレンチトーストって色々作り方あるけど、どれがいいんだろ」
ベッドに転がしていたスマホを取りに戻って、レシピを探す。前日から浸すのも、バニラエッセンスもないので無視。これかな。レンジで卵液に浸した食パンをあっためるやつ。早そう。
適当に、見つけたレシピを再現していく。合間にコーヒーメーカーのスイッチを入れる。これまた叔父さん産。結構いいメーカーのやつ。牛乳の残りと砂糖を入れて甘めのカフェオレを作る算段だ。
そんな感じで、フレンチトーストもうまく焼けた。やや強火で表面カリッとさせてある。カフェオレも完成。
すごくご機嫌な休日の朝食が出来上がって、昨日のあれそれの疲れが吹っ飛ぶくらいとても良い気分。
ルンルンでテレビの前のテーブルに運んで、ソファに座り、BGM代りにリモコンの電源を押す。
平均的なニュース番組の絵面で、見たことのないニュースキャスターが話し出す。ニュースなんて、最近はスマホでネットニュースをたまに見るくらい。
都内での行方不明者が増えているというニュースが丁度流れていた。魔族の出現が止まらない都内から逃げ出す人間は少なくない。それに魔族に食われて消える人間もいる。
「私天才かも……」
このフレンチトースト、カリッ、サクッ、ふわだ。これで稼げないかしら。無理か。バナナにメープルを絡めて、トーストに乗っけて一口。でもこんなに美味しい。
つまらないニュースとセンセーショナルなニュースをぼんやり聞き流しながら私は、カフェオレを啜る。これも美味しい。叔父さんが送ってくるいい豆のおかげもある。
断ってもなんでも送ってくるのよねえ……。ありがたいけど。部屋を借りてくれているだけで十分すぎる。こんなにお世話になるつもりない。けどお世話になってしまっているのは、私自身の力不足が原因だ。
『——天気予報の次は、J.M.A.S.ネットワークの時間です』
アナウンサーがそう言い、天気予報のノリを継続した地図には、デフォルメされた悪魔のマークに、地名とパーセンテージ。これは、魔力濃度計測機からの情報などを統合したいわば、魔族出現予報だ。絶対ではないけど大体当たる。今日のパーセンテージは、控えめ。
『本日は、天気も合わせてお出かけ日和となるでしょう』
そう言われても夕方まで基本自習をするように学校から指示を受けている。
元気があれば魔狩にでも勤しむだろうけど今日の私は、ローテンション。洗濯して、勉強して、気分転換に掃除。夕方は、買い物。とかそんな感じになると思う。
「……あんまり魔狩をサボってはいられないけど」
私には、目標がある。
高校卒業までに、1000万円貯める。自立するためだ。誰にも寄りかからず、1人で立つ為のボーダーが1000万円だと私は、定めた。
そのための魔狩だ。適性があり、今最も高収入が見込める魔族を狩る危険な仕事。これで稼ぐ。
だからできれば日々欠かさず挑んでいきたい。けど私は、まだまだひよっこ。昨日も死にかけた。急ぎすぎると死ぬ。肝に銘じないといけない。
「あっ」
そこで、そういえばと思い出す。無視した通知があったな、と。
うーん。あんまり反応したくない。けれどあんまり無下にするのもちょっと悪い気もする。モヤモヤと思考を巡らせて。
「時間の無駄ね」
『今日、時間があればよかったら勉強を教えてもらえないだろうか』
考えるのを止めた私が意を決して開いた聖瑛からのLINEには、そう書いてあった。
『勉強?』
『どうだろう……? 忙しかったり、予定があるなら気にしないで断ってくれて構わない』
レスが早い。スタンプ使うんだ。こちらを伺うような雰囲気の可愛い動物スタンプ。
『何を教えればいいの? 私も別に胸を張れるほどじゃないんだけど』
『数学なんだが……』
数学、ねえ……。私も別に得意というわけではない。
というか急に勉強ってなに? そういう仲ではないでしょう、私たち。そんな友達みたいなことをするために知り合ったわけではないでしょう。
「……ま、いいか」
勉強を教えるという名目なら外出も許されるかな。たぶん。補導されないように気をつける必要はあるけど。
『お昼奢ってくれるならいい』
『!! ありがとう!!』
元気なスタンプがポンポンと貼られる。続けて、飲食店のレビューリンクがいくつか貼られる。吟味するの面倒くさい。
『どういうのがいいだろうか。こういうのがいいと友達が言ってたんだが……』
『なんでもいい。場所と時間、適当に決めて。そっちに従うから』
