TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

13 / 17
第13話 小竜を山に泊めるには防犯が足りないらしい

 青梅の山林に《小竜の家》を建てた翌日、日曜日の朝。

 啓介が目を覚ますと、本来なら同じベッドの上か足元で寝ているはずの小竜の姿がなかった。

 

「……?」

 身体を起こし、リビングへと向かう。

 小竜は、リビングの壁に掛けてあるカレンダーの前でホバリングするように飛んでいた。

 

 昨日、山林へ出発する朝に、啓介が赤いペンで丸印をつけた『土曜日』の日付を、鼻先で何度もカツカツとつついている。

 その後、日付を一つ横へずらし、今日である『日曜日』をつつく。

 それから玄関へパタパタと飛び、黒いキャリーケースを振り返って見つめ、再びカレンダーの前へ戻って「あぎゃあ!」と鳴いた。

 

「……お前、今日も休みなんだから、山へ連れて行けって言ってるのか?」

「あぎゃ!」

 即答だった。

 小竜は器用に前脚を使い、ソファの隅に置いてあった専用ハーネスをずるずると引っ張り出してきた。

 昨日の興奮が全く冷めていない。完全に、今日もあの家へ帰る気でいる。

 

 しかし、啓介は冷酷に首を横に振った。

「今日は行かない。昨日作ったばかりの家に、今すぐお前を泊めさせられるわけがないだろ」

 小竜はハーネスを落とし、露骨に不満そうな声を喉の奥で鳴らした。

 

「家という箱を作っただけで、お前を一匹で置いて帰れるなら苦労はしない。今日は、お前があの家に安全に泊まれるようにするための『防犯設計』の日だ」

 

 先週に引き続き、休日だというのに朝から要件定義と設計作業へ入ることを宣告する。

 小竜は、「えー、またそれかよ」と言わんばかりの顔で、ハーネスの上にふて寝した。

 

 啓介自身も、昨夜からずっと山の様子が気になっていた。

 昨夜の青梅方面は、雨も強風もなかったはずだ。

 それでも。

 

 ゴム脚の上に置いただけの家が、少しの斜面の緩みで傾いていないか。

 風で屋根の留め具が外れていないか。

 タヌキや野良猫のような野生動物に、面白半分で荒らされていないか。

 小竜が大事に置いてきた宝物棚のプルタブは、ちゃんと残っているか。

 何より、見知らぬ第三者が、勝手に敷地へ入って小屋を見つけていないか。

 

 それらの懸念を、今の啓介はマンションの部屋から確認する術を一切持っていない。

『現地へ直接行かなければ、自分が作った家が無事かどうかすら分からない』

 システム運用において、「監視・ログ・アラートが存在しないブラックボックス」ほど恐ろしいものはない。

 

 小竜が、窓の外の青空を恨めしそうに見つめている。

 啓介は、自分も同じような気持ちで空を見ていることに気がついた。

 

「……まず、お前が泊まる以前に、あの家が無事かどうかを俺がリアルタイムで確認できる仕組みが必要だな」

 

 啓介はノートを開き、新しいページに見出しを書いた。

 《小竜山林宿泊運用・不足要件》

 

 最初に、「防犯」という曖昧な言葉を、具体的なシステム機能へと分解していく。

 

【検知(アラート)】

 ・誰か(人間)が敷地へ入った。

 ・動物が家へ近づいた。

 ・家の屋根や点検口が不正に開けられた。

 ・家そのものが移動した、または傾いた。

 ・家の内部の温度・湿度が異常値になった。

 ・通信や電源が切断された。

 これらすべての事象を、啓介のスマートフォンへ即座に通知する。

 

【確認(モニタリング)】

 ・何が起きたのか、映像でリアルタイムに見る。

 ・小竜の位置と状態を確認する。

 ・火災、大雨、倒木などの自然要因か、動物・人間による人為的要因かを見分ける。

 

【指示(コマンド)】

 ・遠隔地にいる小竜へ、「家へ戻れ」「外へ出るな」と音声を届ける。

 ・周囲の人間や動物に対して、警告音や声を出して威嚇する。

 

【防御(プロテクト)】

 ・小竜の家へ、外部の動物が入るのを物理的・魔法的に防ぐ。

 ・家そのものを持ち去られにくくする。

 ・侵入者を敷地へ入りにくくする。

 

【救援(レスキュー)】

 ・小竜が怪我をした時に遠隔で助ける。

 ・家が壊れた時に避難させる。

 ・第三者に見つかる前に回収する。

 ・啓介が車で現地へ到着するまでの間、小竜を確実に守り抜く。

 

 現在の《小竜の家》が魔法的に持っている機能は、小動物に対する【巣守り】、通常の天候への【微気候】、そして小竜が家の方向を知る【帰巣】の三つだけだ。

 監視能力もなければ、遠隔からの救援機能もない。

 

