工業地帯での激闘から数日。立花響の胸に深く刻み込まれたのは、戦いへの恐怖ではなく、重く冷たい決意だった。
死なない身体を持ちながら、骨を折り、肉を裂く激痛に叫び声を上げ、血まみれになりながら自分を庇い続けた櫻羽詩音。その胸で脈打つ『アヴァロン』の惨烈な記憶が、響の心を絶えず揺さぶり続ける。
(もう、お兄さんに血を吐かせない。私を庇わせない。……私が強くなって、全部のノイズを叩き潰すんだ)
立花響はデュランダル護送作戦の後から自身の非力と未熟を呪った。そんな時に詩音が教えてくれた【風鳴弦十郎との特訓】という打開策は響にとっては渡りに船だった。しかしそれは日常からかけ離れていく事も同義だ。
「大丈夫ですよ詩音さん……私が守ってあげるんです。ノイズからも……あの娘からも」……
それは共に手を取り合って戦うという爽やかな誓いではない。彼を傷つけさせないために自分がすべての暴力を引き受けるという、狂気的なまでの保護欲と依存から生まれた歪んだ覚悟。その歪みが、ガングニールのフォニックゲインを不自然なまでに跳ね上げていた。
◆◆◆
私立リディアン音楽院の裏手に続く、静まり返った木漏れ日の並木道。黒のタートルネックで首元から胴体の重厚な包帯を覆い隠した僕は、静かに佇んでいた。その目の前には、刺すような冷たい瞳で自分を射抜く小日向未来の姿があった。
「……何しに来たんですか、詩音さん」
未来ちゃんの声には、一切の温度がなかった。
詩音は自虐的な薄笑いを殺し、薄い胸をかばうように静かに言葉を紡ぐ。
「響ちゃんのことだ。最近の彼女は、自分を追い詰めすぎている。……未来ちゃん、君が響ちゃんのそばにいてやってほしい。君はあいつにとっての『陽だまり』なんだ。君の前にいる時だけ、彼女は普通の女の子に戻れる筈だ」
「……白々しいです」
未来の薄い唇から、小さく、けれど鋭く吐き捨てるような声が漏れた。
「陽だまりだなんて……よく私の前でそんな白々しいことが言えますね。響をそんな危険な戦いに巻き込んで……自分のボロボロの身体を見せて同情を引いて、響を縛り付けているのはあなたじゃないですか!」
未来の瞳に宿るのは、激しい嫌悪と恐怖……そして僕への拒絶だった。自分の知らない世界で、響の隣に立ち、血を吐きながら響の心を侵食していく男。
「お願いですから、響に近づかないでください。あなたみたいな気持ちの悪い不気味な自爆男に、響を狂わせないで……ッ!」
容赦のない拒絶のナイフが、僕の胸を深く穿つ。だが言い返しもしない。自分は狂った人間であり、未来ちゃんの言う通り響ちゃんを歪ませている元凶なのだと、諦めきった眼差しでその言葉を全受容していた。
◆◆◆
「未来……? 詩音さん……? 一体、どうしたの……?」
息を切らして駆け寄った響の目に映ったのは、刺すような緊張感だった。未来ちゃんは激しい拒絶と嫌悪を剥き出しにし、詩音の袖を振り払うように身構えている。一方の詩音は、傷む胸元を包帯越しにかばうように少し背を丸め、未来の鋭い言葉を受け止めたまま、力なく目を伏せていた。
「響、こっちに来て。この人から離れて」
未来がひんやりとした声で響の腕を引き寄せようとする。だが響は、詩音の痛々しい姿から目を離せない。黒タートルネックのすぐ下に眠る『アヴァロン』の激痛、そして自分が無力だったせいで負わせた「死ねない呪い」。
「詩音さん……また、何か言われたんですか……? 私が、私が守りますから……っ」
