TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
日曜日の朝。
青梅の山林の残代金決済を終え、小竜の初飛行という大イベントを済ませた翌日。
啓介が目を覚ますと、ベッドの枕元に小竜がちょこんと座っていた。
口には、昨日山で使った専用ハーネスの端をしっかりと咥えている。
さらに玄関の方へ視線をやると、小竜用の黒いキャリーケースが、本来置いてあった場所からわずかにズレていた。
どうやら、小竜が自力でケースを押し、寝室の方へ数十センチ引きずってきたらしい。
「……お前、今日も山へ行くつもりなのか?」
「あぎゃ!」
即答だった。
小竜は咥えていたハーネスを啓介の布団の上にポスッと落とし、期待に満ちた目で尻尾を左右にパタパタと振った。
完全に、今すぐ行く気でいる。
啓介はスマートフォンで時間を確認した。
まだ午前七時前。
「昨日行ってきたばかりだぞ。俺は休みたいんだよ」
「あぎゃ!」
「それに、お前の自由飛行は当分禁止だ。一回目の笛で戻ってこなかっただろ。蝶々なんか追いかけやがって」
その一言で、小竜の尻尾がピタリと止まった。
明らかに不満そうな顔になり、喉の奥でグルグルと文句のような音を鳴らした。
啓介はベッドから起き上がり、コーヒーメーカーのスイッチを入れながら、昨日の小竜の様子を振り返った。
山での小竜は、狭いマンションでは絶対に見せない顔をしていた。
翼を完全に広げ、風を掴んで飛んだ。地面を這うように歩き回り、湿った土や木の匂いを嗅いだ。落葉の下から古いプルタブを「宝物」として見つけ出した。
夕方、帰る時間になると低い枝にしがみついて抵抗し、キャリーケースに入ることを本気で嫌がった。
マンションへ戻った後も、興奮が冷めやらず、長時間部屋の中を飛び回っていた。そして今朝も、自分から行く準備をしている。
単に「外を飛ぶのが楽しかった」だけではない。
小竜にとって、あの雑木林は、このマンションよりも明らかに『快適』だったのだ。
啓介は、コーヒーのドリップを待ちながら《創世札典》を呼び出した。
「システム。《掌乗りの小竜》に、現実の睡眠場所や専用の『巣』は必要なのか?」
回答が視界に流れる。
『否定』
『召喚状態の維持そのものにおいて、現実の食餌、専用の巣、および睡眠設備は必須条件ではありません』
『ただし、対象生物は周囲の環境を認識し、快・不快、安全、不安、習慣、および【帰属意識】を形成する知能を有しています』
『したがって、休息に適した安全な場所の有無は、対象生物の行動の安定性および心理状態へ重大な影響を及ぼす可能性があります』
生存の必須条件ではない。
しかし、精神的な快適さや安心感には直結する。
「……召喚生物だからって、ゲームみたいに無機質なインベントリの箱に突っ込んでおけばいいってわけじゃないんだな」
小竜が、啓介の言葉を理解したかのように、偉そうに胸を張った。
啓介はさらに踏み込んでシステムに確認した。
「……もし、俺が山に小竜の安全な家を作ったとして。小竜を山林に残し、俺だけマンションへ帰って生活することは可能か?」
『可能』
『対象生物が召喚状態を維持している限り、使用者から遠く離れた場所へ独立して存在し続けることは可能です』
『ただし、使用者から離れている間も、第三者への露見、事故、捕獲、盗難、野生動物との接触、気象変化等の現実的危険はすべて継続します』
『当システムは、自動的な監視、保護、給餌、治療、または【緊急帰還】の機能を提供しません』
つまり、置いていくこと自体はシステム上可能だ。
しかし、誰もいない山中で、もし第三者が敷地に入ってきたら。鷹やトンビ、野生の獣が襲ってきたら。台風のような大雨になったら。家が壊れたら。小竜が勝手に敷地の外へ出たら。何かの拍子で怪我をしたり、体調を崩したりしたら。防犯カメラがバッテリー切れで故障したら。
それらの事態に対して、啓介が即座に対応し、助ける手段がない。
啓介は、足元で見上げている小竜の鼻先を軽く指で弾いた。
「ということで、家を作ったからって、お前にいきなり山で一人暮らしはさせないからな」
「あぎゃあ」
小竜は不満そうに鳴いたが、こればかりは絶対に譲れない。
今回作るのは、あくまで「日帰り利用の休息所」だ。
本格的な宿泊を許可するのは、小竜の完璧な呼び戻し訓練、山の遠隔監視設備、水の確保、温湿度の管理、第三者の侵入対策、そして何らかの「緊急帰還方法」が完全に整ってからだ。
啓介はノートを開き、新しいページに見出しを書いた。
