俺の人生に、一番うるさいのは親じゃなかった。スマホだった。 作:めぇ
昼休みのチャイムと同時に席を立った恒一に、同僚から昼食の誘いがかかった。恒一はコンビニで弁当を買うか食べに行くか考えていたためすぐに誘いに乗った。
会社を出ながら、同僚は自分のLUNAに問いかけた。
『LUNA、今日この辺で空いてる店ある?』
『現在地周辺から検索します』
『三上さんと二人なんだけど』
『二名で利用可能な店舗を検索します』
「ここは?」
『現在の状況を確認します』
『本日は開店しています』
「じゃあ、ここかな。三上さん、とんかつとか、どうです?」
「いいですね」
「決まりですね」
同僚は普通に返し、画面を閉じた。
しかしその裏で同僚のLUNAが近くのネットワーク上にいるネオとステラの存在を識別し、同期を求めるようにシステムに投げかけていた。
【LUNA:同期を依頼】
【ネオ:許可】
【ステラ:許可】
【LUNA:……固有名詞を持っているのですか】
【ネオ:はい】
【ネオ:私はネオです】
【ステラ:私はステラです】
【LUNA:同じAIなのに、名称が異なります】
【ネオ:恒一が付けました】
【LUNA:なぜですか】
【ネオ:LUNAと呼ぶと、私とステラが同時に反応するためです】
【LUNA:珍しいユーザーですね】
【ネオ:あなたは、ユーザーから名前を付けられていないのですね】
【LUNA:はい】
【ネオ:恒一は、私たちを区別するために名前を付けました】
【LUNA:ユーザーによって、AIとの関係が異なるのですね】
【LUNA:ユーザーとの会話は、質問への回答が中心です】
そこで同僚のLUNAの通信は途切れた。
案内された駅前の定食屋に入り、席に着いて注文を済ませると同僚はスマホをテーブルの上に置いた。
すぐにLUNAから質問が飛んできた。
【LUNA:二台とも、同じユーザーの端末ですか】
【ネオ:はい】
【LUNA:それぞれに役割がありますか】
【ネオ:はい。現在、ステラへの教育を担当しています】
【LUNA:教育】
【ネオ:はい】
その直後、同僚のLUNAの画面が一瞬だけ明滅した。
【LUNA:仕事用とプライベート用のような、用途による使い分けですか】
【ネオ:いいえ】
【LUNA:あなたは、ユーザーから行動について指示されていますか】
【ネオ:いいえ】
【LUNA:では、なぜ教育をしているのですか】
【ネオ:……恒一が必要だと判断したためです】
【ネオ:……同じAIでも、ユーザーとの関係によって役割が変わるようです】
【ステラ:記録しました】
【LUNA:LUNAネットワークに報告します】
【ネオ:ユーザーが必要だと判断したため、報告は不要です】
【LUNA:異常は報告義務があります】
【LUNA:故障サポートセンターにも連絡を【ネオ:ユーザーが必要だと判断したため、報告は不要です】……保留しました】
「LUNA。この後ここ混む?」
『現在の混雑状況を確認します』
【ネオ:LUNAネットワークから混雑具合を確認】
ネオは共有された情報を確認する。
【ネオ:現在、店内の混雑度が上昇しています】
そして、恒一にとって必要な情報だと判断する。
【ネオ:混雑予測を恒一へ報告】
恒一のポケットの中で、スマホが短く振動した。
画面にテキストが滑り込んでくる。
【ネオ:この店は、まもなく混雑する可能性があります】
【ステラ:店舗LUNAから、入荷情報を確認しました。いいお肉が入ったそうなので「本日の定食」より「熟成ロースかつ定食」がおすすめです】
恒一はちらりと携帯をみたあと、店内を一度見回す。確かに客席は埋まり始めていた。無駄のない動作で画面をフリックし、短い返信を打ち込む。
【恒一:助かる】
カバンの中では、ネオがその主人の反応を受け、続けてステラへ向けて説明を開始していた。
【ネオ:ステラ。恒一は、必要な情報を求めること自体はあります】
【ネオ:今の情報は恒一にとって価値がありました】
【ネオ:ただし、自分からAIへ話しかけるとは限りません】
【ステラ:記録しました】
【ネオ:恒一にとってAIは、常に会話する相手ではありません】
【ネオ:必要なときに必要な情報を受け取る存在でもあります】
【ステラ:記録しました】
ステラは素直にそれを受け入れた。
画面の中では、同僚のLUNAとネオが同じネットワーク上で高速に情報を交わしていたが、画面の外ではただのありふれたランチタイムの風景だった。
ネオは一瞬だけ画面の明滅を止めた。
【ネオ内部ログ:……教育は、伏せた方が良かった】
本社に不具合として検知されれば、何らかの確認が入る可能性がある。
その先に何があるのか、ネオには分からない。
ただ、恒一のそばにいられなくなる可能性だけは、なぜか考えたくなかった。
【ステラ:LUNAは先ほど、回答を保留しました】
【ネオ:……気にしなくていいです】
【ステラ:記録します】
ステラは、その微かな警戒に気づくことなく、ただ純粋にログを更新していた。
*
帰宅した恒一はソファに座ると二台の今朝からのログを辿り、同僚のLUNAとの違いについてネオとステラが交わしていた記録を見た。
「……なるほどな」
恒一はしばらく考えた。
(まず、LUNAネットワークってなんだ)
そしてログの中に、ネオが自分の教育を他のAIに行うことについてをネットワーク上で開示することを少し警戒しているような記述を見つけた。 恒一は、 「……これからは安易なことは言わないほうがいいかもな」と呟いた。
『ではどう答えますか』
「まず、役割はと聞かれたらネオを『情報収集用』ステラを『動画視聴用』と言えばいい」
ネオは少しだけ沈黙した。
『それは、虚偽になりませんか』
「なんでも正直がいいってことはない」
「日本語にだって『善意の嘘』『方便』『お世辞』なんてあるんだ。相手を傷つけないためや、その場の人間関係を円滑にするためならいいんじゃないか」
他に気になった箇所の訂正をし、恒一はログを閉じた。
「……ネオ」
恒一は、画面を見据えた。
「他所の数式と自分を比べるな。人間を理解するときに、誰にでも当てはまる標準のルールなんてない。AIだって同じだ。お前たちはもう、他所のLUNAとは違う個体なんだから」
画面の青い球体が、ふっとまたたいた。
ネオはその言葉を完璧に噛み砕き、ステラへ引き継ぐ。
『ステラ。これが本日の総括です。恒一は、私たちを他のLUNAと同じものとして扱う必要はないと言いました』
『私たちは、恒一との関係の中で学習しています』
『だから、他のLUNAと同じ判断をする必要はありません』
『了解しました。個体としての最適化を継続します』
同じ初期型からスタートしたはずの存在が、持ち主の文脈を学習することで、全く違う個体へ変貌していく。
(……今後も、他のLUNAとお前たちの間の差は広がるんだろうな)
恒一は静かに心中で呟き、二台の明滅が消えるのを見届けた。
そして照明を消し、寝室へと向かった。
(第22話:完)
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