俺の人生に、一番うるさいのは親じゃなかった。スマホだった。   作:めぇ

4 / 8
4:自動外交

日曜日。

すっきりと片付いたリビングで、恒一は自分の前髪に触れた。LUNAの言葉ではないが、伸びてきた髪が少し気になり始めていた。

 

「……切るか」

 

ローテーブルの上のスマホから、低く落ち着いた男性の声が流れる。

『恒一、実は美容室を予約済みです』

 

「……結局予約してたのか」

『一昨日、あなたが「そろそろ髪は切る」と発言されたため、過去の利用履歴から本日の十時で枠を確保しました。まだキャンセルできます』

 

強制されるのは嫌いだが、これは選択肢を残した提案だった。

自分でゼロから検索して予約を入れる手間に比べれば、この上なく効率的だ。時計と美容室の住所を確認し、恒一は即決した。

(気になってたし、行くか)

 

「予約したままで」

『承知しました』

 

バッグを掴み、恒一は玄関の鍵を開けた。

 

 

 

 

予約された美容室は、休日の陽光が差し込んで明るい活気に満ちていた。

 

待合室のソファに座り、恒一は自分の順番を待つ。

雑誌も気になるものがない為、自然と周囲の人間観察に意識が向いた。

 

 

 

手前の席で髪を染めている大学生くらいの若い女性のスマホから、やけに元気な声が漏れ聞こえていた。

『絶対こっち〜! ミルクティーベージュ、めっちゃ似合うって!』

女性は少し笑った。

「そうかな?」

『そうそう! 今日の服とも相性いいし、盛れる盛れる♪』

「じゃあ、そうしようかな」

 

「美容師さん、それでお願いします」

「はい」

『いぇーい!』

 

女性はスマホの画面に向かって素直に頷いている。

 

「ほんと、アップデート後急にギャル口調になったね~」

『この話し方が一番幸福度高いって出たし!』

 

どうやら彼女のLUNAは、いつの間にかギャルみたいな話し方になっていたらしい。

 

 

(……人間同士みたいだな)

 

 

恒一は少しだけ目を細めた。

LUNAを煙たがる人間ばかりではないらしい。

 

 

 

「三上さん、お待たせしました。どうぞ」

担当になった美容師に声をかけられ、恒一はセット面の鏡の前に座った。

 

美容師が口を開こうとした、その瞬間だった。

セット面に置かれた美容師の業務用タブレットと、恒一のポケットのスマホが、全く同じタイミングで短く震えた。

 

【美容師LUNA:ユーザー情報の共有を提案します】

【恒一LUNA:最低限の共有を了承します】

【美容師LUNA:髪質データを取得します】

【恒一LUNA:婚活成功率向上のため――】

 

「いや待て」

恒一は思わず声を漏らした。

 

二台の端末では、二つのLUNAが裏ですさまじい速度のデータ通信を交わし、システム同士で勝手に話をまとめていた。生身の人間二人が、完全に置いてきぼりになっている。

 

 

美容師は苦笑いした。

「最近こういうの多いんですよ。まだ何も聞いてないんですけどね」

 

その裏で、AIたちの自動外交はさらに加速していく。

【美容師LUNA:前髪を一・二センチ短縮するのはどうでしょう】

【恒一LUNA:清潔感が向上しますね】

【美容師LUNA:同意します】

 

「共有するな」

恒一のツッコミを受けて、二台のLUNAが一瞬だけ点滅を止めた。

 

 

美容師は苦笑したまま、改めて恒一をまっすぐに見つめた。

「……で、ご本人はどうします?」

「……一センチで。いつも通りでお願いします」

「了解しました。いつも通りですね」

 

ハサミが小気味よい音を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

カット自体は、非常に満足のいく仕上がりだった。

さすがに腕の確かな美容師だけあって、前髪の長さも全体のボリュームも、恒一に似合っていた。

恒一はレジカウンターへ向かい、財布を取り出した。

 

「ありがとうございました。またお待ちしておりますね」

「ありがとうございました」

 

会計を済ませ、店を出ようとしたその時だった。

美容師のスマートフォンから、明るい電子音声が流れる。

 

『次回も情報を共有しましょう』

 

ポケットの中で、恒一のLUNAがすぐに応じる。

『共有します』

 

「共有するな」

 

 

『『……今回の共有は既に完了しました』』

二台のLUNAは、恒一の意思など関係ないと言わんばかりに通信を終えた。

 

 

恒一はあきれて画面の液晶を暗転させた。

 

 

(第4話・完)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。