クリスちゃんがイチイバルを解禁した。彼女本来の戦闘スタイル……正直に言えばまだ借り物のネフシュタンの力を振るってる時の方が付け入る隙はあった。でももうその隙は消えた。
「死ねぇっ! 灰も残さず消し飛びなッ!!」
イチイバルの多連装ミサイルが空を埋め尽くし、描かれた条痕が幾重もの赤蓮の弧を描いて降り注ぐ。
直撃の爆風がアスファルトを爆砕し、強烈な硝煙と鉄の臭いが焦土と化した空き地に立ち込めていた。
「がぁぁぁぁぁっ……!!」
爆炎の最前線で、叫びが響き渡る。響ちゃんの前に割って入り、大剣化したアロンダイトの刃を盾代わりに構えた身体を、イチイバルの強化弾頭が次々と穿っていく。
「コレがイチイバル……ネフシュタンなんかよりもよっぽど使いこなしているじゃないか……」
右肩の肉が吹き飛び、左大腿部の骨が砕ける。シンフォギアの装甲すら容易く貫く火力の暴力。だが、その破壊が肉体に達した瞬間——胸の奥深くに埋め込まれた『アヴァロン』が、激しい黄金の脈動を放った。
「そうだよ……あたしにはコレがある! ソロモンもネフシュタンもいらねぇ! お前達を叩きのめすのにイチイバルがあれば充分だ!」
メリメリ……ガキガキガキッ……!!
「ぐ、あぁぁぁぁっ……! カハッ……!」
肉芽が狂暴に増殖し、ひしゃげた骨を強引に噛み合わせる不快な打撃音が静寂を侵食する。
死ぬことすら許されない絶対の治癒。だが、治癒とは痛みを消し去ることではない。肉体が引きちぎられ、それが強引に縫い合わされる激痛のプロセスが、秒単位で詩音の脳子宮を激しく灼いた。
「詩音さん……! 詩音さん、やめて……もうやめてぇぇぇっ!!」
後ろで地面に膝をつく響が、血吐く詩音の背中に向かって悲痛な叫びを上げる。
(自分のせいで。自分が無力で、またお兄ちゃんに庇わせているせいで!)
僕の黒いタートルネックが自身の血で黒く重く染まり、その隙間から覗く肌が『アヴァロン』の光線と修復の異音を撒き散らしている。
「ハハッ! どんだけ肉体を直そうが、限界はあるんだよ! 塞がる前に刻み潰してやるッ!」
樹上からクリスちゃんがガトリングの砲身を真っ赤に加熱させながら追撃の全弾発射を放つ。流石は本来の敵語者……受け続ければアヴァロンの再生速度を凌駕する弾幕の嵐。塞がりかけた腹部の傷口へ、再び数千の弾丸が叩き込まれ僕の身体が激しく揺れ動いた。
「本当に残念だよ……君みたいに優しい娘なら仲良く出来ただろうに……戦うなんて……」
「甘っちょろいぞ融合症例2号! だが……そうだなぁ……あたしの名前でも冥土の土産に教えてやるよ。雪音クリス……テメエを殺す奴の名前だ」
「そっか……クリスちゃんって言うんだね。素敵な名前だ。ご両親からの愛情が注がれてだろうに……どうして悪党の手先に「うるせぇうるせぇうるせぇ! ちょっと名乗ったぐらいで調子に乗ってんじゃねぇ! 」」
何かを誤魔化すように苛烈になる弾丸の雨に僕は呑まれていく。
(また……私を守るために……)
響の視界が、怒りと自責と暗い感情で赤く染まっていく。
「手を取り合って戦う」? そんな生ぬるい言葉は、もうどこにも存在しなかった。
目の前で血を吐き、骨を砕かれながら自分を庇い続ける男。その存在があまりにも尊く、あまりにも儚いからこそ、響の胸の中で芽生えたのは純粋な正義ではなく、「この人を脅かす全てを粉砕する」という暗い狂信だった。
「お兄ちゃんを……」
ガガガガガガガガガァンッ!!
