——グガガガガガガガガガガッ!!
天地を揺るがす咆哮と共に、歪んだ時空の亀裂から出現したのは、ドームの天井すら穿つほどに巨大な山岳級の大型ノイズだった。それだけに留まらない。大型ノイズの巨体から零れ落ちる巨岩のような異質の体液が、コンクリートの床に触れるや否や、爆発的な速度で無数のノイズへと細胞分裂を開始する。
「な……何という増殖速度だッ!?」
追いついた風鳴翼が息を呑む。一瞬にしてドームの客席、通路、そしてステージの足元に至るまで、黒と紫の異形たちが雪崩となって埋め尽くしていく。その数は数百、数千——ドーム全体がノイズの消化器官と化したかのような地獄絵図だった。
「詩音……これが私たちの本気よ?」
束縛された天羽奏を抱えるセレナを庇いながら、マリアは静かに後退する。
「あなたがいくら神様みたいに強くてもこの数のノイズから全てを守り切ることはできないでしょう? ……さあどうするのかしら?」
「くっ……僕の……僕の前に出ろッ! 相手なら僕がなってやる! これ以上暴れる必要はない!」
詩音は叫んだ。アヴァロンと同化した黄金の不壊の身体を広げ、押し寄せるノイズの津波の前に自ら躍り出る。ノイズの爪が、解合する顎が、詩音の身体に次々と喰らいつく。ドスドスと鈍い衝撃音が響くが、彼の皮膚には傷一つ付かずその再生力の前には侵食の赤化すら起きない。
「駄目! 詩音さんが防ごうにも数が多すぎる!」
しかし数は無限だ。詩音という「点」の壁を迂回し、無数のノイズの群れが後ろに立つ響やクリス、翼へと襲いかかろうとしていた。
「ダメだ……防ぎきれない……!」
不壊の身体を持ちながら、溢れ出す脅威を堰き止められない焦燥。詩音の視界が絶望に染まりかけたその時だった。
「一人で全部抱え込もうとしてんじゃねぇって……言っただろ、このバカ野郎ッ!!」
詩音の背後から、雪音クリスの咆哮がノイズの唸り声を打ち破った。
「詩音さん……見ていてください。私たちは、ただあなたに守られるだけの存在じゃない……! あなたを守るためにここにいるんですッ!」
立花響の瞳に、限界を超えた聖遺物の輝きが宿る。
「響ちゃん……クリスちゃん……! 待て2人とも何を考えてる!」
詩音が振り返ろうとした瞬間、翼が天羽々斬の大剣を床に突き立て、二人の前に並び立った。
「詩音、お前の不壊の意志……ちゃんと受け取ったわ。だけど私達の誇りを踏みにじるような真似は許さないわ。貴方が私達を守るというなら、私達はその道を開くために歌うもの!」
響、クリス、翼……3人のシンフォギア装者が顔を見合わせ、深く頷き合い手を繋ぐ。
「あたし達を信じろ!」
次の瞬間、ドーム内のすべての音と空気が一瞬にして凍りついた。
3人の胸の聖遺物が、死と奇跡の狭間で紡がれる『絶唱』のプレリュードを奏で始める。
『Gatrandis babel ziggurat edenal〜』
「ダメだ……! 歌うなっ! 絶唱は命を削る……! 歌うんじゃない、僕の後ろに隠れろぉぉぉぉッ!!」
詩音は半狂乱となって叫び、彼女たちのもとへ手を伸ばした。
『Emustolronzen fine el baral zizzl〜』
しかし、3人が放つ聖なるフォニックゲインの光幕が激しく膨れ上がり、黄金の神威を持つ詩音の身体すらも優しく、けれど絶対に寄せ付けない強い拒絶となって押し返した。
『Gatrandis babel ziggurat edenal〜』
「やめろ……やめてくれ3人共!」
『Emustolronzen fine el zizzl〜』
「スパーブソング!」
「コンビネーションアーツ!」
