クリスちゃんの襲撃から事態は進行した。まずこっちで痛かったのは翼が絶唱の反動で戦線離脱が余儀なくされた。
「ごめん翼……僕が背負えれば……」
翼はそんな僕の頬に手を添えて答えた。
「良いのよ詩音……私は覚悟してたの。でも命を捨てるつもりは無かったわ。奏を残して死ぬわけにはいかないもの……」
「分かってるなら責められない。その言葉は卑怯だよ翼……」
翼の戦線離脱は痛い。そして追い打ちをかけるように報告が続く。
「俺達の後ろ盾だった防衛大臣が襲撃されて暗殺された。了子君が向かってた筈ですが……」
「そうなのよ……連中は自分達に繋がる情報だけを確保して速やかに撤収して退却してたのよ……」
「おかげで最後の命令までは判明した。しかし……」
「その任務は中々に厄介なのよね……」
司令の説明を受けてデュランダルを永田町まで護送する事になったが、防衛大臣暗殺とデュランダル護送の動機や経緯が若干原作と異なる。何処までフィーネとして介入してるのか読めない……
「考えても仕方無いか」
◆◆◆
そして現在は夜明け前の湾岸エリア。巨大な化学プラントが立ち並ぶ工業地帯は、静まり返った金属とパイプの密林だった。無数に走る高圧蒸気パイプの隙間から、プシューと低い吹き出し音が漏れ出す。暗雲に覆われた月光の下、二課の通信機から聞こえるのはノイズの接近を告げる無機質なアラート音だけだった。
「響ちゃん……集中して。前を見るんだ」
確実に来るのが分かるクリスちゃんに備えてアロンダイトを構える僕の声に、響ちゃんはビクッと肩を揺らした。その顔には色がなかった。数日前、目の前で風鳴翼が『絶唱』を放ち、血を吐いて倒れた光景が、今も彼女の脳裏に焼き付いて離れない。
「でも……翼さん、私たちを庇ってあんなことに……。私、また何もできなくて……っ」
「後悔なら後でいくらでも出来る。今は生き残ることだけを考えれば良い。いや……そもそもこの戦いから退いても構わない」
響の動きの硬さは覆ようもないからこそ僕は言葉短くに吐き捨てた。
「…………翼さんの分まで詩音さんを守ります!」
「よく言ったよ。今はそれだけで良いからね!」
僕達の頭上、コンテナの影から、禍々しい赤と黒の波長が爆ぜた。
「ハッ、防人が潰れて意気消沈かよ! 二課のヒヨッコどもがッ!」
甲高い嘲笑とともに降臨したのは、既にネフシュタンの鎧を纏った雪音クリスだった。
彼女の手にあるソロモンの杖が怪しく光ると、プラントの暗がりから無数のノイズが湧き出し、コンテナ街の入り組んだ地形を利用して二人を強引に分断した。
「詩音さん!?」
「くっ……響ちゃん、そっちへ行くな——!」
クリスの狙いは最初から動きの鈍い響だった。高所のキャットウォークへと跳び上がったクリスは、ネフシュタンの背から無数の触手を展開し、逃げ場のないプラントの路地へ追い詰められた響に向かって、容赦のない光球群の広域照射を解き放った。
「邪魔なんだよ、消えろぉぉッ!!」
紅蓮の光弾と蛇腹状の鞭が、集束された殺意となって響へ降り注ぐ。
直撃すれば、シンフォギアの装甲ごと肉体を肉塵に変える絶対の暴力。響は足が竦み、腕を交差させて目を瞑ることしかできなかった。
「響ちゃん——ッ!!」
——ドカァァァァンッ!!
激しい打撃音と、爆風。
しかし、届くはずの衝撃は来なかった。代わりに響の顔に降りかかったのは、生温かく、鉄の臭いがする真っ赤な液体だった。
「……え……?」
響が目を開ける。目の前に立っていたのは、詩音だった。
「櫻井先生がデュランダルを持ってる。あの人を早く逃がすんだ!」
詩音の腹部はネフシュタンの太い触手に深く穿たれ、両腕は弾幕の直撃を受けてひしゃげ、右肩から先の肉が大きく抉れ飛んでいた。首元の黒タートルネックが、一瞬で赤黒い血で濡れ広がる。
「し……詩音さん……? 詩音さぁぁぁんっ!?」
「が……っ、カハッ……! 退がって……響ちゃん……っ!」
口から大量の血を吹き出しながら、詩音は崩れ落ちる膝を意地で踏みとどめた。
高所でそれを見下ろしていたクリスが、冷酷に鼻を鳴らす。
「ハンっ、また身代わりかよ! 馬鹿なヤツ……腹をぶち抜かれて即死しねぇだけ儲けものだ、そのまま死んでな!」
クリスが引き金を引こうとした、その時だった。
**メリメリ……ッ! ゴリ、ゴキ、ミリミリミリッ……!! **
夜の工業地帯に、到底人間から発せられるはずのない不気味な骨肉の破壊と再構築の音が響き渡った。
「ぐ……があぁぁぁぁぁぁッ!!」
僕の喉から、激痛に耐えかねた悲痛な絶叫が絞り出される。
アロンダイトの強引な肉体結合が始まり、さらにその胸元——心臓の直上から、ネフシュタンの赤黒い光を掻き消すほど清烈な、**黄金と聖なる青の光芒**が爆ぜた。
「今更……いや、共鳴してるって……言いたいのか……?」
埋め込まれた聖遺物『アヴァロン』の絶対治癒。
穿たれた腹部の巨大な穴が、肉芽を爆発的に増殖させて強引に塞がっていく。ひしゃげた両腕の骨がバキバキと音を立てて接合し、抉れ飛んだ肩の肉がメリメリと復元されていく。
