装者を助けたらヤンデレ化してしまった……   作:タク-F

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詩音がいる時点で大分捻れてるなぁ……

これからもっと深い闇に堕ちますが……


家族だから……

「奏……逃げろ」

 

「っ……! 絶対に死ぬなよ!」

 

 奏は駆け出すしかない己が悔しかった。

 

「詩音お兄ちゃん……そこを退いて!」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの悲痛な叫びと共に、彼女の腕から解き放たれた『黒いガングニール』のアームドギアが、黒銀の閃光となって詩音へと肉薄する。螺旋を描いて突き出される槍の尖端は、音速を超越した破壊の旋風を伴っていた。詩音の一歩は微動だにしなかった。

 

 ——ガキィィィィィィンッ!! 

 

 ドーム内に、鼓膜を裂くような金属の激突音が轟き渡る。マリアの槍が直撃したのは、詩音の左胸——心臓の真上。しかし、破れた衣服の下から覗く彼の皮膚は、傷一つ付かないばかりか、赤みすらさしていない。そしてそもそも詩音が臨戦態勢なのもありこれ以上の決定打を即座に打ち込むのは困難と判断する。

 

「悪いなマリア……僕は簡単には倒れてやれないんだ」

 

 世界中のあらゆる物理法則と概念攻撃を弾き返す「不壊の恩寵」が、マリアの必殺の一撃を完璧に無効化していた。

 

「なっ……つ、貫けない……!?」

 

 マリアの瞳が驚愕に揺れる。手首へと跳ね返ってくる激しい衝撃波に、彼女の身が僅かに煽られた。

 

「言ったはずだ、マリア。俺はここにいる少女たちを守るって」

 

 詩音の声には、怒りも、苦痛も、自虐すら存在しなかった。かつてアメリカのF.I.S研究所で、そして日本へ渡ってからの激戦で、少女たちを庇うたびに骨を砕き、血の泡を吐いていた生身の不器用な男。その面影は、いまや氷のように美しく、冷ややかな不壊の神威の下に完全に覆い隠されていた。

 

「嘘……嘘よっ! 痛くないなんて……そんなの人間じゃない! 私たちの知ってる詩音じゃないわっ!!」

 

 マリアは涙を振り払い、間髪入れずに黒い槍を次々と繰り出す。連撃、突き、薙ぎ払い——ドームのコンクリート床がめくれ上がり、衝撃波で舞台の照明器具が次々と爆ぜていく。だが、そのすべてを、詩音はただ剣1つで受け止め続けた。顔色ひとつ変えず、一歩も退かず、ただマリアと翼の間に立ち塞がる絶対の壁として。

 

「詩音……っ! マリア・カデンツァヴナ・イヴッ!!」

 

 その背後で、天羽々斬のペンダントを掲げ、ギアを纏おうとした風鳴翼の全身に青い閃光が奔っていた。中継カメラの送信機器は詩音の手によって破壊された。世間の目は遮断されたはずだ。ならば、今こそ二課の防人として、詩音の隣に立ち、この不遜な襲撃者を切り伏せるべき——。

 

『——待ってください、翼さん!!』

 

 翼の耳に装着された通信インカムから、緒川の切迫した怒号が響き渡った。

 

「緒川さん……!? 中継は詩音が止めました! 今なら——」

 

『騙されるな! 敵の狙いはそこだッ!』

 

 続く弦十郎の声には、隠しきれない焦燥が混じっていた。

 

『確かにドーム内の中継回線は切れた! だが、敵はドーム外部から直接衛星回線へ割り込む“予備送信機”を潜ませている可能性がある! 外部の監視カメラや何より敵自身の記録媒体が生きている限り……今お前がここでギアを纏えば、その瞬間に「風鳴翼=シンフォギア装者」という証拠が確定し、世界中へ拡散されるッ!』

 

「な……っ!?」

 

 翼の身体が硬直する。

 

