TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

15 / 17
第15話 小竜に名前をつけたらネームドカードになったらしい

 三崎の右膝の治療を終えた、翌日の日曜日。

 朝、啓介が目を覚ますと、枕元で赤銅色の小さな生き物が、丸くなって静かな寝息を立てていた。

 

 昨日、診察室で三崎から「そいつ、名前じゃなくて種族名で呼ばれてるだけだぞ」と強烈に指摘されてから、啓介は何度もその名前を呼びかけそうになっては、不自然に言葉を止めていた。

 当の本人も、急に啓介の呼びかけの回数が減ったことや、口ごもる様子を不思議に感じていたようだ。

 

 啓介がベッドから起き上がると、気配を感じて小さな生き物もハッと頭を上げた。

「おはよう、……」

 また、言葉が喉の奥でつっかえた。

「あぎゃ?」

 首をコテンと傾げる。その仕草すら、もはや見慣れた日常の一つだ。

 

 その時、サイドテーブルに置いたスマートフォンが小さく震えた。

 三崎からのメッセージだった。

『膝は今朝も異常なし。痛みも、腫れも、熱感もない』

 簡潔な報告の後に、意地悪な追伸が続いていた。

『ところで、竜の名前はもう決めたか? まさか、命名にもExcelで要件定義書を作るつもりじゃないだろうな』

 

 啓介は、すでにローテーブルの上に開いて用意していたノートを見下ろした。

 見出しにはこう書かれている。

 

 《小竜・個体名選定要件》

 

「……もう作ってる」

 啓介の独り言を聞きつけたのか、小さな生き物がパタパタと飛んできて、ノートの真ん中にドスンと着地した。

 

 啓介は、命名に必要な条件を整理し始めた。

 

【必須条件】

 ・二音から四音程度で、短いこと。

 ・緊急時にも叫びやすい発音であること。

 ・すでに学習させている「家」「待て」「伏せろ」「出ろ」「俺」などの遠隔命令と、明らかに聞き分けやすい音であること。

 ・呼び戻しの笛の音と混同しないこと。

 ・本人がその音に不快な反応(怯えや怒り)を示さないこと。

 ・啓介が、もし人前でうっかり呼んでしまっても、過度に不自然ではないこと。

 ・成長やカードの更新があっても使い続けられること。

 ・「山林」「家」「財宝」のどれか一つだけに意味が依存しすぎないこと。

 ・啓介の知人や職場の同僚と名前が重複しないこと。

 ・何より、呼ばれた時に『自分への呼びかけだ』と明確に識別できること。

 

【希望条件】

 ・赤銅色の外見に似合っていること。

 ・日本語でも英語でも発音しやすいこと。

 ・可愛らしさと、竜としての威厳を両立していること。

 ・子供っぽすぎず、かつ厨二病のように大仰すぎないこと。

 ・コンビニの駐車場や動物病院のような公共の場でも、恥ずかしがらずに叫べること。

 ・将来もし別の召喚生物を作った場合にも、区別しやすいこと。

 

 啓介は、直感で浮かんだ候補をいくつか余白に書き出した。

 レッド。ドラゴン。チビ。リュウ。プルタブ。

 

「……即却下だな」

 プルタブは名前じゃなくて、お前の宝物だろ。

 啓介が「プルタブ」と発音した瞬間、ノートに乗っていた生き物がハッとして、山林へ持っていくための宝物入れのポーチを探し始めた。

 明らかに名前として不適切だった。

 

 熟慮の末、啓介は候補を五つに絞り込んだ。

 

『アカネ』

 赤銅色の鱗から、茜色を連想。三音で短い。「あ」の母音で始まり、遠くからでも腹から声を出しやすい。

 

『ヒイロ』

 緋色から。外見には合うが、人名として少し硬い。「家(イエ)」という命令と母音が少し似ているのが懸念点。

 

『コハク』

 琥珀。宝石と財宝の印象。呼びやすいが、実際の赤銅色とは少し違う。ペットの名前としては比較的ポピュラーで目立たない。

 

