クラスメイトは、自称私の騎士   作:クルスロット

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 大袈裟にお辞儀する聖瑛をほうっておいて、私は、先に行く。同業者に取られたらムカつくもの。

 

「……むう」

「おっと……」

 

 そう思って、急いで行ってみれば片付けられていた。既に後片付けすら始まっている。完全に走り損。

 道路の真ん中に引かれたキープアウトのテープの向こうでは、既に、専門の魔狩により洗浄作業が始まっている。

 警察と話している魔狩の中に、この前、《質屋》で見かけたピンク髪の魔狩が見えた。どうやら仕事をしたのは彼女のパーティらしい。

 それを私たちは、曲がり角の影から見ていた。見ていてもしょうがない。私は、顔を引っ込めると大きな、大きな溜息を吐いた。

 

「無駄足ね……」

「どうやらそのようだ……。どうする、常夜原さん」

 

 神妙な顔した聖瑛が腕を組んで、こちらを見てくる。どうもこうも。こんな出鼻を挫かれちゃったらねえ。

 

「萎えちゃった、私」

 

 私から目標が遠のいていく。つらい。けれど気力もしなしなする。しなしな。

 

「そっかぁ……。萎えちゃったかあ……。だったら戻って勉強という感じでもないよな」

 

 そうなんだけど……って、言い掛けてそれただ私がご飯奢ってもらっただけの人にならない? それはダメでしょ。

 

「よし、常夜原さん。俺、別に行きたいところがあるんだがそっちに行くというのは、どうだろう」

 

 気を使われた。使われてる。言外どころじゃなくて、直で理解した。気とか使えるんだ。すごく失礼なことを思った。

 

「……勉強、いいの?」

「いい。俺もなんかやる気がなくなっちゃったんだ」

「数学、分かんないんじゃないの?」

「分からないけど、それはそれとしてだ。他にやりたいことがあるから今日は、無し。無しということにしたい」

 

 聖瑛が「どうだろう」と問いかけて微笑む。わざわざ使ってくれた気に乗らないのも彼に失礼か。

 

「……そう、分かった。それでどこに行きたいの?」

「ゲーセンというやつに行きたいんだ。常夜原さんは、ゲーセンに行ったことあるか?」

「そりゃ、あるけど……?」

 

 部屋のぬいぐるみ達は、ゲーセン出身だし。すると望外とばかりに、聖瑛は、顔を輝かせた。

 

「おお、先輩だったか。じゃあ、数学の代わりに今日は、ゲーセンのことを教えて欲しい」

「別にいいけど、これも葛原くんに聞いた話?」

「ああ。今度、行く約束をしてたんだが先に、常夜原さんと行ってみたい」

 

 そして、聖瑛は、満面の笑みを浮かべて、実に恥ずかしいことを言った。や、毎度毎度のことだけど。

 

「ゲーセンもかなりお近づきになれるスポットらしいしな」

「はいはい。いいから」

 

 恥ずかしくて見ていられない。

 新宿駅まで戻った私たちは、適当なゲーセンに入ることにした。時刻は、15時を過ぎている。この時間帯なら補導される確率も低い。気にせずゲーセンにいられる。

 

「中々迫力のある場所だな……」

 

 店内の活気というか騒音寸前のBGMに、全然慣れていない様子の聖瑛は、圧倒されたように周囲を見回す。

 

「それで、ゲーセンで何がしたいとかあるの?」

 

 騒がしい店内で、私は、少し声を張り上げた。普段一人で来るから気にならなかったけど、冷静に考えればここで会話するのは、面倒ね。

 

「なんだったか……。確か葛原くんは、その子とプリクラを撮ればイチコロとか言っていたな。よし、常夜原さん!!」

「却下。無難にクレーンゲームでもやりましょう」

 

 葛原くん、碌なこと——だけでもないけど余計な知識も吹き込んでるわね。やめてくれないかしら。嘆息が零れる。

 

「クレーンゲーム?」

「これだけどって、」思わず目を見開き「今日からだったの、これ!」筐体に、駆け寄った。

「えっと、これは?」

「りんりんよ」

 

 クレーンゲームのガラスの向こうには、紫と白の体毛をしたケダモノ系Vtuber、りんりんのぬいぐるみ。しかも1分の1。だぴだぴだぴょぴょの相棒だけど私は、断然、りんりん派。プライズで出ることは知ってたけどいつ出るかは、把握できてなかったのよね。まさか今日がその日とは。

 

「りんりん……?」

「Vtuberのことだけどまあ、知らないならいいわ。私これ欲しいのよね。やってみるからとりあえず見てて」

 

 スマホを当てて、決済。安っぽいゲームスタート音からBGMが鳴り始める。レバータイプ。結構自由が効く。大きなアームをぐねぐね動かして、取れそうなやつを狙う。

 

「ほほう」

 

 興味深そうな顔で聖瑛は、見ているでしょうけど意識の外へ追いやる。集中よ、私————と、都度チャレンジし続けて。

 

「ぐぅ……!!」

 

 私は、追加課金を迫られていた。月の遊戯用資金の頂点が見えつつあった。つらい。りんりんが取れない。それが何よりつらい。

 いつもならゲットできている金額を既に超えている。どうなってるの!? 思わずその場で頭を抱えそうになった。

 でも引けない。私には、りんりんを迎え入れる義務がある。勝機が見いだせていない、沼に足を取られている状況でもだ。

 1000万貯めるとかほざいておきながらこの弱さをどうにもできない私は、非常に情けない。だけどその目標のために、私には、りんりんをお迎えする必要がある。

 震える指で、電子マネーをチャージしてからそのまま筐体の読み取り機へスマホをあてがう。

 