『マリア・カデンツァヴナ・イヴは先ほど自らシンフォギアを纏い、F.I.Sの存在を世界に提示した。……だが、我が国はシンフォギアの存在を公式には認めていない! ここでお前が装者として公に戦えば、二課の秘匿性は崩壊し、政府は国際社会からの激しい追及を免れん! 奏を逃がした意味も、詩音がお前を守るために買った時間も……すべてが瓦解するぞッ!!』

 

「く……っ!!」

 

「あら……せっかくオーディエンスを解放したのに戦ってくれないのね。残念だわ」

 

 翼は握りしめたペンダントを、指が白くなるほど強く締め上げた。目の前では詩音がその身でマリアの猛攻を受け止めている。苦痛を感じない神となったとはいえ、その身体を盾にして自分を守っているのだ。武人としても……一人の女としても彼をただ1人で戦わせ自分だけが生身で後方に引き下がるなど、屈辱以外の何物でもなかった。

 

「……翼、司令の言う通りだ」

 

 マリアの槍をアロンダイトでで受け止めたまま、詩音は微かに顔だけを翼へ向けた。

 

「翼が正体を明かせば、日本の二課は終わり、お前自身も『兵器』として世界の政治の渦に呑み込まれる。……今はお翼が戦うべきじゃない。奏の後を追って未来ちゃんたちを保護して撤退してくれ!」

 

「詩音……! 私に……貴方を置いて逃げろと言うの!? そんなことが許されると思うのッ!!」

 

 翼の叫びは血を吐くようだった。かつて自分を置いて神の域へ昇華してしまった男。自分を「防人」として、対等な戦友として「翼」と呼びながらも、こうして危急の際には手を差し伸べてくれる。

 

「許すも許さないもない。僕がお前たちを守る。……それ以上でも、それ以下でもない」

 

 詩音の冷徹な一言が、翼の胸を鋭く抉った。翼は唇を噛みしめ溢れ出そうになる情念と所有欲を必死に押し殺しながら、掲げたペンダントをゆっくりと胸元へ引き戻した。

 

「……くっ……! 詩音……死ないでとは言わないわ! でも絶対に……その身を奴らに引き渡すことだけは許さないからっ!!」

 

 翼は未練と痛恨の入り混じった視線をマリアへと一刺しすると、意を決して翻し、奏が消えた関係者通路の闇へと駆け出した。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……!」

 

 ドームの地下、非常灯の赤い光が明滅する関係者通路を、天羽奏は靴底を打ち鳴らしながら必死に駆け抜けていた。

 角を曲がり、冷たい鉄の扉を押し開けると、そこは関係者用の地下駐車場だった。

 薄暗い空間に、二課の黒塗りの緊急車両がハザードランプを点滅させて待機している。

 

「奏ちゃん!!」

 

 車から飛び出してきたのは、二課のオペレーターの友里あおいと、先に避難させられていた小日向未来だった。

 

「未来ちゃん……! 無事だったのか……っ!」

 

「奏さん! 詩音さんは!? 翼さんは!?」

 

 未来が泣き出しそうな顔で奏の腕にすがってくる。奏は息を強く整えると、未来の肩を力強く抱き締めた。

 

「大丈夫……! 詩音と翼が、あたしたちのためにステージで食い止めてくれてる! ……あおいさん! 本部へ連絡を! 中継は詩音が潰した! でも敵の狙いは詩音だ……! 今すぐ増援をッ!!」

 

「わかってるわ! すでに響ちゃん達が向かってる!」

 

 あおいが車内の通信機に飛びつく。奏は車のボンネットに強く拳を叩きつけた。

 

(詩音……! 翼……! あたしは逃げ切ったぞ……! だから……だから絶対に無事でいて……ッ!)

