トレードが成立したのは、本拠地での試合中だった。
真英はベンチの端に座り、グラウンドを眺めていた。次の登板は二日後に予定されており、この日は投げる可能性もない。味方が一点を追う五回裏、二死一塁から打者が粘っているところで、球団職員がベンチ裏から監督を呼び出した。短いやり取りを終えたロブは、グラウンドへ視線を戻してから、真英へ手招きした。
「少しいいか」
真英は監督のあとに続き、ベンチ裏の通路へ入った。そこには球団の広報担当者とクラブハウス責任者が待っていた。トレードデッドラインを控え、自分の名前が報道に出ていることは知っていたため、その顔ぶれを見ただけで、何を告げられるのかはおおよそ察しがついた。
「シアトルとのトレードが成立した」
ロブは遠回しな言い方をしなかった。
「必要な手続きも終わっている。君は、もうシアトルの選手だ」
「え、もうですか?」
「ああ。この試合には戻れない。向こうはできるだけ早い合流を求めているから、荷物をまとめたら空港へ向かってもらう」
数分前までカンザスシティの一員として試合を見ていたのに、次の瞬間には違う球団の選手になっていた。真英がまだ実感を持てずにいると、ロブは右手を差し出した。
「サンキュー。グッドラック、マサ」
彼は通訳を通さず、簡単な英語で告げた。真英がその手を握ると、ロブは腕を軽く叩いた。その頃には味方の攻撃が終わり、ベンチでは野手たちがグラブを手にしていた。
ロブは先に戻り、コーチと選手たちへ手短に事情を伝えた。真英もベンチへ戻ると、近くにいた選手たちが次々に立ち上がった。
最初に抱き締めてきたのは、隣の席に座っていた投手だった。次に捕手のペラザが肩を抱き、これまで何度も背後を守ってくれた内野手たちも、握手をしてから真英を引き寄せた。ウッドも順番が来ると、真英をしっかりと抱き締めた。
「グッドラック、オマエサーン」
「ありがとう、ジョン」
「ガンバッテ」
ウッドはそれだけ言って背中を一度叩き、次の選手へ場所を譲った。普段なら真っ先に冗談を飛ばす男が、それ以上は何も言わなかったため、真英もかえって胸に残るものを感じた。
試合はまだ続いていた。守備へ向かう選手は、真英と拳を合わせると、すぐにグラウンドへ走っていく。ベンチに残った選手たちとも一通り言葉を交わしたところで、球団職員から移動の準備をするよう促された。
真英は最後にロブへ頭を下げ、チームメイトたちへ片手を上げてから、ベンチ裏へ下がった。背後ではすでに勝負が始まり、カンザスシティの試合は何事もなかったように続いていた。
クラブハウスへ戻ると、すでに移動の準備が進められていた。航空券は球団が手配し、シアトルでの宿泊先も用意されるという。遠征用のバッグと野球道具だけを持って移動し、カンザスシティの住居に残した荷物は後日送ってもらえるらしい。ロッカーを片づけながら小春へ電話をかけると、彼女もすでにシアトル側の担当者と連絡を取っていた。
「聞いた?」
『聞いた。今、荷物をまとめてるところ?』
「うん」
『ホテルは用意してもらえるし、家の荷物もこっちで手配するから。まさくんは野球道具と当面の着替えだけ忘れないようにして』
「うん」
『シアトルに着いたら、向こうの担当者が空港で待ってるって。通訳にも連絡してあるからね』
「うん」
『……大丈夫?』
三度目の返事を聞いた小春が、電話の向こうで声を和らげた。トレードを告げられてから、まだ三十分も経っていない。それなのに所属球団が変わり、飛行機とホテルが決まり、カンザスシティに残した荷物を運ぶ話まで進んでいる。
「メジャーってなんかすごいね、小春ちゃん」
『……ほんとにね』
その日は、何もかもが慌ただしく感じられた。真英が荷物をまとめ終わると、球団職員に急かされるように球場を後にすることになった。
