——真昼の空の下、四散する金の波動が私の視界で、魔族に炸裂した。
電金魔弾、モード:
金の散弾が私の背丈をゆうに超える体長を持つ四足歩行する緑色の魔族、クラスD、異能に類する魔族、スパイクリザードの横腹に衝撃力を叩きつける。電気を帯びた鱗が罅割れ辺りに散らばる。血渋、肉片が辺りを汚す。
散弾は、その下の肉を剥き出しにする。そこへすかさず散弾を更に叩きつけて、ダメージを通す。
「GAAAAAAAAAA!!」
苦悶の叫びを上げ、暴れ回るスパイクリザードの攻撃が届かない距離を保ちながら叩きつけ続ける。課金音が耳元で止まらない。いつものことだけど気が狂いそうだ。
「G————」
鱗を剥ぎ取り、肉を刻み、魔石の周辺にダメージを届かせる——これが魔狩による魔族の殺し方、その基本。
白目を剥き、末期の悲鳴を上げたスパイクリザードは、力なく倒れ込んだ。辺りに転がっている同族と同様に、身体を崩し、魔石のみとなる。地面に転がった魔石は、2つ。ほとんど同じサイズ。
時間をかけすぎた。魔石は後で拾えばいい。魔狩向けの簡易的な防御魔法を発生させるパーカーを揺らしながら私は、走り出す。
迷路みたいな一面同じ景色のシャッター街を駆けながらスマホで、バッテリーを使いまくっているJ-M.A.S.が教え、指してくれる道を行く。
私の魔法は、スマホありきだからこの辺、少し怖い。二台持ちとかモバイルバッテリーとか色々あるけど、今のところは、コンビニのレンタルモバイルバッテリーでなんとかしてる。
徐々に戦闘音が聞こえてきた。丁度、J-M.A.S.が指している方だ。
あの男は、今、私と相性の悪い方を受け持っている。
いや、違う。
私より強い相手を受け持っている、というのが正しい。まことに遺憾だけれど。本当に、ムカつくけど。
私にもっと金銭的余裕があればなんとでもできる。私の変金魔法:電子は、電子マネーを消費することで魔法を発動する。理論上という言葉が頭につくけれど電子マネーという対価を積めばどんな魔法でも使える。
あらゆる魔族を滅ぼす魔法もこの都市を破壊し尽くす腕力を与える魔法もどんな傷でも癒す魔法も使えるはずだ。
ただ実際のところ、それに必要な金額も魔力も天文学的どころじゃ済まない。あらゆる人から魔力を収集して、あらゆる金銀財宝を投じて発動できるかどうかも分からない。机上の空論もいいところ。
愚にもつかないことを夢想するくらい私は、今、自分が情けなかった。
他人に頼らなければこのクラス帯の魔族に挑めない。自分の弱さが憎くて、憎くて、憎くて、たまらなかった。
何よりも——。
「常夜原さん!! 無事だったか!!」
——この聖瑛という男が羨ましくてたまらなかった。
空中で錐揉み舞いした聖瑛がYシャツの裾をはためかせ、後ろ向きに勢いよく降ってきた。スニーカーの靴底をアスファルトで削るようにして、私の前で、彼の身体が止まる。
うっすらと汗をかいた聖瑛がホッとしたような顔で私の方を見て、笑う。余計なお世話よ。唇を尖らせてしまう。
「こっち見ない。相手見て」
やや遅れて、吹っ飛ばされてきた聖瑛を追いかけてきた魔族がシャッター街の天井を切り裂いて降ってきた。ごっと空気を押し出しながら砂埃を撒き上げ、着地。その足元を中心に、放射線の亀裂が走った。
クラスC、ブレードリザードマン。両手に、生き物を加工したような異形の剣を持ち、二足歩行する両生類の魔族。体長は、私どころか聖瑛の頭3つ分以上は、大きい。全身は、隈なく鋭い緑の鱗で覆われていて、顔面には、裂けたような口の中に鋭い牙が無数と並び、4つの目が白昼でも黄色く光っている。
ほとんどクラスBに片足を突っ込んだ魔族だ。私一人には手が余る。
いつものことだがシンプルに、戦闘の速度が違いすぎる。通常の人間だと気づけば殺されているライン。自動迎撃する魔法とか高いレベルの魔力による身体強化が必要となる。
私には、両方ない——いえ、ないわけではないけれど出来れば使いたくない。つまるところこの魔狩は、聖瑛ありきだ。私は、聖瑛の邪魔を排除するのが役割。さっきのスパイクリザードとかね。
