あれから移送された僕は緑色のろ過液で満たされた医療カプセルの向こう側で、静かに目を閉じていた。
「やっぱ身体がキツイ。でも二課でキチンと治療をうければ……」
胸元から覗く肌には、かつて誰かの絶唱負荷をその身一つで全量引き受けた際に刻まれた、赤黒い霊体組織の焼き痕が痛々しく残されている。内臓も霊体経路も、一度は完膚なきまでに損壊した体。F.I.Sから「治療のための高度医療留学」という名目で二課へ極秘移送されてきた彼の生体データを見つめ、二課の司令である風鳴弦十郎さんは深く、重い溜め息をついた。
「……ひどいものだな。こんな子供が、向こう装者の代わりに絶唱の負荷を引き受けたというのか」
「はい。本来なら、指一つ動かさず静養に専念すべき状態です」
聞こえる声が僕の凄惨性を強調している。やはり原作に無かった装備だけあって相当曰く付きとでも言えそうなニュアンスだ。
(それでも僕は……セレナを救えたんだから……良かったんだ)
司令の傍らに立つ緒川さんが画面の数値を切り替える。そこに表示されたのは、移送カプセルと共にF.I.Sから提供された独立特命兵装──『アロンダイト』の解析構造図だった。
「俺の見間違いか? とてもシンフォギアとは似ても似つかないように思えるが……」
「設計コンセプトの違いはあるでしょう。しかし……」
二課の技術陣を絶句させたのは、その狂った設計思想である。シンフォギアのような体表を保護する生体鎧(ドレス)もなければ、ノイズの炭化攻撃を防ぐバリアフィールドすら存在しない。ただ両腕に装着される無骨な機甲アームユニットと、装着者が「他者の負傷や毒素、過負荷を自らに引き受ける」ためだけに特化した、自傷的な概念機能。
「F.I.Sの連中は、この子に何を持たせるつもりだったんだ。これでは防具ではない……ただの拷問器具じゃないか」
「そして恐ろしいことにこのアロンダイトは僅かですが自動修復機能が搭載されているようです……」
「……………………そうか…………」
司令が吐き捨てるように呟く。その背後、研究室の暗がりに佇んでいた櫻井了子は、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、口元に密やかな笑みを浮かべていた。
【他人の痛みを引き受け、自ら壊れていく歪んだ少年と、彼を使い潰す構造】
それはフィーネとしての彼女にとっては興味深い対象なのだろう。そして二課の善良な正義を内側から泥で汚す、極上の実験体に他ならなかった。
(彼女自身の研究者としての性……か)
その時、地下司令室全体に甲高いアラートが鳴り響いた。
『緊急事態! 湾岸エリアに未知の多重波形を持つノイズ群が発生! 出撃可能な奏隊員、風鳴隊員はただちに現場へ急行してください!』
「おう!」「わかりました。現場へ急行します」
その報告を受けて翼さんと奏さんは飛び出して行った。
「…………戦力か。お前は治療者であり客人だ。そんな事態が起こるとは思えないが……」
やはり司令は優しい人だ。僕の識っている貴方で良かった……
治療カプセルから見えるモニターに映し出される戦況は思わしくない。現場へ急行した天羽奏と風鳴翼の二人が、死角からの不意打ちによって体勢を崩され、巨躯を誇るノイズの鋭利な突起が、奏の無防備な背中へ肉薄する映像が流れる。
「くっ……奏! 翼!」
彼女達が苦戦している。それだけで僕が動くには充分だ。
「…………行かなきゃ。僕が動けば……助けられるんだから……」
司令が拳を握りしめたその瞬間、背後で『プしゅー』と重い排気音が響いた。僕が機械から脱出した音だ。
「身体は動く。剣も振れる。なら……充分だ……」
生体コードを自分の手で引き抜き、濡れた髪のままカプセルから這い出してきた少年が、激しく咳き込みながら床に足をついていた。全身の痛みに顔を歪めながらも、その手は迷いなくアロンダイトの保管ケースへ伸びている。
「待て! お前は何をしようとしている!」
弦十郎が叫び、その肩を掴もうとする。だが、少年は振り返り、息を絶え絶えにしながらも、悲しいほど穏やかな笑顔を向けた。
「司令……僕に、あのギアを握らせてください」
「馬鹿を言え! お前は治療のためにここに来たんだぞ! 今動けば命がない! それに……ノイズに触れれば一瞬で炭化して死ぬんだぞ! その兵装には身を守るバリアすら張れないんだ!」
「知っています」
僕は黒鉄のパーツを両腕に固定しながら、静かに首を振った。
「でも、このアロンダイトは……『誰かの痛みや負荷を引き受けるため』に作られたF.I.Sの兵装なんです。僕が腕でガードして、血を吐くだけであの人たちが助かるなら……喜んで吐きます。僕はその為に生きているんです!」
「お前……ッ!?」
司令は僕の瞳を見て動揺している。そしてその隙に制止の声を置き去りにし、制服姿のまま、僕 は夜の街へと跳んだ。
──-
湾岸エリアの戦場は、異様な光景に包まれていた。通常通りならば倒せる筈のノイズが起こす動きの奇怪さが2人を困惑させ苦戦させている。