「防犯カメラを置けば、『検知』と『確認』はできる。スピーカーがあれば『指示』もできる。でも、それだけで防犯が完成するわけじゃないな」

 現状の課題が浮き彫りになる。

 

 啓介は、手っ取り早く解決できないか、バインダーを呼び出してシステムへ試作要求を投げた。

「俺がマンションにいても、山林の小竜と家を常時監視し、危険が起きた場合は自動的に俺へ知らせ、必要なら小竜を安全な場所へ空間転移で緊急帰還させる魔法」

 

 概算。

『必要マナ:知識2・境界4・生命1』

 合計7マナ。

 

「……却下だ」

 現在の総量(6マナ)をオーバーしている上に、「境界4」などという色拘束は到底出せない。

 遠隔地の常時観測、危険の自動判定、使用者へのリアルタイム通知、対象の絶対座標の特定、空間を越えた緊急帰還。これほど複雑な処理を一枚のカードに詰め込めば、コストが跳ね上がるのは当然だった。

 

 要求を分解してみる。

 

 《家守りの警鈴》

 知識1・境界1。指定した施設への接近や開放を検知し、使用者へ知らせる。

 これは現在のマナ基盤でも使える。

 しかし、持続系魔法ではないため、一日ごとにマナを使い直して更新する必要がある。毎日、知識1と境界1(任意源からの変換)をこの通知機能だけのために拘束し続ければ、医療検証や危険予知に回す余力がなくなる。

 

 《家路の呼び鈴》

 知識1・境界3。《家》へ関連づけられた召喚生物を、使用者または家へ緊急帰還させる。

 これは現状、境界マナが3点出せないため使用不能。

 

「……魔法で何でもかんでも解決しようとするから、コストが破綻するんだ」

 啓介はペンを回した。

「通知と監視だけなら、電気と通信回線で済む。現実のカメラなら、一度買ってしまえばマナを毎日食いつぶすことはないし、監視設備を置くこと自体が、土地の管理実績としてシステムに高く評価されるはずだ」

 

 魔法でできることを、すべて魔法でやる必要はない。

 現実の技術で安価に代用できるものは、徹底的に現実に任せる。

 

 啓介はパソコンを開き、市販の屋外用防犯カメラを調べ始めた。

 しかし、条件は非常に厳しい。「小竜そのもの」が映像に映るからだ。

 

 クラウド連携で映像がメーカーのサーバーに自動アップロードされる製品は、絶対に却下。

 AIが勝手に「未知の生物」として解析したり、不審な映像としてフラグを立てるサービスも不可。

 動画共有機能や、家族アカウント機能がついているものもリスクが高い。

 

 啓介が求める構成は、極めてクローズドな環境だ。

 録画は現地のカメラ本体に挿入した暗号化されたSDカード等のローカル媒体のみ。

 通信は、携帯回線(SIM)を利用した小型通信ルーターを介し、啓介の端末とだけVPNライクな暗号化接続を行う。

 自動顔認識機能はオフ。外部へのAI解析データ送信もオフ。音声録音は通常無効にし、必要な時だけライブで音声確認・送信ができるもの。

 初期パスワードは絶対に変更し、ファームウェアの自動更新機能も制限をかける。不正アクセスを検知した場合は、ルーター側で強制的に接続を遮断する。

 

「小竜の映像データは、俺にとって数十万円の宝くじの当選券なんかより、よっぽど危険な情報だからな」

 ハッキングされて盗まれれば、秘匿生活は一発で破綻する。

 

 熟慮の末、翌週山林へ設置する初期設備を決定した。

 

【通信・電源】

 携帯回線利用の小型通信ルーター(外部アンテナ付き)。

 小型ソーラーパネル。

 防水型の大容量蓄電池。

 ※数日分の予備容量を持ち、低電力時には自動通知を送る。

 

【映像(カメラ二台)】

 ① 接近確認用:敷地の進入口から家へ向かう範囲を監視。公道そのものはなるべく映さず、敷地内へ入ってくる人間や動物だけを検知する。

 ② 家確認用:《小竜の家》の入口と屋根を専用で監視。小竜の出入りを確認する。

 

【センサー類】

 家の屋根開閉センサー。家の移動・傾斜センサー。温湿度センサー。

 大型動物(または人間)の熱源検知センサー。

 通信断・電源低下の検知アラート。

 

【指示(スピーカー)】

 カメラ内蔵ではなく、音質のクリアな小型外部スピーカー。

 啓介の声をリアルタイムで現地の小竜へ届ける。

 

【物理設備】

 ごく普通の「私有地・立入禁止」「防犯カメラ作動中」の警告看板。

 家を物理的に持ち去られないように、近くの立木と結ぶ取り外し可能なワイヤー。

 センサー類やバッテリーを収納する、アタッシュケース型の防水防塵ボックス。

 小竜用の、倒れにくい浅型の水皿と、そのための小さな日除け。

 