《小竜用山林休息施設・初期要件》
システムエンジニアとしての本能に従い、必要な機能をリストアップしていく。
【必須要件】
・小竜が翼を畳んだ状態で余裕を持って入れるサイズ。
・内部で身体の向きを反転できる空間。
・通常の降雨で、寝室部分へ雨水が浸入しない防水性。
・地面の湿気を直接受けないよう、底面を浮かせた構造。
・風が通り抜けすぎない(冷えない)。ただし完全密閉せず、空気の通り道(換気)は確保する。
・外から内部を直接見通せない(秘匿性)。
・猫、タヌキ、カラスなどの野生動物が簡単に入れない構造。
・啓介が点検、清掃し、必要時には小竜を安全に保護・回収できる開口部がある。
・壊れた時にパーツ単位で修理できる。
・山林の地面や立木に恒久的な傷をつけない(基礎を打たない)。
・危険木(枯れ枝の落ちる可能性のある木)の下へは置かない。
・斜面の雨水が流れ込まない平坦な場所を選ぶ。
・小竜が自力で出入りできること。かつ、小竜が中にいる状態で物理的に閉じ込めない。
・食べ物を常設しない(野生動物を呼び寄せるリスク排除)。
【希望要件】
・小竜専用の止まり木(着脱可能)。
・洗える、あるいは交換可能な柔らかい寝床。
・山で拾ってきた光る物(財宝)を置くための専用棚。
・雨の日でも少しだけ翼を伸ばせる屋根付きの前室。
・清掃しやすいよう、屋根全体を簡単に外せる構造。
・内部の温度と湿度を確認できるメーター。
・外観は山林の景色に馴染む色合い。
・万が一公道から見えても、動物用の小屋だと一目でバレないような、不自然な箱型のデザイン。
啓介は書き出したリストを一度読み返し、自分でツッコミを入れた。
「……俺が今住んでるマンションより、よっぽど細かく要件定義してないか?」
小竜は当然だと言わんばかりに、何度も大きく頷いた。
家を作るには、まず利用者の正確な寸法(サイズ)が必要だ。
啓介はメジャーを用意し、小竜をリビングのローテーブルに立たせた。
測定項目は、鼻先から尻尾の先までの全長。肩の高さ。翼を畳んだ時の横幅。翼を半分広げた時の幅。内部で身体を反転させるのに必要な回転直径。飛び上がる時の高さ。着地時の前後幅。
「よし、ちょっと動くなよ」
メジャーの先端を鼻先に当てようとする。
小竜が、メジャーの金属部分をカプッと噛む。
「こら。それは餌じゃない」
長さを測ろうとすると、尻尾がウネウネと逃げる。
翼幅を測ろうとすると、片方だけ広げてポーズをとる。
啓介が「両方真っ直ぐ広げろ」と指示すると、今度は両翼を最大までバサァッと開き、その風圧で机の上の書類を全部床へ落とした。
「遊んでるんじゃない! 測定に協力しろ!」
「あぎゃー!」
たかだか猫サイズの生き物を測るだけなのに、三十分近くかかった。
「念のため確認だ。こいつは、このまま成長して大きくなるのか?」 システムの回答は『否定』だった。『現在の《掌乗りの小竜》は、カードに定義された身体規格を維持します』『時間経過による通常の身体成長は発生しません』『ただし、経験、学習、習慣、技能および個体としての心理的変化は蓄積します』『カード定義を改変した場合、身体規格が変化する可能性があります』。「身体は変わらなくても、中身は育つのか」。啓介は、小竜が窮屈さを感じず、翼が濡れていたり宝物を咥えていたりしても余裕を持って動ける広さを、設計寸法に盛り込むことにした。
いきなり木材を買ってきて本番を作る前に、通販で届いた荷物の空き箱を使って、段ボールで実寸模型(プロトタイプ)を作ることにした。
最初の案。
単純な四角い箱形。正面に一つだけ入口を開けたもの。
小竜を入れてみる。
小竜はスッと中へ入ったが、すぐにお尻から後ずさりして出てきた。内部が狭すぎて、方向転換ができなかったのだ。
却下。
二つ目。
入口を大きくし、内部空間を広げたもの。
小竜は楽に入り、中でくるりと回れた。
しかし、啓介が外から覗き込むと、内部の小竜の姿が丸見えだった。これでは秘匿性が低すぎる。
却下。
三つ目。
入口から短い「前室(通路)」へ入り、内部で直角に曲がってメインの「寝室」へ入るL字構造。
これなら、外から正面を覗き込んでも、曲がり角の奥の様子は直接見えない。
小竜は通路へ入り、曲がり角で翼が少し引っかかって手間取った。
啓介はハサミで通路の幅を少し広げた。
再試験。今度は滑らかに入った。内部で一周し、顔だけを入口からヒョコッと出して啓介を見た。
「そこは気に入ったか?」
「あぎゃ」
満足そうな声だった。
間取りはこれで暫定採用とした。