シアトルへ到着したのは、夜も遅くなってからだった。到着口には球団のスタッフと通訳が待っており、挨拶もそこそこに荷物を受け取ると、用意された車でホテルへ向かった。車内では翌日の予定を説明された。午前中に本拠地球場へ入り、メディカルチェックを受けたあと、監督やコーチ陣との顔合わせを行う。その日の試合では登板しないが、チームには合流することになっていた。
ホテルの部屋へ入ると、真英はバッグをベッドの脇へ置き、小春に到着したことを伝えた。身体は疲れているはずなのに、監督からトレードを告げられたときのことや、チームメイトたちと交わした短い挨拶が頭に残っていて、すぐには眠れなかった。真英にしては、珍しいことだった。それでも、次の登板のことを考えながら目をつぶっていると、そのうち眠ってしまった。
翌朝、球団が用意した車で本拠地球場へ向かった。
メディカルチェックを終えたあと、真英は通訳とともにクラブハウスへ案内された。ロッカーの一つにはすでに名前のプレートが取りつけられ、その下に新しい帽子とユニフォームが掛けられていた。背番号は、カンザスシティで使っていたものと同じ70だった。
真英がユニフォームを手に取っていると、投手コーチがやってきた。簡単に挨拶を交わし、これからの日程を確認する。次の登板は予定どおり二日後で、今日と明日の二日間で捕手との打ち合わせやブルペン投球を済ませるという。前日まで所属していた球団で準備していた登板が、そのままシアトルでの初登板へ置き換わっただけだった。
着替えを終えてグラウンドへ出ると、すでに選手たちが練習を始めていた。それまで対戦相手として見ていた顔も、その中に混じっている。監督やコーチ、これからバッテリーを組む捕手と順に握手を交わし、簡単な歓迎の言葉をかけられた。
真英には、まだ自分がシアトルの選手になったという実感がなかった。それでも次の登板までは、もう二日しかない。戸惑っている間にも、新しいチームでの準備は始まっていた。
▼
「いやー、ソコたんの移籍リクエストしといてよかったわぁ」
「そうなんだ」
「んなわけあるかい!」
柏田は相変わらずマイペースだったが、真英は、ポストシーズン進出を争う強豪球団の雰囲気を肌で感じていた。カンザスシティにも勝利を諦めている選手はいなかったが、シアトルでは一試合の重みが違った。
選手たちは練習の合間にも前日の試合や残り日程について話している。まだ八月に入ったばかりだというのに、すでに十月を意識していることが、英語をすべて聞き取れない真英にも伝わってきた。
その自信を支えているのが、切れ目のない打線だ。一番のフリオ・ドミンゲスは俊足の中堅手で、塁に出れば積極的に次の塁を狙う。二番には柏田が入り、出塁するだけでなく長打も打てる二人が、序盤から相手バッテリーへ重圧をかける。
三番のカール・ローズは正捕手でありながら打線の中心でもあり、その後ろにはデ・ラ・ロサをはじめとする長距離打者が並ぶ。中軸を切り抜けても、下位打線に入ったからといって気を抜くことはできない。真英が対戦した試合でも、一つの失投がそのまま長打になりかねない打者が、九番まで続いていた。
打つだけのチームでもなかった。柏田が守る遊撃はもちろん、台湾出身のワン・イーシェンも複数のポジションを高い水準でこなす。現在は二塁に入ることが多いが、遊撃や三塁だけでなく外野も守ることができ、相手投手や故障者に合わせて起用法を変えられる選手だった。中堅には守備範囲の広いドミンゲスがおり、打球を前へ飛ばさせてアウトを重ねる真英にとって、これほど心強い守備陣はない。