「……竜小屋一軒守るのに、会社の小規模ブランチ(拠点)のインフラ構築みたいな構成組んでるな」

 啓介は、自分で描いたネットワーク構成図を見て苦笑した。

 

 その週の平日、月曜から金曜にかけて。

 啓介は仕事から帰ると、届いた機材をリビングに広げ、夜な夜なシステム構築に没頭した。

 

 通信の暗号化設定。センサーとの連携。スマートフォンへの通知条件の細かい閾値調整。ローカル保存のテスト。

 電池を意図的に抜いての電源断試験。通信ケーブルを抜いての遮断・復旧試験。

 スピーカーからの音声の遅延(タイムラグ)の確認。

 

 この狂気じみた作業のおかげで、《思索の計数盤》の【研鑽】条件は毎日余裕でクリアされ、《小さな工房箱》の稼働条件も、防水ケースの加工やアタッチメントの製作によって自動的に更新されていた。

 

 ある夜、マンション内でカメラへ実際に小竜を映すテストを行った。

 スマートフォンの画面に、赤銅色の鱗、翼、尻尾、そして特徴的な顔が、極めて鮮明に映し出された。

 

 当然だが、小竜という物理的な存在は、普通のカメラにそのまま録画される。魔法のシステム表示のような「記録外」の性質は持っていない。

「……この録画データが外に出たら、CGやAI生成画像だと言って誤魔化しきれるレベルじゃないな」

 啓介は、改めてセキュリティの重大さを痛感した。

 

 一方の小竜は、自分を映している黒いレンズに興味津々だった。

 鼻先をグッと近づける。

 啓介のスマートフォンの画面いっぱいに、小竜の鼻の穴と巨大な片目が映る。

「近い。近すぎる。それじゃ何も見えない」

 啓介が注意すると、小竜はカメラの後ろへ回り込んだ。画面の中に啓介がいると思ったのか、機材の裏側を不思議そうに覗き込んでいる。

 

 啓介は、小竜に「遠隔指示」を教え込む訓練を始めた。

 

 啓介は寝室へ移動し、ドアを閉めた。リビングには小竜とカメラ、そしてスピーカーだけを残す。

 スマートフォンのマイクに向かって、短く話しかける。

 

『小竜。家へ戻れ』

 

 リビングからのカメラ映像。

 スピーカーから突然啓介の声がしたことに驚き、小竜がピョンッと飛び上がった。

 カメラのレンズをじっと見つめ、スピーカーの周囲をぐるぐると回り、裏側を覗き込み、前脚でスピーカーをペチペチと軽く叩き始めた。

 

『叩くな。俺はそっちにはいない』

 小竜はさらに混乱し、スピーカーに噛みつこうとした。

 

 しばらくして、どうやら「声は四角い機械から出ているが、命令しているのは啓介本人だ」ということを理解したらしい。

 啓介は、リビングに置いてある段ボールの仮住居を指す命令を繰り返した。

 

 最初はカメラの上へ乗り。二度目は部屋中を飛び回って啓介を探し。三度目で、ようやく諦めたように段ボールの仮住居へと入った。

 最終的に、「機械から啓介の声が聞こえた時も、直接言われた時と同じように従う」という訓練を数日がかりで徹底させた。

 

 短い笛の音を録音して再生するテストも行った。

 小竜は音に反応はする。しかし、音のした方向(スピーカー)へ向かおうとして、激しく混乱した。

 本来、笛は「啓介のいる位置(肩)へ戻る」という合図だ。それがスピーカーから鳴ると、「カメラへ戻るべきなのか」「家へ戻るべきなのか」が小竜の中で曖昧になり、パニックを起こしかけたのだ。

 

 よって、遠隔運用では笛を使わないことにした。

 新しい、言葉による直接的な指示へと分離する。

 

「家」=《小竜の家》へ入れ。

「待て」=そのまま動くな。外へ出るな。

「伏せろ」=外から見えない位置へ身体を低くしろ。

「出ろ」=家から出てもよい(安全確認ヨシ)。

「俺」=啓介の肩へ戻れ。

 

 小竜の賢さなら、これくらいは数日で理解できると信じた。

 

 一週間後の土曜日の朝。

 啓介は、三崎へ送っている毎日の経過表へ『体調異常なし。すこぶる健康』と入力して送信した。

 《健全なる肉体》を使用してから、約三週間。一ヶ月後の正式検査まで、残り約一週間だ。

 マナが貯まっても《一年若く》を使わないという約束は、しっかりと守られている。

 

 今日は、山林への監視設備設置と、短時間留守番試験の決行日だ。

 バインダーを開き、《危険判定》を使用する。

 

「本日、青梅の山林へ小竜を連れて入り、監視・通信・防犯設備を設置し、小竜を《小竜の家》へ残した状態で段階的に敷地から離れる『短時間試験』を行う。この行動に、俺、小竜または第三者へ重大な損害を生じさせず、かつ第三者に小竜や魔法を認識・記録されずに無事に帰宅できるか」

