僕が二課に身を置いて3年半が経過した。来日直後に戦場に無理矢理にでも降り立った僕は二課から相当の監視を受ける事が日常となった。目を離せば無理をすると見抜かれたせいだ。
「貴方を見ていると……私の価値観が揺らぎそう。何故か……不思議なのよね」
「僕は好きだよ? 信念を賭して人々を守る翼の姿は……カッコイイ。でもさ? 翼は……年齢を考えれば奏や僕に甘えても良いと思う。何なら司令達にはもっと甘えるべきだよ」
今では二課の手厚い対応でアロンダイトも含めて根治した。今なら僕はある程度は戦える。
「私は……防人なの。そんなことをしていたら人々を……」
「なら僕がノイズを倒す。僕達は数少ない戦士だからこそ戦いには万全で臨むべき……まぁ僕の考え方だから強制も出来ないけどね?」
「…………いつかそんな日も無くさないとね……」
翼とこの数年で打ち解けられてきた気はした。今は奏もいる。そして僕はノイズと戦える。そして二課で戦い方を学べて少しずつでも強くなれてる。既に僕がセレナを救ったことでもしかしたら
「もしも奏を助けたいなら……」
「どうしたの?」
「いや。翼に説教をしたからには言葉には責任を取らないとね」
「律儀なのね」
立花響にガングニールを継承する。最低でもそこから始めないと元も子もない。なら奏を見捨てるべきなのか?
「詩音?」
関係無い。僕がノイズを倒せば良い。例え僕が傷ついても奏を助け出せば良い。僕はイレギュラーだ。僕の命1つで幸せになれる人間がいるならこの命は惜しくない。
**ライブ前夜:控室**
ツヴァイウィング初の大型ライブ——その開幕を翌日に控えた二課の押さえた地下控室。静まり返った部屋の中で、僕は首元をすっぽりと覆う黒のタートルネックの襟をそっと直していた。
「いよいよ明日が運命のライブか……」
服の下に隠された、F.I.Sでの激闘と絶唱負荷の残骸である赤黒い傷痕。
それを二課の仲間に可能な限り見せないことは、ここでの3年間に及ぶ僕の密かな儀式のようなものだった。
「——また服の襟、気にしてんの?」
背後から届いた、どこか呆れつつも温かい声。振り返ると、華やかなライブ衣装に身を包んだ天羽奏が、両手腰に手を当てて立っていた。
「あ、奏か。いや……少し緊張しているだけだよ。すごく綺麗な衣装だよね。明日の本番は楽しみにしてる」
「ふん、当たり前だろ? 誰に向かって言ってんだよ」
奏は誇らしげに胸を張り、そのままつかつかと距離を詰めると、僕の額にポイツと指先を突き当てた。
「言っておくけど、明日は客席の端……じゃなくて、会場裏の警戒エリアからしっかり見てろよな。アンタがバリアもないアロンダイト握って飛び出そうとしたら、遠くからでも見つけ出してみせるんだから。まっ……ライブでそんなこと起こる訳でも無いけどさ」
「あはは、櫻井先生にも同じことで怒られたばかりだよ。『また点滴を引き抜いたら次は拘束衣を着せる』って」
「当たり前よ。この3年間、どれだけアンタに手料理食わせて筋肉つけさせたと思ってんの」
手厳しいなフィーネ……いや、今は櫻井了子としてか。それが例え悲願の為の過程だとしても仕事は全うしてる。そんな相手を知識だけで悪役と断じるのは流石に僕のエゴだ。
「……いいか? 無事にライブが終わったら、アンタの奢りで一番高い肉でも食べに行くからな?」
奏はイタズラっぽく笑い、それから少しだけ表情を柔らかく落とした。
その瞳には、僕が自分を捨て駒のように扱うたびに見せる、切なくも重い情愛が宿っていた。
「もし明日、また勝手に飛び出して血吐いて倒れたりしてみな。……今度は本気で、骨が折れるくらいのデコピン叩き込むから」
「うん。……楽しみにしている。絶対に生きて……は言い過ぎだけどライブを成功させてよね、2人とも」
