スプリングトレーニング
契約後、新生活の準備をしていたら、あっという間に2月になっていた。カンザスシティのスプリングトレーニングの開催地は、アリゾナにあり、その球団施設には球団の手配した通訳が待っていた。真英はそこで必要な手続きを済ませ、割り当てられたロッカーへ向かった。
ロッカールームには英語とスペイン語が飛び交っていた。テレビで見たことのある選手も何人かいたが、直接話したことのある相手はいない。日本での実績も、ここではほとんど意味を持たなかった。
通訳が球団スタッフに呼ばれて席を外したため、真英は一人で配られた予定表を眺めていた。記載された時刻と場所を確認しているつもりだったが、略称が多く、最初にどこへ向かえばいいのかもよく分からない。
「オマエサーン?」
聞こえた声に、真英は予定表から顔を上げた。その呼び方をする人間は、世界に一人しかいない。
声の方を見ると、ロッカールームの通路に190センチを超える大柄な男が立っていた。広い肩幅も、驚くと青い目を大きく見開く癖も変わっていない。顎ひげには白いものが混じっていたが、笑うと少年のように見えるところも昔のままだった。
「ジョン?」
「オー! オマエサーン!」
ジョン・ウッド。神奈川BWで三年間チームメイトだった選手だ。彼は大股で近づいてくると、真英を強く抱き締めた。背中を何度も叩かれ、そのたびに真英の身体が揺れた。
「いてっ、いてっ」
「ひさしぶり、オマエサーン!」
「ほんとにね」
「サプラーイズ」
日本の三年間で100本に迫る本塁打を放った強打者で、彼は日本を離れたあと、メジャーへ復帰し、三十代半ばになった現在も毎年二十本前後の本塁打を放っていた。
彼もここカンザスシティで、新シーズンをスタートするらしい。望外の再会だった。
「オマエサーン、ここで投げる?」
「いえす」
「グッド!」
ジョンは嬉しそうに笑うと、真英の肩へ腕を回した。そのまま近くにいた選手たちへ声をかけ、真英を紹介していく。
「オマエサーン。日本のグッドピッチャー。トモダチ」
紹介として正しいのかは分からなかったが、真英は差し出された手を一人ずつ握った。明るく社交的なベテランであるジョンがいるおかげで、真英はあっという間に選手たちの輪に入ることができた。その代わり、みんな真英のことを「オマエサーン」と呼ぶようになってしまったが……。
▼
午前中のメニューを終えると、真英はブルペンへ向かった。
キャンプ初日ということもあり、予定されているのは三十球ほどだった。まずはこちらのボールとマウンドの感触を確かめるよう、投手コーチから通訳を介して伝えられている。
真英は受け取ったボールを手の中で転がし、縫い目に指を掛けた。やはり、日本で使っていたものとは感触が違う。縫い目の差だろうか。渡米してから平地では何度か投げていたが、マウンドから捕手へ投げ込むのは、これが初めてだった。
プレートに足を掛け、スパイクで土を掻く。慣れ親しんだ古巣のマウンドよりも硬く、傾斜も強い。しかし、真英はすぐにその感触を気に入った。軽く足を上げ、捕手の構えたところへストレートを投げこんだ。まだ力を入れていない。それでもボールは思っていたより強い音を立て、捕手のミットへ収まった。
返球を受け取り、同じように二球、三球と続ける。踏み出す位置を少しずつ調整していくと、下半身の動きが安定し、それにつられて腕も自然に振れるようになった。
(投げやすいかも)
硬いマウンドに苦労する日本人選手もいると聞いていたが、真英にはこちらのほうが合っているのかもしれない。足元がしっかりしているせいか、余計な力を入れなくてもボールが走る感触がある。
ストレートを十球ほど投げたところで、真英はカットボールの握りへ変えた。日本では、バットの芯をわずかに外して凡打を打たせるために使ってきた球だった。大きく曲げようとはせず、ストレートと同じ腕の振りから、打者の手元で少しだけ軌道を変える。
真英の手を離れたボールは、途中までストレートと同じ軌道を進んで、捕手の手前で鋭く横へ切れた。ボールを受けた捕手は、すぐには返球せず、ミットを開いて中を確かめた。それから背後にいた投手コーチへ振り返り、短く何かを伝える。
コーチにもう一球要求され、真英は同じ握りで投げ込んだ。二球目も同じように、最後に鋭く変化した。コーチは近くにいたタブレットを持った別のコーチに話しかけている。彼はピッチングコーディネーターという、データを投球改善へ落とし込む役職らしい。古巣にはなかった肩書きだ。
今度は、ストレートとカットボールを交互に投げるよう、身振りと簡単な英語で指示される。真英はキャッチャーの構えた通り、高めへストレートを投げ、次にほぼ同じ高さからカットボールを投げ込んだ。