 

 回答。

『否定』

 

 重大な危険は検出されない。

 ただし、これはあくまで「致命的な事故や発覚」がないと言っているだけであり、小竜が不安がらないことや、軽微な機材トラブルが起きないことまでは保証してくれない。

 

 レンタカーに機材を積み込み、青梅へ。

 キャリーケースの中の小竜は、一週間ぶりの山ということで、落ち着きなくガサゴソと動き回っている。

 

 山林へ到着し、まずは現況記録用のカメラを回して敷地を点検。

 録画を止めた後、キャリーケースを開けた。

 今日は安全索(リード)を付ける前から、小竜はピタリと《小竜の家》が設置してある方向へと身体を向けていた。

 魔法の【帰巣】が、完璧に働いている。

 

「よし。行っていいぞ」

 小竜は地を這うように低く飛び、《小竜の家》へと一直線に向かった。

 屋根へ着地し、鼻先で内扉を開けて中へ入る。

 啓介が後から覗き込むと、小竜は宝物棚のプルタブ、小石、ボタンを一つずつツンツンと小突き、定位置にあることを確認していた。

 

 全部、一週間前と変わらずに残っている。

 小竜は安心したように、プルタブを一度咥え、また元の場所へ丁寧に戻した。

 その後、古い部屋着を縫い込んだ寝床へ身体を擦りつけ、満足そうに丸まった。

 

「一週間、誰も使ってないのに、ちゃんとお前の家のままだったな」

「あぎゃ!」

 

 そこから、大掛かりな設備工事が始まった。

 進入口の近くの見えやすい木に、普通の「私有地・立入禁止」「防犯カメラ作動中」の看板をワイヤーで固定する。

 小竜が飛んできて、看板の上へドヤ顔で止まる。

「それじゃ看板の文字が見えないだろ。どけ」

 

 カメラ用の短い支柱を立てる。

 小竜が支柱の先端に止まり、バランスをとる。

 啓介がカメラを取り付けると、レンズの真正面にドアップで顔を出してくる。

「俺のスマホのテスト映像が、お前の鼻の穴しか映ってない」

 

 電源用の小型ソーラーパネルを、木漏れ日が一番当たる最適角度へ向けて設置する。

 小竜が、日当たりのいいパネルのド真ん中の上で、気持ちよさそうに寝転がる。

 スマートフォン上の発電量が、ガクッと落ちる。

「そこは日向ぼっこの場所じゃない! どけ!」

 

 水皿へペットボトルの水を入れる。

 小竜は興味津々で鼻先を突っ込みすぎ、くしゃみをして水滴を撒き散らした。

 その後、前脚で水面をバチャバチャと叩き、啓介の作業着を泥水まみれにした。

「……お前、絶対にわざとやってるだろ」

 

 カメラの死角調整には苦労した。

【接近確認カメラ】は、公道が極力映らないようにしつつ、敷地へ入る人間を確実に検知する角度に。

【家確認カメラ】は、《小竜の家》の入口と屋根、周囲数メートルをカバーする。

 しかし、小竜が屋根に乗って翼を広げると、カメラの視界が半分塞がれてしまう。設置位置を何度も変更した。

 さらに、低木の枝が風で揺れるたびに動体検知の通知がスマホに飛んでくる。検知範囲(マスキング)を細かく調整し、枝の揺れだけでは通知が来ないように設定を煮詰めた。

 

 通信ルーター。電源。蓄電池。カメラ二台。各種センサー。

 すべてを起動する。

 

 スマートフォンの画面に、システムステータスが緑色で表示される。

 通信:正常。電源:正常。発電:正常。温度:正常。湿度:正常。家屋開閉:閉。傾斜:正常。

 動体:検知(小竜)。

 録画:ローカル保存中。

 

 画面の中で、小竜が自分の家へ入っていくのが見える。

 実際の家と、スマートフォンの映像を交互に見比べる。

「よし。これで、俺がマンションにいても、お前の姿は見えるようになった」

 小竜は、啓介が何に満足しているのか理解していない様子で首を傾げていた。

 

 午後。

 すべての設置が終わり、いよいよ距離と救援時間を段階的に広げる離脱試験(テスト)に入る。

 

【視界外待機試験:敷地内・五分】

 

 啓介は小竜を小屋の中へ入れた。

「ここで待て。すぐ戻る」

 小竜は入口から顔だけを出して、啓介を見た。

 

 啓介は、敷地内の木立の裏側、数十メートル離れた場所へ隠れた。

 スマートフォンの映像を見る。

 

 啓介がいなくなった直後、小竜はすぐに家から出てきた。

 屋根の上へ乗り、啓介が歩いていった方向をじっと見つめる。動かない。

 一分。二分。

 身体は動かさないが、尻尾だけが不安そうに左右に揺れている。

 

 三分後。

 待ちきれなくなったのか、小竜は一度地面へ降り、木立の方へ啓介を探しに行こうとした。

 