『トワ』

 永遠。外見に依存しない概念名。短く呼びやすい。ただし、三崎に「なんでその名前にしたんだ」と聞かれた時に、理由を説明するのが気恥ずかしい。

 

『ルビー』

 赤い宝石。竜の財宝というイメージとも相性がいい。しかし英語名寄りで、啓介が日常的に呼ぶには少し照れがある。

 

 啓介は五つの名前を、ノートを見ながら何度か声に出して呟いた。

 ノートの上の生き物は、啓介が発音するたびに、それぞれに顔を上げて反応した。

 

「……今まで聞いたことのない単語の羅列だから、全部の音に気になってるだけだな」

 一度の反応だけで決めるのは危険だ。

 

 啓介は、命名という行為が魔法のシステムにどう影響するのか気になり、《創世札典》を呼び出して質問した。

 

「システム。召喚生物へ名前をつけると、システム上のステータスや効果は発生するのか?」

 

 回答が空中に浮かぶ。

『通常、使用者による任意の呼称を与える行為のみで、カード効果または対象生物の戦闘・身体性能が直接的に変化することはありません』

 

 名前をつけたからといって、急に炎を吐けるようになったり、巨大化したりするわけではないらしい。

 だが、それに続く一文があった。

 

『ただし、現在維持されている《掌乗りの小竜》について、すでに【固有個体化】の著しい進行を確認しています』

『使用者の意思を伴った固有名の成立は、ネームドカードへの再設計条件の一つとなる可能性があります』

 

 啓介の目が止まった。

「ネームドカード?」

 

『固有の記憶、経験、関係性、嗜好、所有物、帰属先、および役割を持ち、【同種の別個体による代替が不適切となった存在】を表すカード群です』

 

 啓介は理解した。

 普通の《掌乗りの小竜》は、設計上は「指定された条件を満たす、名もない小竜をシステムが用意して召喚する」だけのカードだった。もし死んだり消滅したりすれば、別の新しい個体を呼べばいいだけだ。

 

 しかし、目の前にいるこの一匹は、すでにそうではない。

 啓介の肩に乗った記憶。笛による呼び戻し訓練。宝物棚のプルタブの並べ方へのこだわり。啓介の古い部屋着の匂いを好む習慣。青梅の山林にある、自分の家。野良猫を威嚇して迎撃しようとした経験。スピーカー越しの遠隔命令に従い、小屋の奥に隠れて啓介の帰りを待っていた記憶。

 

 同じ見た目の、同じスペックの別の小竜を新しく召喚したとしても。

 もう、この一匹の代わりにはならないのだ。

 

「じゃあ、俺が今ここで適当に名前を決めて入力すれば、それだけでネームドカードになるのか?」

 

『否定』

『固有名は、使用者によるシステムへの一方的な文字列の指定のみでは成立しません』

『対象個体自身が、指定された呼称を【自己への呼びかけ】として明確に識別し、かつ使用者もその呼称を、他の同種個体ではない【当該個体】へ向けて使用するという、相互認識の実績が必要です』

 

 つまり、啓介が本気でその名前を個体名として使い、小竜自身もその音を「自分の名前だ」と認識し、両者の間でコミュニケーションとして成立しなければならない。啓介はノートの【必須条件】へ、「本人が、その音を自己への固有呼称として受け入れ、選択的に反応すること」と一項を書き加えた。

 システム上のカード名入力欄に、キーボードで文字列を打ち込んで終わり、というわけにはいかないのだ。要件欄の脇には、「本人の承認なしでは確定不可」と追記した。

 

「……本人にも、その名前を選んで受け入れさせる必要があるってことか。要件追加だな」

 啓介が呟くと、ノートに乗っていた生き物が、「アカネ」と書かれた候補の余白部分をガリッと噛もうとした。

「おい、本人が選考資料を食ってどうする」

 

 啓介は、第一回命名試験を開始した。

 五つの候補を、同じ声量、同じ抑揚で、間隔をあけて呼んでみる。

 報酬になるような食べ物や、大好きなプルタブは見せない。啓介の表情や目線で特定の名前を誘導することもしない。呼ぶ順番も、毎回ランダムに入れ替える。

 

