装者を助けたらヤンデレ化してしまった……   作:タク-F

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未来の憎悪は詩音の排除にいたりつつありますし、詩音もそうあるべきだと受け入れてます。


不協和音の警鐘と駆ける背中

 

 朝の静けさが支配する小さな部屋の中で、小日向未来の投げかけた問いは、冷たい澱となって空気に沈殿していた。

 

「私、響を取り戻したいの。あの男から……あの戦いから、全部。……そのためなら、私はなんだってするから」

 

 未来の指先が、クリスの肩をかすかに押し潰すように触れている。その表情には、かつての温厚な少女の面影など微塵もなかった。影を宿した瞳はどこか遠く、けれど狂信的な熱を帯びてクリスを見つめている。

 

(なんだよ……コイツ……)

 

 クリスは背筋を走る嫌な汗を拭うこともできず、思わず息を呑んだ。

 目の前の少女は、立花響の「陽だまり」だったはずだ。それなのに、今の未来から滲み出ているものは、自分を捨て去ったフィーネや、不気味な自己犠牲を撒き散らす櫻羽詩音と同種の、歪み切った執着そのものだった。

 

「おい……離せよ。あたしはお前の復讐の道具じゃねぇ……っ」

 

 クリスが未来の手を振り払おうとした、その瞬間だった。

 

——ヴゥゥゥゥンッ! ヴゥゥゥゥンッ! 

 

 静まり返っていた部屋の空気を切り裂くように、甲高い緊急警報が鳴り響いた。

 未来のスマートフォンが激しく振動し、画面には『特異災害ノイズ発生・近隣住民は直ちに避難してください』という禍々しい赤文字が躍る。同時に、屋外の防災スピーカーから重苦しいサイレンの音が街中に木霊し始めた。

 

「ノイズ……!? こんな早朝に……ッ!」

 

 未来が息を飲んで窓の外へ視線を向けた。遠くの市街地の一角から、黒い粒子のようなモヤが立ち上っているのが見えた。

 

「ノイズだと!?」

 

 その音を聞いた瞬間、クリスの全身の血が逆流した。脳裏にフラッシュバックするのは、かつてバルバドスで両親の命を奪った、あの不快で禍々しいノイズの群れ。そして、つい先ほどまで自分を道具として利用し、捨て去ったフィーネの冷酷な嘲笑。

 

(ノイズ……ノイズノイズノイズッ!! またノイズだ! フィーネは徹底的にあたしを始末するつもりなんだ!)

 

 胸の奥から湧き上がるのは、理性では抑えきれない原初的な怒りと憎悪だった。フィーネの手先として街を荒らしていた時ですら、ノイズに対する激しい嫌悪感を消すことなどできなかった。自分から居場所を奪い、両親を奪い、世界を灰色の惨劇へと叩き落とす元凶。

 

「チッ……! こんなところで、ウジウジ喋ってる場合じゃねぇッ!」

 

「え……? ちょっと、クリス!?」

 

 クリスはベッドから跳ね起きると、身体の痛みを力任せに押し殺し、素早く身支度を整え始めた。肩にかけられていた詩音の大きめの上着を強く羽織り直し、破れた袖を捲り上げる。

 

「どこ行くの!? ダメだよ、そんな怪我で外に出たら……!」

 

 未来が慌ててクリスの腕を掴む。だが、クリスはその手を振り解くように鋭い眼光で未来を睨み返した。

 

「放せッ! ノイズが出たんだぞ!? 黙って見ていられるかよッ!」

 

「でも、今のクリスちゃんは倒れたばかりなのに……行ったら死んじゃうよ!」

 

「死ぬだぁ……? ふざけるなッ! あたしはノイズを潰すために生きてんだよッ!!」

 

 クリスの叫びには、命惜しさに立ち止まることを拒絶する血吐くような情念が宿っていた。フィーネに捨てられ、行くあても失った。自分に残された価値なんて、あの醜い化け物どもを擦り切れるまで爆砕すること以外に何があるというのか。

 

『君が助けを求めるなら僕は……』

 

 それに——脳裏に一瞬だけ浮かんだのは、雨の中で血を流しながら自分を探し当てた、あの男の顔だった。

 

『俺は死なない。だから、君がいくら僕を殴ろうが気にしない』

 

『クリスちゃんを一人で死なせる理由も僕にはない』

 

(あいつが……あの自爆野郎やガングニールのバカが来たら、また自分の肉体を粉々にして戦う気だ……! 冗談じゃねぇ……ッ!)