 啓介は、スマートフォンのマイクボタンを押した。

『小竜。家へ戻れ』

 

 スピーカーから響く声に、小竜がカメラを振り返る。

 一瞬迷ったが、訓練通り、すぐにクルリと踵を返し、トテトテと歩いて小屋の中へと戻った。

 

 五分後、啓介が木立から姿を現す。

 小竜は小屋から弾丸のように飛び出し、啓介の肩へ猛スピードで突進してきた。

「うおっ! たった五分しか離れてないだろ」

 小竜は、啓介の作業着の襟を前脚でギュッと掴み、顔を押し付けてきた。

 

 視界外待機試験、完了。

 ただし、小竜の精神的な不安感は想像以上に大きかった。

 

【敷地外離脱試験:車内待機・十五分】

 

 少し休ませた後、次は啓介が完全に山林の敷地から出て、公道に停めたレンタカーまで戻る。

 徒歩数分の距離だ。

 

 小竜へ向かって、はっきりと言い聞かせる。

「十五分だ。家から絶対に出るな」

 

 啓介は車内に入り、エンジンを切ってスマートフォンの映像を見つめた。

 最初の数分間、小竜は指示を破って屋根の上で啓介を待っていた。

 やがて諦めたように中へ入り、古い部屋着の寝床へと入った。

 しかし、寝ているわけではない。入口の方向に顔を向けたまま、低い姿勢で伏せている。

 カメラには顔は映らないが、尻尾の先だけがチラチラと入口から見えていた。

 

 途中、動体検知の通知がスマホを震わせた。

 啓介の心拍が跳ね上がる。

 映像を確認すると、強風で大きく揺れた木の影だった。

「……ビビらせるなよ」

 

 数分後、また通知。

 今度は、一羽のカラスだった。

 カラスが上空から舞い降り、小竜の家の屋根へ止まろうとする。

 

 瞬間、小竜が小屋の中から顔を出し、カラスに向かって『シャァッ!』と鋭く威嚇した。

 啓介は即座にマイクボタンを押した。

『待て。外へは出るな』

 

 スピーカー越しの指示。

 小竜は屋根へ飛びかかろうと広げかけた翼を、ギリギリのところで畳んで踏みとどまった。

 威嚇に驚いたカラスは、すぐに飛び去っていった。

 

 十五分後、啓介が敷地へ戻る。

 小竜はまたしても肩へ飛びついてきて、鼻先を擦り付けてきた。

 

 敷地外離脱試験、完了。

 だが、十五分間だけでも、枝の揺れ、虫、カラス、日差しの変化などで、複数の通知が飛んできた。

 感度を下げれば、本物の人間や動物を見逃すリスクがある。感度を上げれば、通知の嵐になる。

「監視対象が増えたんじゃない。今度は俺が目視で確認しなきゃいけない『アラート』が爆発的に増えたのか」

 「運用保守タスクの増大」という認識の、まさに再来だった。防犯設備も、置けば自動的に安心を生むわけではない。映像を確認し、判断を下す人間のリソースが常に必要なのだ。

 

【遠隔離脱試験:車両移動・予定三十分】

 

 啓介は少し迷った。

 小竜は二回とも、懸命に啓介の命令を守った。朝の《危険判定》も否定で出ている。

 心を鬼にして、予定どおり遠隔離脱試験へと進む。

 

 近隣のコンビニまで車で移動する。

 山へ戻るまで十分前後の距離。滞在を含めて、予定三十分の本格的な遠隔離脱試験だ。

 スマートフォンはダッシュボードへ固定するが、運転中は画面を消し、音声アラートと車載ハンズフリーだけを使用する。

 通信断や異常通知があれば、買い物を中止し、安全運転を崩さず直ちに引き返す手順にした。

 

 小竜には、

「家で待て。絶対に外へ出るな。俺の声が聞こえたら、それに従え」

 と念を押した。

 小竜は家の前で不満そうに「あぎゃあ」と鳴いたが、渋々と入口の中へ入った。

 

 啓介は車を出発させた。

 運転中は映像を見ない。コンビニの駐車場へ車を停めてから、初めてライブ映像を開いた。

 

 最初は、小竜は入口から外の様子をうかがっていた。

 啓介の車のエンジン音が完全に聞こえなくなると、小竜は小屋を出た。

 屋根へ乗り、啓介が戻ってくる方向を、彫像のようにじっと見つめている。

 五分経過。動かない。同じ方向を見続けている。

 十分経過。ようやく諦めたように小屋へ入り、古い部屋着を引き寄せて身体を丸めた。

 しかし、眠ってはいない。顔は常に入口の方へ向けて、微かな音を拾おうとしている。

 

 啓介は、コンビニの駐車場でその映像を見ながら、胸がギュッと締め付けられるのを感じた。

「俺がいない間、もっと好き勝手に外を飛び回って遊ぶと思ってたんだけどな……」

 小竜は、自由を謳歌するよりも、啓介が帰ってくるのをただひたすらに待っていた。

 

