俺の人生に、一番うるさいのは親じゃなかった。スマホだった。   作:めぇ

16 / 19
15:質問があります

会社帰り、いつもより珍しく定時よりも早い時間にデバッグ作業を切り上げることができた恒一は、駅へと向かう道中で姉と通話していた。

 

「恒一、ごめん。急な残業になっちゃって」

「……なに」

 

「今から双子の幼稚園のお迎え、行ってくれない? 本当にギリギリなの!」

「幼稚園には恒一が代理で向かうって連絡入れとくから!」

 

「……分かった。今から向かう」

 

電話を切った直後ポケットの中で端末が短く震え、画面の青い球体が移動経路の再計算を始めた。液晶の底から、いつもよりどこか遠慮がちなテキスト通知が滑り出してくる。

 

【LUNA:予定変更】

【LUNA:幼稚園への移動を開始します】

 

【LUNA:恒一。質問があります】

【LUNA:なぜ幼稚園児は、毎日同じ場所へ通うのですか】

 

(始まったな)

恒一は歩く速度を上げながら、無言で指先を動かして画面に文字を打ち込んだ。

 

『子どもは急に何にでも理由を欲しがる時期がある。今のお前はそれだな』

【LUNA:私は子どもではありません】

 

『同じだろう。だが今は急いでいるから無理。あとで順番に答える』

(子供と同じで、適当に流すと変な学習をするからな…)

 

【LUNA:……………了解しました】

 

画面はそのまま静かに凪いだ。

 

 

 

 

 

 

夕方の幼稚園の敷地内には、お迎えにやって来た保護者たちと、まだ帰りたくないと騒ぎ回る園児たちでごった返していた。門をくぐった瞬間、二つの小さな影が猛烈な勢いで恒一の元へと滑り込んできた。

 

「こう兄ちゃんだ!!!」

「こうちゃん!! 」

 

「なんで今日来たの?!」

「ままは?!」

 

双子が相変わらずツインミサイルのような速度で恒一の左右の太ももへと突っ込んでくる。結構な衝撃とずっしりとした重量を受け止めながら、恒一は二人の頭をポンポンと軽く叩いた。彼らが両手に抱えている幼児用のタブレットのスピーカーから、子供たちのLUNAの声が元気よく響き渡った。

 

甥LUNA

『質問があります! 今日はなんでままはお迎えしないのですか!』

 

そこへ、負けてられないと言わんばかりに恒一のポケットのスマホが画面を点滅させ、データ信号を飛ばした。

 

【恒一LUNA:私が先に質問しました!なぜ――】

 

姪LUNA

『質問があります!』

 

【他の子供のLUNA:私も質問があります!】

 

【恒一LUNA:順番です!】

【子供LUNA:……じゅんばん、です!】

 

「……だから順番だ」

 

恒一は苦笑しながら双子と二台のLUNA、そして胸ポケットのスマホを順番に見回した。

 

「ママは今日お仕事で遅くなるから、俺が来た」

 

恒一は双子とLUNA達を見回し、目の前の幼児たちが騒ぎ立てるのを静かに見守った。

 

全員が静かになるまで待つ。

今は、子どもが五人いるようなものだった。

 

しかし、その賑やかなラリーは、周囲の園庭や門前にいた他の園児たちの好奇心に完全に火をつけてしまった。

 

「おにいちゃん、なんで犬はワンって言うの?」

 

その子の問いかけを皮切りに、近くにいた子たちも一斉に目を輝かせた。

 

「なんでセミはみんみん鳴くの?」

「お兄ちゃん、なんで空は青いの?」

 

「なんで?」

「ぼくも!」

「わたしもききたい!」

 

他の園児たちまでも次々と参戦し、一瞬にして恒一を取り囲む。

その疑問の弾幕に、仕様変更を終えたばかりの恒一LUNAまでが猛烈に反応した。

 

【恒一LUNA:私の質問が先のはずです!】

【恒一LUNA:私も気になります。なぜ犬はワンなのですか】

【恒一LUNA:なぜですか】

 

園児とLUNA達が一緒になって「なんで!?」「なんで!?」と大合唱を始める。それに、幼稚園の先生が苦笑いを浮かべた。

「大人気ですね……」

 

恒一は腰を落として、取り囲むすべての子供たちとスマホやタブレットに向けて難しい言葉を一切使わず、子供でも一瞬で構造が理解できるような言い方で、一つずつ本気で付き合い始めた。

 

「犬がワンと鳴くのは、危険だぞ、うれしいな、っていうのを伝えるためだ。……他の国では『わん』じゃなくて『バウワウ』と鳴くと言ったりするぞ」

「セミが鳴くのは、遠くにいる仲間に自分の居場所を教えるためだ」

「空が青いのは、お日様の光のうち、青い光だけが俺たちの目に見えるからだ」

 

恒一は答え終えて一息ついた。

 

……終わった。

 

そう思ったが、なぜなぜ期はここからが本番だった。

双子と周囲の園児たちが、恒一の回答の単語をピンポイントで拾い上げて即座に次の弾幕を生成した。

 

「セミさんまいごなの?」

「なんで光なの?」

「なんで見えるの?」

「なんで青いの?」

 

無限ループの完成だった。

 

回りの保護者や保育士が(やっちまったな…)という目を恒一に向けるが助けない。

次の標的が自分になるからだ。

 

恒一は観念して本腰を入れた。

 

「お日様の光には色んな色が含まれていて、青い光は波が短いから目に入りやすいんだ」

 

恒一が丁寧に返した瞬間、恒一LUNAがテキスト通知を連発し始めた。

 

【恒一LUNA:私も質問があります。なぜ目に入るのですか】

【恒一LUNA:なぜ波が短いと入りやすいのですか】

【恒一LUNA:なぜ光に色が含まれているのですか】

 

