ポケットモンスター……縮めてポケモン。それはこの星に住む不思議な生物のこと
人間と仲良くしているポケモンもいれば、草むらや空、水の中にいるポケモンもいる
人々は時にポケモンたちと手を取り合い、温かく暮らしていた
そしてここは、カントー地方のマサラタウン
ポケモン研究者であるオーキド博士の家から、本日も元気な少年の声が響いた
「博士!本日も行ってきます!」
少年は元気よく研究所を飛び出すと、相棒のポケモンと共に裏山へ続く小道へと駆けて行く
「おーう!気を付けて行くんじゃぞ!」
研究所の奥から聞こえた温かい返事が彼の背中を押す
頭上へ登りきった太陽が、彼の行く道をギラギラと照らしていた
彼の名はウル
ある日突然この世界に転生した彼は、見知らぬ土地で途方に暮れていたところを、心優しいオーキド博士に拾われ、居候させて貰っている。そんな彼の日常は博士の研究の手伝いと、周辺の捜索であった
「この世界はまだまだ慣れないなぁ……」
不意にウルの口から不満が漏れる
彼がこの世界にやって来たのは三ヶ月程前であるが、未だにこの不慣れな日常に戸惑いを抱えていた
「まさかポケモンの世界に来ることになるなんて……」
時が経つにつれ、もといた世界への郷愁と後悔が募る
「自殺……失敗しちゃったかぁ…」
孤独に耐え切れず自ら死を選んだあの日を後悔しない日は無かった
正気になった今だからこそ、その後悔は段々と大きくなっていく
しかしウルは、無かったはずの第二の人生を、自分なりに楽しもうとも考えていた
彼にとってその第一歩がこの世界に慣れることである。今日もこの世界の新しい風に触れ、この世界を少しでも楽しむのだ
「もう……一人はたくさんだしな……!」
ふと隣を歩く"相棒"に目を向ける
ウルの相棒であるポケモンは、頭上の太陽以上の輝きを放っていた
そのポケモンの名はディアンシー
ピンク色のダイヤモンドの結晶を身に纏う、神秘的で可愛らしいポケモンである
彼女との出会いもまた約三ヶ月前に遡る
転生したばかりの頃、この世界に慣れようと探索を始めた日から、ウルは彼女からの視線を感じていた
そのことを博士に相談したことが始まりである
「……博士……あの子…外出しようとする度に見てくるんですけど……。僕、なにかやっちゃいましたかね?」
「うーむ……彼女もカロス地方の洞窟にずっといたからじゃろうな。彼女も外の世界に憧れがあるんじゃろ。周囲にメレシーはおらんようじゃから、保護して連れて帰って来たものの……この家に籠りっきりじゃからのう……」
なるほど、とウルが相槌を打つと同時に、博士が言葉を挟んだ
「どうじゃ。彼女と一緒に行ってはくれまいか?お前さんもポケモンを持っておらんじゃろ」
「えぇ…!?しかし、僕ポケモンの世話なんて……」
「大丈夫じゃ、手のかからん子じゃて。世話もわしが教えるから安心せい!」
博士は強引に迫る
「えーと………じゃあ…一緒に来る…?」
半身をドアに隠してこちらを覗いている彼女を、少し屈んで誘ってみる
オーキド博士の言っていることは無茶だと思っていたため、ウルにとってはダメ元のつもりであった。しかし……
「………〜〜!!」
ディアンシーは目を輝かせてウルの足元へ駆け寄ってきた
「うむ、決まりじゃな!」
この状況をみていた博士は意地悪そうに笑った
「ここで一句。
運命に 引き寄せられて 友となる
人とポケモンはそんなものじゃ!大切にするんじゃぞ〜」
「まじか…………」
そうして連日共に歩いてきた結果、今に至る
ウルにとって恥ずかしい話であるが、孤独や自死のトラウマに苦しんでいた夜に、彼女に励まして貰ったのも一度や二度ではない