勉強教えてあげるんだからこれくらいいいでしょ。
『それは、責任重大だな……。分かった。楽しみにしておいてくれ』
聖瑛の決心のこもった文章を見流してから続けて送られてきた集合場所と時間に目を通して、適当なスタンプを送りつけてからスマホを充電器の上に置いておく。
今が9時過ぎだからとりあえず洗濯機回して、間に掃除機かけて。それからシャワー浴びようかしら。
やや重たい身体をなんとか持ち上げて、私は、空の皿とカップを手に、キッチンの方へ向かった。
洗い物は………まだ溜まってないし、いいや。
ある程度の怠惰と適当さが円滑な一人暮らしを生むというのは、叔父さんが若い頃に得た教訓らしい。
すごく共感のできる教訓だと思った。
——2時間後、正午前。
「時間は、そろそろか」
自宅から30分かけて、新宿駅の南口に私はいた。
平日昼間でも新宿は、流石に人が多い。私と同じように誰かを待っている人たちが並んでいる。
5月も中旬。短めのゴールデンウィークの後の昼間は、かなり暖かいを通り越して、暑いに差し掛かっている。薄着で来て良かった。 今日は、デニムに、プリントTシャツ。端はタックインさせてある。裾を出すとカーテンのようになるから鬱陶しい。
「……しっかし、人を呼び出しておいて待たせるなんて、なってないわね」
別に怒っているわけじゃないけど、揶揄う材料ができたなと思う。自認が騎士の男を揶揄うのには丁度いい。
「すまない! 常夜原さん、待たせた!」
スマホの時計が12時丁度を刺した時、改札の方から声がした。知ってる声がでかい。嫌な予感と嫌な顔で声の方を見るとこっちに、周囲の視線ごと軽く駆け足で来た聖瑛の姿があった。
涼しげな青い襟のないバンドカラーシャツの前を閉じて、チャコールグレーのワイドパンツと白のスニーカー。勉強道具を詰めているであろうトートバックを下げている。初夏に相応しい爽やかな立ち姿。けどそれが聖瑛だから台無し。暑苦しい。眩しい。日陰なのに目が細まる。目が離せない。
「遅い」
それでも文句は言う。待たされたのは事実だもの。
「すまない!!」
ぶんと風切りを立てて頭が私の前に振り下ろされる。視線が五月蝿い。流石に、ちょっと慣れてきた。
「もうやめて。あんたは、毎回大袈裟すぎるのよ。ほら、さっさと店に連れてって」
「分かった! こっちだ。常夜原さん」
「はいはい」
ばっと聖瑛は、頭を上げると頷き笑って、進行方向を指差す。まるで散歩に行きたくてしょうがない犬みたい。
「駅から近いの?」
「ああ、そんなに遠くない。10分くらいだ」
「ふうん。美味しいの?」
「友達曰く、美味しいらしい。俺も行くのは初めてだ」
「へえ、そうなの。それで、何のお店?」
「それは……着いてからのお楽しみでどうだろう?」
「……小癪ね」
「……今、俺は、褒められたか?」
「褒めてません」
などというつまらない談笑の後、私は、聖瑛と共に、ある店の前に立っていた
新宿の中心から外れた区画にあって、パッと見はそれこそ民家のようだけれど看板があり、店の前には、数人が列を作っている。
何より店の外でもお米の炊ける良い香りと昆布や鰹節の溶け込んだ出汁の薫りがする。反応したお腹がくぅと微かに鳴った。
看板を見るに、釜飯専門店らしい。なるほど。
「ダメでなければこの店にしたいんだが、どうだろう。他にもおしゃれなお店を教えてもらったがちょっと俺には敷居が高かったんだ」
「全く問題ないわ。この店にしましょう。ほら次が来ない内に並ぶわよ」
「そうか! 良かった……」
ホッと聖瑛が胸を撫で下ろす。というかそれ以外ありえない。今の私は、完全に和の舌だ。ここまでの道のりで、腹の虫も耐えかねつつある。
「ちなみに、この店を教えてくれた友人のおすすめは、親子丼だ」
「……釜飯は?」
「3番目。2番目は、カツ丼らしい」
「何よそれ」
その理屈は分からなくもないけど納得がいかない。大人しく並ぶけれど。空腹は、どっかに行ってくれないし。
しばし、列を並び。10分ほどすれば私たちの番が来た。2人がけの席に案内されたその時には、私の心は、すっかり入れ替えられていた。
「……遺憾ね」
店員が運んできた親子丼を前に、納得がいかない私は、箸とレンゲに一瞬迷って、レンゲを取った。ああでもどうしようもないほど良い香りが並んでいた時からしていたのだもの。
鮮やかな黄と白の卵に包まれた一口大の鶏モモ肉が丼の中で渾然一体となって、私を呼んでいる。