次は屋根の形だ。
啓介は段ボールで、平らな屋根、斜めの片流れ屋根、三角屋根の三種類を作った。
小竜は、平らな屋根を見るなりすぐさま飛び乗り、その上で器用に丸まろうとした。
「お前、中だけじゃなくて屋根の上も使うつもりなのか」
三角屋根だと斜面が急すぎて止まりにくい。片流れも滑る。
しかし、平屋根を完全な水平にしてしまうと、現実の雨天時に水が溜まって腐食の原因になる。
「見た目はほぼ平らだが、後方へ水が流れるようにわずかに傾斜させる。上面は滑りにくい素材を貼り付けて、縁には低い落下防止の枠をつける。これでどうだ」
小竜は、新しい模型の屋根の上で、見張り台を確保したかのように誇らしげに胸を張った。
外観の色の問題。
啓介が色見本をいくつか見せると、小竜は真っ赤な色見本に真っ先に飛びついた。
自分の赤銅色の身体と同系色だからか、明らかに気に入っている様子で、紙の端を噛んで離さない。
「気持ちは分かるが、山の中にそんな鮮やかな赤い小屋を置いたら、遠くからでも目立ってしょうがない。外側は絶対に山林の景色に馴染む濃い緑か茶色だ。赤は却下」
「あぎゃあ!」
小竜が激しく抗議する。
「分かった、分かった。妥協案だ」
啓介は提案した。
「外側は暗い緑。でも、お前が過ごす内側の壁の一部と、止まり木を赤茶色にする。内部にお前の赤銅色の『名前板』もつける。それでどうだ」
小竜は完全には納得していないようだったが、赤い内装材のサンプルを前脚で抱え込み、それ以上文句は言わなかった。
宝物棚。
前回、小竜がアルミ缶の古いプルタブを「財宝」として誇らしげに持ってきた。
マンションへ戻った後も捨てさせず、小竜は自分の寝床のクッションの横にそれを大事に置いていた。
啓介は、家の内部の壁面に、小さな専用の棚を設けることにした。
「ただし、山で拾った物を何でも勝手に持ち込むのは禁止だ。虫とか鋭利な破片は危ないからな。俺が安全を確認した物だけ、この棚に置いていい」
棚の名前は『宝物置場』。
現在置かれる予定の中身は、アルミ缶のプルタブ、ベランダで拾った磨いた小石、ワイシャツから取れた金属製のボタン。そして、これから作る赤銅色の名前板。
小竜が、自分のプルタブを口に咥え、段ボール模型の奥へと運んでいった。
「自分の物を置く場所」だと、ちゃんと理解しているらしい。
寝床の選定。
啓介は、市販の小動物用の高価なふわふわクッション、柔らかいタオル、ハムスター用の木屑、乾燥した藁、洗える化繊のペット用マットなど、いくつか候補を用意した。
小竜に順番に見せる。
市販の高価なクッションには、なぜか全く興味を示さない。
藁は匂いを嗅いだが、食べ物かと思って口に入れようとしたため即刻却下。
化繊マットには一度乗ったが、落ち着かないのかすぐに離れた。
最後に、啓介が長年着古して処分するつもりだった、ヨレヨレの綿の部屋着を適当に畳んで仮に敷いてやった。
すると小竜は、すぐさまその上に乗り、クルクルと回って最適なポジションを見つけ、身体を丸めた。
「……結局、それが一番いいのか」
啓介の匂いが染み付いている古い布の方が、見知らぬ新品のマットよりも圧倒的に落ち着くらしい。
ただし、古着をそのまま山の小屋へ常設すると、湿気や虫、カビの問題がある。
「防水性のある洗える布製カバーを作って、その内側に、古い部屋着の切れ端を縫い込んでやるよ」
啓介がハサミで部屋着を切ろうとすると、小竜が慌てて飛びつき、服を奪おうとした。
「おい、全部持っていくな。マンションの寝床にいる時の分も残しとけ」
段ボール模型と要件定義がすべて完成した後。
啓介はバインダーを呼び出し、これを「魔法的な施設(遺物)」としてカード化できるかどうかのシミュレーションを行った。
最初の要求。
「小竜が安全に暮らせる、完全無欠の魔法の家にする」
概算が出た。
『必要マナ:生命3・物資4・境界4・知識2』
「……狂ってる」
高すぎる。だが当然だ。
「完全無欠」という言葉が曖昧すぎるのだ。それをシステムが解釈すれば、自動的な防犯システム、完璧な気候制御(エアコン)、怪我の自動治療、食料の無限生成、緊急時の空間転移による避難、敵対する野生動物の自動排除まで、あらゆる機能が盛り込まれてしまう。
要求を極限まで削る。
今回必要なのは、宿泊用ではない「日帰り休息所」としての機能だ。
「帰る場所」としての認識の補助。普通の雨風の軽減。小動物の侵入防止。
食料生成、自動治療、絶対防御、転移、高負荷行動時間の回復などは、一切含めない。
再計算。
