日本シリーズが終了し、シーズンは幕を閉じた。その翌日、真英は海外FA権を行使した。
記者会見は開かず、球団広報を通じてファンへのメッセージを送るに留めた。そしてそれは、真英らしい、簡素なものだった。
『プロ入りしてから九年間、ブルーウェーブズの選手として投げさせていただきました。ここまで野球を続けてこられたのは、支えてくださった球団関係者の皆さんと、どんなときも応援してくださったファンの皆さんのおかげです。
海外FA権を行使することについては、家族とも何度も話し合いました。自分が海外でどこまで通用するのか、一度挑戦してみたいという気持ちが強くなり、この決断に至りました。
まだ移籍先が決まったわけではありません。厳しい挑戦になることも分かっています。それでも、後悔しないために行ってきます。
九年間、本当にありがとうございました』
球団に対する不満も、編成本部長の発言についても、一言も触れていなかった。残留交渉を打ち切ったとも、国内他球団への移籍を考えていないとも書かれていない。それでも、文章を読んだ者の多くは理解した。
底ノ尾真英は、ブルーウェーブズを出ていく。制度上は国内球団への移籍も可能だったが、本人の気持ちは最初から海外へ向いていた。編成本部長による発言が報じられて以来、日本の別球団で投げることには、どうしても気持ちが動かなかった。
だからといって、ほかの選択肢を見ずに行き先を決めたわけではない。交渉を担当する小春のもとには、国内外からいくつかの話が届いた。国内では三球団が獲得に関心を示し、複数年契約を提示してきた。年俸総額はいずれも古巣の提示を上回り、先発ローテーションでの起用を前提とした
真英の実績を考えれば、当然ともいえる内容だ。九年間にわたり、大きな故障もなく先発を続けてきた。圧倒的な成績を残した年はなくとも、毎年一定の投球回を消化し、防御率も三点台で安定している。計算できる投手として欲しがる球団はあった。
一方で、海外からの評価は厳しかった。関心を示してきたのは、地区下位に沈む複数のチームのみ。それもメジャー契約ではなく、春のキャンプへの招待が付いたマイナー契約である。先発起用の保証はなく、最悪の場合、開幕を待たずに契約を解除される可能性もあった。
小春はそれぞれの条件をパソコンの画面に並べた。メジャー球団からのものは、日本語に直してある。英文の条件書には、小春が付けた日本語の注釈が並んでいた。
「国内は東京と北九州、神戸ね。どこも条件に大きな差はない」
そう言ってから、海外球団の条件へ指を移す。
「海外からもいくつかオファーがあったけど、マイナー契約よ」
真英は資料へ目を落とした。
国内球団の提示には、これまで積み上げてきた実績への評価が数字となって表れていた。反対に、海外から届いたオファーには、彼がこれから能力を証明しなければならないことが示されている。安定を捨て、挑戦する立場になって、真英の心にはやる気が沸々と湧いてきている。
――やってやろう。
海外からのオファーを見比べる。アナハイム、ラスベガス、コロラド、そしてカンザスシティ。MLBファンの父親のお陰で、どこも馴染みのあるチームだった。その中でも真英の目を引いたのは、カンザスシティからのオファーだった。
「ここは?」
「金額は大きく変わらないけど、受け入れ態勢はここが一番整っていると思う」
細かいところであるが、カンザスシティが用意したプレゼン資料は担当者の熱意が伝わってくるような内容に思えた。海外初挑戦の真英に配慮して、通訳の手配を球団が行うなどといった、待遇面の条件も整えられている。
「……実は、向こうの
「へ~そうなんだ」
真英は気の抜けたような返事をしたが、編成の責任者が直接連絡をくれるというのは、球団側の熱意の表れでもあろう。他球団が『メジャーでも使えたらラッキー』と思っているように見えるところを、ここだけは考え方が違うようだ。それくらいの温度感の差があった。
給料面で見た場合、そこまで高く評価されているわけではないが、それは実績がないから当然だ。しかし挑戦する価値はある。挑戦して、自分を証明する。真英は心なしか頬を紅潮させた。
「面談もしたいって言ってくれてるわ。どうする?」
「いいね、ここにする」
「向こうで一度面談してから決めよう?」
「あ、ごめん」
先走る真英を、小春は引き止めた。
その後、二人は本格的な交渉のために渡米した。米国には、ウインターミーティングというイベントがある。メジャーリーグやマイナーリーグの関係者が一堂に会し、選手の去就などを直接話し合うのだ。その年のウインターミーティングは、テネシー州のナッシュビルで開かれていた。
この機会に合わせ、小春は真英に関心を示している球団との面談をいくつか組んでいた。面談は、会場となっているホテルの一室で行われた。球団によって出席者は異なり、編成担当者だけが現れるところもあれば、GMや監督まで顔をそろえるところもあった。
