詩音の介入で確実に動いていく運命。その運命は更に【2人】の少女達を誘っていく。
「あれから2年か……後遺症の完治に時間がかかったもんだ……」
ツヴァイウィングの惨劇から2年が経過した。
二課の地下医療室。漂う消毒液の匂いの中、僕は首元を完全に隠すいつも使う黒のタートルネックの襟元を正していた。服の下には、2年前のライブで奏の『絶唱』を力ずくで遮り、ノイズの炭化毒と衝撃をバリアなしのアロンダイトで肩代わりした際の、全身に刻まれた激しい傷痕が今も赤黒く残っている。
「……あいつ、また勝手に点滴外してどこ行ってんのよッ!!」
回廊の通信機から響き渡るのは、主治医である櫻井先生の頭痛を堪えた怒号だった。
『言っておくけれど詩音! アロンダイトはともかく! あなたの霊体経路の修復率はまだ80%以下よ! 今度アロンダイトの衝撃を受けたら、本当に心臓が破裂するって言ったでしょうが!!』
通信機越しに届く悲鳴のような制止に、詩音は両腕に重厚な黒鉄アーム『アロンダイト』を噛み合わせながら、困惑混じりに苦笑を返した。
「すみません、櫻井先生。でも……先生がいつも命を繋ぎ止めてくれるから、僕は今日も迷わず前に立てるんです」
『感謝すれば許されると思っていないかしら!? 狂ってるわよあなたのその思考は! 誰か、そのバカを物理的に縛り付けなさい!!』
通信を強制作動で切り、詩音は出撃口へ走る。私立リディアン音楽院の周辺に発生したノイズ群。そこにまだ、名も知れぬ無数の「日常」が取り残されていることを僕は知っていた。
「あのライブから2年経過した翼の……いや、この世界ならツヴァイウィングのニュー・シングル。2人の熱狂的なファンなら間違いなく初回限定特典を確保しに行ってる。そして彼女は……」
翼の到着は恐らく間に合うだろう。でもそれが綱渡りな出来事なのを僕は識っている。だからこそ彼女を助けるべきだと判断してリディアン付近で今日付けでCDを発売している書店へと駆ける。
◆◆◆
「未来、走って……ッ!」
平穏な放課後の街が一瞬にして地獄と化していた。リディアンに通う女子生徒・立花響は、親友の小日向未来と共にツヴァイウィングのCDを購入する為に書店を訪れていた。そして未来の手回しで先に予約を押さえていた2人は無事に支払いと商品の引き換えを受けて浮かれ調子で退店していた時に運命が動いていた。
「響……これもしかして……」
「うん……」
2人が同じ予感をしたのとほぼ同時にノイズの襲撃警報が街へと響く。
「逃げない……っ!」
「響?」
「未来……先にシェルターに避難していて。私は……逃げ遅れた人を助けるから……」
「馬鹿なことを言わないでよ! 響1人じゃあ行かせないから!」
「未来……ありがとう……」
世界の運命は絶えず移り変わる。本来無事に避難出来ていた者が彼女に同行していたなんてこの時の僕は知る由もなかった。
◆◆◆
(嫌だ……死にたくない……っ! 誰か、誰か助けて……!)