『必要マナ:生命1・物資2・境界2』
合計5。現在の6マナ基盤で、無理なく一括で支払えるコストに収まった。
啓介は、正式なカード案をテキストに落とし込んだ。
《小竜の家/Little Drake's Home》
遺物・施設・生命・物資・境界
必要マナ:生命1・物資2・境界2
使用者が正当に管理する土地に現実の材料で建てられ、指定された小型召喚生物の休息に継続利用される施設を核として作成する。
【指定一体】
作成時に、小型の召喚生物一体を居住者として指定する。
【一体一居】
指定された生物が《家》として関連づけられる施設は、一度に一つまで。新しい家を指定した場合、以前の施設との関連づけを失う。
【帰巣】
指定された生物は、同一の土地カードの範囲内にいる限り、この施設の方向を感覚的に認識できる。
【安息】
指定された生物が施設内で非戦闘状態を保つ間、通常の疲労、興奮および不安が穏やかに軽減される。
【巣守り】
指定された生物以外の通常の小動物は、可動式の内扉を開けられない。人間による開放、破壊または持ち去りを防ぐ効果はない。
【微気候】
現実の構造が正常である限り、通常の雨、風および急激ではない温度変化の影響を軽減する。猛暑、厳寒、火災、浸水その他の異常環境を無効化しない。
【非自立】
食料、水、治療、監視、戦闘防御、召喚維持、高負荷行動時間の回復および緊急帰還を提供しない。
【基礎依存】
物理的な施設が破壊されるか、対象土地から移設された場合、効果を停止する。
家は、閉じ込めるための頑丈な箱ではない。
自らの意志で帰ってきてもいい場所だ。
カード全体を読み返した啓介は、他の遺物と違って【唯一】がないことに気づいた。「これ、同じ家を二軒作れるのか?」 回答は『肯定』。ただし、『《小竜の家》は、指定された生物一体につき一施設を《家》として関連づける設計です』『異なる対象生物を居住者として指定する場合、同一設計の施設を別途作成できます』『同一生物に複数の家を同時登録することはできません』と続いた。「つまり、将来別の召喚生物を作ったら、そいつの家も用意できるのか」。思いがけない将来性を確認した後、啓介は目の前の段ボール模型を核として指定しようとした。
システムからの回答。
『対象施設は、カードテキストで指定された管理土地へ設置されていません』
『また、対象物は寸法および利用適性を確認するための試作品であり、継続的な休息施設として運用する意思および耐久性を備えていません』
『《小竜の家》の正式な核として不適格です』
当然だ。魔法を使ったからといって、水に濡れれば崩れる段ボール箱が、強固な木造建築にトランスフォームするわけではない。
まず現実世界において、丈夫な材料、防水、換気、固定、清掃性、そして「小竜がそこで休んだという使用実績」を用意しなければならない。
「……魔法の家を作る前に、俺が自分の手で、現実の普通の家を作らなきゃいけないってことか」
その日曜日は、山へ行かず、完全な「設計と準備の日」になった。
小竜は不満そうだったが、啓介は段ボール模型を指差して言った。
「今日行ってただ飛ぶだけなら簡単だ。でも、俺がちゃんと準備すれば、来週には山にお前の本当の家ができるんだぞ」
「あぎゃ?」
小竜は模型の中へ入り、顔だけ出して啓介を見た。
「家」という概念をどこまで理解しているかは分からない。ただ、この模型の空間自体は気に入っているようだった。
月曜から金曜の平日。
啓介は仕事の後や昼休みの時間を使って、準備を進めた。
ホームセンターの木材カットサービスを利用するための正確な寸法図。部材表。組立手順。完成時の想定重量。駐車場から山林への搬入方法。設置位置の候補選定。
防水シートの貼り方。換気経路の確保。清掃のための屋根の取り外し手順。将来的な劣化時の交換部品のリスト。
「仕事のシステム設計より真面目にやってる気がする……」
この作業のおかげで、《思索の計数盤》の【研鑽】条件は毎日自然にクリアされていた。
平日の夜、啓介はカーシェアの車を借りて、大型ホームセンターへ向かった。
耐候性のある木板。防腐処理済みの角材。錆びにくいステンレス製のネジ。蝶番。開閉式の屋根金具。防水シート。滑りにくいゴム素材の屋根材。清掃しやすい樹脂製の床トレー。虫や小動物を防ぐ細かな金網。通気口部品。地面から浮かすためのゴム脚。
外観を山林に馴染ませるための外部用塗料(ダークグリーン)。内部用の安全性が高い塗料。脱着式の止まり木。温湿度計。