 その時だった。

 スマートフォンの画面上部に、赤いバナーで動体通知がポップアップした。

『動体検知(接近カメラ)』

 

 映像を切り替える。

 家の横の低木が、ガサッと揺れた。

 一匹の、ごく普通の成猫が姿を現した。

 猫として特別大きいわけではない。だが、掌に乗る小竜と比べれば胴体だけでも明らかに大きく、十分な脅威だった。

 猫は、見慣れない《小竜の家》の匂いを嗅ぎつけ、ゆっくりと近づいてきた。

 

 家確認カメラの映像。

 小竜が、小屋の内部でその気配に気づいた。

 頭をスッと上げ、低い姿勢になる。

 

 猫が、小屋の入口へ顔を近づける。

 小竜が、喉の奥で『グルルルッ……』と低い威嚇音を鳴らした。

 猫もそれに気づき、身体を低くして戦闘態勢をとる。

 

 啓介は、血の気が引くのを感じた。

 啓介は血の気が引いたまま、駐車場に停めた車の運転席でエンジンをかけた。しかし、まだ発進はしない。

 山へ戻るまで最速でも十分近くかかる。まず、今この場で小竜を家の奥へ退避させなければならない。

 

 啓介はスマートフォンのマイクボタンを押し込んだ。

『小竜! 家から出るな! 待て!』

 

 小竜は一瞬、入口へ向かって踏み出しかけていた。

 自分の家(テリトリー)を侵そうとする外敵に対して、迎撃しようとしていたのだ。

 

 続けて、もう一つの命令を送る。『外へ出るな! 家の奥へ下がれ!』

 焦りを孕んだ啓介の声が、山のスピーカーから強く響いた。

 

 小竜の動きが止まった。

 そして、ジリジリと後ろへ下がり、前室から寝室の奥へと退避した。

 

 猫が、前室へ鼻先を突っ込んだ。

 しかし、屈曲した入口構造のため、奥の寝室で丸まっている小竜の姿は直接見えない。

 猫が、苛立ったように前脚を奥へ差し入れる。

 

 猫の爪が、寝室との間にある『可動式内扉』に触れた。

 小竜なら鼻先で簡単に押して開けられる、非常に軽いプラスチック製の扉だ。

 しかし、魔法の【巣守り】が実地で発動した。

 

 猫が前脚で押しても、扉は不自然な反発力を生んで、ピクリとも開かない。

 猫が別角度から何度も前脚を突っ込んで引っ掻くが、開かない。

 

 小竜は寝室の奥で、ジッと身を低くしている。

 啓介の「出るな」という命令に従い、反撃を堪えているのだ。

 

 猫はしばらく扉をカリカリやっていたが、やがて諦めて家の周囲を歩き回り始めた。

 そして、カメラを固定している短い支柱へ、マーキングするように身体を擦りつけた。

 スマートフォンの映像が、グラッと大きく揺れた。

 

 啓介は、駐車場の運転席でスマートフォンを握りしめながら冷や汗を流した。

 映像が揺れた。それだけで、恐ろしかった。

 もしあの猫がカメラを倒せば、映像は途切れる。

 もし猫が小屋の屋根に飛び乗って暴れれば、配線やセンサーが壊れるかもしれない。

 魔法の【巣守り】は、あくまで「小動物が中へ入るのを防ぐ」だけだ。小屋の外側の現実的な設備まで、無敵のバリアで守ってくれるわけではないのだ。

 

 映像の中で、猫が家の屋根へ飛び乗ろうと腰を落とした。

 

 啓介はハンズフリーへ「最大音量、動物警告」と命じ、あらかじめ登録した音声を再生した。

『こらっ! そこから離れろ!!』

 

 静かな山林に、突然響き渡った人間の大声。

 猫は「ビクウッ!」と大きく跳ね上がり、周囲をパニックになったように見回した。

 スピーカーに向かって「シャーッ!」と威嚇したが、

『どこかへ行け!!』

 啓介の低い怒声がもう一度響くと、猫は低木の奥へ逃げ、動体検知の範囲から完全に姿を消した。

 だが安堵と同時に、あれだけの声が公道や隣地へ聞こえた可能性へ気づく。小竜を守るためとはいえ、最大音量の人声は秘匿上、常用できない。

 

 小屋の中の小竜が、外へ出ようと前室へ移動してきた。

『小竜。まだ待て。俺が帰るまで家から出るな』

 小竜は「あぎゃあ」と不満そうに鳴いたが、大人しく前室の止まり木で待機した。

 