「未来……生きるのを諦めちゃ駄目だよ! あの日奏さんが言ってた……だから……」
「うん! 逃げ切る! だから響も諦めないで!」
「2人で生き残ろう!」
しかしノイズとの逃走に響達の背後に忍び寄る尖頭の異形。退路はないく死を悟り、響がギュッと目を瞑ったその瞬間——空間を切り裂くような重厚な駆動音が響いた。
「ッ!」
「——そこまでだッ!!」
ドォンッ!! と地面を爆砕させて斬撃が割り込みノイズを斬り裂いた。そこには首元を黒タートルネックで覆い、両腕に巨大な黒鉄の機甲アームを装着した、響達からすれば見知らぬ青年だった。
「怪我はしてないか君達!」
「ッ! はい! 怪我はしていません!」
「同じく!」
「じゃあそのまま動くなよ? ノイズを殲滅する! 翼聞こえるな? アドレスを送るから来てくれ!」
『既に向かってるわ。でもその位置……私の現在地からは少し距離があるの。詩音は民間人を守りながら凌げるの?』
「三下相手なら余裕!」
僕は通信を終えてノイズを見据える。
バリアなど存在しない。
ノイズの爪が、詩音の両腕のアロンダイトを叩き割り、その衝撃と炭化の毒がダイレクトに彼の肉体を内部から破壊する。
**ガァァァンッ!! **
「——っぐぁぁぁっ!!??」
「ひっ……!?」
響の瞳が、驚愕と戦慄で限界まで見開かれた。
割り込んだ背中が激しく跳ね上がり、青年の口元から、そして黒タートルネックの胸元から、激流のような赤黒い血が飛び散る。
ポタポタと地面を染める温かい血液の一部が、響の頬に跳ね飛んだ。
「な……誰……っ!? なんで、なんで見知らぬ貴方が……ッ!?」
一度も会ったこともない、名前すら知らない青年。彼が自分の目の前で異形の攻撃を生身で受け止め、凄惨に血を吐いている。
「……やっべ、……また傷……開いたか……?」
「ッ!」
「血……血が凄く出てますよ!?」
衝撃で膝が折れそうになりながらも、詩音はアロンダイトの爪を地面に突き立て、必死で踏みとどまった。
溢れ出る血を拭おうともせず、彼はゆっくりと振り返り、恐怖に震える響に向かって——どこまでも穏やかで、歪んだ笑顔を向けた。
「まぁいつものことだよ。それにしてもよかった……。君達が無事で……本当に、よかった……」
「………………」
その瞬間……響の中で、世界が真っ白に染まった。
(どうしてこの人は……安堵してるの……?)
自分の命を守るために、全く見知らぬ人が目の前で血を吐いて倒れそうになっている。
「自分が傷つけば誰かが助かる」と言いたげな、そのあまりにも異常で、儚く壊れかけた青年の笑顔。
(何……なにそれ……っ!?)
(なんで名前も知らない人が……私のためにそんな傷を負ってるのよ……っ!?)
(誰かが自分の体を粗末にして……血を吐いて私を守るなんて……そんなの、そんなの絶対におかしいよっ!!)
会ったばかりの青年の痛痛しい姿に対する猛烈なショック、恐怖、そして「他人の凄惨な自己犠牲」に対する激しい怒りと拒絶。
胸の奥、二年前の事故で植え付けられたガングニールの欠片が、詩音の血と、響の爆発的な「救済の感情」に反応して暴走気味の光を放ち始める。
「っとごめん……第2波が来た。君達は絶対に動かないで」
僕は少しでも彼女達を守れるようにアロンダイトを大剣化する。翼が駆けつけるまで凌げれはそれで良い。仮に響が覚醒出来なくても僕がいれば最悪は守れる。
(また……ノイズが来る……? この人がまた……血を流すの?)
「——やめてよ……やめてよああああああああああああっ!!!」
咆哮。
それは迫るノイズへの恐怖でもなく、己の死への悲鳴でもない。
目の前で血を吐きながら微笑む「見知らぬ青年」の狂気的な身代わりを全力で拒絶し、その理不尽な犠牲を打ち砕くための叫びだった。
「Balwisyall nescell gungnir tron〜」
「聖詠……やっぱり響は戦うのか……」
響の胸元から溢れ出す圧倒的な聖意の光。
激動の渦の中で、奏でられる始まりの歌。
「私を庇って傷つくな……ッ!!」
光を纏い、覚醒した装者として立ち上がる響の瞳には、ノイズを叩き潰す闘志と共に、目の前で血を吐く名もなき青年を「二度とこんな目に遭わせない」という、狂おしいまでの救済の芽生えが宿っていた。
この2年で詩音の傷自体はある程度は癒えてますが、常習的に無理をするのでことあるごとにに血を流しています。
ガングニール覚醒の瞬間に無もなき少女ではなく未来が隣にいたのも詩音が運命に介入した結果です。
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