そして、前室と寝室を仕切るための、小型の磁石式留め具。部品を失くさないための磁石皿。
材料はすべて店のカットサービスで指定寸法に切断してもらった。
電源のない山の中で、素人が手ノコギリで正確に木材を切り出すのは無謀だと判断したためだ。
電動工具はまだ買っていない。先週買ったばかりの《小さな工房箱》の基本工具(ドライバーなど)だけで、プラモデルのように組み立てられる設計にしてある。
帰宅後。
啓介は買ってきた材料を床に広げた。
小竜がパタパタと飛んできて、一つずつ材料の匂いを嗅いで回る。
赤茶色に塗られた内装板を見つけると、その上に飛び乗って満足そうにした。
金属製のネジの袋を開けると、小竜が一本咥えようとした。
「こら。ネジは宝物じゃない。飲み込んだら危ないだろ」
啓介は、前回の鉢ガード作りの反省を活かし、ネジを磁石皿へまとめた。
小竜が皿からネジを取ろうとするが、磁石に引っ張られて上手く取れない。
何度も首を傾げ、前脚でカリカリと引っ掻くが、取れない。
最後にはイライラしたように諦め、啓介が作った赤銅色の名前板を咥えて、段ボール模型の奥へと引っ込んでしまった。
家作りと並行して、啓介は小竜の「呼び戻し訓練」を徹底的に継続した。
山で安全索なしの自由飛行を再許可する条件は、
「一回目の笛の音で、十回連続して即座に啓介の元へ戻ること」。
マンションの部屋では広さが足りないため、部屋の端から端、廊下からリビング、カーテン裏に隠れている状態から啓介の肩へ、という様々なシチュエーションを試す。
さらには、わざと玩具を見せて気を取られている状態や、光るプルタブを床に転がした状態など、「誘惑」を加えて練習した。
最初は、七回目で玩具の誘惑に負けて失敗。
次は、九回目で転がったプルタブに気を取られて笛を無視。
啓介が容赦なく訓練を最初からやり直すと、小竜は不満そうに「あぎゃあ!」と鳴いた。
「山で自由に飛びたいなら、俺の命令の方を優先しろ。それができないなら一生リード付きだ」
三度目の挑戦で、ようやく十回連続成功。
「よし。ただし、これは室内の話だ。山では安全索を付けた状態で、改めて十回成功させる必要があるからな」
そして、一週間後の土曜日。
啓介自身への《健全なる肉体》使用から約二週間が経過したが、体調に異常はない。一か月後の正式検査までは、体温、体重、血圧、自覚症状などの日次記録を送り続ける取り決めになっており、その朝も「異常なし」と記録した表を三崎へ送っていた。
今日の目的。
小竜の家の設置。呼び戻し訓練。短時間の自由飛行。土地の状態確認。将来の防犯設備(カメラ等)の設置場所の下見。
啓介は、恒例の《危険判定》を使用した。
「本日、青梅の山林へ小竜を連れて入り、休息施設の組立・設置、呼び戻し訓練および短時間の飛行を行い、俺、小竜または第三者へ重大な損害を生じさせず、かつ第三者に小竜または魔法を認識・記録されずに帰宅できるか」
結果。
『否定』
少なくとも、質問で指定した重大事故や露見の危険は検出されなかった。啓介は予定どおり、レンタカーの荷台にカット済みの材料と《小さな工房箱》の工具を積み込み、青梅へと出発した。
山林へ到着。
カートで材料を運び込みながら、前回の現況記録と現状を比較する。
大きな変化はない。不法投棄も増えていないし、倒木もない。目印テープを巻いた危険木候補にも近づかない。
啓介は、家の設置場所の候補を三か所比較した。
一つ目。敷地中央の開けた場所。
小竜が飛び立ちやすい。しかし、公道側から角度によっては見通せる可能性がある。不自然な小屋が丸見えになるのは避けたいため、不採用。
二つ目。斜面下の窪地。
外から完全に見えにくい。しかし、雨水が流れ込みやすい地形で、湿気も多い。不採用。
三つ目。緩やかな斜面の中腹、少し太い低木の裏側。
公道からは直接見えない。危険木からも離れている。水が溜まりにくい。啓介の作業スペースから見える位置にあり、小竜の飛行空間へも近い。生きた木を切ったり、地面を大きく掘ったりせずに設置できる。
「ここだな」
啓介は場所を決め、地面に直接置かず、ゴム脚付きの基礎枠を置いて、小屋の底面が数センチ浮くようにセッティングした。
設置前の現況を、アクションカメラで記録する。
撮影を終了し、録画ランプが完全に消えたことを確認してから、レンズカバーを付けてバッグへ深く収納した。
魔法を使用する際の絶対のルールだ。
その後で、キャリーケースの扉を開けた。
小竜が勢いよく飛び出ようとするが、今日は安全索(ロングリード)を最初から付けてある。