 猫は去った。小竜も無事だ。

 それでも、啓介の心臓のバクバクは収まらなかった。

 猫が消えたことを確認すると、啓介は画面を伏せて車を発進させた。運転中は手順どおり音声通知だけに任せる。

 この山へ着くまでの数分間、小竜の状態を視覚で確認できない。

 再び猫が仲間を連れて戻ってきたかもしれない。カラスが来たかもしれない。何かの拍子でカメラが壊れたかもしれない。通信が切れたかもしれない。

 しかし、確かめるために運転中にスマートフォンへ目を落とせば、自分が交通事故を起こす。

 

『監視システムによって現地の異常をリアルタイムで検知できても、物理的に離れていれば、どうすることもできない』

 という、監視カメラという現実の技術の絶対的な限界が、啓介に重くのしかかっていた。

 

 山林の近くのスペースへ車を滑り込ませる。

 啓介はカートも使わず、貴重品のバッグだけを持って、敷地へと駆け込んだ。

 

 木立を抜ける。

 笛を一度、強く吹いた。

 

 《小竜の家》から、小さな赤銅色の影が弾丸のように飛び出してきた。

 一直線に啓介の肩へ。

 勢いが強すぎて、啓介はドンッと一歩よろめいた。

 

 小竜は、啓介の肩や首元へ自分の顔を激しく擦りつけ、作業着を前脚の爪で強く掴んで離さない。

「よく命令を守ったな。外へ出なかった。えらいぞ」

「あぎゃあ!」

 小竜は、怒っているのか安心しているのか分からない、複雑な声で鳴き続けた。

 啓介も、その小さな背中を壊れない程度に強く撫でた。

 

 啓介は、震える手で設備の点検を行った。

 猫による大きな損傷はなかった。内扉は正常。家も屋根も無事。

 カメラ支柱は猫に擦られてわずかにズレていた。角度を直して固定を補強し、配線を硬質カバーへ収めることを次回作業へ追加する。

 何より、小竜に一切の負傷はない。

 

 遠隔離脱試験は、予定した三十分を完走していない。外部動物の接近という異常を検知した時点で中止し、啓介は緊急帰投へ移行した。

 試験目的そのものは未達だが、遠隔指示、小竜の屋内退避、【巣守り】、そして緊急帰投手順が実際に機能することは確認できた。

 結果が無事だったことと、試験に成功したことは別だ。

 

 啓介自身の評価に、そこを混同する甘さはなかった。

 

 ノートへ記録する。

【試験結果】

 ・視界外待機試験(敷地内・五分):完了。

 ・敷地外離脱試験(車内・十五分):完了。

 ・遠隔離脱試験(予定三十分):外部動物接近により途中中止。

 ・異常時の検知、遠隔指示、屋内退避、【巣守り】、緊急帰投を確認。

 

【問題点】

 ・カメラ、支柱、配線は動物の接触や物理的な攻撃で壊され得る。

 ・通信や電源が途切れれば、映像も指示も一切不能になる。

 ・小竜が怪我をしても遠隔では治療できず、人間の侵入者には【巣守り】も無力。

 ・今日の猫は周辺を行動範囲にしている可能性が高く、再訪を前提に家の高さ、外周柵、機器保護を見直す必要がある。

 ・強い忌避剤や超音波は小竜にも悪影響を与え得る。猫だけを追い払う手段を選ばなければならない。

 ・より大きな動物や火災、倒木、浸水が起きれば、到着まで約十分の空白を家だけで耐えられない。

 ・運転中は映像を確認できず、最大音量の音声威嚇は周辺へ不審な人声を響かせる秘匿リスクがある。

 ・小竜を強制的に退避させる常時機能がなく、異常時の対応が啓介の覚醒と判断速度に依存する。

 ・カメラを常時監視すれば、啓介の仕事、移動、入浴、睡眠まで拘束される。

 ・小竜自身も、単独時には遊ばず、啓介の帰りを待ち続けて強い不安を示した。

 

 結論。

「十五分までの離脱試験は完了。三十分試験は異常発生で中止。お前をここに一匹で泊める運用は、不合格だ」

 

 小竜が、啓介の肩の上で不満そうに「あぎゃあ」と鳴いた。

「文句言うな。ごく普通の猫一匹で、俺がどれだけ無力だったと思ってるんだ。しかも、あいつはまた来るかもしれない。夜中に一匹で置いて帰れるわけないだろ」

 

 啓介は、設置したカメラを見つめた。

 映像は残った。通知も来た。声も届いて、威嚇もできた。

 だが、もしあの猫がもっと凶暴で、小屋の隙間から無理やり爪を立てて攻撃していたら? もし悪意のある人間が小屋を蹴り飛ばしていたら?