「心配症ね。ノイズは簡単には現れないわよ? そもそも……私達がいるこの場を襲撃しても装者達の力があれば返り討ちよ!」
「櫻井先生……そうですね。何故か僕まで気負ったかもしれませんね」
僕は静かに微笑み、胸の奥で誓っていた。僕の壊れかけた体がどうなろうと、2人が歌い、笑える「今日」だけは、絶対に守り抜いてみせるのだと。その為なら僕は戦える。
『皆! 今日はこの場に来て私達の歌を聴いてくれてありがとう! 最高のライブにしましょう!』
「奏……柄にもなく緊張してるか? 口調がいつもと違って乱れてるっての……」
ライブ当日。会場を埋め尽くす超満員の観客と、雷鳴のように響き渡るツヴァイウィングの歌声。
会場裏の最終防衛ラインで、僕は両腕にズシリと重い黒鉄の機甲アーム『アロンダイト』を装着し、一人待機していた。
「あり得ない。そう言われたけど我儘を言ってここに居させて貰ったからなぁ。後で奏にバレたらブチのめされそう」
僕は今ネフシュタンの鎧を安置した部屋の前で待機している。原作ではこの時に紛失した鎧だけどもしかしたら……と思って言ってみたら了承してくれた。緒川さんからは
「奏さんに怒られても知りませんよ?」
と警告されたが意地を通した。恐怖はあるけど後悔はしていない。僕が奏を守れれば続く日常だ。
「ん? 通信?」
通信インフラの異変。肌を刺すような不吉な空気。3年間、二課で培った直感が警鐘を鳴らしていた。
『——聞こえる、詩音君?』
通信機から届いたのは、主治医である櫻井了子の、どこか不機嫌そうな声だった。
『モニターの生体反応、今は安定してるから言っておくけれど、出撃許可は出していないわ。また血を吐いてアロンダイトの適合データをパーにしたら、私がどれだけ面倒な報告書を書かされるか……分かってるの?』
「……すみません、櫻井先生。でも、先生がいつも完璧に治療してくれるから……僕は安心してここに立てています」
『……ハッ、感謝すれば許されると思っていないかしら? 狂ってるわよ、あなたのその論理は』
冷たく言い放つ櫻井先生だったが、その裏に隠された「実験体を失いたくない計算」と「胃の痛む苦労」を感じ取り、僕は苦笑を漏らした。
その直後だった。
「ッ! ノイズ出現の警報!? てことはブリューゲルは終わってたのか!」
狂ったような警報音が鳴り響き僕は2人のいるステージへと向かった。そして空が禍々しい赤紫に染まっていた。
**「——ノイズ発生! 数量、測定不能!!」**
悲鳴。狂乱。爆音。完璧だったはずのコンサート会場は、一瞬にして地獄の屠殺場へと変貌を遂げた。ノイズから逃げ惑う観客席。あまりにも大きな混乱が我先にと思い他者を顧みず逃げたい人達のパニックで既に負傷者も出ているだろう。
「ネフシュタンを急ぎ保管しろ!」
司令の怒号が響く中、僕はアロンダイトの重装甲をきしませて現場へ走った。視界に飛び込んできたのは、無数のノイズに囲まれたステージの2人。
「お前達の相手は……僕だ!」
二課での訓練で継戦能力を確保しながら戦えるようになってきた。来日当初は出力の【10%】も引き出せば悲鳴を上げた身体も今では【25〜30%】ぐらいは耐えられる。大剣化も双剣化も負担がマシにはなった。少なくとも2人の体勢を立て直すだけの時間は稼げる。
◆◆◆
「いつもの比じゃない。どうしてここまで……」
戦況は徐々に押されていた。傷つきそれでも歌を紡ごうとする奏と翼の姿だった。僕は戦えるがノイズに触れられたら即死する以上持久戦は苦手だ。今までは2人とお互いにフォローし合って戦えていた。でも今日のノイズはその比じゃない程の多勢だ。
(ダメだ……届かない……!)