 第一試行。

「コハク」

 顔を上げた。

「トワ」

 首をコテンと傾げた。

「アカネ」

 翼を少しだけ広げ、ピクッと反応した。

「ルビー」

 啓介の指先をジッと見た。

「ヒイロ」

 反応なし。

 

「アカネ」への反応が、少しだけ強いように見えた。

 しかし、一回だけでは偶然かもしれない。

 

 第二試行。

 順番を変える。「ヒイロ」「コハク」「アカネ」。

「アカネ」と呼んだ瞬間、啓介の方へトテトテと一歩近づいてきた。

 

 第三試行。

 啓介はわざと別の部屋(洗面所)へ移動し、姿が見えない状態から呼んでみた。

「アカネ」

 パタパタという羽音がして、リビングから廊下へと飛び出してきた。

「コハク」

 廊下で一応こちらを見たが、それ以上近づいてこない。

 

 差は確かにある。だが、決定的ではなかった。

 

 啓介は、実験を続けるうちに、自分が無意識に「アカネ」と呼ぶ時だけ、わずかに優しく、あるいは期待を込めて発音している可能性に気づいた。

「俺自身が一番『アカネ』を気に入ってるから、声のトーンに微妙な差が出てる可能性があるな」

 スマートフォンのボイスレコーダーで自分の声を録音して確認すると、確かに少しだけ調子が違っていた。

 

 やり直しだ。

 音量と間隔を機械のように揃え、完全に無表情で呼ぶ。

「アカネ」「コハク」「トワ」……。

 だが、感情の乗っていない無機質な呼びかけを繰り返していると、当の本人が途中で完全に飽きてしまった。

 名前候補には反応せず、啓介が持っているボールペンの先を追いかけ、じゃれつき始めたのだ。

 

「命名試験に飽きるなよ。お前の一生の名前だぞ」

「あぎゃ」

 本人にとっては、「自分に名前がないこと」自体は何も問題ではないのだ。困っているのは啓介の側だけだ。

 

 啓介は方法を変えた。

「同じ大きさ、同じ材質の白いプラスチックの札を五枚作る」

 それぞれの札に候補名を油性ペンで書く。色や形による誘導を避けるため、裏面はすべて真っ白で同じだ。

 啓介は一枚ずつ札を見せながら、対応する名前を何度も発音して聞かせた。

 

 もちろん文字は読めないだろう。

 しかし、「この札が出た時はこの音がする」という組み合わせの学習能力は、小竜の知能なら十分に可能なはずだ。

 

 数十分の学習の後。

 啓介は五枚の札を、床に等間隔で横一列に並べた。

「よし。お前が一番いいと思うものを選べ」

 当然、本人は意味など理解していない。

 最初にトテトテと歩いていって咥えたのは、最も自分の近くにあった「トワ」の札だった。

 

 啓介が、札の並び順をシャッフルする。

 次は、一番右端に置かれた「コハク」の札を咥えた。

 

「……一番近くて咥えやすい札を取ってるだけだな、これ」

 配置、距離、向きを何度変えても同じだった。

 最終的に、札そのものを物理的に選ばせる方式は、名前選びとして不適切だと判断した。札は、命名した後の「これはお前の名前だ」という関連づけの小道具として使うことにした。

 

 啓介は、試験を極限まで単純化した。

 本人が啓介から少し離れて、完全に別のことへ集中している時だけ、名前を呼ぶ。

 

 窓の外の鳥を警戒して見ている時。

 お気に入りのプルタブを前脚で転がして遊んでいる時。

 段ボールで作った仮の家の中に引きこもっている時。

 水皿で水を飲んでいる時。

 啓介に完全に背を向けて、毛繕いをしている時。

 

「コハク」

 顔だけが動く。

 

「トワ」

 耳のような頭部の突起がわずかにピクッと動く。

 

「アカネ」

 その場で遊びや毛繕いをピタリと止め、啓介の顔を真っ直ぐに見る。

 

 もう一度。少し時間を置く。

「アカネ」

 