 啓介は、スマートフォンを握りしめながら、ただ見ていることしかできなかったはずだ。

 

「カメラは、何が起きているか教えてくれただけだ。お前を守ったのは、あの家の物理的な壁と、お前自身が俺の命令を聞いて中に隠れたことだ」

 

 監視設備は、防犯の一部であって、防犯そのものではない。

「見えているのに何もできない状態を、一晩中続けるわけにはいかない」

 

 啓介はバインダーを開き、《小竜の家》のステータスを確認した。

 補助情報が更新されている。

『短時間単独利用実績:確認』

『遠隔監視下での利用:確認』

『遠隔指示による帰巣・待機:確認』

『外部生物接近時の避難実績:確認』

『【巣守り】の実運用:確認』

 

 そして。

『上位再設計候補への利用履歴が蓄積されました』

『現時点では、恒久魔力源化条件は満たしていません』

 

 啓介はシステムへ尋ねた。「《小竜の家》を、境界マナと自動退避機能を持つ《守り巣》へ再設計するには、あと何が足りない?」

 回答は、日数ではなく、現実の運用実績として示された。

『不足条件:管理者立会い下での夜間利用実績。外部動物の再訪を想定した物理的対策。人間による侵入への抑止』

『不足条件:通信または電源喪失時の代替手段。緊急退避先としての継続利用実績』

『上位再設計に必要な追加マナ:現時点では算定不能』

 

 啓介は続いて、先ほど候補にした術式《家路の呼び鈴》を表示させた。

 

 《家路の呼び鈴/Recall Bell》

 術式・境界・知識

 必要マナ:境界3・知識1

 

 《家》へ登録された召喚生物一体を、使用者または登録された家へ手動で帰還させる術式。

 

【手動発動】

 使用者が危険を認識し、意識して発動しなければならない。

 

 仮に境界3を出せるようになっても、一晩の安全をこれ一枚へ任せることはできない。啓介が眠っている、会議中、入浴中、運転中、あるいは通知に気づかなければ発動できないからだ。

 しかも宿泊させる夜は、使うか分からない境界3・知識1を毎日待機させることになる。昼間の緊急回収手段にはなっても、常時作動する最後の防壁ではない。

 

「境界マナが足りないだけじゃない。必要なのは、俺が気づくより先に家そのものが小竜を退避させる仕組みだ」

 

 夕方。帰る時間。

 小竜は家へ入り、また古い部屋着の上で寝たふりをして抵抗した。

 しかし今回は、啓介の方にも前回とは違う考えが生まれていた。

 小屋の屋根を開け、小竜を見下ろす。

「今日は遠隔試験を最後まで終えられなかった。でも、俺の声を聞いて家の奥で待てたのは偉かったぞ」

 

 その言葉を聞いて、小竜は片目だけを開け、少し誇らしそうに胸を張った。

「一匹で一泊するのは、まだ駄目だ」

 小竜の胸がシュンとしぼむ。

 

「でも、順序を間違えてた。一匹で泊める前に、まず俺もここへ一緒に泊まればいい」

 

 小竜が寝たふりをやめ、勢いよく顔を上げた。

 テント、飲料水、トイレ、虫対策、夜間照明、退避経路。人間側の宿泊要件を整えれば、啓介が立ち会った状態で夜の山を調べられる。

「次は一緒に夜を越す。その結果を見てから、一匹で泊まる方法を考えよう」小竜は大きく「あぎゃ!」と鳴き、ようやくキャリーケースへ入った。

 

 帰宅後の夜。

 啓介はマンションのリビングで、初めて、山の《小竜の家》の『夜間映像』を確認した。

 赤外線モードに切り替わった、白黒の映像。

 暗い木々。風で揺れる枝。誰もいない小さな家の屋根。

 そして入口の奥には、啓介の匂いの染み付いた古い部屋着の寝床と、プルタブが光る宝物棚が静かに映っていた。

 

 小竜がスマートフォンの映像に気づき、トテトテと歩み寄ってきた。

 画面に鼻先を近づける。

 それが自分の家だと、映像越しに理解したらしい。

 短い前脚で、画面の小屋のあたりをチョンチョンと触る。

 

「家は無事だよ。何も来てない」

「あぎゃ……」

 小竜は画面の家をしばらく見つめていたが、やがて啓介のあぐらをかいた膝の上へと乗り、安心したように身体を丸めた。

 

 啓介は夜間映像を見ながら、今日の記録をまとめた。

 設備は正常。小竜の家も無事。

 これからは、山へ行かなくてもいつでも確認できる。それはとてつもなく大きな進歩だ。

 しかし、啓介の手の中には、あの猫が近づいた時の、ジリジリとするような無力感が重く残っていた。

 

「……見えるようにはなった。でも、守れるようになったわけじゃない」

 

 小竜が、啓介の服の袖をギュッと掴む。

 啓介はその小さな前脚を、指で優しく包み込んだ。

 

「次の段階は、俺もお前と一緒にあの山へ泊まることだ。夜に何が来るのか、俺自身の目で確かめる」

 

 防犯カメラを置き、声を届け、十五分までの離脱試験を終えた。予定三十分の遠隔試験は、猫の接近によって途中で中止した。

 見える範囲は増えた。それでも、小竜を山へ一匹で泊めるには、まだ『防犯』が足りない。




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。