響の胸のガングニールの欠片が、これまでにないほど狂暴なフォニックゲインの重低音を鳴り響かせた。
胸元から溢れ出す橙色の光が、黒煙を吹き飛ばすほどの暴風となって周囲を薙ぎ払う。
「……私の前で……お兄さん……詩音さんを傷つけるなぁぁぁぁぁッ!!」
踏み出した右足が、アスファルトを深く陥没させる。
狂信に突き動かされた響の身体は、イチイバルの放つ弾幕の真っ只中へと、死を恐れることなく突貫した。
「なっ……!? なんだよその出力は……撃ち落としてやらぁッ!」
「翼さんみたいなアームドギアが出せないなら! その分の力を拳に込めれば!」
焦ったクリスがガトリングの射線を響へ集中させる。
だが、弾丸が響のちゃん装甲に接触した瞬間、跳ね上がったフォニックゲインの力場によって軌道が逸れ、砕け散っていく。
「詩音さん私を見ててください……! 私が、全部打ち砕きますからッ!」
迷いの無い動きは洗練されてる。防戦一方だった筈の形勢が響ちゃん優勢に変わっていく。だけどそれは短い間だ。必ずクリスちゃんは反撃に転じる……やっぱり装者は末恐ろしいな……
「響ちゃん……行けッ!!」
激痛に顔を歪ませながらも、僕はアロンダイトを両手で固く握り直した。
アヴァロンが強引に繋ぎ止めた足の骨に激しい痛みが走るが、それを気合いと殺意で踏み殺す。背部の蒼い粒子を爆発的に噴射し、詩音は響の側方へと跳躍した。
「ハアァァァァッ!!」
アロンダイトの清烈な一閃が、イチイバルが放つミサイル群の「射出孔」を正確に横一文字に切り裂く。
誘爆を起こしたミサイルが空中であでやかな大爆発を起こし、クリスの足場と視界を黒煙で完全に覆い隠した。
「くっ……火力が殺された!? どこだ……どこから来る!?」
黒煙の中で全砲門を警戒させるクリス。
その時、煙を強引に切り裂いて跳び出してきたのは——
「はああぁぁぁぁッ!!」
鬼気迫る表情で我流の撃槍を構えた響と、その直後から「メリメリ」と肉体を修復させる気味の悪い音を立てながら迫る詩音の姿だった。
「ひっ……!?」
クリスの背筋に、凍りつくような戦慄が走る。死を恐れず、傷つくことすら気に留めず、ただ自分を叩き潰すためだけに距離を詰めてくる二人。
「だからって……」
イチイバルという絶対的な火力の檻すらも突き破り、距離はついに、響と詩音の「間合い」へと到達しようとしていた。
「調子に乗るんじゃねぇぞ、ヒヨッコどもがぁぁッ!!」
イチイバルの多連装ミサイルとガトリングの全弾発射が、夜の空き地を容赦なく焦土へと変えていく。狂信に任せて突進した響の身体は数千の弾丸と爆風に叩きのめされ、詩音は『アヴァロン』の黄金光を乱反射させながら肉体が削られ、二人とも圧倒的な火力の前に膝をついていた。
「ぐっ……」
高所から二人を見下ろすクリスの口元に、凶暴な勝利の笑みが浮かぶ。
「これで終わりだ……二課のゴミどもがぁぁッ!!」
極大砲身が朱色に加熱され、とどめの一撃が解き放たれようとした——その瞬間。
『千ノ落雷』
夜空を蒼白に切り裂く斬撃が上空から降り注ぎ、クリスの極大砲身へ寸分違わず直撃した。弾け飛ぶ火花の中、舞い降りたのは脚刃を深く地に踏み込ませた風鳴翼。
「遅くなったわね……2人とも、無事かしら?」
血を吐きながら顔を上げる僕と響。翼は二人を背中で庇うように立ち塞がり、冷徹な眼光をクリスへ向けた。
「背後を守るのが防人の務めよ……これ以上の好き勝手は許ないわ!」
「チッ……絶唱でベッドに伏せっておけば良かったものを……邪魔すんじゃねぇぇッ!!」
半壊したガトリングを狂乱のままに振り回すクリス。だが、足並みを揃えた三人の前では、その攻撃すら既に死角でしかなかった。
「立花さん、詩音! 私が射線を切り開く! 合わせろッ!」
「「はいッ!!」」
音速を超える翼の剣技が迫り来るミサイル群を空中ですべて撃ち落とし、確かな一筋の道を作り出す。その道を、アヴァロンの激痛を気合いで押し殺した詩音がアロンダイトを手に疾走する。
「君の装甲の……繋ぎ目はそこだッ!」
アロンダイトの清烈な蒼刃が、イチイバルの砲撃ユニットの関節部を正確に切り裂く。バランスを崩しのけぞるクリスちゃん。そして、完全に無防備となったその胸元へ、狂信のフォニックゲインを爆発させた響ちゃんが跳躍した。
「お兄ちゃんに……みんなに手を出すなぁぁぁぁッ!!」
ドガァァァァァンッ!!