そして、この場では。
「事前に伝えた通りの役割分担で行くわ」
短い首肯が視界の隅に見える。私は、両手で揃えた二本指をブレードリザードマンに向け、電金魔弾を——放つ寸前、前髪が突風に捲り上げられた。
人の血脂で汚れた異形の剣が真正面に移動してきたブレードリザードマンが振り下している、その移動の余波だ。リッパーオウルに劣るが十分すぎる速度。そのままでは、私は両肩口から切断された死体になるだろう。異形の剣に張り付いた肉片の一つになる。
シャッター街の薄暗さを散らす火花。聖瑛が差し込んだ剣が異形の二剣を受け払った。
1人と1体が仰け反る。ブレードリザードマンに、無防備な一瞬が生まれた。
即座に、私は、向けた両手の形を変える。片手で右手の二の腕を掴んで支え、広げた掌をブレードリザードマンのがら空きの腹へ向けた。
電金魔弾、モード:
「私の役割は、これ」
硬い鱗を剥ぎ取る。先ほどのスパイクリザードと同じように。
金の彗星が昼間の日差しを搔き消すほど私の掌の中で烈しく輝き、受け止めたブレードリザードマンの鱗を剥ぎ取って、腹の肉を消し飛ばしながら派手な課金音を私の耳に響かせながら後ろに吹っ飛ばした。魔石を覆う、鱗鎧が剥ぎ取られる。
「そして、俺の役割はこれだ!!」
追いかけるように、聖瑛が行く——ここからは、ほとんど一瞬の攻防だった。影が幾度か交差する数回の打ち合いの中、私に見えたのは、悪足掻きとばかりにブレードリザードマンが振るった異形の剣が盾に受け流されたのと、聖瑛の剣が私が作った傷を上書きするように、ブレードリザードマンを袈裟に切り落としたという結果くらい。
ブレードリザードマンの身体が斬撃とほぼ同時に、ピタリと動きを止め、即座に崩れ落ちた。魔石だけが残る。
「……うん、大丈夫そうだ! 常夜原さん!」
聖瑛が拾い上げて、掲げたクラスCの魔石は、梅雨の晴れ間に妖しく緑に輝いていた。欠けのない完全な形。ホッと一息出る。
掌は、雑な砲撃だから傷つけていないか少し心配だった。ブレードリザードマンの魔石は、喉元辺りにある。腹回りを吹っ飛ばすというのは、ギリギリなチョイスだ。
最初からあの男にやらせればいいかもだけれど、ブレードリザードマンは、結構頑丈だ。剣を壊されてもかなわない。
協力した方がいい。協力するために、傍にいることを許したのだし。
……許した、ね。居てくれてるの間違いでしょうに。
「そ、良かった」
一月。この男と一緒に魔狩を始めてから時間が経った。その少しの時間で理解させられた。
ひと足先にやってきた夏空を思わせる目も眩むような笑みを快活に浮かべた聖瑛の優秀さを。
教えれば乾いたスポンジを水桶に浸すが如く、速攻吸収。剣も最初の力任せとは、違う。いつの間にか鋭く、優美にすら感じる太刀筋を身につけている。私には教える能力はないから我流なのか気になって聞いてみれば。
『YouTubeで覚えた!』
などという。まあ、そういう動画は結構ある。動画投稿者をやってる魔狩だって、少なくない。魔狩のための指南動画は、結構ありふれた企画だ。そして、意外に勉強になる。動画投稿をしている凄腕がいるにはいるのだ。
時節は、春を越えて、雨のあまり降らない梅雨に入った。じとじととした空気が身体も心も苛む頃となった。
劣等感と季節のお陰様で、私は、最悪だ。それでも人生最大にはならない。なってたまるかだ。流石にそれは、聖瑛に失礼だ。そこまでの恥知らずにはなれない。
なりたくない。私は、あの人たちのような恥ずかしいものにはならない。
父さんと母さんの死にかこつけて、全てを奪おうとした薄汚い厚顔無恥の嫉妬深い簒奪者どもには。絶対。
……脱線ね。
「それで、」
差し出された魔石を受け取りながら私は、何度目かになる問いを聖瑛に投げかける。
「あんたの魔法について、そろそろ分かった?」
「へ? え、あ、あー。どうだろう。まあだかも? まだ何か掴めていない感じがある。魔法というのは奥が深いな。うん」
誤魔化し方が下手すぎる。溜息。こと毎度、魔法のことになるとはぐらかす。