どの球団も真英の丈夫さと投球回を評価していた。しかし、話を聞いているうちに、その評価の中身には少しずつ違いがあることが分かってきた。左の中継ぎとして、長いイニングを任せる起用法を考えているという球団。先発陣に故障者が出た場合の備えとして考えている球団。まずはマイナーで投げさせ、通用するようなら昇格させたいという球団。
どこも通訳を介しているとはいえ、誠意のある言葉だと思われた。それが現実的な真英への評価と言えるだろう。真英には、自分が空いている枠へ収まりそうだから声をかけられているようにも感じられた。
カンザスシティとの面談は、その日の最後に組まれていた。同席したのは、真英と小春、通訳のほか、球団側からは編成部門最高責任者とGM、それから監督の姿もあった。
編成部門の二人はエリートといった風貌だが、監督はいかにもオールドスクールな見た目のお爺さんだった。真英が幼少期にテレビでよく見ていたMLBの監督は、こういうタイプが多かったように思う。
自己紹介のあと、球団側のプレゼンに移った。
正面のモニターに映し出されたのは、真英の年度別成績だった。登板数や投球回だけでなく、一試合あたりの平均投球回、球数が百球を超えてからの失点率、走者を背負った場面での成績など、真英自身も見たことのない数字まで並んでいる。
編成部門最高責任者はまず、真英を先発投手として獲得したいと明言した。開幕からローテーションに入れると保証することはできない。キャンプでメジャーの打者やボールに適応できることを示す必要はある。それでも、先発陣に故障者が出た場合の備えや、長いイニングを任せられる中継ぎとして呼んだのではない。最初から先発ローテーションの候補として考えているのだという。
長年にわたって大きな故障をせず、多くのイニングを投げてきた点は、もちろん高く評価されていた。しかし、彼らが見ていたのは数字だけではなかった。真英は常にセットポジションから投げるため、走者が出てもフォームがほとんど変わらない。クイックも速く、牽制を織り交ぜながら走者を一塁へ縛りつける技術もある。球数が増えた場面でも制球を大きく崩さず、その日の調子に応じて打者との勝負の仕方を変えられる。
モニターには、真英の登板映像が次々に映し出された。球団側が、真英のことをよく調査している証だった。
「我々は、あなたを単に丈夫な投手だとは考えていません」
通訳を介し、GMの言葉が伝えられた。
「あなたは試合を進める技術を持っています。走者を管理し、守備を使い、少ない球数でアウトを重ねる方法を知っている。環境が変わっても、その技術には価値があると考えています」
球団側にとって、それはチーム編成とも相性のよい能力だった。昨季のカンザスシティは、複数の守備指標でリーグ上位の数字を残しているという。その理由は、本拠地の特性に合わせた選手編成にあった。
カンザスシティの球場は外野が広い。フェンスまでの距離があるため本塁打は出にくいが、そのぶん外野に飛んだ打球がヒットや長打になりやすい。打球を前へ飛ばさせる投手にとって有利な球場である一方、後ろを守る野手の力が足りなければ、その利点は簡単に裏返ってしまう。だからこそ、球団は守備を重視していた。広い外野をカバーできる俊足の外野手が揃っているという。
派手に三振を奪わなくても、打者の芯を外し、守備範囲内へ打たせられる投手なら、野手がアウトにしてくれる。真英の投球スタイルを生かせるだけの守備を用意できることも、彼らが訴える材料の一つだった。
ここまでほとんど発言していなかった監督が、そこで身を乗り出した。日に焼けた顔に白い口ひげを蓄えた老人で、データを並べて説明する二人とは、いかにも種類が違って見える。監督は手元の資料には目を落とさず、真英をまっすぐ見ながら話し始めた。
「映像で見たが、私はキミのピッチングスタイルが好きだ」
通訳の言葉を聞き、真英は小さく目を瞬いた。
「試合を急がず、しかし無駄に長引かせない。走者が出ても慌てず、ストライクを投げて守備に仕事をさせる。それでいて、必要なときには自分でアウトを取りにいく」
監督は一度うなずくと、懐かしい選手の姿を思い浮かべるように目を細めた。
「マーク・バレリーを見ているような感じだ」
真英は、その名前を知っていた。剛速球や派手な変化球で打者を圧倒する投手ではない。それでも毎年のようにマウンドへ上がり、テンポよくアウトを重ね、長いイニングを投げ続けた左腕だった。メジャーで200勝を上げた投手だ。そんな彼と比較されたことに、真英は心をくすぐられた。
「もちろん、キミはバレリーではない。彼の真似をしてほしいわけではない」
監督はそう断ったうえで、口元をわずかに緩めた。
「だが、キミも自分の投球で試合に勝てる投手だと、私は思っている」
その言葉は、先ほどまで示されていたどの数字よりも、真英の胸へ素直に入ってきた。好条件を約束されたわけではない。先発の座が保証されたわけでもなかった。それでも、自分が日本で積み重ねてきたものを、この球団は不足を補うための便利な能力ではなく、メジャーで戦うための武器として見てくれていた。