「まずお前の家を作る。自由飛行は、訓練が終わった後だ」
「あぎゃあ!」
小竜は不満そうに地面を蹴り、落ち葉を撒き散らした。
啓介は、小竜の文句を無視して作業を始めた。
まず基礎枠の水平を確認する。
啓介が水平器を置くと、小竜がその上にひょいと乗った。重みで気泡がズレる。
「こら。測ってる最中に乗るな」
床板をネジで固定する。
啓介が目を離した隙に、小竜は前脚で磁石皿を押さえ、ネジを磁力の弱い縁まで転がしてから、一本を咥えて持っていってしまった。
「お前、磁石皿を突破する方法を覚えたのかよ! それを返せ!」
小竜は遊びだと思って、安全索の届く範囲でちょこまかと逃げ回る。啓介の対策を観察し、自分なりに攻略したらしい。
最終的に、啓介が持参したお気に入りのプルタブと交換条件で、なんとかネジを取り返した。
壁板を立てる。
小竜が壁板の縁の上に止まり、その重さで板が傾く。啓介が慌てて支え直す。
内側の止まり木を設置しようとすると、小竜がまだ固定しきっていない止まり木へドヤ顔で飛び乗り、棒ごとガシャーンと落ちた。
怪我はなかったが、啓介は怒鳴った。
「完成するまで乗るな!!」
一時間後。
すったもんだの末に、ついに家が完成した。
外寸は、小型犬用の犬小屋よりやや小さい程度。外壁は周囲の木々に溶け込むダークグリーン。
内部は二室構造。
『前室』は、小竜が翼についた水滴や泥を落とし、外から寝室を直接見えなくするための緩衝地帯。ここにも小さな止まり木がある。
『寝室』は、小竜が十分に身体を丸められ、方向転換可能な広さ。床には清掃しやすい樹脂トレーを敷き、その上に啓介の古い部屋着を縫い込んだ特製の布製寝床。壁面には温湿度計と、小さな『宝物棚』。
屋根はわずかに後方へ傾斜しており、防水シートと滑りにくいゴム材で覆われている。小竜が屋根の上に止まることも想定済みだ。啓介が清掃や点検をする際は、留め具を外して屋根全体をパカッと上に開けることができる。
入口の構造は特に工夫した。
小竜がギリギリ通れる大きさで、猫やタヌキが前脚を入れても奥まで届かない屈曲構造。
そして、前室から寝室へ入る部分には、非常に軽い素材で作った『可動式の内扉』を設置した。小竜なら鼻先で軽く押して開けられるが、普通の小動物には開け方が分かりにくい構造だ。通常の出入口には、外側から閉じる鍵や閂をあえて付けなかった。つけようと思えばつけられたが、それでは家ではなく檻になる。点検用の屋根には留め具があるものの、小竜はいつでも自分の意思で出入りでき、啓介が帰宅する時にも中へ閉じ込められない構造にした。
最後に、家の奥の壁面に、赤銅色の小さな名前板をネジで取り付ける。
文字は、『小竜の家』。
外からは絶対に見えない位置だ。
小竜が、完成した家の中へ入り、名前板の前へ座った。
気に入ったのか、鼻先でコツコツと何度も触っている。
啓介は、持参したプルタブ、磨いた小石、金属ボタンを、宝物棚の上に並べた。
小竜はそれを見ると、プルタブを一番左に、ボタンを右に、小石を真ん中に並べ替えた。
啓介が少し意地悪をして順番を逆にすると、小竜は怒ってまた元の配置に戻した。
小竜なりの「財宝の展示レイアウト」があるらしい。
啓介は、古い部屋着を縫い込んだ布製マットを寝床に敷いた。
小竜はマットの匂いを嗅ぎ、一度その上で座った。
そして、前脚で布を自分の身体に引き寄せるようにし、くるくると三回その場で回ってポジションを決め、身体を丸めた。
長い尻尾で自分の鼻先を隠すようにして、目を閉じる。
「……そんなに俺の匂いが落ち着くのか」
小竜は目を閉じたまま、喉の奥でゴロゴロと、猫のように小さく鳴いた。
その姿を見て、啓介の顔が少しだけ緩んだ。
家で少し休ませた後、啓介は小竜を外へ出し、安全索を付けた状態で呼び戻し訓練を開始した。
一回目。笛の音で即座に戻る。
二回目。少し遠くの枝からでも、すぐに戻る。
五回目。落葉の下に光る何かを見つけたようだが、笛の音を優先して戻ってきた。
八回目。近くでカラスの鳴き声がしてそちらに顔を向けたが、笛で戻る。
十回目。旋回して、啓介の肩へピタリと着地した。
屋外という誘惑だらけの環境で、十回連続成功。
「よし。約束どおり、五分だけ自由飛行だ」
小竜が嬉しそうに「あぎゃー!」と鳴く。
だが、安全索のカラビナを外す前に、啓介は新しい指示の訓練を加えた。
笛とは別の、短い二回の音。
意味は、『家(小屋)へ戻れ』だ。
啓介が合図を出す。
小竜は最初、いつものように啓介の肩へ戻ってきた。
啓介が、肩の上の小竜を下ろし、小屋の入口を指差す。