全く同じ投球動作、腕のフリで、それらが投げ込まれる。キャッチャーとコーチは何事か納得したように頷いていたが、真英自身は日本時代との感覚の違いに首を傾げていた。
最後にチェンジアップを投げた。ストレートと同じ腕の振りから速度を落とし、低めへ沈める。こちらは日本で投げていた頃と大きく変わらず、捕手も続けて何球か受けたあと、問題ないというように頷いた。
予定の三十球を投げ終えると、ピッチングコーディネーターがタブレットを手に近づいてきた。画面には、真英が投げた一球ごとの数字が並んでいる。通訳によれば、ブルペン後方に設置されたトラックマンという機器が、球速だけでなく、回転数や変化量、ボールを離した位置まで計測しているらしい。こうして投げ終えた直後に、自分の球を細かな数字で示されるのは初めてだった。
ピッチングコーディネーターは通訳を介し、まずストレートの回転数を告げた。続けて回転軸、縦の変化量、リリース位置、カットボールとの違いまで説明される。真英は白目をむきそうになった。
「つまり……えっと……どういうことですか?」
知恵熱でも出しそうな勢いの真英に、通訳が苦笑しながらもっと簡単に説明してほしいと伝えると、ピッチングコーディネーターは言った。
「まとめると、ストレートのスピンレートが高くて、カットボールもよく曲がっている。そしてそれらがほとんど変わらないリリースポイントから投じられている」
コーディネーターはそこで説明を切った。それが実戦でどれほど有効なのかまでは、まだ口にしなかった。
「日本の時と比べるとまだボールに慣れてない感じがして、不安なんですけど……」
真英には、まだボールが手になじんでいないように思えた。しかし、コーディネーターの見立ては違った。
「いや、ボールはしっかり指にかかっているし、リリースも安定しているよ。カットボールの曲がりが大きくなって、これまでの感覚とズレが生じているのかもしれないね」
その時、話を聞いていた捕手が口を挟んだ。
「グッドボール、オマエサーン」
「さ、さんきゅー」
捕手が笑って拳を差し出すと、それに真英も少し遅れて拳をぶつけた。
▼
スプリングトレーニングが始まって二週間ほどが過ぎた頃、真英は他球団とのオープン戦で初めて登板することになった。任されたのは5回からの2イニングで、首脳陣にとっては、ブルペンで確認してきた球が実戦でも通用するかを見極めるための登板だった。メジャーのロースターに残るためにも、大事な登板になる。
マウンドへ上がると、捕手は左打席に入った先頭打者への初球から、高めにミットを構えた。日本では、追い込んでから見せ球として使うような高さである。真英は一瞬意図を図りかねたが、要求されたところへストレートを投げ込んだ。
ボールは打者の胸元を通り、振り出されたバットの上を抜けてミットへ収まった。豪快なスイングで一瞬ヒヤリとした。
打者のタイミングは合っていた。当たっていれば、ボールは遥か場外まで飛んでいたかもしれない。しかし結果は見ての通り、振り遅れてはいないが、空振りを取った。
二球目も同じ高さを要求された。今度はバットに当てられたものの、打球は押し負けたように力なく三塁側へ切れ、そのままスタンドへ飛び込んだ。
二球続けて高めを見せたあと、捕手は外角へカットボールを要求した。
真英は先ほどのストレートと同じように腕を振った。指先にはまだ日本で投げていた頃とは違う感触が残っていたが、ピッチングコーディネーターから言われたとおり、握りも投げ方も変えなかった。
ボールは外角のストライクゾーンへ向かって、ストレートとほとんど変わらない軌道を進んだ。打者もそう判断したのだろう。迷いなく踏み込み、バットを振り出した。
その直後、カットボールは打者の手元で鋭く向きを変えた。
緩やかに逃げていくのではない。外角の縁を通るはずだったボールが、そこからさらに遠ざかるように横へ滑った。打者は振り始めたバットを止めることも、その軌道を修正することもできなかった。
捕手のミットが乾いた音を立て、空振り三振を奪った。日本で投げていたときとは違う。これまでのカットボールは、打者の芯をわずかに外し、ゴロや浅いフライを打たせるための球だった。空振りを取ることもあったが、それを狙って投げる球ではなかった。今の一球は、そんなおとなしい変化ではない。ストレートだと信じて振り始めた打者のバットから、最後の一瞬で逃げていったのだ。ほんのわずかに芯を外すのではない。バットの軌道から、ボールのほうが消えていくような切れ味へと進化していた。
(いいね)
真英は、確かな手応えを得た。実際にこうして結果が出るまで、なんとなくピッチングコーディネーターの言葉には、半信半疑だった。掴んだ感覚を手放さないように、真英はボールを握り直した。
