響がガングニールに覚醒してから大体1週間くらい経過した頃だっただろうか。限界をとうに迎えていた僕の身体に今までよりも激しい痛みが襲った。
「今更……いや、ようやく……と言った方が適切かな?」
変化は突然だった。僕の意識が唐突に明滅した事は覚えている。
「これで……僕の役割は終わり……かな。奏の生存動機とか響ちゃんの様子は違っているけどきっと僕というイレギュラーがいなくなればいずれ運命は収束する筈だ。やれる事は全部終えた。後は……託すだけ……」
それが意識を手放す前にしていた最後の思考だった事は覚えてる。
◆◆◆
「……心拍数低下! 血圧さらに下降、炭化毒が心室にまで達しています!」
「櫻井教授! もう全身の組織壊死が止まりません……っ!」
地下医療室の手術室。バイタルモニターがけたたましい不吉な警告音を鳴らし続けていた。
ガラス越しに見える手術台の上、詩音の黒タートルネックは切り開かれ、その胸元は炭化毒の紫黒い侵食と、過去の傷痕で痛々しく無残に裂けていた。
ガラスのこちら側で、立花響と天羽奏は祈るように手を重ね、涙を流していた。少し離れた壁際には、まだ冷ややかな瞳を崩さない小日向未来が立ち、その凄惨な光景を目に焼き付けている。
「……ふふ、本当にギリギリまで自分を使い潰してくれるわね、詩音」
白衣を纏った櫻井了子……いや、『フィーネ』は、医療マスクの陰で冷酷かつ歓喜に満ちた笑みを浮かべていた。
「『アロンダイト』の負荷に耐えかねて肉体は崩壊しかけている。いえ……違うかしら? 元々耐えられる状態ではなかった。その状態で活動出来ていたのは詩音の精神が常人のソレを大きく逸脱していたから。だがどういう理由かその機能が働いていない。まるで……」
(ここで彼を死なせるわけにはいかない。まだ利用価値も、試したい実験も山ほどある。円卓の騎士の剣を宿す器に、王の『絶対の鞘』を叩き込んだらどうなるか……試すには絶好の機会だわ)
「ねぇ奏ちゃん……そして響ちゃんに確認するわ。
「1つの選択……ですか?」
「教えてくれ了子さん! どうすれば詩音を救えるんだ!」
「説明してあげるから落ち着いて……」
了子は金属ケースを開いた。そこに収められていたのは、金色と青の装飾が施された、不可視の概念を秘めた聖遺物『アヴァロン』の欠片だった。
「これは騎士王と言われたアーサー王が振るった聖剣の鞘と言われた聖遺物の欠片よ。逸話によればアーサー王が戦い続けられた要因の1つにこの鞘が関連するなんて話もある程なの。元々詩音は円卓の騎士の1人サー・ランスロットの振るった剣を使っている。そういう意味では親和性を信じてこの聖遺物を詩音に使えばあるいは……」
「じゃあ! 助けてくれよ! 頼むよ了子さん!」
「落ち着いて奏ちゃん……いくら再生の力があると言っても
「「っ!」」
その言葉に2人は息を呑む。しかし了子は言葉を続ける。
「そこで響ちゃんの力が必要なの。まぁ必要なのは響ちゃんがガングニールとどう融合しているかのデータの方だけど。響ちゃんの症例を参考に人為的に再現すればあるいは……」
「それじゃあ詩音は……」
「もし成功したら……」
「助かる可能性はあるわ。いえ……逸話が正しいなら不死の剣士として生まれ変わるという表現の方が正しいかもしれないわね。それでも……彼を助けたい?」
「「っ!」」
了子の言葉は2人に衝撃を与えたがその答えは2人が話を聞いた時から決まっていた。
◆◆◆
「……ごめんなさいね、詩音。あなたにはもう少し、私と子供たちのために血を流し続けてもらうわ」
あの決断の直後に2人の結論は出ていた。一瞬逡巡の後にお互いの顔を見合わせ認識が一致していたことを察した2人は口を開いていた。
「もしも詩音が不死として苦しむ事になるのなら……」
「私達が詩音さんの人生を背負います! 私達は詩音さんに人生を貰ったんです!」
「ふふっ……詩音は愛されてるのね♡」
了子は躊躇なくメスを握り、詩音の心臓直上へと『鞘』を埋め込む異端の手術を開始した。
ガァァァンッ……!!