面談を終えた頃には、真英の気持ちはカンザスシティへの移籍に傾いていた。相手方三人としっかり握手をして、滞在先のホテルへ戻った真英は、それを小春に伝えた。
「カンザスシティにするのね?」
「うん。やれる気がする」
明確な根拠はなかったが、話していて一番心躍ったのはカンザスシティだった。
「分かった。先方には受諾すると返事をするわ」
「これで決まり?」
「まだ基本合意。
九年間、大きな故障なく投げてきたとはいえ、肩や肘の状態を球団側があらためて確認するのは当然のことだ。ただ、アメリカの最先端設備で隅々まで調べられた結果、「あなたの肘の寿命はあと一年です」と、本人すら知らなかった事実を告げられるのではないか。真英はそんなアホらしい心配をしていた。
「心配しなくてもそんなことにはならないって。それより、まさくんは検査で余計なことを言わないように」
「?」
真英はきょとんとした。
「聞かれてもいないのに、昔の痛みを思い出して話し始めるとか、そういうの」
「痛かったところなんてないよ」
「知ってるけど、念のためね」
それから二人はナッシュビルを発ち、空路でミズーリ州のカンザスシティへ向かった。到着後、真英は球団施設で身体検査を受けた。血液検査や心電図だけでなく、肩や肘の画像を撮られ、関節の可動域や筋力まで細かく調べられた。日本で何年投げたかよりも、その身体がこれから何年投げられるかを見極められているようだった。
「カンザスシティなのに、カンザス州じゃなくてミズーリ州なんだね」
だが真英はマイペースだった。そんな、どうでもいいことを小春と話していた。
「実はカンザスにも跨ってるんだけどね。ミズーリ側のほうが大きいらしいわよ」
「そうなんだ」
雑談しながら待っていると、結果が出た。検査結果に問題はなかった。チームドクターが『パーフェクトボディ』と言っていたのを、真英は拙いリスニング能力ながらも聞き取った。
翌日、真英は小春が確認した正式な契約書へ署名した。署名を終えた真英に小春は言った。
「まさくんならできる」
「頑張るよ、小春ちゃん」
真英は契約書に書かれた自分の名前を眺め、小さく頷いた。
【速報】そこのおまえ、カンザスシティとマイナー契約
[名無しの代走]
神奈川ブルーウェーブズから海外FA権を行使していた底ノ尾真英投手(27)が、カンザスシティとマイナー契約を結んだことが分かった。球団が現地時間7日に発表した。契約は一年で、メジャーの春季キャンプに招待選手として参加する。
底ノ尾は高卒ドラフト七位で神奈川に入団。ルーキーイヤーの途中から先発に定着すると、以降は大きな故障もなくローテーションを守り続けた。今季は25試合に登板して11勝12敗、防御率3・05。プロ九年間で通算79勝103敗、防御率3・21を記録している。
カンザスシティのジョンソンGMは球団を通じて「真英は先発投手として試合を作る方法を知っている。日本で長年ローテーションを守ってきた経験は、我々のチームにとって大きな価値がある」とコメントした。
底ノ尾は「まずはキャンプで結果を残して、メジャーのマウンドに立てるように頑張ります」と決意を語った。
神奈川は残留を要請していたが、底ノ尾は海外での挑戦を選択した。カンザスシティでは春季キャンプからメジャー昇格を争う。
[名無しの代走]
はい
[名無しの代走]
さよならそこのおまえ
今までありがとう
[名無しの代走]
ああああああああああああああ!
[名無しの代走]
決まったか…国内に行かれるよりはまだ納得できるわ
[名無しの代走]
単年マイナーか
一年で戻ってきそう
[名無しの代走]
カンザスシティかぁ
[名無しの代走]
ジャガーズ、怒りの撤退
[名無しの代走]
>ジャガーズ、怒りの撤退
いつものw
[名無しの代走]
本部長「ほげええええええ」
[名無しの代走]
どんなチーム?
[名無しの代走]
>どんなチーム?
去年のア中地区4位(5チーム中)
守備はいいけど打撃はそんなに・・・かな
[名無しの代走]
>>どんなチーム?
>去年の中地区4位(5チーム中)
>守備はいいけど打撃はそんなに・・・かな
うーんこの
[名無しの代走]
しらべてみたら監督ロブ・ビアードやんけ
うわなつかし
[名無しの代走]
ビアードって昔神戸に一瞬いた外人?
[名無しの代走]
>ビアードって昔神戸に一瞬いた外人?
せや
アダム・ドンみたいな感じ
まあ大して活躍せずにすぐ怪我して帰ったんやけどな
[名無しの代走]
草
なんでそんなのがスモールベースボールしてんねんw
[名無しの代走]
成績みたけどピッチャーも結構いいな
[名無しの代走]
そこのおまえ「寿司を用意しておけよ」
[名無しの代走]
>そこのおまえ「寿司を用意しておけよ」
エラーして寿司を握らされるメジャーリーガー想像してダメだった
[名無しの代走]
ある程度活躍してコンテンダーに移籍できたら御の字よ
日本編・完
アメリカ編へ続く