「そんなのじゃ仮採用期間終わらないわよ。私があんたと行動を共にするのは、戦力として有用だからだ。戦力として最も重要な魔法について共有できないと困る」
「それは……ぐっ……。確かに……」
「何が恥ずかしいか知らないけど、そろそろ教えて欲しい頃合ね」
続けた言葉で、私は、つい拗ねたように唇を尖らせて、視線を逸らしてしまう。
「……まあ、あんたが役割をこなしてるんだからいいだろって言うなら別にそれはそれだけど……」
実際、こなされているし、何より助かっている。今までなら今日みたいな魔狩はできなかった。この前のも、その前のも。お陰様で随分と羽振りがいい。夢物語を叶えられるほどではないけど魔法を使うのも躊躇わなくていい。魔法の改良も始めた。すごく助かってる。フクザツな気分だけど。
「待ってくれ! そんなことは思ってない! ただ……」
「……ただ?」
「ただ……」
聖瑛は、私の言葉を繰り返し、何か逡巡するような様子を見せたと思えば、意を決したような真剣な顔で私を見据えた。思わず背筋を伸ばして、姿勢を正した。
「分かった。1日待って欲しい。勇気を出すための準備期間が欲しい」
「え? あ、ああ。いいけど……」
「ありがとう!! じゃあ、すまないが今日はこの辺で失礼する!! また明日! 学校で!!」
戸惑う私が問い返す暇もなく、聖瑛は、凄い速度でその場を去って行った。ポツンと私は、日曜の丁度真昼の港に、1人取り残された。
「……どうしようかしら」
どうするもこうするも手元の魔石を金に変えて、分配して、後は……。
「帰りましょうか」
うろついて無駄遣いしてもしょうがない。さっさと帰るが吉です。
しかし、人に言えない魔法ってなんだろう。代価が恥ずかしいとか、結果が恥ずかしいとか。そういうことになるか。
恥ずかしい代価といえば何かしら。代価って大体物質的なもので、何か自分にとって価値があるものが定番。恥ずかしいとかそういうのないと思うけど。いや、場合によれば恥ずかしいか? 身体の一部が代価だったりしたら場所によれば恥ずかしいかも。恥ずかしいか。私だったらそういうのだった場合は、誰にも話したくない。
ま、恥ずかしいと過程しているだけでそうとは限らないけど。
「どうせ明日答えが出るんだし、考えてもしょうがないか」
忘れようと思ったら余計に考えちゃうってことあるわよね。どうやって忘れようかしら……。
「って、いつの間にか結構貯まってる……へへ……」
口座残高300万。これには思わず口元がだらしなくなる。一般的な高校生の貯金額とは思えない。見てるだけで癒される。コツコツ貯めてきたのもあるけど最近の魔狩は、出費が少ないからかなり貯金に突っ込める。
「目標1000万までグンと近づいた。聖瑛、様様って所ね」
いい加減、正規採用も考えていいかも。何様って感じだけどあっちが言い出したことだし。主呼びは絶対無しだけど。
翌日の放課後。
その勇気を出すと言った張本人は、教室にいない。今日は、全く近づいて来なかった。いつもなら朝も挨拶に近づいてくるし、お昼も一緒に食べようと来るのにどこかに間にか消えてた。やや調子が狂う。
どこ行ったのかしらと帰り支度しながら思っていた私を誰かが呼んだ。
「——常夜原さん、ちょっといい?」
鷹咲紫亜。彼女の鋭い視線がまるで、今にも切り掛りそうな雰囲気をまとっていた。
「屋上。来て貰える?」
呼び出しだった。通りすがりの生徒の視線が痛い。いつも一緒にいる子らは、後ろの方で不思議そうに見ている。どうやら集団で虐められるわけじゃないらしい。
「いいわよね?」
有無を言わさない調子だった。反論が認められていなかった。早く帰りたいのになあと私は大人しく頷いた。
道中は、気まずくてしょうがなかった。
まあ、こうしてテラスで向かい合っても気まずいのは変わらない。2人っきりのテラスには、この空気を邪魔してくれる誰かもいない。さっさと言うこと言って、私を頷かせて解放してくれないかしら。
「常夜原さんって、魔狩やってるよね?」
そうこうしていたら下校を促す放送が……——今、なんて言われた?