 

 自分を生かすために一度命を捨て、いまや「傷つかない存在」となってまで自分を守り続ける詩音。そして、その詩音の想いと二課の命運を背負い、生身のまま踏みとどまった翼。その2人が作ってくれたこの逃走劇を無駄にはしない。奏は溢れ出る涙を拭い、強く未来の手を握りしめた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ドームのステージ上——。風鳴翼が撤退し、完全に2人きりとなった空間で、マリアの槍撃はなおも止んでいなかった。

 

——ドガァァァンッ! バンッ!! 

 

 いくら突いても、どれほど鋭い斬撃を打ち込んでも、詩音の身体は微動だにしなかった。衣服は裂け、制服の布地は切り刻まれていたが、その隙間から覗く肌は滑らかな白銀の輝きを保ったまま。血一滴どころか、擦り傷一つ付いていない。

 

「はぁ……はぁ……っ! なんで……なんでなのよ、詩音!?」

 

 マリアは槍を構えたまま、激しい息を吐き出した。肩を上下させ、悔しさと悲しみでその顔を歪めている。

 

「私たちは……あなたを助けに来たのよ!? アメリカの研究所で、私たちのために血を流してくれた優しいお兄ちゃん……! あの温かい手を、もう一度取り戻したくて……ッ!」

 

 マリアの目から、ついに大粒の涙が零れ落ちた。

 

「なのに……! 痛みを感じても大丈夫なんて! 傷つきもしない……そんなのアヴァロンの呪いじゃない! 日本の二課の奴らは、あなたをそんなバケモノに変えてまで、自分たちの盾にしたのねっ!?」

 

 マリアの怒りは、詩音をこんな身体に変貌させた「日本」と「二課」へと向けられていた。しかし、詩音は崩れたステージの瓦礫の上に静かに立ち、マリアを見つめるだけだった。その瞳には、マリアへの愛おしさも、哀しみも、何の感情も映っていない。

 

「マリア。二課が僕を変えた訳じゃないんだ。確かに僕が望んで不死身になった訳じゃないけど……それでも守りたい相手がいたんだよ!」

 

「……え……?」

 

 詩音の淡々とした言葉に、マリアは息を呑んだ。

 

「俺が1番前で戦えば、響ちゃんやクリスちゃん、翼や奏が傷つかなくて済む。でも僕が生身のまま血を流せば、あの子たちは俺の代わりに傷つこうと己を痛めつける……。だから、俺は傷つくことをやめた」

 

 詩音は自分の無傷の手を見つめた。

 

「苦痛なんか怖くない。完璧な不壊の盾となれば、誰も傷つかずに済む。……マリアたちがF.I.Sとして世界に何をもくろもうと関係ない。僕はただ、僕の目の前にいる少女たちを守るだけだ」

 

 その言葉は、優しさなどではなかった。「少女たちを守らなければならない」という強迫観念に狂い、己の人間性すら投げ捨てて「神の道具」と化した男の、虚ろで凄絶な自己完結。

 

「そんなの……そんなの間違ってるわぁぁぁぁッ!!」

 

 マリアの絶叫がドーム内にこだました。

 

「痛くないのが守ることじゃない! 傷つかないのが愛じゃないっ! 私たちが欲しかったのは……泥だらけになって、痛みに泣きながらでも、私たちを抱きしめてくれた『生きたお兄ちゃん』なのよッ!!」

 

 マリアは『黒いガングニール』の力を極限まで跳ね上げた。黒い螺旋の気流が彼女の全身を包み込み、ドームの空間そのものを歪めていく。

 

「連れて帰る……! あなたが何を言おうと、どれだけ変わってしまおうと……私たちがあなたを連れ戻して、アヴァロンの呪縛から解き放ってみせる……ッ!」

 

 マリアの狂おしいほどの愛と決意。そして、傷つくことすら忘れ、静寂の壁として立ち続ける神威の男。翼が去り、中継が途絶えた闇のドームで、二人だけの歪んだ救済の戦いは、さらに深く、過酷な泥沼へと落ち込んでいくのだった。

 

 

 




次こそは切調を出します!

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