「違う、響。未来さんは間違ったことは言っていない。俺は——っ!」
言葉を繋ごうとした、その時だった。
**——ドガァァァァンッ!! **
一筋の赤い閃光が静かな並木道を一裂きにし、爆風と激しい金属音が響き渡った。
街路樹がなぎ倒され、アスファルトがめくり上がる。ノイズの姿はない。爆煙の向こうから襲い来たのは、ソロモンの杖を介さず、ただ己の身一つで放たれた純粋な殺意だった。
「ハハッ! 見つけたぜ、二課のヒヨッコども! 仲良くおしゃべりかよッ!?」
完全聖遺物『ネフシュタン』の鎧を全身に纏い、爆煙を打ち払って降り立ったのは雪音クリスだった。その手にはソロモンの杖はなく、あるのは鎧そのものが放つ圧倒的な暴力の波動。腕部の蛇腹刃が不気味に蠢き、ネフシュタンの紅蓮のエネルギーが全方位へ照準を合わせる。
「ネフシュタン……! こんな市街地で!?」
「こんな街中で……! 未来さん、下がれ!」
クリスちゃんが蛇腹刃を一閃させると、高圧の光弾が僕達三人めがけて降り注いだ。ノイズを使わずとも、完全聖遺物そのものの連射力と広域火力が周辺の住宅街まで巻き込みかねない波状攻撃を仕掛けてくる。
「響、行かないで……っ!!」
響が踏み出そうとした瞬間、後ろから未来の手が、狂おしいほどの力で響の袖を固く掴んだ。
「嫌……嫌だよ響! お願いだから戦わないで! 私と一緒に逃げて……ッ!!」
泣き叫ぶ未来の声。しかし、響の脳裏を埋め尽くしたのは、あの工業地帯での惨烈な記憶だった。血を吐き、骨を砕かれながら自分を庇い続けた詩音の姿。
(ダメだ……逃げちゃダメだ。ここでクリスちゃんを引き剥がさなきゃ、未来ちゃんを巻き込んでしまう!)
「手を取り合って」なんて綺麗な覚悟じゃない。大切な人を危険から引き剥がすため、自分がすべてを砕くという暗い狂信。
「……ごめん、未来!」
「響っ——!?」
響は未来の手を振り払った。胸のガングニールの欠片を力任せに打ち鳴らし、狂暴なまでに跳ね上がるフォニックゲインを全身に纏う。橙色の光芒がシンフォギアの装甲へと姿を変えると同時に、響ちゃんはクリスちゃんを未来たちから遠ざけるため、ネフシュタンの弾幕へ突貫した。
「お兄さんに……未来に手を出すなぁぁぁぁっ!!」
「響——ッ!!」
詩音の叫びが響く。アヴァロンの鈍い痛みに胸を軋ませながらも、僕もアロンダイトの蒼刃を叩き起こす。
「本部! ネフシュタンの少女の襲撃です! 現在響ちゃんが市街地から引き剥がしてます! 僕もすぐに追います!」
『こちらもネフシュタンの反応は確認している』
「未来ちゃ……小日向さんが襲撃に居合わせました! 保護をお願いします!」
『わかった!』
響ちゃんの後ろ姿を追って戦火の中へと飛び込んでいった。
◆◆◆
住宅街へ続く空き地へとクリスを引き剥がしながら、立花響の拳が爆ぜた。
**——ガァァァァンッ!! **
「お兄ちゃんに……未来に手を出すなぁぁぁぁっ!!」
我流・撃槍の踏み込みとともに放たれた右拳が、ネフシュタンの蛇腹刃を真っ向から撃砕する。これまでとは明らかに異なる、重く鈍い破壊音。
狂信的な保護欲によってフォニックゲインを爆発させた響の拳は、ネフシュタンの装甲をへこませ、クリスの身体を強引に数十メートル後方へ吹き飛ばした。
「ぐっ……あぁぁぁっ!? なんだよ……この馬鹿力はッ!?」
