たとえ世界が地獄だとしても 作:Alter
重厚な鉄格子の向こう、実験室を兼ねた訓練区画の空気は、痛いほど冷たく張り詰めていた。
「これから実験が始まる……っ!」
強化ガラスで隔てられた観測室には、モニターの放つ蒼白い光と、幾重にも重なる電子音が満ちている。押し殺した研究者たちの呼吸の中、中央の少年——レセプターチルドレン最年長である僕は、静かに眼前の台座を見つめていた。そこに鎮座するのは、漆黒の聖遺物『アロンダイト』の欠片から作られた【ブレードギア】……シンフォギアとは異なる目論見で作られた装備。
「バイタル、安定。適合係数、上昇中……ッ、信じられん、拒絶反応が一切見られない!?」
「やはり相性が良いというのか……!? 過去のどのサンプルよりも滑らかだ!」
歓声が上がりかけたその瞬間アロンダイトと魂が同調し、眩い光の奔流が僕の身体を包み込んだ。
「剣の形状が……変わっていく……?」
光が収まった時、僕の手に持つアロンダイトは黒と銀の重厚な装甲を纏った【大剣】へと形状を変えていた。
「黒の……大剣?僕が握っていたのは片手剣で………ッ!」
手に握られていた筈の剣が形を変えていた。黒光りする無骨な片手剣の面影は感じるが明らかに異なる気配。そして感じる
研究者たちが目を見張り、色めき立った。だが、観測データを注視していた一人が、突如として悲鳴に近い声を上げた。
「待て……なんだこの波形は!? バリアフィールド(防護膜)の出力がゼロ……存在しない!?」
「何だと!? ガングニールやアガートラームのような標準的な防護機能すら展開されていないというのか!?」
「——静かにしなさい」
凛とした、しかしどこか鋭い声が観測室を打ち払った。女性——ナスターシャ教授だ。彼女は単眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、目の前のモニターに映し出される恐ろしい数値を凝視していた。
アロンダイトの本質は、自在な「形態変化」と、周囲のエネルギーや負荷を引き受け分散・相殺する……いうなれば特徴は吸収と肩代わり。
「ですがやはり……失敗作は失敗作たる理由がありましたね」
教授の冷たい言葉の意味は明白。本来は装者を支えるべき最底限の防護層——衝撃や負荷から装着者の身を守る膜が、このギアには決定的に欠落していた。そもそも武装はブレードに極集されており
「気を取り直します。……起動時点では上々です。ではそのまま形態変化のテストを始めます。剣の形状を変えられるだけ変えて振るいなさい」
マイク越しに投げかけられたナスターシャの声に。僕は黙って頷いた。対象物との距離を測ると同時に僕は目標へ駆け出した。
「あれ……?いつの間にか戻ってる?まぁもう1度大剣化すれば良いか……」
僕が強く握りしめると、黒い片手剣が駆動音を上げ、一瞬で少年の背丈を越える巨大な大剣へとその姿を変貌させる。
だが、その変化の瞬間——
「が、はっ……!?」
少年の口から、鮮血が撒き散らされた。
「ひっ……! 内部衝撃、装着者の全身に直撃! 衝撃波の減衰率、ゼロです!」
「骨に亀裂! 内臓に微細な出血を確認! ギアの出力を上げただけで、本人の身体が内部から破壊されています!」
「ぐ……あっ……!」
少年は膝をつきそうになりながらも、大剣の柄を強く握り締め、力任せに立ち上がった。
バリアフィールドが存在しない。それはつまり、ギアが発する莫大なエネルギーのバッグファイアも、敵の攻撃の衝撃も、あらゆる負荷が一切のフィルターを通さず、ダイレクトに彼の肉体、神経、細胞を叩き割ることを意味していた。
「ありゃ……おかしいな?こんなにやべぇ印象はなかったんだが……?」
形態2度を変えるだけで肉体が軋み、皮膚の下で毛細血管が弾ける。
それでありながら僕は血の混じった唾を吐き捨て、震える足で凛と立ち続けていた。
「……そこまでですよ。適合実験を終了します。ギアの解除をしなさい。どうやら懸念されていた問題は想定よりも深刻かもしれません」
ナスターシャの冷徹な指令により、漆黒の装甲が光となって散った。
元の服に戻った少年は、荒い呼吸を繰り返しながら、肩を揺らして……倒れた。
「ここで倒れますか……マリア達を呼び出し連れていきなさい」
「ブレードギアは回収しますか?」
「当然です。早くしてください」
倒れた僕はマリア達に運ばれて医務室に連れて行かれた。
♢♢♢
観測室の研究者たちは、青ざめた顔で書類を走らせていた。
『欠陥品』
『能力行使のたびに装着者が不可逆的に損耗する失敗作』
『兵器としての実用性、皆無』
冷酷な言葉が並ぶレポートを、ナスターシャは無感情な手つきでまとめ上げていく。研究者たちが撤収し、誰もいなくなった訓練室。重い鉄扉が開き、血の匂いを漂わせた少年が歩み出てきた。
ナスターシャは椅子を向け、手元の端末から目を逸らさないまま、氷のように冷たい声で言い放った。
「……散々な結果ね。適合したところで、そのギアはあなたを内側から食い破る欠陥品です。こんなものを実戦で使えばあなたは数分ともたないでしょう。何よりこの損傷率……如何に自動修復機能が付けられているとはいえ修復にコストがかかりすぎます」
自らの身体を「ゴミ屑」と吐き捨てられたに等しい言葉。
だが、痛みに耐えながら壁に寄りかかっていた少年は、自分の唇を拭うと、どこか困ったような、けれど穏やかな笑みを浮かべた。
「適合できたなら今は十分ですよ。教授」
ナスターシャの指先が、ぴくりと止まる。
「……何が十分だと言うのですか?自分の身体が壊れていく感覚が、あなたには分からないとでも?」
「分かりますよ。すごく痛いですし……でも何より無力だった自分が変われた事の方が重要なんです」
少年は自分の胸元を軽く擦り、苦笑いを漏らした。それから、まっすぐな瞳でナスターシャを見つめ返す。
「僕にだって適合できる力があった。今はそれだけでいいんです。……この力があれば、どんなに激しい攻撃でも、僕が前に立って受け止められる。下の妹たちを……マリアやセレナたちを、僕の身体ひとつで庇えますから」
「……バカなことを言わないでください。道具が自分から壊れに行ってどうするのですか!整備するこちらの事情も分からない愚か者となったのですか!」
冷ややかに突き放すナスターシャ……しかし、彼女が膝の上で固く握り締めた拳は、爪が皮膚に食い込むほどに震えていた。
(この子は……最初から自分の命を計算に入れていない……!)
F.I.Sという過酷な環境の中で、幼い妹たちを守る「長兄」としてしか生きられない少年の歪な覚悟。ナスターシャは胸を刺すような苦渋を押し殺し、背を向けた。
「……さっさと医務室へ行きなさい。これ以上のデータ収集に支障が出ます。どうしても参加する意思を曲げないならば最低限の準備は怠らないでください」
「はい。ありがとうございました、教授」
少年は丁寧に一礼すると、足を引きずりながら、どこまでも優しい顔で通路の奥へと消えて行った。
残された暗い廊下で、ナスターシャはただ一人、苦々しく唇を噛み締めていた。
手元の端末に刻まれた『欠陥品』という文字が、あまりにも残酷に暗闇に浮かび上がっていた。
次はネフェリム起動実験までは書き切りたいなぁ……
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