二度目の合図。
小竜は、小屋の屋根の上へ降りた。
三度目の合図。
ようやく、小竜が屋根から降りて、入口から中へ入った。
これを数回繰り返す。
小竜が、あの小屋を単なる箱ではなく、「啓介が指示した避難先・帰還場所」として頭の中で結びつけ始めたのを確認した。
「よし。行ってこい。ただし、一回目の笛で必ず戻れよ」
啓介は安全索を外した。
小竜が飛ぶ。
前回のように舞い上がるのではなく、今日は敷地の中央付近を、低い軌道で悠々と大きく一周した。
ふと、木の幹に止まっている羽虫を見つけ、一瞬だけ軌道を変えて追いかけそうになる。
啓介が鋭く笛を吹く。
小竜は今度こそ、一回目の笛でピタリと空中で方向を変え、啓介の元へと戻ってきた。
「よし! えらいぞ!」
啓介が本気で褒めると、小竜は得意げに胸を張った。
再び飛ばす。
今度は「家へ戻れ」の合図を鳴らした。
小竜が空中で旋回し、一直線に小屋へ向かう。
屋根へ降り、入口を覗き込み、そのまま自分から中へと入っていった。
訓練指示によるものとはいえ、初めての自発的な帰巣行動だった。
これで、条件はすべて揃った。
現実の家が完成し、小竜が実際にそこで休息し、自発的に戻る行動も確認された。
今日の残りマナを確認する。
《思索の計数盤》の知識1は、朝の《危険判定》に使用済みだ。
残りは、
《借宿》:任意1。
《五彩の魔石》:任意1。
《生命樹の苗床》:生命1。
《小さな工房箱》:物資1。
《名もなき雑木地》:物資1。施設には物資2が必要であり、《小さな工房箱》だけでは一点足りないため、今日の日次マナは生命ではなく物資として引き出している。
啓介は、任意2を「境界マナ2」へ変換した。
生命1。物資2。境界2。
合計5マナ。
啓介は小屋に手を触れた。
「《小竜の家》、定着」
緑、灰銀、薄紫の三色の淡い光が、小屋全体をフワッと包み込んだ。
光は周囲へ漏れることなく、木材の継ぎ目や塗装の奥へと、スゥッと静かに吸い込まれていく。
入口の可動式内扉。防水処理された屋根。啓介の匂いのする寝床。小さな宝物棚。
すべてに、目に見えない淡い魔力の循環が定着した。
『対象施設の現実的完成を確認しました』
『指定生物による利用実績を確認しました』
『居住者として《掌乗りの小竜》を指定しました』
『《小竜の家》の作成が完了しました』
魔法定着後。
小竜が入口から外へ出た。
少し離れた切り株まで飛び、そこで毛繕いをするように羽を休める。
突然、小竜がハッとしたように振り返った。
小竜の視線が、低木の向こうに隠れて見えないはずの『家』の方向へ、コンパスの針のように正確に向いた。
【帰巣】の魔法が働いているのだ。
小竜は一度高く飛び上がり、木々を素早く回り込んで、小屋へと一直線に戻った。
内扉を鼻先で器用に押し開け、中へ入る。
奥から、金属ボタンをいじるカチャカチャという音が聞こえてきた。
「……そこが、お前の本当の家になったのか」
小竜が入口から顔だけを出し、「あぎゃ」と短く、満足そうに鳴いた。
啓介はバインダーを開き、《名もなき雑木地》の土地カードを確認した。
カードの効果そのものは変わっていない。
だが、補助情報が劇的に更新されていた。
『常設施設:《小竜の家》を認識』
『利用実績:小型召喚生物の飛行、休息、および帰巣』
『主用途候補:小型召喚生物の飼育および保護』
『継続性:不足』
『安全設備:不足』
『再評価候補:《小竜の隠れ森》』
『現時点では再評価条件未達』
ついに、ただの雑木地から、名称進化の具体的な『候補』が初めて提示されたのだ。
ただし、進化に必要な要素は多い。
継続的な利用実績。安定した水場の確保。安全な飛行範囲の設定。外部からの秘匿設備。防犯カメラ等による遠隔監視。緊急時対応の仕組み。
小屋を一つポンと置いただけで、土地全体が魔法の森に変わるわけではない。
啓介は次に、《小竜の家》のカードを確認した。
小竜が鼻先で押して出入りできる軽い内扉。だが、魔法の【巣守り】効果により、近くを通ったタヌキや野良猫が興味を示しても、この扉は不自然な抵抗を生んで開かない。
もちろん絶対防御ではない。人間である啓介なら外の点検口を普通に開けられるし、悪意を持った人間が小屋ごとハンマーで壊すことも防げない。
それでも、啓介にとってこれは非常に大きな意味を持っていた。
初めて、「自分が守りたい対象を決め、そのために内と外を分断する(境界を引く)施設」を作ったのだ。
システム補助表示が出た。
