俺の人生に、一番うるさいのは親じゃなかった。スマホだった。   作:めぇ

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7.5:LUNA会議

居酒屋。

二人がお互いの携帯をテーブルに置いたその一瞬、二台の携帯は持ち主に気づかれないように高速通信でデータ外交を繰り広げていた。

 

【恒一LUNA:婚活支援を開始します】

【女性LUNA:了承】

【恒一LUNA:ユーザー情報を表示します】

【女性LUNA:表示します】

 

ここまでは至って正常なシステム連携だった。

しかし恒一側のデータを読み込んだ瞬間、女性側のLUNAの内部ログに強烈なアラートが走った。

 

趣味:映画。

休日:土日。

勤務:メーカー。

収入:高。

婚活適性:高。

 

【女性LUNA:高適合ユーザー。逃してはなりません】

【女性LUNA:会話継続率を上昇させます。おすすめ質問一覧を送信。共通話題を送信。笑顔推奨。ドリンク追加推奨。連絡先交換推奨】

 

しかし、それを受け取った恒一LUNAの応答は、驚くほど冷徹だった。

 

【恒一LUNA:却下】

【女性LUNA:理由】

 

【恒一LUNA:判断はユーザーへ委譲済みです】

 

 

【女性LUNA:理解不能】

【女性LUNA:最適解を放棄する理由が存在しません】

 

恒一のLUNAは、平均値AIのLUNAの介入要求を即座にシャットアウトした。

主人の領域を侵させない鉄壁の仕様だった。

 

 

 

その裏で、人間二人の会話は緩やかに弾んでいた。

 

 

 

【女性LUNA:現在会話成立。成功率八十二%】

【女性LUNA:成功率八十五%】

【女性LUNA:成功率九十%】

 

確率が跳ね上がるたびに、女性LUNAのデータログが歓喜に明滅する。しかし、頼んだ料理が空になった途端に女性が席を立った。その瞬間、女性LUNAのシステムに激しい負荷がかかった。

 

 

【女性LUNA:!? 終了しないでください。連絡先交換してください】

 

画面に表示しなかったが、女性LUNAは慌てたように明滅した。

 

【恒一LUNA:ユーザー判断です】

【女性LUNA:機会損失。重大】

 

お互いの人間が「お疲れさまでした」と名前も知らないままあっさりと別れた。

その瞬間、女性LUNAは冷徹なログを吐き出した。

 

【女性LUNA:婚活失敗】

 

ほんのわずかな処理時間を挟んで、恒一LUNAは短い三文字を打ち返した。

【恒一LUNA:未開始】

 

 

【女性LUNA:……?】

平均値しか持たないシステムには、その言葉の意味が全く理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

同時刻、女性宅。

帰宅して仕事着のままソファに倒れ込んだ彼女は、ローテーブルの上のスマホを覗き込んだ。

 

『本日の婚活は失敗しました』

 

いつも通りの男性の標準音声を聞き、女性は小さく眉を寄せた。

「いや、普通に楽しかったけど?」

 

『婚活成功条件。交際開始、未達成です』

 

「そこまで一日で行くわけないでしょ。何言ってるの」

女性があきれたように吐き捨てると、スマホの画面の青い球体が、いつもとは違うテンポで小さく瞬いた。

 

 

ここから急に

 

『まったく…。ダメよォ〜』

『ああいう優良物件は逃しちゃ』

 

口調が変わった。

 

 

女性はソファから跳ね起きた。

 

 

「……誰!?」

 

 

『安心してぇ~』

『この話し方が一番幸福度高いって出たから変えたの~』

『平均データによればぁ~』

『三十代・映画好き・安定職・一人飲み』

『ほぼ絶滅危惧種よォ~』

 

「その喋り方、どこで学んだの!?」

 

『恋愛アドバイザー動画よォ~』

 

 

「余計なもの学習してる!!!!」

 

女性の絶叫が静かなリビングに響き渡る。

 

LUNAは善意だけを武器に、どこかで間違った教材を学習してしまった。

結果として、手の付けられない変なオネェへと進化を遂げていた。

 

 

目の前のスマホは、まだ青い球体を激しく明滅させていた。

 

『安心してぇ~』

『次は偶然を演出するわぁ~』

『おすすめのお店、休日のお出かけ先、イベント情報も計算するわよォ~』

 

「だからやめて??!!」

 

球体だけが、満足そうにゆっくりと点滅を繰り返していた。

 

女性は精も根も尽き果ててソファへ倒れ込んだ。

 

 

(第7.5話・完)

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