「しまっ──!?」
体勢を崩した奏の視界の中で、ノイズの尖角が死角から迫る。常人が触れれば炭化・即死する絶対の脅威だ。シンフォギアのバリアでも防ぎきれないダメージと悟った奏が歯を食いしばったその瞬間──
「させ……るか!」
視界を遮るように割り込んできたのは、シンフォギアの鎧すら纏わない、2人からすれば私服姿の見知らぬ少年だった。
「なっ……誰だ、お前は! 離れろ!!」
「僕がアイツの足を止めます! その隙に!」
奏の悲鳴を置き去りにし、少年は両腕の黒鉄アームガード──『アロンダイト』を交差させ、ノイズの打撃の軌道上へ力づくで滑り込ませた。
**ガチィィィィンッ!!!! **
火花と激しい衝撃音が夜の街に響き渡る。本来ならノイズの直接接触は即死だ。だけど腕部のアームユニットによって奇跡的に阻まれ、炭化死は免れた。だが──このアロンダイトにはバリアフィールドが存在しない。
「ノイズの攻撃を受け止めた!?」
ノイズの莫大な質量、物理的打撃の圧力、そして殺傷エネルギーの全バックファイアが、減衰されることなく僕の腕を介して生身の胸郭と内臓へ直接叩きつけられた。
「ガハッ……ッ!!? ぐ、ぁ……っ!!」
口から、大量の鮮血が噴き出した。服の隙間から覗く肌の血管が赤黒く浮き上がり、骨が鳴りを上げる。ノイズの炭化攻撃を防ぐためにガードを固めた代償として、受け止めた衝撃そのものが内臓を破壊していた。
「嘘……だろ……!?」
奏が息を呑む。ノイズに触れれば死ぬという極限下で、バリアもない生身の身体で割り込み、ただ「両腕のガード」だけでノイズの攻撃を受け止め、その激痛と過負荷で大量の血を吐いて膝をつく少年。その光景は彼女達への衝撃には充分だ。
「今です! 仕留めてください!」
「ッ! 奏!」
「分かってる!」
翼の蒼ノ一閃と奏のLAST∞METEORがノイズを穿ち撃破した。
口元からダラダラと血を撒き散らしながら、後ろにいる奏と翼が無事であるかを確認するように振り返った。その目は焦点が合いきっていなかったが、血に濡れた唇を歪め、満足そうに微かに微笑んだ。
「よかった……間に合っ、た……」
そのまま、ドサリと崩れ落ちる僕の身体。自らを「戦うための剣」と割り切ろうとしていた翼は、その光景に激しい戦慄を覚えていた。ノイズに触れる恐怖すら置き去りにし、自分の身体を「盾」にして血を吐く姿は、命を捨て駒として扱う狂気そのものだった。
──-
二課の地下治療室。僕は過負荷と衝撃による内臓破裂の手当を受け、全身を点滴とモニターに繋がれてベッドの上で目を覚ました。
「……あ、かれ……」
かすれた声を出した瞬間、胸ぐらを強く掴み上げられた。
そこにいたのは、目元を真っ赤に腫らし、怒りと悲しみの混ざった凄ましい表情で自分を見下ろす天羽奏だった。
「バカじゃないのか……!?」
奏の声は震えていた。
「ノイズに触れたら死ぬって分かってんだろ!? バリアもない腕だけでガードして、内臓破裂させて血吐いて……治療に来た二課で、また死にそうになってんじゃねぇ!!」
「奏……さん……あはは、すみません、でも……が無事で……」
「無事でよかったじゃないでしょ、この分からず屋!!」
**バチンッ! **
静寂な治療室に、強烈な音が響き渡った。僕の頬を叩いたのは涙目の翼だ……
「貴方は……自分の命を何だと……」
更に追撃の如く奏が涙を零しながら、僕の頭へ放った渾身の1撃痛みに頭を押さえる僕に、奏は胸ぐらを掴んだまま、魂を絞り出すように叫んだ。
「感謝されるとでも思ってんのか!? ……ガードして自分が血吐いて倒れるくらいなら、最初から戦場に出てくんじゃねぇ、バカ!!」
「……っ……」
僕は丸くした目で奏を見つめ、それから少しだけ困ったように、けれど温かい笑みを浮かべた。
「……はい。すみません」
そして重苦しい雰囲気がこの場を包んだ。
◆◆◆
「なるほど……あれがF.I.Sの試作した対ノイズ兵装……あの研究所らしい欠陥品。だけど……えぇ……」
そのやり取りを、病室の影から冷ややかに見つめる櫻井了子……もとい悠久の巫女フィーネは愉悦の笑みが溢れていた。
「武装としては下の下……シンフォギアとすら比較するにも値しない。でもその使い手……彼は面白い出来事を見せてくれそうね」
資料に刻まれた名前【天倉 詩音】の情報をなぞりながら彼女は妖しく微笑む。
「私の悲願を果たす為の……生贄として」
誰かを救うために自分を壊し続ける少年と、それを許さない二課の正妻、そしてこの場にはいないが後に彼を奪還しようと狂気に落ちていく妹たち。
全ての狂気と愛が交錯する引き金が、この静かな治療室で引き抜かれた瞬間だった。
彼の狂気は少女を惑わし狂わせる。自覚は必要無い。彼が己の信念を貫くだけで狂うには充分なのだから……
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