対戦していたときには、ただ厄介な打線だと思っていた。今度は、その打者たちが真英のために点を取り、その守備陣が背後を守ってくれる。カンザスシティで求められていたのは、試合を壊さず、できるだけ長く投げることだった。シアトルでも、その役割そのものは変わらない。ただし、ここでは七回まで試合を作れば、その先に勝利だけでなく、ポストシーズンが待っている。
真英は練習を続ける選手たちを眺めながら、自分がこのチームへ呼ばれた意味を、少しずつ理解し始めていた。そして練習のあと、真英は通訳とともに監督のグリフィンへ挨拶した。
グリフィンは帽子を後ろ前にかぶり、打撃練習を終えた選手たちをベンチ脇から眺めていた。真英に気づくと、白い歯を見せて笑い、大きな手を差し出した。
「ようこそ、シアトルへ」
「ありがとうございます」
「次は二日後だ。カンザスシティでやっていたことを、そのままやってくれればいい」
「はい」
「後ろはこいつらに任せろ。よく守るぞ」
グリフィンがグラウンドへ目を向けると、柏田とワンがノックを受けていた。このアジア人コンビは、『パシフィック・ウォール』と称される鉄壁の二遊間を築いていた。
「十月まで投げよう」
そう言って、グリフィンは真英の肩を軽く叩いた。
▼
シアトルでの滑り出しは、順調とは言い切れなかった。
移籍直後の数試合では、真英が終盤に走者を背負うと、グリフィンは早めに救援投手を送った。ポストシーズン争いの最中にいるチームには、一つの失点も惜しかったのだ。
七回途中まで二失点に抑えながら、走者を二人残して降板し、その両方を帰された試合もあった。真英自身が打たれたわけではなくても、残した走者の失点は真英の自責点となり、防御率はカンザスシティにいた頃より少しずつ悪くなった。
それでも、投球そのものが崩れたわけではない。新しい捕手との意思疎通に慣れ、柏田とワンの二遊間や、外野のドミンゲスら守備陣が、真英と対戦する打者の打球傾向を掴むにつれて、安定して試合の後半まで投げるようになった。グリフィンも、真英が走者を背負ったからといって、簡単に崩れる投手ではないと、データだけでなく感覚でも理解していった。
やがて七回に走者を出しても交代を告げられなくなり、八回のマウンドを任される試合も増えた。打たれて失点することはあっても、そこで踏みとどまり、試合を壊さずに次のアウトを重ねていく。その投球を続けるうちに、シアトルでの真英の役割も固まっていった。
それは、結果にも反映されていった。カンザスシティでは七回二失点でも勝敗がつかなかった試合が、シアトルでは白星になった。真英が先に失点しても打線が追いつき、リードして降板すれば救援陣が残りのアウトを引き受ける。以前なら勝利を逃していたような内容でも、シアトルでは勝利投手として試合を終えることが増えていった。
真英が別人のように強くなったわけではない。これまでと同じように試合を作り、できるだけ長く投げているだけだった。ただ、その投球を勝利へ結びつけられるだけの力が、このチームにはあった。
シーズンが終盤へ入ると、ワイルドカード争いも佳境に突入していた。既にア西地区ではヒューストンが地区優勝を決めており、シアトルがポストシーズンへ滑り込むには、ワイルドカードにかけるしかない状態だった。
連勝して一歩抜け出したかと思えば、直接対決で敗れて差を詰められる。クラブハウスのモニターには競合球団の試合が映され、自分たちの試合が終わったあとも、選手たちは他球場の結果を見守った。
真英も先発ローテーションを守り続けた。移籍後は最終的に13試合に先発し、7勝2敗、防御率3.60。投球内容はそれまでと大きく変わらないまま、勝敗だけが見違えるように好転していた。
その13度目の先発は、シアトルのワイルドカード進出を懸けた試合だった。勝てば進出が決まる。敗れれば、最後まで競合球団の結果を待たなければならない。真英は初回に一点を失ったが、その後は時折カットボールで三振を奪いながら、味方の守備にも助けられ、凡打の山を築いた。