翼とが分断され奏が逃げ遅れた立花響を庇って、圧倒的な密度の異形に囲まれる。
追い詰められた奏の瞳に、宿ったのは——「死を覚悟した捨て身の光」だった。
「奏! 何をかんがえている!」
「なぁ翼……? アタシさ? いつか思いっきり歌いたいと思ってた。だからさ……聴いてくれよ。アタシの詠を」
奏の口元が動く。僕には分かっていた。奏は自らの命と引き換えに万物を灰燼に帰す、最悪の祝詞——『絶唱』を唱えようとしている。
「Gatrandis babel ziggurat edenal〜」
「駄目! 奏! 詠わないで!」
後にガングニールを継承する立花響を守る為。そして今ここで相棒を守る為に奏は命を賭けている。
「Emustolronzen fine el baral zizzl〜」
「ノイズに致命傷を負わされた今そんな負担を身体にかけて何とかなる訳無いだろ!」
「Gatrandis babel ziggurat edenal〜」
僕と翼が止めるように声をかけても奏の詠が止まらない。そして……
「Emustolronzen fine el zizzl〜」
生命を燃やす程の詠の最後の一節が紡がれた。もう猶予は無い!
「一人で勝手に完結して死ぬなと言ったのは……奏、お前じゃないか……!」
僕の足が、地面を爆砕させた。
「あんな思いは……もうさせたくもしたくも無いんだよ!」
バリアなど存在しない。ノイズに触れれば、その瞬間に炭化し、細胞が壊死する。そんなこと、最初から百も承知だった。
「——うあああああああああっ!!」
絶唱の口上を紡ぎ切られエネルギーが溢れ出す。奏の目の前に僕は辿り着き覚悟を決めた。
「アロンダイト出力100%! 奏のフォニックゲインを纏いノイズを打ち滅ぼす!」
両腕のアロンダイトを双剣化して交叉させ、迫り来るノイズの爪撃を受け止める。響く衝撃に意も介さず奏のフォニックゲインを集約する。その膨大なエネルギーを僕は正面から「ただの生身の肉体」で全受容する。まだ僕の傷は浅い。だからこそ賭ける。
**ガアアアアンッ!! **
「——っがはぁっ!!」
衝撃が、内臓を、骨を、霊体経路を内側からズタズタに引き裂く感覚が僕を襲う。
喉の奥から激流となって溢れ出る赤黒い血が、黒のタートルネックの胸元を、そして地面を赤く染めていく。
「な……ッ!? つ、詩音……!?」
絶唱の負荷を遮られ、目を見開く奏。
目の前で膝をつき、バリアもない腕で自分を完全に庇い抜き絶唱の負荷を無理矢理肩代わりして吐血する僕の姿を見て、彼女の顔から一瞬で血の気が引いていく。
「なんで……なんでお前がそんなことを……止めろ! 離れろよバカ!!」
「うらあぁぁぁ!!」
刀身へ纏わせたフォニックゲインの斬撃が奔流となってノイズを飲み込む。斬撃が渦巻きノイズを巻き込みながら斬り裂いていく。
「詩音!」
「……はぁ、……ふぅ……」
視界が赤く染まる。激痛で意識が飛びかける。それでも、僕は膝を折らなかった。両腕の黒鉄アームを激突させ、奏の前に立ちはだかる「絶対の盾」として、溢れる血を拭うことすら叩き落として笑ってみせた。
「……よかった……。間にっ……た……」
「笑ってんじゃないわよ!! 血吐いて……またそんな顔して……っ!!」
奏の声が狂おしく震える。僕を庇い、抱きしめ、2度とこんな傷を負わせまいとこの3年手料理を食わせ続けてくれた奏と、戦士として背中を預けた翼。その全てを守る為に、僕はまたしても「装者の身代わり」になって血を吐いてでも救うと決意して命を賭けた。
「かなで……つばさ……2人を守れて……良かったよ……」
倒れそうになる身体を、アロンダイトの爪を地面に突き立てて支えながら、僕は弱々しく、けれどどこまでも穏やかに囁いた。
「約束……だろ? ……ライブが終わったら、美味しいお肉……奢らせてやるって……」
「バカ……! バカバカバカ!! 誰がそんな約束……ッ!!」
奏が僕の背中に飛びつき、崩れ落ちる僕の身体を死に物狂いで抱きしめる。
その温かさと、僕の首元にこぼれ落ちた彼女の激しい涙を感じながら、僕の意識は深い深い闇へと落ちていった。
「生きててくれて……本当に……」
——僕が血を吐くだけで、彼女達の幸せが守れるなら。やっぱり僕は、何度だってこの腕を突き出すのだと、確信しながら意識を手放した。
天羽奏は生き残った。自分を救う為に命を賭けた詩音という存在が彼女に【人としての】未来を紡いだ。
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