内戦終結後に訪れる風   作:匿名

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第一話 2019年4月23日の独立記念日

 

 

 ここは、政情不安が一応の収まりを見せたとはいえ、依然として極めてデリケートな地域だ。

 私が取材に訪れている旧国『ボードリア』は、国家として承認されているか否かでいまだ意見が割れている。

 首都ベリトラルリンを境界とし、ふたつの勢力が対峙している。

 彼らは『西ベリトラルリン』および『東ベルトラルリン』をそれぞれ国号と定め、暫定的な政府活動を行っている。同一のスペルでありながら発音によって意味が分かれるこの地において、呼び方をひとつ間違えれば、私のジャーナリスト生命は即座に断たれるだろう。

 

 両政権はともに革命によって旧政府を倒したと宣伝し、ボードリアという旧国名を捨てて市民が主役となる新時代の到来を華々しく謳う。

 

あたかも21世紀に現れた西ドイツと東ドイツのようだが、両者を隔てる物理的な壁は存在しない。

 その象徴が、両国が共同で建設を進める首都のモニュメントだ。

 パリのエトワール広場のように周辺を円環状にし、バウムクーヘンのように切り分けたスペースに椅子を配する。そこに独立碑文をリアルタイムで刻み込み、最終的には国境に面した側にお互いの憲法を彫り込んで公開する予定だという。広場全体が桁違いの規模を持つ巨大な記念公園のような趣を呈している。

 建設費は非公開だが、巨額であることは間違いない。

 

 参考までにパリの凱旋門は奥行き22メートル、高さ50メートルだが、ここに設置される『アーチ状の憲法』は凱旋門を模しつつも奥行き50メートル、高さ55メートルに達する。幅こそ凱旋門と同等だが、工事の幕越しに見えるそのシルエットは異彩を放っている。横や上空から俯瞰すれば、それはほぼ完全な巨大直方体だ。計画によれば、その上部には両国の友好を記念する碑文がさらに設置されるという。

 

『アーチ状の憲法』というのが正式名称になるのかは判明していないが、この名前はインターネット上において、なかなかの好評を示している。

 

 私は取材を取り付けた現地メディアや、外国の専門家集団にモニュメント設置に関する見解を求めた。

 

「復興が進むいま、独立碑文の重要性は増す一方です。旧政府が真に崩壊し、東西に分かたれようとも国家が安定していることを示さねばならない。これは革命政府が果たすべき責務であり、市民の強い望みと、新憲法を有形のものとして残すべきだという意思に基づく『公共のための創造』なのです」

 

 専門家集団はそう語った。現地メディアもこの見解を全面的に支持し、「これは公共の創造であると同時に、反革命派に対しても必ず救済の手を差し伸べるという約束の象徴だ」と付け加えた。

 

私は極めて大きな情報を獲得したことになる。

 あらゆる情報の価値は常に変動する。

 

『アラルトスラリバ』は両方の新政権をいち早く承認した隣国だ。そのアラルトスラリバから派遣された専門家集団がそう語るということは、分断の固定化・既成事実化を狙う動きが確定したと見てよいだろう。

 

 さらに市民の真意を探るべく、街頭取材班の報告を統合した。

 

 東西共通の意識として民族はふたつに分かれるべきだという意見が大半を占めていた。

これは旧政府による極めて不平等かつ抑圧的な民族政策に対する、強い反発に由来するものだろう。

 一方で、大きな意見の相違が見られたのが財政と政治体制を巡る議論だ。

 隣国からの資金援助自体は歓迎されているものの、多国籍の開発援助を呼び込んだアドミニストレーターと呼ばれる人物の専横に対して、東ベルトラルリンでは否定的な声が強かった。

 

 彼は旧政府の元軍人であるため、最高権力者は文民であるべきだという立場から反発を買っているのだ。

 対照的に西ベリトラルリンでは、彼が成し遂げた地域経済の振興や功績を評価し、結果に至るプロセスは些事だと割り切る市民も存在した。

 

 もっとも、これは取材対象の偏りによる可能性も否定できない。東西あわせて約1,400人に取材を行ったが、回答者の年齢層や取材を実施した位置が結果に影響を与えていると分析できる。

 