打線は中盤に逆転した。9番のワンがバントヒットで出塁すると、ドミンゲスと柏田の連続ヒットで同点に追いつく。そして続くローズの長打で、ランナーが二人ホームに生還した。一挙3点を奪い逆転。シアトルは3対1とリードを奪った。
8回を終えた時点で、真英の球数は100球を超えていた。九回の守備を前にブルペンでは抑え投手が準備を始めていたが、グリフィンは交代を告げなかった。
「最後まで行けるか?」
「はい」
それだけを確かめると、グリフィンは真英を九回のマウンドへ送り出した。
先頭打者を内野ゴロに打ち取ったあと、続く打者に安打を許した。次の打者には粘られ、フルカウントから決め球のカットボールを見送られ、四球を与えてしまう。2点差の九回、一死一、二塁。移籍直後なら、ここで交代を告げられていただろう。
ブルペンの扉は閉じたままだった。そこでローズがタイムを取り、マウンドへ歩み寄った。内野手たちもその周囲に集まる。
「ソコたん、頼んだでぇ」
柏田が真英の背中をグラブで軽く叩いた。それで、知らず知らず肩に入っていた力が抜けたようだった。守備陣がそれぞれの位置へ戻ると、真英は再びプレートに足をかけた。ローズのサインにうなずき、カットボールを低めへ投じる。
打者が引っかけた打球は、二塁手のワンへ転がった。ワンから柏田へ、そして一塁へと流れるようにボールが渡り、ダブルプレーが成立した。直後、試合終了を告げる歓声が球場を満たし、ベンチから選手たちが一斉に飛び出した。真英はマウンドを降りる間もなく仲間たちに囲まれた。
シアトルは、ワイルドカード進出を決めた。三戦二勝制のワイルドカード・シリーズを勝ち抜けば、次はディビジョン・シリーズ。十月の戦いはここから始まる。
春にはメジャーのマウンドへ立てるかどうかも分からず、二か月前までは地区四位のカンザスシティで投げていた。それが今では、九回を投げ切り、ポストシーズン進出を決めたチームの輪の中心にいる。真英は完投勝利で、初めてポストシーズンのマウンドに立つ権利を手に入れた。
そこのおまえの成績wwwwwwww
[名無しの代走]
14勝9敗 防御率3.40
2 4 8 . 2 回
[名無しの代走]
ファッ!?
[名無しの代走]
おかしなことやっとる
[名無しの代走]
一昔前の選手かな?
[名無しの代走]
2位が195回なんですが・・・
[名無しの代走]
グリフィン「俺の時代はこんくらい投げてたから」
[名無しの代走]
>グリフィン「俺の時代はこんくらい投げてたから」
まあ…あんたほどの人が言うなら…
[名無しの代走]
地味に初めてのシーズン勝ち越し
[名無しの代走]
そこのおまえ「僕自身、神奈川を出る喜びはあった」
[名無しの代走]
よかおめ
[名無しの代走]
グリフィン「構わん。いけ」
そこのおまえ「はい」
[名無しの代走]
>グリフィン「構わん。いけ」
>そこのおまえ「はい」
なっちまったな・・・そこのおまえ中毒に・・・
[名無しの代走]
《そこのおまえ錠70》
効能・効果:先発投手のイニング不足、ブルペンの疲労軽減
用法・用量:中4日ごとに1回、6~7イニングを目安に使用してください
そこのおまえは用法用量を守って正しくお使いください
[名無しの代走]
>そこのおまえは用法用量を守って正しくお使いください
守れてませんよね・・・?
[名無しの代走]
んほぉ~やめらんねえよぉ~
[名無しの代走]
おまえ
ポストシーズン全部投げろ
[名無しの代走]
>おまえ
>ポストシーズン全部投げろ
え!?連投して完投を!?
[名無しの代走]
>え!?連投して完投を!?
できらぁ!
[名無しの代走]
おまえなら本当にやりそうで困る