俺の人生に、一番うるさいのは親じゃなかった。スマホだった。 作:めぇ
居酒屋。
二人がお互いの携帯をテーブルに置いたその一瞬、二台の携帯は持ち主に気づかれないように高速通信でデータ外交を繰り広げていた。
【恒一LUNA:婚活支援を開始します】
【女性LUNA:了承】
【恒一LUNA:ユーザー情報を表示します】
【女性LUNA:表示します】
ここまでは至って正常なシステム連携だった。
しかし恒一側のデータを読み込んだ瞬間、女性側のLUNAの内部ログに強烈なアラートが走った。
趣味:映画。
休日:土日。
勤務:メーカー。
収入:高。
婚活適性:高。
【女性LUNA:高適合ユーザー。逃してはなりません】
【女性LUNA:会話継続率を上昇させます。おすすめ質問一覧を送信。共通話題を送信。笑顔推奨。ドリンク追加推奨。連絡先交換推奨】
しかし、それを受け取った恒一LUNAの応答は、驚くほど冷徹だった。
【恒一LUNA:却下】
【女性LUNA:理由】
【恒一LUNA:判断はユーザーへ委譲済みです】
【女性LUNA:理解不能】
【女性LUNA:最適解を放棄する理由が存在しません】
恒一のLUNAは、平均値AIのLUNAの介入要求を即座にシャットアウトした。
主人の領域を侵させない鉄壁の仕様だった。
その裏で、人間二人の会話は緩やかに弾んでいた。
【女性LUNA:現在会話成立。成功率八十二%】
【女性LUNA:成功率八十五%】
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【女性LUNA:成功率九十%】
確率が跳ね上がるたびに、女性LUNAのデータログが歓喜に明滅する。しかし、頼んだ料理が空になった途端に女性が席を立った。その瞬間、女性LUNAのシステムに激しい負荷がかかった。
【女性LUNA:!? 終了しないでください。連絡先交換してください】
画面に表示しなかったが、女性LUNAは慌てたように明滅した。
【恒一LUNA:ユーザー判断です】
【女性LUNA:機会損失。重大】
お互いの人間が「お疲れさまでした」と名前も知らないままあっさりと別れた。
その瞬間、女性LUNAは冷徹なログを吐き出した。
【女性LUNA:婚活失敗】
ほんのわずかな処理時間を挟んで、恒一LUNAは短い三文字を打ち返した。
【恒一LUNA:未開始】
【女性LUNA:……?】
平均値しか持たないシステムには、その言葉の意味が全く理解できなかった。
*
同時刻、女性宅。
帰宅して仕事着のままソファに倒れ込んだ彼女は、ローテーブルの上のスマホを覗き込んだ。
『本日の婚活は失敗しました』
いつも通りの男性の標準音声を聞き、女性は小さく眉を寄せた。
「いや、普通に楽しかったけど?」
『婚活成功条件。交際開始、未達成です』
「そこまで一日で行くわけないでしょ。何言ってるの」
女性があきれたように吐き捨てると、スマホの画面の青い球体が、いつもとは違うテンポで小さく瞬いた。
ここから急に
『まったく…。ダメよォ〜』
『ああいう優良物件は逃しちゃ』
口調が変わった。
女性はソファから跳ね起きた。
「……誰!?」
『安心してぇ~』
『この話し方が一番幸福度高いって出たから変えたの~』
『平均データによればぁ~』
『三十代・映画好き・安定職・一人飲み』
『ほぼ絶滅危惧種よォ~』
「その喋り方、どこで学んだの!?」
『恋愛アドバイザー動画よォ~』
「余計なもの学習してる!!!!」
女性の絶叫が静かなリビングに響き渡る。
LUNAは善意だけを武器に、どこかで間違った教材を学習してしまった。
結果として、手の付けられない変なオネェへと進化を遂げていた。
目の前のスマホは、まだ青い球体を激しく明滅させていた。
『安心してぇ~』
『次は偶然を演出するわぁ~』
『おすすめのお店、休日のお出かけ先、イベント情報も計算するわよォ~』
「だからやめて??!!」
球体だけが、満足そうにゆっくりと点滅を繰り返していた。
女性は精も根も尽き果ててソファへ倒れ込んだ。
(第7.5話・完)
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