空中でのけぞりながら、クリスは歯を噛み締めた。ソロモンの杖がない今、盾となるノイズの壁は呼べない。ネフシュタンの火力と再生力だけで二人をねじ伏せるはずだった——しかし、目の前の少女から放たれる圧倒的な威圧感が、クリスの計算を完全に狂わせていた。
「チッ……つけ上がるなよ、ヒヨッコがぁぁッ!!」
クリスは空中姿勢を強引に整え、背部の全砲門を開帳。紅蓮の光弾を雨あられと叩きつけようとする。
だが、その射線を絶ち切るように、一閃の蒼い閃光が横合いから滑り込んだ。
**——ズバッ!! **
「なっ……!?」
『アロンダイト』の真価を解放した僕の斬撃だ。
「なんで……なんでだよ! これまでは余裕で受けれたのにどうして!」
「ようやく……かな。今まではコレとアロンダイトが反発してた。それがようやく馴染んで来て力を引き出せるようになったんだ」
背に負った蒼い光芒が爆発的な推進力を生み、アロンダイトの刃が聖なる波動を帯びて輝く。詩音は胸の『アヴァロン』が撒き散らす焼けるような激痛を吐息とともに噛み殺し、クリスが砲撃を放つ瞬間の「節」——ネフシュタンの装甲の繋ぎ目を、寸分違わず刃で断ち切った。
「ぐぁっ……関節が……!?」
「響ちゃん、右だ!」
「はいッ!!」
隙を晒したクリスに対し、僕と響の呼吸が恐ろしい精度で噛み合う。
詩音のアロンダイトがネフシュタンの胸甲を浅く切り裂いて再生処理を強制させ、その一瞬の隙を突いて響の重拳が腹部へと叩き込まれる。
——ドカァァァンッ!!
「ガハッ……っ!?」
ネフシュタンの超再生権能は確かに働いている。だが、再生が追いつく前に、詩音の鋭利な裁断と響の容赦のない重撃が交互にクリスの肉体を削り取っていく。
「なんなんだよ……なんなんだよコイツらはッ!?」
クリスちゃんの額に、焦りと冷や汗が伝う。ソロモンの杖によるノイズの盾がない状態での挟み撃ち。それ以上にクリスちゃんを戦慄させていたのは、僕達の異質な戦闘理由だった。
「僕も動きやすくなって響ちゃんも実力を付けた。戦力差が出てきてる……分かるだろう?」
「狂ってるんだよお前らは!」
正義感でも、二課の任務でもない。
「お兄ちゃんを絶対に傷つけさせない」という暗い狂信で拳を振るう響と、「自分はどうなってもいいから響に手を出させない」と激痛を無視して刃を研ぎ澄ます詩音。
(不気味なんだよ……! 命を大事にしないどころか、誰かのために自分の命を喜んで投げ捨ててやがる……!)
その姿がクリスちゃんには異常なまでに不気味に映る。
「最悪の気分だ……」
どれほどネフシュタンの針を浴びせても、詩音はアヴァロンの強制修復の音を響かせて前進をやめない。
響の拳は勢いを増し、アロンダイトの蒼刃はネフシュタンの装甲を確実に捉え始めていた。
「くっ……こんな……こんなところで……ッ!!」
二人の怒濤の攻勢の前に、完成聖遺物を纏うクリスは、明確な苦戦と防戦一方の窮地に追い詰められていた。
「こうなりゃヤケだ! 吹き飛ばす! アーマーパージだ!」
「え……っ!」
クリスちゃんがネフシュタンの鎧をパージした。そしてあの詠が紡がれる。
「Killter Ichaival tron」
赤い閃光が迸りギアを形成していく。その姿は【魔弓 イチイバル】のシンフォギアを纏ってその瞳は僕達を見据えていた。
次はイチイバル戦……なんですけどフィーネさんの動きが原作よりも不穏なんですよねぇ…
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