たとえ世界が地獄だとしても 作:Alter
アロンダイトの実験をしていく中でいくつかわかって来た事がある。まず1つは僕の限界だ。
「現状で行える形状変化は大体3回……引き出せる出力は体感10%。あまりにも厳しいか」
このままじゃあ研究者の言う通り失敗作か……僕に家族を守る力はやはり無いのか。
「強くなりたい……家族を守れるぐらい……強くならなきゃ」
僕の想いとは裏腹に運命が訪れる。
♢♢♢
──それは、F.I.Sの地下研究施設が紅蓮の炎と狂気に呑み込まれたあの日の悲劇だ。
「ネフェリム暴走! 区画封鎖を急げ!」
「総員退避だ!
制御を離れて暴走した完全聖遺物『ネフェリム』が発する高熱波と毒素が、壊壊していく隔壁を溶かしていく。
迫り来る死の爪痕を前に、レセプターチルドレンの中では年長組とはいえ幼かったセレナ・カデンツァヴナ・イヴは涙で濡れた瞳に死の覚悟を宿していた。
「──逃げてマリア姉さん! 暁さん! 月読さん! 来ないでお兄ちゃん……!」
大切な家族を守るため。大好きな「お兄ちゃん」に未来を残すため。
セレナは小さく息を吸い込み、その命を燃やし尽くす【最期の歌】を口唇に乗せた。
『Gatrandis babel ziggurat edenal〜』
「おいセレナ! その唱を止めろ!」
僕はその言葉と共にアロンダイトに手をかけ飛び出していた。
『Emustolronzen fine el baral zizzl〜』
感覚で解る。アレはヤバい詠だ。自身の負荷を考慮しない碌でもない機能だ。なら僕は……!
『Gatrandis babel ziggurat edenal』
「セレナには悪いが……こうしてやるんだよ!」
アロンダイトの起動をはじめたことに伴う体能力でセレナの元へ駆ける。化け物が倒せる保証もセレナを逃がせる保証もない。それでも僕は戦う!
「駄目だよお兄ちゃん……もう……」
「だったら僕がやるべき事はこういう事だぁ!」
セレナの高めたフォニックゲインは僕のアロンダイトと共鳴してその力を集約している。つまり原作危険なのはあの怪物とその直線上……やってみよう。
「僕は間違いなくこのままじゃあ身体が無事じゃあ済まない……それでも!」
『Emustolronzen fine el zizzl』
セレナの詠が終わると同時にアロンダイトにセレナの力が流れ込んでいる。
絶唱……確か情報が正しいなら聖遺物の力を限界突破させ、装者の肉体を内側から木端微塵に破壊する破滅の旋律。
それがネフェリムを止める為に使われるエネルギーにもなればセレナの体細胞を蝕み殺しかねないのは明白、まさにその瞬間だった──
「──やめろッ、セレナァァアアアッ!!」
家族を守る為に飛び出して視界が不自然に揺れた。
絶唱の旋律を遮るように、バリアすら纏っていない「生身」の影が二者の間に割り込んできたのだ。
「お兄……ちゃん……!? 駄目、来ちゃ──」
「分かってる! 」
しかし絶唱の反動による疲労と感じるエネルギーの本流に脚が竦む。
そしてセレナが叫び切るより早く、僕は力任せにセレナの身体を力強く抱き寄せた。
それと同時に、彼が手に握りしめた聖遺物『アロンダイト』が、禍々しい漆黒の電流を叩き付ける。
『──ガチ、と最後に』
世界から音が消え、セレナの体内に渦巻いていた絶唱の反動と、ネフェリムが撒き散らす膨大な過負荷の奔流が、すべて一本の導線(バイパス)を伝って【主人公の身体】へと流れ込んでいく。
「ぁ……ガッ、ぐぁ……ッ!!?」
僕の口から、見たこともない量の鮮血が噴き出した。
皮膚が裂け、全身の毛細血管が破裂し、白い服が瞬く間に赤黒く染まっていく。
その状況で僕に流れた全てのエネルギーをネフェリムにぶっ放しその巨大を両断して活動を停止させた。
「ネフェリムが……消えた……?」
だがバリアを持たない生身の人間が、絶唱の毒と過負荷を全量引き受ける──それが何を意味するかなど、幼いセレナにも理解できた。
その結果夥しい出血とアロンダイトの大損傷、そして何より僕の傷はアロンダイトの損傷部分とリンクしている場所が多かった。
