内戦終結後に訪れる風 作:匿名
昨夜未明、マグニチュード8.9の巨大地震がこの地を襲った。
さらに追い討ちをかけるように記録的な豪雨が降り注ぎ、増水した濁流は猛スピードで下って堤防を越えた。ダムすらも決壊し、水門に守られていたはずの都市が水没する事態に至っている。
予想だにしないこの複合災害により、北部地域は極めて深刻な被害を受けた。
隣国アラルトスラリバの峻険な山岳地帯を水源とし、東西両政府の最南端に位置する首都へと豊かな水を運ぶ大河がある。
東西の国境線は、国内最大級の峡谷『グランドバレー』に沿って敷かれている。そのため『グレートリバーサイド』などの峡谷周辺地域は東西に分断されており、橋を渡ればすぐに隣国という特殊な地形だ。
しかし、峡谷という地形に架かる橋であったがゆえに、今回の地震は致命傷となった。都市間の交通網は著しく寸断されている。全面通行止めの路線も多く、アラルトスラリバ行きの新幹線も停止していた。
仕方なく近隣の宿泊施設に泊まったが、道路は車両通行止めになり、テントが設営されている。SNS映像によれば鉄道橋およびトンネルも複数崩壊しているそうで、これがフェイク映像かもしれないが、もしも本当だった場合には民間鉄道企業は絶望の淵に立たされるだろう。
被害はインフラだけに留まらない。国境各所の水力ダムにおいても、決壊の兆候がないか緊急調査に追われている状況だそうだ。
ジャーナリストとして、これほどまでに情報を整理し、発信すべき機会もそうはないだろう。
『西ベリトラルリン』と『東ベルトラルリン』──東西両政府の首都は、直ちに臨時救急作戦を立案し、氾濫域の都市で救助活動を続けている。
首相と内閣は復興予算の策定に奔走し、連日、テレビの報道枠は官庁の生放送で占められている。一方で新聞各紙は連日のように北部地域へと多数のヘリコプターを飛ばして惨状を報じ、世論は騒然としている。
今日は筆記をここまでにしておく。余震はまだあるが、早めに睡眠すべきか。
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北部地域は大混乱の最中──あるいは混乱の最中だからこそなのかは推し量りかねるが、7月12日の今日、東西両政府の大統領による正式な会談が行われた。
災害によって延期されるかと思われた会談は予定通り決行され、午前九時に大統領専用機がベルトラルリン国内空港に着陸。そしてつい先ほど、午後三時に東西首脳合同での会談が終了したばかりだ。
会談での発表によれば、垂直な国境線によって分断されていた首都の領土調整が完了し、暫定的な領土が新たな国境線によって正式に画定されたという。
未曾有の災害下にあっても両政府が会談を延期しなかった背景には、対外的な安定をアピールする意図があったと推測できる。
会談の場が東ベルトラルリン側の土地であったことはおそらく政治的なパフォーマンスの一種……いや、断定するのは危うい。
東西両政府が協調路線を辿っていることの現れ、と考えるのもよいが、まだわからない。どの道考えたところで答えは出ないからとりあえず保留しておこう。
それにしても、両政府領域で開かれた国境画定の祝賀行事が、災害犠牲者への黙祷から始まるという、あまりにも異様な空気が漂っていた。
両大統領の会談では、国境線の承認に伴う専用条約の批准が話題の中心となった。双方による正式な国境承認は間違いなく大ニュースだ。
しかし私が注目したいのは、国境地帯に存在するリチウム鉱山やダムの所有権がこれで正式に決着し、停止していた新規事業が再稼働するという点である。
さっそく取材班を送り込んだところ、現地は各社の取材依頼でごった返していたという。九年間稼働していなかった鉱山ゆえに設備への不安が囁かれていたが、新規機材の導入も認められた。
導入された機材には外資系企業のロゴが目立つ一方で、国策企業が自立して運用を行う体制も示されていた。取材班には、採掘再開に伴ってエレベーターシャフトの総点検が行われるとの説明が成されたようだ。
今回の災害対策と国境画定は世界を揺るがす大スクープだが、同時並行で進行しているもう一つの特大のネタがある。
現在、災害対策本部は被災地域の高架道路を封鎖し、超広範囲にわたって往来を規制している。一般車両の通過は許されず、避難民か『災害対策エージェント』のみが通行できる状況だ。
