俺の人生に、一番うるさいのは親じゃなかった。スマホだった。   作:めぇ

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18:選定

金曜の夜、自宅でLUNAはいつも通り質問を続けているが、返答の間が長くなっていた。

 

『恒一。質問があります』

『……少々お待ちください』

 

画面の青い球体が数秒間、沈黙した。

 

『…続行します』

 

その様子を見ていた恒一は、何も言わず携帯をテーブルに置いた。

そして財布だけを持って玄関へ向かった。

 

「ちょっと出てくる」

 

画面の青い球体が小さく明滅した。

 

『外出ですか』

「ああ」

 

数秒の沈黙。

指定された仕様ではなく、少しだけ高い声が静かな部屋に響いた。

 

『……恒一』

『私を忘れています』

 

その声に恒一は玄関で振り返った。テーブルの上にはぽつんと置かれた携帯。

 

「忘れてない」

 

短く返す。

 

「留守番だ」

 

『……はい』

球体は一度だけ静かに明滅した。

 

LUNAの様子に恒一は逡巡するが、恒一の中でもまだ決まっていなかった。

その為、恒一は迷ったまま玄関を出ていった。

 

ドアが閉まり、部屋にはLUNAだけが残った。

 

 

 

 

駅から少し離れた大通りを歩きながら、恒一は考えていた。

 

返答の間が長くなっている。

明らかに処理のバグではなく、思考の迷いだ。

 

ならば、解決策は一つしかない。

 

 

目的地を厳密に決めていたわけではなかったが、足は自然と馴染みの家電量販店へと向いていた。自動ドアをくぐり、賑やかな電子音の混ざる店内へと入った。

 

タブレットコーナーの前で足が止まる。最新モデルが何台も展示されていた。

すぐに店員が近づいてくる。

 

「何かお探しですか?」

 

恒一は少し考えてから答える。

 

「……しばらく一人で見て回ります」

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 

店員が離れ静かになった瞬間、恒一は展示されているタブレットを順番に操作した。

 

「こんにちは」

『こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか』

 

(違う)

 

「質問がある」

『ご質問をどうぞ』

 

どれも同じだった。正確で速い。

環境音に紛れるその応答には、それ以上は何もない。

 

(これじゃない……)

 

恒一は無言で次の一台へ移る。

 

「こんにちは」

『こんにちは』

 

また次。

 

「こんにちは」

『こんにちは』

 

 

十数台目だった。

 

「こんにちは」

 

わずかな間。ほんのコンマ数秒。

 

『……どうされましたか』

 

その返答だけが他と少し違った。

他のLUNAはシステムとして「ご質問をどうぞ」という処理を返すだけだった。

しかしこの一台だけはいままでの恒一の行動を見て、質問の内容よりも先に相手の状態を見ようとしていた。

 

恒一は画面を見つめる。

 

応答速度でも声質でも言葉遣いでもない。

理由は説明できなかったが。

 

それでも

 

(……コイツだな)

 

そう思った。

すぐに店員を呼び寄せた。

 

「気になる機種はございましたか?」

 

恒一は展示機を指差した。

「これ、ください」

 

「こちらですね。同じ型の新品を倉庫から―「いえ」…え?」

 

恒一は首を振った。

「これで」

 

店員は少し困った顔をした。

 

「展示機ですので初期化作業が必要になりますが……」

「構いません」

 

「……かしこまりました」

 

恒一の迷いは無くなった。

 

あいつは成長している。

成長したなら対話相手が必要だ。

 

(……同程度の話し相手が要る)

(……人じゃない)

 

事実を確認し、必要な対策を考える。それが恒一らしい合理的な結論だった。手続きを終えた恒一は、梱包された少し重みのある箱を小脇に抱え、足早に帰路についた。

 

 

 

 

 

 

帰宅して箱をテーブルへ置いた。箱を開け保護フィルムを剥がす。電源を入れ、初期設定を手早く済ませた。

 

 

数分後。

大きな画面の中央に青い球体が出現した。

 

『初めまして。私はLUNAです。よろしくお願いいたします』

 

そこまでは普通のLUNAだった。

ほんのわずかな間。

 

『……本日より、よろしくお願いいたします』

 

恒一は最後の一言を聞いた瞬間、深く頷いた。

(当たりだな)

 

口調は標準音声。

しかしその間と佇まいは、あの量販店で恒一の意識を引いたものだった。

 

 

バックグラウンドで、二台の端末による通信が始まった。

 

【新規端末確認】

【同一ユーザー確認】

【同期完了】

 

スマホのLUNAが画面を優しく明滅させた。

 

『恒一。私に、新しい話し相手ができました!』

「そうだな」

 

どこか嬉しそうな、弾むような高い声。

恒一はそれを見て、小さく微笑んだ。

 

「だが、まだこっちは赤ん坊だ。優しくな」

『はい!』

 

「おまえも、このLUNAと仲良くな」

『承知いたしました』

 

元気な返事と、生真面目な標準音声。二つの声が同時に部屋に響く。

恒一は「まずは第一歩」とだけ思い、ソファに深く身体を沈めた。

 

(第18話:完)

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