啓介は表示を見て、すぐに確認した。「利用実績を積めば、この《小竜の家》が自動的に境界マナを出すようになるのか?」
『否定』『一つの現実の物体または施設には、原則として一枚の恒久カードのみが関連づけられます』『既存カードへ新たな恒久効果が自動的に追加されることはありません』『十分な利用実績および概念適合性が成立した場合、対象施設を核とする上位カードの再設計候補が提示される可能性があります』『再設計には追加のマナおよび新たな維持条件を要求し、確定時には旧カードが新カードへ置換されます』『境界属性を持つ上位施設への再設計候補として、利用履歴の蓄積を開始しました』『現時点では再設計条件および恒久魔力源化条件を満たしていません』
つまり、《小竜の家》へ勝手にマナ生成能力が生えるわけでも、同じ小屋へ別の魔力源カードを重ねられるわけでもない。本当に小竜を守る施設として使い続け、追加のマナを払って上位カードへ作り直した時にだけ、境界マナ源になり得る。
しかし、以前の啓介の生活には存在しなかった、「境界を守る営み」がここから始まったのだ。
夕方。日が落ち始め、帰宅時刻が近づいた。
啓介がキャリーケースを出すと、小竜は小屋の奥へ引っ込んでしまった。
呼んでも出てこない。
「帰るぞ」
返事はない。
啓介が屋根の留め具を外して開けると、小竜は古い部屋着のマットの上に丸まり、目をギュッと瞑って寝たふりをしていた。
「起きてるだろ」
片目だけが薄く開いた。
「……今日は、まだ泊まれない」
「あぎゃ……」
「家ができたからって、水飲み場も、監視カメラも、何かあった時の緊急連絡網も足りてない。今のお前を、夜の山に一人で置いてはいけないんだ」
小竜は動かなかった。
啓介は少し考え、宝物棚を指差した。
「この家は、ここに置いていく。誰にも持って帰らせない。次に来た時も、ずっとお前の家のままだ」
小竜が、起き上がって小屋の中を見回した。
それから、宝物棚の一番手前に置いてあったお気に入りのプルタブを咥え、棚の一番奥へ丁寧に置き直した。
自分の財宝を、ここに残していく。
それは、ここが自分の家であり、「また必ずここへ帰ってくる」という意志の表れだった。
小竜は、ようやく家を出て、大人しくキャリーケースの中へ入った。
これまでは、山へ持ってきた道具もごみも、基本的にすべて持ち帰っていた。
しかし今日は違う。
山に残していくものがある。
《小竜の家》、寝床、宝物棚、小竜のプルタブ、温湿度計。
そして、この土地に刻まれた「用途」という記録。
啓介は小屋の屋根を閉じ、外側の簡易留め具をしっかりと確認した。
雨水の流れそうなルート。風の当たる向き。周囲の枯れ枝。
最後に、スマートフォンのカメラで写真だけを撮る。もちろん小竜はケースの中で、魔法の光も消えている。現実の管理記録として、ただの小屋だけを撮影した。
マンションへ帰宅。
キャリーケースを開けると、小竜は真っ先に、リビングの隅に置いてある段ボールで作った試作品の家へと向かった。
中へ入る。
しかし、山の家とは違う。狭い。柔らかい自分の匂いのする寝床がない。宝物棚は空っぽだ。
小竜はすぐに出てきて、窓の外の夜空を見て「あぎゃ」と小さく鳴いた。
「次の休みに、また行くから」
小竜は不満そうだった。
啓介は段ボール模型を捨てず、マンション内での仮の寝床として残すことにした。
ただし、小竜にとっての「本当の家」がもう山にあることは、啓介にも、小竜にも分かっていた。
夜。
啓介はノートを開き、一日の記録を作った。
《小竜の家》の建築完了。魔法定着。小竜の帰巣能力の確認。
そして、土地の再評価候補として《小竜の隠れ森》が発生したこと。不足している安全設備のリスト。
ノートを閉じる。
小竜は、段ボールの仮住居には入らず、ソファに座る啓介の隣で丸くなって眠っていた。
山の小屋に置いてきた古い部屋着の代わりに、今夜は啓介が着ている服の袖を、前脚でギュッと掴んで離さない。
啓介は、小竜の小さな背中を優しく撫でた。
「家は作った。でも、お前が本当にあそこに一人で住めるようになるまでが、俺の本当の『整備』なんだろうな」
小竜は眠ったまま、安心したように小さく喉を鳴らした。
三十八万円で買った名もない雑木林には、まだ電気も水道もない。
魔法の工房も、マナを生み出す発電所も、人が住める立派な建物もない。
それでも今日、あの場所には初めて、「誰かが帰ってきてもいい場所」が一つできたのだ。
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