「いや……嫌あぁぁぁっ! お兄ちゃん! 止めて! 私の歌を吸わないでぇっ!!」
「大丈夫……大丈夫だから……ッ! セレナ……君は、生きて……歌うんだ……っ」
メリメリと、僕の骨が軋む音が響く。
僕の身体は、あの瞬間セレナがネフェリムの力を吸い上げて至ったエネルギーをだが、その巨大エネルギーの避雷針となって過熱していた。その状況ネフェリムの暴走エネルギーをその肉体ひとつで強引に相殺・沈静化させていく。
「お兄ちゃん……死んじゃうよぉ!」
やがて、狂乱の光が収まった。
ネフェリムは沈黙し、施設には崩落の音だけが残された。
そして──その足元には、全身から血を流し、虫の息となった主人公が倒れていた。
♢♢♢
あの暴走から数ヶ月……僕達には1つの結論が下された。
「……F.I.Sの医療設備じゃ、この子の崩壊した体細胞を再生できない。……今すぐ日本の二課(政府)の高度医療施設へ引き渡さなければ、この子の寿命は数年と持たないでしょう」
ナスターシャ教授の冷徹な宣告が、絶望的な現実を突きつける。
セレナを……家族を守った僕を救う唯一の方法は、僕を敵対組織である「二課」に明け渡すことだけだった。
「やっぱここじゃあ……厳しいか……」
雨の降る夜、二課の緊急医療トランスポーターへと搬入されていくストレッチャー。
酸素マスクを装着され、点滴と心拍モニターのコードに繋がれた僕の前に、セレナは取り乱しながら縋り付いた。
「嘘でしょ……お兄ちゃん! 行かないでよ! 私を置いていかないでよぉッ!
私のせいで……私が弱かったから、お兄ちゃんがこんな……ッ!!」
「セレナ……泣かないで……」
弱々しい、今にも途切れそうな声だった。
僕は激痛に顔を歪めながらも、意識をうっすらと開け、涙と血でぐちゃぐちゃになったセレナの頬へ、動かない左手をそっと伸ばした。
「セレナ……やっぱり……」
セレナの後ろから調ちゃん・切歌ちゃん・マリアが追ってきた。ここまで揃って何も告げられ無ければ間違いなく僕は彼女達の【心の傷】と化してしまうだろう。だから僕は覚悟を決めた……が、その言葉はその場にいた者全員の精神を終生縛り付ける、あまりにも残酷で、甘やかな「呪い」へと変わることになる。
「大丈夫だよ……みんな。
『人は、忘れられた時に……本当の死を迎える』んだ……。
だから……片時も、僕のことを忘れずにいて……っ」
身体がかなり痛い。後遺症は相当良くないってことか……
「お兄……ちゃん……?」
僕は呼吸を整えて続ける。彼女達の心の支えに出来る言葉を贈らないと……
「みんなが……僕を覚えていてくれる限り……僕はどんな場所でも、どんな恐ろしい目に遭ったって……絶対に死なないから……。
だから……みんなは、温かい場所で……笑っていてね……」
血に濡れた唇で、どこまでも優しく浮べられた「最後の笑顔」。
だが肝心の僕はそのまま乗せられ搬送車のドアが重々しく閉じられ、雨の夜の闇の中へと走り去っていった。
取り残されたセレナは、自分の胸を締め付けながら、その場に崩れ落ちた。
(忘れられたら、死ぬ──?)
(二課に連れて行かれたお兄ちゃんを、私たちが一秒でも忘れてしまったら……お兄ちゃんは本当に死んでしまうの……?)
(あの冷たい場所で……二課の奴らに囲まれて、私たちのことを忘れてしまったら……?)
「忘れない……ッ!!」
雨の中、セレナの血を吐くような叫びが響き渡る。
「忘れるわけないよお兄ちゃん! 一秒だって……一瞬だって忘れない!!
二課の奴らになんか渡さない……! 私が……この手がどれだけ汚れたって、お兄ちゃんをあそこから奪い返してみせる!!」
主人公が命を捨てて残した「生きてほしい」という祝福。
それは残された少女たちの精神の中で、「一秒でも忘れればお兄ちゃんを殺す狂気の恐怖」へと変貌した。
セレナの手で抱きしめたアガートラームの銀のギアが、彼女の歪んだ愛執に応えるように、暗い光を放ち始めていた──。
セレナは原作と異なり大きなダメージを受ける事なく活動を続けます。その心に大きな闇をおとして……
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