「美味そうだ」
同じく箸を取った聖瑛が頬を綻ばせている。彼の前には、カツ丼。大盛の白米の上で、大ぶりの揚げたてカツがこれまた同じく卵に包まれている。揚げ物が暴力的な旨さを視覚と嗅覚を通して、私に叩きつけてくる。
「それは確かにね。美味しそう。とてもすごく」
——我慢できない。
「いただきます」
箸を差し入れ、卵と鶏肉と米をレンゲで掬い上げて、口に差し入れた瞬間、弾けた。
「美味しすぎる……。卵と鶏肉の火の入り方が完璧。滑らかで甘い卵と柔らかくて、噛めば噛むほど旨みの溢れる鶏肉がお米と合わさって、たまらない……。レンゲを選んだのも正解ね。構成してるものを逃さず口に運べて、味わうことができ……あっ」
唖然とした顔で、目をぱちくりする聖瑛と目があった。しまった。全部口に出ていた。気まずい沈黙が流れた。
…………冷めちゃうし、無視して食べちゃおうかしら。などと思っていたら漸く聖瑛が口を開いた。
「えーっと……そうだ。あれ、食レポ。常夜原さんは、食レポもすごいな」
「忘れて。さっさと食べなさいよ。カツ丼、私が食べちゃうわよ」
「それは困るな」苦笑混じりの聖瑛は、カツ丼を箸をつけて、「これは美味いな」と驚いたように破顔した。
そりゃ美味いでしょうね。こんなの美味くないわけがない。ついガツガツと食べる聖瑛をじっと見てしまう。
「あ、こっちも食べてみるか?」
「食べない」
今度、1人で来よう。
という私の野望は、会計で見事に崩れることになった。美味しいカツ丼のレシピを探す方にシフトしましょうか……。
ちょっと食べ過ぎたかもという腹の圧迫感を抱えた私は聖瑛と本題の為に、近場にあった図書館に移動した。
平日の昼間なのもあって館内に人は少ない。自習室ともなればさらに少ない。
「ここは、友人曰く、2人っきりで勉強するのに丁度いい図書館らしい」
「……あんた、その友達にどういう聞き方したのよ」
「女性と仲良くなるのにおすすめのスポットだ。無論、君が相手だというのは伝えているぞ」
長机を挟んだ向かい側で、勉強道具を用意していた聖瑛がサムズアップする。ああ、そう。絶対相手は勘違いしてる。
「その友達って、クラスの人?」
「葛原叶ってやつだ。ほらあいつだよ。黒髪のかっこいいやつだ。すごく女の子について詳しい良い奴なんだ」
「知ってるけど……そう、彼ね。なるほど」
浮かんできた姿は、黒髪をワックスで決めているスラッとした高身長の男子。聖瑛の言う通り、ちょっとカッコいい男子とかではなくて、それこそまるでアイドルのようなイケメン。
「ああ、そうだ。とてもかっこいいやつなんだよ。それになんでも知ってる」
「じゃあ、彼に勉強を教えてもらえばよかったんじゃないの」
「それだと意味ないじゃないか」
取り出したシャーペンを聖瑛は、くるくると手元で高速回転させて笑う。
「これは俺が騎士として認めてもらいたい人との距離を詰めるため、始めた計略だからね」
言っても言わなくても分かってたけどね。でも言っちゃダメでしょうが。
「とりあえず、どこが分からないの?」
「えっとだな。この間の授業で習ったやつの応用だと思うんだが——」
と、聖瑛が私物らしき参考書を広げて指し示したその時、スマホがテーブルの上で震えた。
私たちの視線が吸い寄せられるように、スマホを見る。J-M.A.S.が画面の上から知らせていた。
魔族の出現を。
「魔蝕!!」
つい声を荒げた私が立ち上がるのと同時。館内に、日常を無惨に断ち切るナイフのように鋭く、静寂を引き裂くサイレンが響き渡った。
J-M.A.S.で発生箇所を確認する。すぐ近くの路上だ。徒歩数分。走ればすぐ。どうする、私。
「常夜原さん、どうする?」
そう自問自答してる中、呼ばれてつい聖瑛の方を見て、目と目がかち合った。
きりりとした眉。力強い焦茶色の瞳。目の前で放たれる輝きに焼かれる前に、私は、目を逸らした。
点滴穿石。私の目標は、まだ遠い。1日足りとも欠かせない。
「……休みは、返上する。行くよ。魔道具は?」
「なんとなくそうなる気がしたんだ」
にっと笑って、トートバックからずずっと剣と盾を引き出した。道理でガチャガチャうるさいはずだ。
「まあ、持ってきてるのは褒めてあげる」
「お褒めにいただき恐悦至極」
「はいはい。行くよ」
大袈裟にお辞儀する聖瑛をほうっておいて、私は、先に行く。同業者に取られたらムカつくもの。