手術室全体を包み込んだのは、まばゆいばかりの黄金と聖なる青の光だった。
「この反応は……予想以上ね……」
詩音の胸元に埋め込まれた『アロンダイト』と『アヴァロン』が、同じ伝説の波長として共鳴を始めていた。拒絶される可能性が高いと想定されていた予想を裏切り急速に浄化されていく炭化毒。ズタズタに引き裂かれていた筈の霊体経路が、アヴァロンの持つ「絶対なる概念的治癒」によって、力ずくで結合・再構築されていく。
「ッ! ……バイタルが急速に回復していきます……!? 心拍、血圧、正常値へ戻っていきます!」
「……成功ね」
櫻井了子は汗を拭い安堵しながら、しかし
「お兄さんっ!!」
「了子さん! 詩音は……詩音は助かったの!?」
「ええ……なんとかね。胸に万能の治癒力を秘めた聖遺物『アヴァロン』を埋め込む手術の結果ほ成功。これで彼の心臓が破裂することはない……けれど」
了子はわざとらしく痛ましい表情を作ってみせた。
「彼の肉体はこれから、どれだけ傷ついても『アヴァロン』の力で半永久的に自動修復されてしまう。つまり……さっきの仮説通り死ぬことも許されず、永遠に痛みを引き換えに戦い続けられる体になったということよ」
「……っ!」
響が絶句し膝をついた。確かに仮説は聞かされていたし覚悟もした。しかし自分のために血を吐いたお兄ちゃんが、今度は「死ぬことすら許されない身体」に改造されてしまったという事実には、胸が押し潰されそうな痛みを抱えた。
「大丈夫……だよ、響ちゃん」
「——詩音ッ!? もう意識を取り戻したの!?」
ベッドの上。胸元に眩い青の紋章を浮かび上がらせた詩音の瞼が、静かに開いた。
彼は酸素マスクを外し、身体中に伝わる激痛を完全に無視して——どこまでも穏やかに、そして絶望的なまでに狂気的な笑顔を向けたのだ。
「よかった……。これなら僕……いくらノイズに撃たれても、いくら血を吐いても……死なずに済む。もっとたくさん……君たちを護れます……」
「笑わないで……っ! 笑わないでよ詩音さんぁぁぁっ!!」
響が詩音の胸に泣きじゃくりながら抱きつき、奏が涙を浮かべながら詩音の頭を抱きすくめた。
そして、その光景を病室のドア越しに見つめていた未来は、冷めきった瞳の奥で、恐ろしいほどの違和感と寒気を覚えていた。
(……死なない身体を手に入れて、一番喜んでる……?)
(どこまで気味の悪い人なの……? どこまで響を狂わせたら気が済むの……ッ)
胸に『絶対の鞘』を宿し、真の意味で「どれだけ壊れても再生する無限の盾」となった詩音。
彼の周りに敷かれた過保護と狂愛、そして拒絶の監禁網は、さらに深く、強固に施錠されていくのだった。
◆◆◆
「思えば響ちゃん……いえ、詩音を受け入れた時から少女達の運命は変わっていたのかもしれないわね」
ここで少し時を遡り響がガングニールに覚醒した日の記録を閲覧する櫻井了子……いや、フィーネとしてあの日を回想していた。
◆◆◆
「どうして彼女からガングニールの反応が?」
翼の疑問に一度が答えの無い問いに詰まる中詩音が口を開く。
「あのライブの日の奏の置き土産……って言えば翼は信じる?」
「どういう意味だ詩音? 何故そこで奏の名前が出る?」
「覚えてますか? あの時奏の槍は砕けて逃げ遅れた少女の心臓を穿った。その少女こそが彼女……立花響ちゃんなんですよ」
「詩音は……識ってたのか?」
あの日の詩音は思い詰めていたような表情をしていた。何を識っているかは興味はあったが私からすればその知識よりも目の前の症例の方が興味深かった。
「探していたんですよ……僕達が救えなかった少女の行方を。そしてどんな運命か僕達は再び巡りあった。なら……」
「…………なるほどね。彼女……立花響ちゃんがガングニールを発現した経緯は何となく理解したわ。でも詩音にすらもう1つ大きな疑問が残ってる……そうでしょう?」
「お見通しですね櫻井先生……そうなんですよ。彼女がガングニールを覚醒させた理由まではわかるんです。でも彼女が僕を翼達から遠ざけるように守ろうとしていた……その理由がわか「本気で言ってるの?」……はい」
「詩音……貴方は彼女から見てどんな人物か分からないの?」
「初対面のお兄さんじゃないんですか?」
「……………………翼ちゃん。この馬鹿駄目かもしれないわ」
「同意します。しかし……」
「あっ……響ちゃんの件なら私に1つ心当たりがあるわよ? この馬鹿は貴女達を守る為に平然と命を賭ける。忘れてないかしら? 彼が命を救ってる人物がいるじゃない……」
「…………奏……ですか? でも奏はこうして生きて……」
「あるじゃない奏ちゃんには」
「まさかガングニールですか!? ガングニールに奏の思念が宿っていたなんて馬鹿な事を言うんですか!?」
というか私にすらその仮説しか無い。でも面白いわね……シンフォギアには装者の残留思念が宿るなんて。それなら向こうで実験するのも面白そうね……
さて……次回は愛されガールなあの娘が現れます!
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