 

 どうしてか自分を捨てなかった男が、また血を吐いて肉体を壊す姿など、見たくもなかった。敵か味方かも分からない。この感情は好意なのか依存なのかも整理がついていない。けれど、あの男が自分の前で破滅していくことだけは、胸が引きちぎられるほどに許せなかった。

 

「待って! お願い行かないで! 今行ったら……また響が……響が戦場に行っちゃう……ッ!」

 

「響……? 立花響か!?」

 

 未来が涙を浮かべ響の姿をクリスに投影している、すがりつくように腰に抱きついた。響を戦わせたくない。響を詩音の元へ行かせたくない。その一心で、未来は必死に投影したクリスを押し留めようとする。

 

「だからなんだ! あたしには関係ない!」

 

 けれど、その痛々しい哀願すらも、今のクリスの灼熱した胸には届かなかった。

 

「うるせぇぇぇぇッ!! 止めるな!」

 

 クリスは渾身の力で未来を突き飛ばした。

 未来の華奢な身体が畳の上に倒れ込み、悲鳴が上がる。

 

「あたしは……誰もあたしに指図させねぇ! フィーネも、お前も……誰もッ!!」

 

 クリスは振り返ることもなく、玄関のドアを勢いよく蹴り開けた。

 朝の冷たい空気が部屋の中に流れ込み、未来の頬を撫でる。

 

「クリス——ッ!」

 

 未来の叫び声を背中に受けながら、クリスは階段を駆け下り、ノイズの警報が鳴り響く街へと飛び出した。全身の骨が軋み、肉体が悲鳴を上げている。フォニックゲインの残滓を強引に絞り出すたび、胸の奥が焼けるように熱い。それでも、詩音から借りた上着の血の匂いと体温が、クリスの背中を強く押し続けていた。

 

(待ってろ……ノイズども……ッ! 全部……全部ぶっ潰してやるッ!!)

 

 朝焼けに染まる街を、白髪の少女が単身、ノイズの渦巻く焦土へと疾走していく。そして部屋に取り残された未来は、開け放たれたドアの先、サイレンの音が遠ざかっていく空を呆然と見つめていた。

 

「響……また……行っちゃうの……?」

 

 冷たくなった床の上で、未来の手が固く握りしめられる。

 去っていく背中を止める術を持たない自分の無力さ。そして、どれだけ拒んでも響を戦場へと惹きつける「あの男」への激しい憎悪。未来の瞳の奥で、暗く冷たい決意の炎が、静かに、けれど逃れようのない勢いで燃え広がり始めていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 開け放たれた玄関から吹き込む冷たい朝風が、乱れた未来の髪を小さく揺らしていた。遠ざかるサイレンの音。クリスが去った後の部屋には、冷めきったスープの匂いと、取り残された自分という残酷な事実だけが残されていた。

 

「そうだ……逃げないと……」

 

 小日向未来は、ゆっくりと膝に力を込めて立ち上がった。震える両脚を無理やり動かし、自服の上着を羽織る。このまま部屋にいても、響が帰ってくる保証などどこにもない。警報が鳴り響く街の中、住民としての指示に従い、指定の地下避難所へ向かうために未来は外へ足を踏み出した。路上には、避難を急ぐ人々の混乱した足音が散発的に響いていた。ビル群の合間から立ち上る黒い粒子——ノイズが街を浸食しつつある証拠だった。

 

(どうして……どうしてこんなことになっちゃうの……?)

 

 アスファルトを踏みしめるたび、胸の奥でドス黒い感情が渦を巻く。響は今頃、この異変を感じ取って二課から飛び出しているだろう。自分のためではなく、あの包帯を巻いた不気味な男——櫻羽詩音を守るために。自分がどれだけ拒んでも、どれだけ叫んでも、響は日常を捨てて戦場へと向かってしまう。

 

 その時だった。

 

——キィィィィィンッ! 

 

 ガラスを引っ掻くような不快な高音が、路地裏から響いた。未来が咄嗟に足を止め、建物の影を覗き込むと、そこには歪に蠢く二体のノイズと、その目前で倒れ込み、足を血で染めた年配の女性の姿があった。

 

「いや……来ないで……誰か……っ!」

 

 女性は悲痛な悲鳴を上げながら、必死に後ろへと身を引こうとしていた。だが、ノイズは容赦なくその幾何学模様の触手を持ち上げ、触れれば人間を灰へと変える死の手招きを繰り出そうとしている。

 

(助けを呼ばなきゃ……二課や、警察に……)

 