 分断された街におけるアンケートの難しさはここにある。暫定政府が東西をそれぞれ統治し、垂直に引かれた境界線で分断された首都において、一般市民が赤裸々に本音を語ることなどまずあり得ないからだ。

 

 西寄りのエリアで聞けば経済重視の回答が増え、東寄りで聞けば旧軍人への反発が強まるのは当然の相関関係だ。また、政権批判を行えば監視されるかもしれないという恐怖から、市民の多くは当たり障りのない模範解答やその場の空気に合わせた発言を選択する。

 もっとも、これは自己検閲の現れとするには些か因果関係が弱い。仮説の域を出ることは無いだろう。

 

19世紀から20世紀の歴史が示す通り、革命政権は常に秘密警察を従えており、市民がその存在を察知するには時間がかかるものだ。

 

 両政府が行った過去9年間の低金利政策、そして積極財政が生活を支えてきた。

 

 働けば働くほど給料が上がるという実感が労働者の意欲を支えており、革命から10年目という転換点において、街頭取材のデータは必ずしも世論の全貌を捉えていない。

 

 二カ国にまたがって国外支援を呼び込み、双方の政治活動を牽引する並外れた手腕を見れば、アドミニストレーターの功績が絶大であることは確かだ。昨年度の諸外国による調査によれば、アラルトスラリバからの支援に依存しつつも、同国は驚異的な速度で復興を遂げている。経済観点で見れば、GDP成長率9%という数字は極めて優秀と言わざるを得ない。

 

GNIに至っては過去三十年間でもっとも高速に上昇しており、大幅な輸出超過が認められる。

 

 しかし、彼が主導した憲法モニュメント設置に関する国民投票において、東ベルトラルリンの数値は賛成16%、反対13%、無投票71%という圧倒的な無関心(あるいはボイコット)を示した。

 

 彼という一人物が主導する形で二カ国が国民投票を実施したこと自体、あまりに異例な事態が発生していることを意味する。裏で談合があったにせよ、大統領が行った対外的なパフォーマンスであったにせよ、これは果たして『大統領が主導する国家開発と言えるのか?』という疑問が当然湧いてくる。

 

 アドミニストレーターは現在進行形で両国の政界へ進出し、巨大な政治的権力を握っている。両国の大統領から招聘され、絶大な権限を有する開発コンサルタントの地位に就いた。

 

 かつて旧ボードリア軍において准将の階級にあった彼は、革命の末期、自国政府の劣勢が確定すると真っ先に中立国へ逃亡した経緯を持つ。両政権に対して示される彼の忠誠がどこにあるのか、そしてなぜ大統領たちが彼を重用するのかは謎に包まれている。

 

 さらに重大な点として、西ベリトラルリンの国民投票でも賛成14%、反対13%にとどまり、東西ともに革命への実質的な賛同率はきわめて低い。

 

両国とも国民投票とは名ばかりで、無投票者が大多数を占めているのだ。

 だが、この全国データを真に受けるのも尚早である。

 

 首都の人口は境界線の都合で東西に分かれているものの、双方合わせておよそ600万人。全国データではこの数値が全体の人口で割られてしまうため、統計として有意な結果を得ることは難しい。現に首都における投票率は77%近くに達していたのに対し、全国での投票率は27〜30%まで落ち込んでいるのだ。

 

 旧ボードリア時代の人口は2,605万人であり、現在はさらに増加していると見られる。したがって、全国の投票率の低さだけを見て無闇矢鱈に推測することはできない。両国に設置された投票所まで物理的にたどり着けないという、移動手段の問題が大きく影響していると考えられるからだ。

 国土の大部分は平原であるにもかかわらず、道路網へのアクセスは極めて劣悪だ。ガソリンスタンドが存在しないため未だに馬が移動の主役であり、内陸部では電化すら行き届いていない。

 

 衛星通信によって情報こそ届くものの、沿岸部や投票所へ移動する手段を持たない人々が人口の8割近くを占めているのが実態である。しかし制度上、インターネット投票は認められておらず、現地会場へ足を運ぶ以外の選択肢はない。

 

 2割の人口が、8割の人口を経済的格差で覆い隠す。

 あるいは、8割の人口が、2割の人口を得票率で覆い隠す。

 

 この地域における政治のねじれは一体どこまで行ってしまうのか、私はそれを追いかけたい。

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