そのため今ではむしろ、彼女がいないと外出が不安になるほどであった
キラキラと体を輝かせ、隣を歩くディアンシー。ウルよりも外の世界に興味津々で、好奇心のまま行き過ぎる彼女を止めることも度々ある
そのような相棒を連れて行くことはなかなか大変であったが、彼女の笑顔を見るとその大変さもどこかへ消えてしまう
転生という数奇な運命を辿ったウルにとって、平穏だが少し騒がしいこの日常が何事にも代え難いものとなっていた
ウルは本日も彼女と共に隣町のトキワシティの手前まで歩き、日が暮れる前に戻る……はずだった
「ほう……本当にいたとはな。ダイヤモンドを生み出す幻のポケモンが」
鬱蒼とした木々の間から現れたのは、謎の笑みを浮かべた、怪しげな男であった
この森にそぐわない不自然に整えられた髪の毛とスーツが、彼が正気の者ではない何よりの証拠であった
「な……なんの用でしょうか……?」
この世界に慣れていなくても分かる、怪しく危険な雰囲気。その雰囲気を纏う男がこちらに一歩、また一歩と躙り寄ってくる
対してウルは、最初から逃げたり、敵対するのではなく対話を試みていた
話して場が収まるのならそれに越したことはない。彼の一抹の望みに賭けた行動である
ディアンシーもその雰囲気を感じ取ったのか、ウルの足元に縋り付いていた
男は笑顔のまま、口を開いた
「あー……全然怪しいモンじゃないんだ。ボウズの持つそのポケモン、結構珍しくてね。良ければ近くで見せて貰えないか、と思ってさ」
「……は…!?」
目の前の男からの要求は、その異様な佇まいとは完全に矛盾していた
しかしその矛盾が、彼の目的が"見せてもらう"だけでは無いと感じることにも繋がった
あちらから近付く程に見えてくるその作り笑いが、感じた不安をさらに煽る
「ぐ…………!」
ウルは今自分に起こっている状況が飲み込めず、大の大人が放つ圧迫感の前に、一歩も動けずにいた
「……ちっ………めんどくせぇ……」
男は小声で自身の苛立ちを露呈させる
しかし、最大限注意をしていたウルは、不覚にもその言葉を聞いてしまった
対話による和解という一抹の望みが消え、不安を増大させる
そして、ウルにとって今まで感じていた目の前の不安が、一気に逃れようのない現実となって色を帯びていった
一方で男は小さく舌打ちしながら、後頭部を掻く
作り笑いに塗れた彼の顔には、僅かながら血管が浮かび上がっていた
「(どう……する……?)」
相棒を守りながら自分も無事にここを離れる、それがどれほど難しいことか、今の状況が雄弁に物語っている
「(ポケモン攫い……か!?ここで下手に刺激して無事にいられるのか……!?
いや、一か八か、ディアンシーを持って後ろに逃げるのが得策………………!?いや、だけど……!!)」
両者の間には、耳を劈くような静寂と冷たい風のみ存在していた
しかし遂に、男が残酷な決断を下す
「……もういいや。やれ」
茂みの奥から怪しい影がウルに向かって飛び出した
ドシンッ!
重い音を立て地面に着地した巨躯は、同時にウル達を威嚇するように激しい咆哮を浴びせた
一対の巨大なハサミを持ち、凶悪な爪からは紫色の毒液が滴り落ちる。そして、放つ咆哮からはこちらを逃がさまいという強い意思が宿っていた
「やれ。ドラピオン」
言うが早いか、ディアンシーに向かって鋭い爪が迫る。ディアンシーは紙一重で回避したものの、バランスを崩し後ろに倒れ込んでしまった
「(…………逃げるしか……!!)」
地面に倒れた相棒を抱え、後ろの森林へ飛び込む
「逃がすな!追え!!!」
背後からの命令を聞いたドラピオンは、激しい追撃を開始した
しかし当の男は、走り去った対象を追いもせず、冷ややかな視線を別の方向へ向けていた