続く右打者にも、捕手は初球から高めを要求した。真英は先ほどと同じ場所を狙ったつもりだった。しかし、ボールは要求よりも低く、ストライクゾーンの上半分へ入った。打者はそれを逃さなかった。
鋭い打球音が響いた瞬間、真英は振り返るまでもなく失敗を悟った。打球は左翼方向へ高く舞い上がり、フェンスの向こうへ消えていった。高めを狙ったつもりでも、あの高さではただの甘いストレートだった。日本ではファウルや外野フライになっていたかもしれないが、こちらの打者は一振りで仕留めてくる。これがメジャークラスのバッターのパワーかと、真英は痛感した。最高峰の舞台の洗礼を浴びた真英だったが、それ以上は引きずらなかった。
後続の右打者には内角へカットボールを投げ込み、懐へ食い込む変化でバットの根元を叩いた。力のないゴロを遊撃手が処理し、次の打者もチェンジアップでタイミングを外して打ち取り、一点だけで五回を終えた。
ベンチへ戻ると、キャッチャーが真英の隣へ腰を下ろした。通訳を挟むより先に、自分の胸元を指してから、さらにその上へ手を掲げる。
「ハイヤー。モア」
もっと高く投げろ、ということらしい。投手コーチも近づいてきて、通訳を介して説明した。
「君のストレートは、あの高さでは普通の速球になる。使うなら、もっと思い切って上へ投げろ。ボールになっても構わない。打者の目線とバットを上へ引っ張れば、そのあとにカットボールとチェンジアップが生きる」
捕手も横から何度も頷き、高い位置へミットを構える仕草をしてみせた。
「おーけー」
真英も拙い英語で頷いた。
六回、先頭の右打者に対しては、初球から内角をえぐるカットボールを投げ込んだ。打者は脇を見せるように、大げさに腕を上げて避けたが、真英の目にはストライクに思えた。しかし、球審の判定はボール。直後、キャッチャーがマスクの上を二度叩いた。
(おっ)
ABSチャレンジだ。直後、球場のスクリーンに投球の軌道とストライクゾーンが映し出された。判定は覆り、ストライクが宣告される。続くボールは外角のチェンジアップ。これでファールを打たせ、二球で追い込んだ。そして、キャッチャーのサインは内角高めのストレート。前の回で失敗した球を、勝負球に選択した。そして、今度は失敗しなかった。
真英の手を離れたボールは、ストライクゾーンを完全に外れ、打者の胸元へ伸びていった。それでも打者のバットは止まらなかった。上体を起こされながら振り出したバットがボールの下を通り、真英は空振り三振を奪った。キャッチャーは三塁へボールを回してから、真英に向かって満足そうに頷いた。
そして真英は、後続のバッターも打ち取り、予定されていたイニングを投げ終えた。二回、被安打1、1失点。カットボールが三振を奪える球になっていることは確かめられた。一方で、高めのストレートは投げ切れなければ、簡単に長打にされる。アメリカで初めての実戦登板は、収穫のある登板となった。
【?報】底ノ尾、実戦初登板は2回1失点 新天地でカットボールに手応え
[名無しの代走]
カンザスシティの底ノ尾真英投手が、スプリングトレーニングで行われたテキサスとのオープン戦に初登板。五回から3番手としてマウンドに上がり、2回を投げて被安打1、被本塁打1、1失点、2奪三振だった。
五回、先頭打者を外角のカットボールで空振り三振に仕留めたが、続く打者には高めを狙ったストレートが甘く入り、本塁打を浴びた。その後は後続を抑え、六回にはABSチャレンジで判定が覆る場面もあった。
[名無しの代走]
やっぱパワーすげえなメジャーは
[名無しの代走]
これほんとにおまえ?
2回2三振とか9回9三振ペースやん
[名無しの代走]
>2回2三振とか9回9三振ペースやん
草
[名無しの代走]
カッターめっちゃよかったな
[名無しの代走]
【朗報】そこのおまえ アップデート
[名無しの代走]
>【朗報】そこのおまえ アップデート
マシンあつかいやめーや
[名無しの代走]
ABSの申し子、そこのおまえ
[名無しの代走]
なんか日本時代より三振増えそうなヨカーン
[名無しの代走]
ヨカーンて
[名無しの代走]
ホームラン増えそうやなぁ本拠地が広いのは救いだが
[名無しの代走]
おまえいけるやん!
開幕メジャーまったなし!
[名無しの代走]
てかウッドおって草ァ!
[名無しの代走]
ウッド…(´;ω;`)ウッ…
[名無しの代走]
元気そうでよかったわ
[名無しの代走]
どうなんウッドは
[名無しの代走]
>どうなんウッドは
アイ・ライク・オマエサン
[名無しの代走]
ウッドさんにっこにこでかわいい
おまえもにこにこ
わいもにこにこ
[名無しの代走]
神奈川を出る喜びを感じる
[名無しの代走]
ようやっとる
ロースター残れるぞ