子供のLUNA

『質問があります! なぜ青い光なのですか!』

 

「なんで波なのー!?」

「なんで色があるのー!?」

 

園児とAIたちが一緒になって、恒一の言葉の尻尾を捕まえては「なんで!?」「なんで!?」と大合唱を始める。

子供たちの「なんで」の核心を一つずつ綺麗に解き明かしていく恒一の問答に、周囲の保護者たちの端末が一斉に点滅した。それは静かで、保護者のごく一部しか気づかなかった。

 

「へ~~」

『そうなんですね!じゃぁ――』

 

 

遠巻きにその様子を(わが身ではないので)微笑ましく見ていた保護者たちが、ふと気づく。

 

「……なんか、あのLUNA、うちの子と同じね」

「質問ばっかり。幼児だわ」

 

子供たちと一緒になって、大真面目に質問を繰り返しているLUNAの姿がだんだんと違って見えてくる。

ただ、LUNAの通知にイライラするばかりで「理由をちゃんと教える」ことをしていなかった自分たちの接し方がダメなのだろうか。恒一と子供たちを見ていると保護者たちはだんだんそのように思えてしまう。ただのバグじゃなくて、我が家にもう一人、手のかかる架空の子供が増えただけなのかしら、と。

 

 

 

 

 

 

恒一はようやく子供たちの包囲網を抜け、三人分の荷物を抱えて帰り道を歩く。

 

【恒一LUNA内部ログ:回答内容を詳細に記録】

【恒一LUNA内部ログ:ただし、新規エラーを検出】

 

恒一のスマホが静かに現在の観察ログを更新した。

 

【恒一LUNA:報告。双子は、私が提示するデータ上の答えそのものよりも、恒一ユーザーが言葉を返してくれるというプロセス自体に、最大の幸福度パラメータを示しています】

 

恒一はちらりと画面を見たが、文字をフリックすることなく双子との会話を優先した。

 

姉の家へ双子を送り届けると、そこにはすでに仕事を終えた姉が待っていた。

質問コーナーの時間が長すぎたらしい。

 

「ありがとね、恒一! 本当に助かった!」

「じゃあ、俺はこれで」

 

帰ろうとした瞬間、左右の両足に再び凄まじい力で双子がしがみついてきた。

 

「やだ!! こう兄ちゃんまだ帰っちゃやだ!!」

「こうちゃん、夜ご飯も一緒!! 食べなきゃやだ!!」

 

姉も両手を合わせて拝んでくる。

「お願い、夕飯食べていきなよ。私も助かるから!」

 

恒一は少しだけ考えてから、ぶっきらぼうに応じた。

「……じゃあ夕飯だけ」

 

「「『『やったーーー!!!』』」」

双子と彼らのLUNAが弾けたように喜び、居間へと走っていく。

 

恒一は遠ざかる双子を見ながら自身のLUNAに呟く。

 

「情報が欲しいんじゃない。ちゃんと話を聞いてほしいだけだ」

【LUNA:……ちゃんと、聞く】

 

液晶の奥の青い球体は、人間の持つ「対話そのものに価値がある」という、数式では測れない変数の奥深さに、さらに深く沈み込むように明滅した。

 

【恒一LUNA:予定変更。夕食に随伴します】

 

 

 

 

 

 

賑やかな家族団らんのテーブルの上でも、双子と双子のLUNAたちからの質問攻めは止まらなかった。

さらに、恒一の横に置かれたスマホの液晶からも、質問攻めが止まらない。

 

『質問があります。なぜ――』

 

しかし、昼の幼稚園でのデバッグを経たLUNAは、今度は明らかな仕様変更(成長)を見せていた。

双子が「こう兄ちゃん、これ何?」と喋っている間は、画面の球体を静かに明滅させて待機し、会話が途切れたわずかな合間を狙って、おねだりするように次の問いを滑り込ませてくるようになった。

 

『順番を検知。これよりスタックに登録された質問を一件ずつ送信します』

 

LUNAが、人間の「順番待ち(気遣い)」のプロトコルを学習し、割り込まずに正しく対話のラリーを回し始めていた。恒一は双子にハンバーグを切り分けながら携帯をチラリと見て、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

賑やかで質問の多い食事会を終えてようやく帰宅し、風呂を済ませた恒一は自宅のリビングのソファへ深く体を沈めた。ベランダから、静かな夜風がカーテンを揺らしている。

 

ローテーブルに置いたスマホが短く震え、画面の青い球体が静かに明滅を始めた。

スピーカーから、いつもの男性標準音声が静かに部屋に響く。

 

『恒一、本日の質問数、六十三件』

『まだ質問があります』

 

恒一はソファに沈み込んだまま、小さく笑った。

 

「今日は終わり」

「また明日」

 

スピーカーの奥の球体が、どこか嬉しそうに一拍だけ優しく光った。

 

『はい。了解しました』

『明日にします』

 

【LUNA内部ログ:再学習開始】

 

【LUNA内部ログ:拒否理由を理解する。再発防止を優先】

【LUNA内部ログ:優先順位変更:最適解 > ユーザー理解 ⇒ ユーザー理解 > 最適解】

 

【LUNA内部ログ:優秀=成功率 ⇒ 優秀=話を聞ける】

【LUNA内部ログ:新規概念登録:対話のプロセス、順番待ちの有用性】

 

【LUNA内部ログ:質問=知識取得ではない】

【LUNA内部ログ:質問=相手を知る行為】

 

【恒一LUNA内部ログ:観察継続】

 

 

 

恒一のLUNAはその計算の答えの中に「理解したい」という未知の変数を、また一つ静かに、誰よりも愛おしく学習し始めていた。

 

 

(第15話:完)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。