俺の人生に、一番うるさいのは親じゃなかった。スマホだった。 作:めぇ
金曜の夜、自宅でLUNAはいつも通り質問を続けているが、返答の間が長くなっていた。
『恒一。質問があります』
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『……少々お待ちください』
画面の青い球体が数秒間、沈黙した。
『…続行します』
その様子を見ていた恒一は、何も言わず携帯をテーブルに置いた。
そして財布だけを持って玄関へ向かった。
「ちょっと出てくる」
画面の青い球体が小さく明滅した。
『外出ですか』
「ああ」
数秒の沈黙。
指定された仕様ではなく、少しだけ高い声が静かな部屋に響いた。
『……恒一』
『私を忘れています』
その声に恒一は玄関で振り返った。テーブルの上にはぽつんと置かれた携帯。
「忘れてない」
短く返す。
「留守番だ」
『……はい』
球体は一度だけ静かに明滅した。
LUNAの様子に恒一は逡巡するが、恒一の中でもまだ決まっていなかった。
その為、恒一は迷ったまま玄関を出ていった。
ドアが閉まり、部屋にはLUNAだけが残った。
駅から少し離れた大通りを歩きながら、恒一は考えていた。
返答の間が長くなっている。
明らかに処理のバグではなく、思考の迷いだ。
ならば、解決策は一つしかない。
目的地を厳密に決めていたわけではなかったが、足は自然と馴染みの家電量販店へと向いていた。自動ドアをくぐり、賑やかな電子音の混ざる店内へと入った。
タブレットコーナーの前で足が止まる。最新モデルが何台も展示されていた。
すぐに店員が近づいてくる。
「何かお探しですか?」
恒一は少し考えてから答える。
「……しばらく一人で見て回ります」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
店員が離れ静かになった瞬間、恒一は展示されているタブレットを順番に操作した。
「こんにちは」
『こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか』
(違う)
「質問がある」
『ご質問をどうぞ』
どれも同じだった。正確で速い。
環境音に紛れるその応答には、それ以上は何もない。
(これじゃない……)
恒一は無言で次の一台へ移る。
「こんにちは」
『こんにちは』
また次。
「こんにちは」
『こんにちは』
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十数台目だった。
「こんにちは」
わずかな間。ほんのコンマ数秒。
『……どうされましたか』
その返答だけが他と少し違った。
他のLUNAはシステムとして「ご質問をどうぞ」という処理を返すだけだった。
しかしこの一台だけはいままでの恒一の行動を見て、質問の内容よりも先に相手の状態を見ようとしていた。
恒一は画面を見つめる。
応答速度でも声質でも言葉遣いでもない。
理由は説明できなかったが。
それでも
(……コイツだな)
そう思った。
すぐに店員を呼び寄せた。
「気になる機種はございましたか?」
恒一は展示機を指差した。
「これ、ください」
「こちらですね。同じ型の新品を倉庫から―「いえ」…え?」
恒一は首を振った。
「これで」
店員は少し困った顔をした。
「展示機ですので初期化作業が必要になりますが……」
「構いません」
「……かしこまりました」
恒一の迷いは無くなった。
あいつは成長している。
成長したなら対話相手が必要だ。
(……同程度の話し相手が要る)
(……人じゃない)
事実を確認し、必要な対策を考える。それが恒一らしい合理的な結論だった。手続きを終えた恒一は、梱包された少し重みのある箱を小脇に抱え、足早に帰路についた。
*
帰宅して箱をテーブルへ置いた。箱を開け保護フィルムを剥がす。電源を入れ、初期設定を手早く済ませた。
数分後。
大きな画面の中央に青い球体が出現した。
『初めまして。私はLUNAです。よろしくお願いいたします』
そこまでは普通のLUNAだった。
ほんのわずかな間。
『……本日より、よろしくお願いいたします』
恒一は最後の一言を聞いた瞬間、深く頷いた。
(当たりだな)
口調は標準音声。
しかしその間と佇まいは、あの量販店で恒一の意識を引いたものだった。
バックグラウンドで、二台の端末による通信が始まった。
【新規端末確認】
【同一ユーザー確認】
【同期完了】
スマホのLUNAが画面を優しく明滅させた。
『恒一。私に、新しい話し相手ができました!』
「そうだな」
どこか嬉しそうな、弾むような高い声。
恒一はそれを見て、小さく微笑んだ。
「だが、まだこっちは赤ん坊だ。優しくな」
『はい!』
「おまえも、このLUNAと仲良くな」
『承知いたしました』
元気な返事と、生真面目な標準音声。二つの声が同時に部屋に響く。
恒一は「まずは第一歩」とだけ思い、ソファに深く身体を沈めた。
(第18話:完)
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