「な……なんなんだよ……なんなんだよ、それ……!?」
クリスちゃんの顔から余裕が消えた。
翼が絶唱して付けた心の傷がまだ癒えきっていないのかと考えたが違った。僕だ……胸をぶち抜かれ、死ぬほどの激痛に顔を歪めて叫びながら——傷口を一瞬で塞ぎ、何事もなかったかのように立ち上がる男。
「なんで……なんでお前、死なねぇんだよ……!? 化け物かよッお前!!」
クリスちゃんの声に、明確な恐怖と生理的嫌悪が混じる。
「助けないといけない人間がまだいるから。それに……会いたい家族がいるから……かな?」
僕は血に濡れた顔を上げ、修復されたばかりの手でアロンダイトを握り直した。その瞳には、痛みに対する恐怖も、己の命への執着すらもない。ただ「死ねない」という事実を受け入れた冷ややかな狂気だけが宿っていた。
「死ねないんだよ……僕は……っ」
僕は掠れた声で呟き、脚の骨を軋ませながら、再びクリスに向かって一歩を踏み出した。
「そうだ私……」
共鳴しているのは僕1人じゃない。
「嫌だ……なんなんだよ、お前らは……ッ!!」
目の前の凄惨な光景に、響の精神のタガが完全に弾け飛んだ。
「お兄ちゃんを……お兄ちゃんを傷つけるなぁぁぁぁっ!!」
**ガァァァァンッ!! **
「響ちゃんのフォニックゲインにデュランダルが反応してる……?」
櫻井了子は自身が抱える聖遺物の変化を感じ取る。
響の胸元から放たれたフォニックゲインが爆発的に跳ね上がった。
狂信と激しい自責に突き動かされた響のガングニールが、異様な圧力を撒き散らしながらクリスへ向かって跳躍する。
「チッ……来んじゃねぇ!」
クリスちゃんが焦りで照準を乱しながら光球を放つがその瞬間僕のアロンダイトが振り下ろされて阻まれる。
「おいおいなんだよ融合症例……暴走でもしてんのか……?」
ターゲットはクリスではない。僕の頭上を走る、高圧化学プラントの太い蒸気パイプラインだった。
**ドカァァァンッ!! **
切断されたパイプから、数百度の高温白煙が爆風とともに吹き出した。一瞬にして視界を奪う白い霧。
「なっ……前が見えねぇ!?」
視界を封じられたクリスちゃんの耳に聞こえるのは、白煙を切り裂いて迫る響の鬼気迫る足音と、**「メリメリ」と音を立てながら一歩一歩確実に近づいてくる僕の足音**だった。
「はっ……融合症例ってのは結局化け物ってことかよ」
どれだけ傷つけても死なず、激痛を噛み殺して追ってくる不死の盾。
そして、その男を守るために怪物のような適合率で肉薄してくる少女。
「くっ……あぁぁぁっ! 気味が悪いんだよ、お前らはぁぁッ!!」
翼の絶唱によって負ったトラウマが、激しい焦燥とともにズキリと痛む。これ以上この二人と戦うのは危険すぎる——理性が本能的に悲鳴を上げた。
「冗談じゃねぇ……付き合っていられるか!」
クリスはソロモンの杖を振り回してノイズの壁を作り出すと、白煙の奥へ逃げ込むようにして、命からがら撤退の跳躍を行ったのだった。
◆◆◆
吹き出す蒸気の中、静けさが戻った。原作で振るわれたデュランダルは顕現していない。でも櫻井先生の話だとデュランダルは僕と響のフォニックゲインに当てられて覚醒していたらしい。やはり僕の介入の影響が大きくなってきているのか……?
「……はぁ、……ふぅ……」
アロンダイトを地面に突き立て、僕は膝をついた。アヴァロンによって傷は完全に塞がっている。だが、激痛の記憶と、命を削られた疲弊は重く肉体に残っていた。
「詩音さん……! 詩音さんっ!!」
響が駆け寄り、血まみれの詩音の身体を抱きしめる。その腕には、二度と離さないと言わんばかりの激しい力が込められていた。
「よかった……生きている……よかった……っ」
泣きじゃくる響。だが、その瞳の奥には、これまでになかった暗く歪んだ「確信」が芽生えていた。
(詩音さんは……私を庇って、私を守るために、こんな激痛を味わってる。死なない体になっても……詩音さんは、放っておいたらどこまでも傷ついていっちゃう……)
「詩音さん……もう戦わないで」
響は詩音の胸、アヴァロンが眠る傷痕に顔を埋め、震える声で囁いた。
「お願いです……私が強くなりますから。私が全部ノイズを倒します……。詩音さんは、やっぱり二課のお部屋から出ないでください……」
自分が庇ったはずの少女の腕の中で、僕はただ呆然と天井の暗闇を見上げるしかなかった。
アヴァロンという死ねない呪いを刻まれた自分の周りに、また一つ、逃げ場のない「優しさという名の監禁網」が硬く施錠されたことを悟りながら。
Q デュランダル使わないの?
A 取り出すまでもなく2人のフォニックゲインと共鳴しちゃいました。
Q 響暴走してないよ?
A 既にヤンデレ化してるので……
この辺りは先に補足させていただきます。
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