「セット! ハーモニクス! S2CA! トライバースト!」
3つの歌声が重なり合い、共鳴し、三重奏となって天空へと穿たれる。そしてドーム全体を塗りつぶすほどの純白と黄金が混ざり合った神聖なる光の爆風が立ち込める。破格のフォニックゲインが津波となって押し寄せ、ドームを埋め尽くしていた数千のノイズを一瞬にして蒸発させていく。天を突く巨大ノイズの巨体すらも、絶唱の波動に触れた瞬間に細胞レベルで崩壊し、無力な光の塵となって空間へと消滅していった。
「あ……あああ……っ……」
ノイズが消え去り、静寂が戻ったドームのステージで、詩音は崩れ落ちるように膝をついた。知識としては識っていた……彼女達が絶唱を使う意味も必要も。それでも眼の前で使われる事は自分が如何に無力かを突きつけられるような錯覚にさえ陥ってしまう。
「詩音さんを守るんです……これぐらい……へいきへっちゃらです……」
そしてその目の前で、絶唱の反動に喘ぎながらも、お互いを支え合い、詩音に向かってまっすぐな瞳を向けて微笑む3人の少女たち。
「見たか……詩音……。これが……私たちの……力だ……」
翼が肩で息を吐きながら、誇り高く言い放つ。
「いつまでも守られる立場じゃねぇ……あたし達でもこれぐらい……出来るんだよ……」
1人で全てを背負おうとした男の眼前で、少女たちは血を吐くような絶唱の三重奏によって、完璧な勝利を収めてみせたの知らしめたのだった。
◆◆◆
「はぁ……はぁ……すごい……すごいわ、これがシンフォギア装者の絶唱の三重奏……!」
ドームの瓦礫の陰で、束縛された奏を抱えるセレナの隣で、マリアは激しい光の余韻に息を呑んでいた。普通ならば、目の前の敵が放った絶対的な破壊力に慄くべき場面。
「少し煽って追い込めば切り札を切った! コレが貴女達の奥の手! そしてこのフォニックゲイン!」
しかし、マリアの、そして影に潜むDr.ウェルの口元には、狂気と歓喜に満ちた凄惨な笑みが浮かんでいた。
「ふふ……あははははッ! 素晴らしい……完璧だよ、装者諸君ッ!!」
通信の向こうで、Dr.ウェルが唾を飛ばしながら歓声を上げる。
「ドームを埋め尽くすほどの大量のノイズを召喚すればそれを一瞬で消滅させるために君たちが放った絶唱! その結果生み出された膨大にして純粋な『フォニックゲイン』のエネルギー……! これこそが、僕たちの本当の狙いだったのだからねぇッ!!」
『この量ならば目標値に辿り着きます。目的の第1段階としては充分です』
ナスターシャの手元にある端末が激しく明滅し、絶唱によって拡散した高密度のフォニックゲインを、掃除機のように急速に吸い上げ、集束し始めていた。
◆◆◆
ノイズを掃討したステージで装者達は反動に苦しみつつもマリア達の足取りを気にしていた。しかし謎の気配を感じて動揺している。
「く……っ、何……!?」
「何の気配だよ……コレ……」
絶唱の反動で膝をついていた翼とクリスが、異変に気づいて顔を上げる。ドームの地下深く、F.I.Sが密かに搬入していた特殊な培養コンテナ。絶唱のフォニックゲインが奔流となってそのコンテナへ注ぎ込まれると同時に、黒い封印の隔壁が内側からメリメリと音を立てて歪み始めた。
——ドクン……ッ!!
重苦しく、ドーム全体を震わせるような「心臓の鼓動」が響き渡る。
「……何の音だ……!?」
(ネフェリムが起動したのか。この流れは原作通り……なのに……何だよこの違和感は!)
詩音が息を呑む。聖遺物の鼓動が発する「根源的な恐怖」に警鐘を鳴らしていた。
(アヴァロンの警鐘……聖遺物殺しへの根源的な恐怖か……?)