「なあ、常夜原さん」

 

 寸前、背後で黙って見ていた聖瑛が声を発した。

 

「何よ」

「俺にも一回やらせてくれないか」

「……いいわ。代わりましょう」

 

 クールダウンには、丁度いい。筐体の前を聖瑛に譲る。落ち着いてイメトレをする時間にします。

 

「えっと、300円だな。よし、こうだな。うん、問題ない。ここじゃないか? お、取れた」

「はぁっ?!」

 

 店内の騒がしさに全く負けない物凄く大きな声が出た。周囲の視線が一気に向けられた。気にも留めない。私の意識は、聖瑛により目の前で持ち上げられたりんりんに向けられている。完全にやられた。ビギナーズラックというのを忘れていた。

 

「や、やるじゃない……!」

 

「常夜原さんが先にやってくれてイメージができていたからな。どこを掴めばいいか理解できた。じゃあ。どうぞ」

「え?」

 

 聖晶がかがみながら差し出してきたりんりんが視界を覆う。大きい。つい受け取って。両手で抱え込んだ。状況が掴めず、りんりんと聖瑛の間を視線を往復させた。

 

「な、なんで?」

「そりゃ常夜原さんが動かしていたのを俺が横から取った形になったしな。横取りは良くない」

「……確かに」

「後、お近づきになるにはプレゼントらしいしな」

「それも、葛原くん情報?」

「いや、母情報だ」

「母、かあ」

 

 それならいい——って、何が? どっちでもいいわよ、どっちでも。兎も角、撮ってくれたのは事実だし? つい目線を斜めにして。

 

「その、なんていうか……ありがと」

「ああ、どういたしまして!!」

 

 ゲーセンでもちゃんと五月蝿いわね、この男。

 

 

 +++

 

 

「……は?」

 

 鷹咲紫亜の口から愕然とした言葉が漏れたのに、遅まきに気づいた。折角買った抹茶クリームフラペチーノがスルッと落ちて、床の上に中身をぶちまけた。ばさばさともう片手に持っていた買ったばかりの服が詰まった紙袋も落としてしまう。

 折角、学校が休校になったからと買い物に繰り出して、ひとしきり楽しんで、最後は、ゲーセンかカラオケにでも行くかと立ち寄った時その時だった。

 一瞬で、紫亜の幸福度は、マイナスの底の底へ突き抜けた。

 

「うわ、紫亜、何、どしたん? って、聖くんと常夜原さんじゃん。なんか仲いいよね。もしかしてあの2人できてるの?」

 

 隣から聞こえる友人の声が遠い。分厚い壁を1枚挟んだかのように、紫亜の耳には届かない。

 クレーンゲームの前で、手に持った大きなぬいぐるみを瑛が深澄に渡し、仲睦まじく、笑い合っている。

 ただその光景が紫亜には、大きなぬいぐるみで周囲の視線を遮り、キスしているように見えた。

 しかし、他の人間には、そう見えなかっただろう。だが紫亜には、そう見えた。

 それが目に、脳に、焼き付けられる。呼応した感情が胸の中で灼熱の温度を放って、身体の内側から焼き焦がす。

 ぐらぐらと足元が揺れている。正気でここにいられない。理性が紫亜に、踵を返させる。

 失恋の確信が、意図された勘違いが彼女の心をありえないほど痛烈に打った。

 

「…………私、帰る」

 

 ふらふらと身体を揺らしながら紫亜は、歩き始め、そして、全てを置き去りにして、逃げ出した。

 背中にかけられる友人の言葉は、その足を止めるには、全く足りなかった。

 人混みを掻き分け、蹴っ飛ばすみたいに、紫亜は、全力で走る。どこかへ向けて走った。

 

「——おえ……」

 

 気づいたら知らない路地で、腹の中身を吐き出していた。反吐がビルの薄汚れた壁を汚す。

 気持ちが悪い。汗と涙で、化粧も気分も台無しだ。

 

「私って、こんなに聖くんのこと好きだったんだ……。ほんと、ウケる」

 

 思わず紫亜は、笑っていた。乾いた笑いが喉を震わせる。

 いいなと思ってた。素敵な人だと思ってた。付き合いたい。勇気が出れば告白しようと思ってた。

 それは、ただただ普通だった。別に特別なことなどなくて、聖瑛についての好意は、他の誰かと同じ一目惚れ。つまるところ、鷹咲紫亜と聖瑛の間に特別はない。

 けれど聖瑛は、ありきたりな青春を輝かせてしまう。そういう性質がある。

 ありきたりな青春を特別にしてしまう。ありきたりな感情をここまで大きく重く変えてしまえる。

 

「本当に、」

 

 だからこそ素質がある。”それ”の依り代となる素質がある。共に同じ輝きに焼かれているから。同じ属性を持つから。

 

「本当に罪づくりだね、僕の騎士」

 

 笑みの曲線を描く眦の奥。反吐と唾液で汚れた艶めいた唇の奥。開かれた瞳と唇の向こう側にわだかまる闇の中で、”それ”は、優しく微笑む。

 

「お、姉ちゃん大丈夫そう〜〜?」

 

 その背中に、声をかける者がいた。振り返った鷹咲紫亜が見たのは、軽薄に笑う男たち。下衆な思想剥き出しの、薄汚れた笑み。

 

「ええ、勿論」

 

 鷹咲紫亜ではないものが男たちに艶めかしく微笑う。

 

「大丈夫」

 

 直後、男たちは、そこから消え失せた。

 

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