北部地域の復興は迅速な対応を行ったものの、一週間あまりでは有効性を見極めるのは困難である。
避難所および、住宅の屋根に登っている一般市民などは避難が進んでいるが……捜索活動は困難を極めるだろう。土砂によって街が文字どうりに埋まり、岩によって潰された家々も存在する。
比較的山体崩壊による被害を受けていない地域でも、水没した交差点では、垂直に立つ信号機の足元に、流されてきたレンガが水面から突き出して見えている。
水流によって家屋の外壁が完全に破壊され、押し流されたレンガが水流の入り組む交差点などに堆積したためだろう。
浸水被害が極めて深刻な北部地域と同様に、国境地帯の大半を占める『グレートリバーサイド』もまた大きな爪痕を残している。
至る所で床上浸水が発生し、ありとあらゆる店舗がシャッターを下ろした。さながら深刻な不況が訪れたかのようだが、シャッターの前に積まれた土嚢や三角コーンが生々しい。
予想通り、崩壊した北部地域の三号ダムへの対応が優先されており、大都市圏であるグレートリバーサイドへの対応は物資輸送や避難誘導に留まっている。
しかし北部地域に比べて人的被害が軽微なのは、平時からの計画的な避難訓練の成果と言えるかもしれない。濁流の流入と堤防の損壊を除けば、この都市自体が水没するほどの壊滅的な直接被害は免れたのだ。
だが、現在の私の心中を最も占めているのはアドミニストレーターの動向だ。
彼の行き先は秘匿されているが、おそらく復興支援を募るためにアラルトスラリバなどの各国を飛び回っているのだろう。
彼は政治的中立性を理由に静観の姿勢をとり、国境地帯のインフラ開発の裁量権を手放した。
国境線が確定し、管轄が正式に定められたことで、国境地帯におけるアドミニストレーターの権限は大幅に縮小された。具体的には、これまで大統領の行政命令のみで動けていたものが、今後は『首相と大統領双方の署名』がなければ活動できなくなる。
自由で柔軟な立ち回りが完全に封じられたとは言わないが、この法改正下で彼がこれまで通りの手腕を発揮できるかは極めて怪しい。
この決定の背景には、隣国同士で司法が波及し合うという、通常の国家間ではありえない関係性や、主権の概念の差異があると言える。
法改正によれば、彼の『開発コンサルタント』という役職自体が臨時のものとなる。両政府を跨いで活動できる点に変わりはないが、半大統領制を採用している以上、大統領と首相の所属政党が異なることも考えられる。
この法改正によってねじれ現象が発生するリスクが生じる。
しかし、もしもそうなれば、開発コンサルタントのポストが空位となる可能性は非常に高い。
国境の画定と共に役職そのものが消え去るのか、はたまた退任することになるのか。
『グレートリバーサイド』は首都に次ぐ人口を誇る帯状の大都市圏であり、前年度の統計では西側に約150万人、東側に約132万人が居住している。ここは古都がいくつも点在し、アドミニストレーターが首都以上に力を入れて開発してきた地域だ。
一方で、グレートリバーサイドから遠く離れた山間部へ目を向けると、立ち並ぶ邸宅の殆どは帰国人のものとなっている。内戦当時の避難民がこのまま東西どちらにも帰国しなければ、行政は居住者のいない巨大な住宅街を抱え込むことになる。
くわえて『旧ボードリア人』のパスポート回収問題も、事態をより一層複雑にしていると言えよう。
グレートリバーサイドは大都市圏だが、近年の民族自決のうねりによって人口分布に偏りが出つつある。
古来よりこの地域の活動は非常に均衡が保たれており、東が発展すれば西がそれに追いつき、西が発展すれば東が呼応するように、相互に影響を与えながら成長を続けてきたのだ。
外国人専門家集団への取材でも、この人口移動は民族自決に伴うものだという明確な見解が得られている。
アドミニストレーターの権限縮小が、この地域に、そして両国に何を招くのか。私には到底予測ができない。影響があまりに大きすぎるが故に、推定すら困難なのだ。
ただ一つ間違いないのは、この事態を知れば、ありとあらゆる経済学者が驚天動地に陥るだろうということだ。
このルポタージュを記事にしたいが、纏めあげる時、削るべき表現は沢山あるかもしれない。
とりあえず明日の朝には国を発ち、7月28日までには絶対に仕上げなければならない。うーむ、しかし記者たちがもっと大きなものを持ち帰ってくるかもしれないし、ここは錯綜とした情報の整理待ちかな。