コンテナの中で眠っていたのは、あらゆる聖遺物と命を喰らい尽くす原初にして最悪の怪獣——『ネフェリム』。本来ならば起動するのに相応のフォニックゲインを要する完全聖遺物だが、3人の装者の絶唱という奇跡のフォニックゲインを貪り喰らったネフェリムの心臓が、ひっそりと、けれど圧倒的な悪意をもって脈動を開始したのだ。
「順調に行ってるデスねマリア!」
「手酷くやられたけどもう動けるよ」
「あの娘達……さっき私を襲撃した装者! やはりマリア達の仲間だったのね!」
「どういう事ですか翼さん!」
「詩音が私を逃がしてくれた後……私は彼女達に襲撃されたの。叔父様が彼女達の策を看破した事でギアを纏い撃退したのだけど……浅かったということね」
そこへ、翼の猛攻を脱してきた切歌と調が空間の歪みから滑り込み、マリアたちへと合流を果たした。
「全ては私達の計画通り」
「逆上した貴女が想定外の強さをしていたのは事実。でもその程度ではアタシ達は止められないのデス!」
翼は先程までの出来事を想起する。武器の形状と地形から相性が良かったから凌げた先程の通路と違いここは遮蔽物の少ないステージ……しかも自分達は絶唱の反動に疲労を抱えている。
「マリア……! ネフェリムの起動、完了したデス!」
「撤退の準備も万全だよ。……さあ行こう」
「そうね。彼女達のおかげで計画は滞りなく進行した。ならセレナ……彼女を解放してあげましょう?」
「わかりましたマリア姉さん」
合流した切歌と調の報告を受けマリアは決断を下す。その言葉でセレナの白銀の鎖に繋がれていた天羽奏へ視線を向けると、静かにその拘束を解除した。
「……えっ……!?」
床へ投げ出された奏が息をのむ。
「……天羽奏さん、あなたはここで置いていくわ」
マリアは詩音を冷たく、そして切なく見つめながら言い放った。
「元より私たちの目的は、あなたたちを誘い出し、絶唱のフォニックゲインによってネフェリムを起動させること……そして、中継のブラフで詩音を揺さぶり、二課の無力さを思い知らせることよ。人質なんて最初から私たちの計画には必要ないの」
「でもお兄さんに私達と共に来て欲しいのは本心です。でも……やはり私達と共に来てはくれませんよね?」
「悪いなセレナ……マリアには言ったが、僕はテロリストに与したいとは思わない」
「うん……わかってるよ。お兄さんならそう言うって私達は知ってるもの」
セレナは再度詩音を勧誘するが当然拒否する。
「まぁ良いわ……今回の目的はあくまでも顔見せとネフェリムの起動……目的を果たしたのに深追いする理由はないもの」
マリアたちの言葉は、完全な勝利を確信した敵としての、冷酷な「ブラフ」だった。あえて奏を解放し、人質にすら固執しない余裕を見せつけることで、「二課も、詩音お兄ちゃんの不壊の盾も、最初から私たちの掌の上で踊らされていたに過ぎない」という圧倒的な絶望を詩音たちの胸に焼き付けるために。
「詩音……。あなたがどれだけ彼女達を守ろうとしても私たちを止めることも、何かを護り切ることもできなかった。……その身体の冷たさを噛み締めながら、今は二課の道具としてそこで指をくわえていなさい」
「じゃあ行きますね」
セレナの放つ閃光が最大展開され、彼女達の姿を眩ましていく。
「クソっ……! 見えねぇ!」
「待て……! 待てマリアッ!!」
詩音が手を伸ばす。奏は無事に戻された。だが、中継の嘘に踊らされ、ネフェリムの起動を許し、完全に後手に回らされた敗北感と焦燥感が胸を酷虐に引き裂いていく。マリア、セレナ、切歌、調——F.I.Sの面々は、破綻した神威の男と膝をつく装者たちを眼下に見下ろしながら、闇のゲートの向こう側へと姿を消した。
(ならどうしてネフェリムの名を告げた……?)
絶唱の三重奏という圧倒的な威容の裏で、F.I.Sの真の牙『ネフェリム』が目覚め、守るべきものを何一つ守れなかった詩音の後悔と彼女達のさらなる狂愛と惨劇の幕を開けようとしていた。
ぶっちゃけこのマリアさん達の本命の目的は人類の救済【ではない】のでネフェリムの事とかも詩音が聞けば割と簡単に話すでしょう。
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