我流・撃槍の重拳がイチイバルとネフシュタンの二重装甲を真っ向から撃砕。激しい衝撃波がクリスの全細胞を駆け巡り、悲鳴とともに身体が瓦礫の山へと叩きつけられた。重火器の装甲が激しいスパークとともに粉々に弾け飛び、大量の吐血とともにクリスは冷たいアスファルトの上へ伏した。
「ハぁ……ハぁ……やった……か……?」
響が肩で呼吸を乱し、詩音の元へ駆け寄ろうとしたその時——戦場の空気が、凍てつくような冷気とともに激しく歪んだ。
——ズズズズズ……ッ
瓦礫の山の上に、禍々しい紫黒の空間の亀裂が生じる。
黒煙を割って姿を現したのは、漆黒のドレスを纏う女性——古の先導者、**フィーネ**。
「……見苦しいね、雪音クリス」
感情の欠片すら存在しない、氷のように冷徹な声が夜の焦土に落ちた。
「フィー……ネ……っ。たす、け……て……」
血の海の中で倒れるクリスが、震える手を必死にフィーネへ伸ばす。だが、フィーネはその手を一瞥することすらなく、冷ややかな眼差しで傷ついたクリスを見下ろした。
「完全聖遺物と魔弓の二重装甲を与えておきながら、この惨状かい。……期待していたが、所詮は拾い集めたゴミの域を出なかったわね」
「そんな……フィーネ……私、まだ……戦え……っ」
縋りつくようなクリスの声を、フィーネは不快そうに切り捨てた。
「黙りなさい。失敗作に弁明の機会など与えない。お前の役割はここで終わりだ」
「な……ッ!?」
クリスの瞳から瞬時に色が失われる。見捨てられたという事実が、全身の痛みを上回る絶望となって少女を苛む。
「ついでに教えてあげるわクリス……貴女の思想では戦いを根絶する事は不可能よ? せいぜい火種を1つ消せた所で2つ3つ火種を生むわ。何なら貴女を殺す為の火種を作る未来なんて簡単に想像出来るわよ?」
フィーネはクリスから完全に興味を失ったように視線を外し、胸元に『アヴァロン』の脈動を宿す詩音、そして狂信のフォニックゲインを撒き散らす響へと冷酷な瞳を向けた。
「壊れた玩具の処理は手間だがまあいいわ。そこの欠陥品……死ねぬ呪いに繋がれた男と、男を守るために己を壊す少女。実験データとしては、十分に興味深いサンプルだ」
「お前……クリスちゃんをなんだと思ってるんだッ!?」
響が怒りに震えて叫ぶが、フィーネは眉一つ動かさない。
「道具を道具として扱って何が悪いかしら? 私は価値を失ったものに割く時間はないのよ?」
フィーネが緩やかに手をかざすと、歪んだ空間の渦が拡大し、彼女の全身を包み込んでいく。
「戦い続けなさい、二課の雛鳥たち。せいぜい私の望む終局まで、その歪んだ絆とやらで破滅を先延ばしにするといいわ」
漆黒の渦が弾けて消え、あとに残されたのは静まり返った焦土だった。
そして瓦礫の中には、フィーネに冷酷に切り捨てられ、装甲を失って冷たい地面に横たわる雪音クリスだけが、絶望の淵に取り残されていた。
原作ならクリスちゃんにスポット当てられるけど本作だとどうしよう……
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