 未来の頭の中で理性が叫んだ。自分はただの一般人だ。シンフォギアの装甲もなければ、ノイズを消滅させるフォニックゲインも持たない。近づけば、一瞬で炭化して消え去るだけだ。だが、逃げ惑う女性の恐怖に満ちた瞳と、かつて自分に差し出されていた響の「手」が重なった。

 

『私、誰も死なせたくないんだ!』

 

 かつて陽だまりの中で真っ直ぐにそう笑っていた響。その響の「光」を一番近くで見つめていた未来には、目の前の命を見捨てて自分だけが逃げ去ることなど、どうしてもできなかった。

 

「——そっちじゃないッ!! こっちを見なさいッ!!」

 

 未来は夢中で足元に転がっていた金属製の看板を拾い上げ、路地の壁へと叩きつけた。ガシャン、と街中に甲高い金属音が鳴り響く。ノイズの不気味な四角い頭部が一斉に未来の方へと向いた。滑らかな表面に不快な模様が揺らめき、標的を女性から未来へと切り替える。

 

「早く……今のうちに逃げてくださいッ! 避難所へッ!」

 

 未来の叫び声にハッと正気に戻った女性は、痛む足を庇いながら、反対側の路地へと必死に這い出していった。それを見届けた未来は、ノイズを引きつけるように一歩、また一歩と後退する。

 

(できた……でも……っ!)

 

 ノイズが滑るような速度で未来へと迫る。未来は一瞬の迷いを捨て、踵を返して全力で駆け出した。朝の静かな商店街を、女子高生の不揃いな足音が激しく鳴り響く。

 

「こっち! 私を見なさい!」

 

 後ろから迫る、空間を削り取るような異音。振り向く余裕などない。一度でも足を取られれば、あるいは触手の一端でも肌に触れれば、その瞬間に自分の存在は終わる。心臓が胸を破らんばかりに跳ね上がり、呼吸が浅く乱れていく。

 

(怖い……怖いよ……響……っ!)

 

 恐怖で涙が溢れ出しそうになる。けれど、必死に街を駆け抜けながら未来の頭を占めたのは、己の死の恐怖以上に、歪んだ感情だった。響はいつも、こんな恐怖の中で戦っていたのか。そして今、響はあのアヴァロンの不気味な男のために、この恐ろしい化け物の前に立っているのか。

 

「あは……っ、ハぁ……っ!」

 

 角を曲がり、崩れた瓦礫を飛び越える。生身の足はとっくに限界を迎えていた。カーディガンは破れ、膝からは血が滲んでいる。それでも未来は、ノイズを住宅街や避難ルートから引き剥がすように、入り組んだ裏路地へと誘導し続けた。

 

「路地……上手く行けば!」

 

 自分が囮になれば、誰かが助かる。自分だって、響のように誰かを守れるはずだ。

 そうすれば……そうすれば響は、自分を見てくれるのだろうか。あの男から視線を外し、また自分の元へと戻ってきてくれるのだろうか。

 

「響……私を見て……私を……っ!」

 

 途切れ途切れの叫びとともに飛び出したのは、行き止まりの小さな公園だった背後には高いコンクリートの壁。振り向けば、追ってきた三体のノイズが路地の出口を塞ぐように立ちはだかっていた。退路は完全に断たれた。

 

「くっ……あぁ……っ」

 

 未来は壁に背を預け、崩れ落ちるように膝をついた。肺が焼けるように痛む。赤黒い光を明滅させながら、ノイズがゆっくりと追い詰めてくる。触手が持ち上がり、未来の華奢な身体を灰に変えんと頭上へ振り下ろされかけた——その時。

 

「コレで終わり……なのかな……?」

 

 未来の瞳に宿っていたのは、死への恐怖だけではなかった。誰にも救われない絶望の淵で、未来の胸の奥底にあった「響を取り戻したい」という純粋な願望は、不気味で冷たい、狂気にも似た執着の黒へと完全に染まり切っていた。

 

「未来! 絶対に守るから!」

 

「ひび……き……?」

 

「私の親友は絶対に死なせない! それだけは不変!」

 

(そうだ……響は私を見捨てない。あんな男の事を気にし過ぎても……なら!)

 

「うん……信じてたよ響!」

 

 立花響と小日向未来は並び立つ。その絆は不変だとお互いが心を通わせていると不思議にも一体感を感じていた。

 

 




ひびみくが真の意味で和解できるのは実はG編なので気長に追っていただけると嬉しいです。

よろしければ執筆意欲に繋がるので感想・評価・お気に入り登録お待ちしています。
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