「……え?」
「魔狩。やってるよね」
疑問符が剥がれた。確信を込めた視線が私を射抜く。思わぬ方向からの一撃に、動揺が隠せない。これでは自白しているようなものだ。
「えっと、どうしてそんなこと? 私、そんなことできそうに見えないじゃない? どうして?」
「見てたんだ。聖くんと一緒に公園で戦ってるの」
「……見てた?」
もしかして、あの子から聞いた? 口止めをしておいたけど所詮は子供。家族に聞かれれば答えてしまう可能性はあるか……。
「うん。見てたの。彼と一緒に貴方が戦っているところ。すごく近くから」
もうちょっとちゃんと口止めしとくべきだったわね。どう答えようかしら……。
「私の可愛い子達をすごく苦しめてくれたよね。あんなに滅多打ちにしてほんと可哀想。彼も彼であんなに切り刻んで……。ま、彼は、いいけど。常夜原さんは別。酷いことよ、あれは」
「——は? いや、ちょっと待って。何の話?」
急に意味が分からなくなった。何言ってるのこの人。怪訝とする私の前で、鷹咲紫亜は、少女のように微笑う。
「くすくす、何って、分からない? 分からないよね。ふふふふふ……」
あまりの不気味さに、私は、思わず後ずさる。この女、何かがおかしい。何か変だ。
「分からなくていいの。私は、彼を返しに来てもらっただけだから。常夜原さんが分かる必要なんてない」
「彼って、聖瑛?」
「ええ。私の愛しい、愛しい騎士。輝きの騎士。返して欲しいの」
「私に言うことじゃないでしょ。あいつに言いなさいよ。あいつに。あいつが勝手に引っ付いてきたんだから」
「そう? そうかしら。利用しているように見えるけど? 昨日だって、その前だって。この1ヶ月、ずっと」
「それ、は…………」
図星で、顔が歪んだ。利用していると言われて、私は、反論ができない。それは、私の心のしこりだから。
ここ最近で、急成長しつつある。大きなしこり。そこを突かれた。けど今はそこじゃない。そこよりもずっと大事なことを、問い詰めるべきことを言っている。
「……そうじゃない。あんたの発言は、おかしい。あんた、私たちをずっと見てたって言ってるじゃない」
ストーカーするにも魔狩対象のいる区画は、封鎖されるし、毎回どこで起きるか分からない魔狩に向かう私らに付きまとうなんて現実的じゃない。移動を聖瑛にお願いすることだってある。あの速度と機動力に普通の人間がついてこれるわけがない。
……普通の、人間? まさか。
「何もおかしなことじゃないわ」
——穏やかな日常を引き裂くサイレンが鳴っている。
「何も、何もおかしなことはないわぁ」
——スマホが小刻みに震えている。
「何も、ね」
——鷹咲紫亜ではない何かが、開かれた口の中で微笑っている。
「あんた、何?」
視界の片隅にあるスマホに映し出されたJ-M.A.S.には、NoDateという文字だけ。完全なアンノウンに、私は問う。
「私は、アリス」
J-M.A.S.の画面が魔力測定機からの情報を受信し、更新された。暫定クラスA。都市を容易く蹂躙する、災厄に類した正真正銘の怪物を指すクラス。血の気が引いた。きっと鏡に映せば青を超えた白い顔の私がいる。
「常夜原さん、私の愛する騎士を返してもらうわね」