 バサッ、と羽ばたき、啓介の肩へ一直線に飛んできて着地した。

 啓介は順番を変え、時間を置き、シチュエーションを変えて何度か繰り返した。

 結果は常に同じだった。「アカネ」と呼んだ時の反応が、飛び抜けて明確に強い。

 

 理由は分からない。

 最初の発音時に、その音の響きを気に入ったのか。三音で聞き取りやすかったのか。それとも、啓介が無意識に込めた好意や期待が、感覚の鋭いこの生き物に伝わったのか。

 それでも、啓介とこの小さな生き物の双方が、最も強く反応し、しっくりときた名前は同じだったのだ。

 

 啓介は、小さな生き物をローテーブルの真ん中へ座らせた。

 正面から、その生意気そうな金色の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「じゃあ、決めるぞ」

 首をコテンと傾げる。

 

「今日から、お前の名前は『アカネ』だ」

 反応はまだ曖昧だ。

 

 啓介は、自分の胸を指差した。

「啓介」

 次に、小さな生き物の鼻先を指差す。

「アカネ」

 

 もう一度、ゆっくりと繰り返す。

「俺は、啓介。……お前は、アカネ」

 

 小さな生き物が、スッと首を伸ばし、啓介の指先を冷たい鼻先でコツンと触れた。

 

「アカネ」

 

 その言葉と同時に、アカネはふわりと飛び上がり、啓介の肩の定位置へと着地した。

「そうだ。俺はもう『小竜』っていう種族の種類を呼んでるんじゃない。世界で一匹の、お前を呼んでるんだ。……アカネ」

「あぎゃ!」

 アカネは、名前を肯定するように、肩の上で小さな翼を大きく広げた。

 

 その瞬間。

 《創世札典》のバインダーが、啓介の意思とは無関係に空中で自動展開し、バサバサとページがめくられた。

 

『固有呼称《アカネ》の指定を確認しました』

『対象個体による、該当呼称への選択的反応を確認しました』

『使用者および対象個体による、強固な相互認識を確認しました』

『固有名《アカネ》が成立しました』

 

 さらに、システムは大量の履歴情報を読み込み始めた。

『対象の継続した記憶を確認』

『学習した遠隔命令および技能(帰巣等)を確認』

『啓介の衣服を好む等の固有の嗜好、および行動傾向を確認』

『特定の金属片(財宝)に対する所有意識を確認』

『青梅の山林の《小竜の家》への確固たる帰属意識を確認』

『使用者に対する愛着、信頼、および野良猫からの保護(防衛)行動の履歴を確認』

 

『対象を、代替可能な【無名の召喚生物】として定義することが、システム上不適切となりました』

 

 そして、最後に表示された。

 

『ネームドカードへの上位再設計条件を達成しました』

 

 啓介は、喜ぶより先に、システム特有の非情な仕様を警戒した。

「待て。上位再設計した場合、今ここにいるこのアカネの存在がいったん消去されて、同じ記憶のデータだけを持った『別の個体』へ置き換わって生成されるような可能性はあるか?」

 

 回答。

『否定』

『当該処理は、現在維持されている個体の【存在定義の更新(アップデート)】です』

『新規個体の生成、既存個体の消去、記憶データの複製、または人格の置換といった処理は一切行われません』

 

「じゃあ、もし俺が召喚を解除してバインダーに戻し、もう一度呼んだ場合も、間違いなく今肩に乗っているのと同じアカネが来るんだな? それと、山にいるアカネをマンションから遠隔で送還することはできるのか?」

 

『再召喚される個体については肯定。遠隔送還については否定』

『ネームド化の完了後、このカードは【固有個体《アカネ》のみ】と一対一で関連づけられます。ただし、召喚解除には使用者とアカネが互いを直接認識できる距離に存在することを必要とし、映像、音声、位置情報または遠隔監視のみを通じた解除は実行できません』

 

 同じ外見の、同じステータスの小竜が来るのではない。送還後に再召喚されるのは、あの青梅の家と、プルタブの財宝と、昨日啓介の帰りを待っていた記憶を持つ、全く同じアカネだ。

 ただし、送還は遠隔回収や治療の術式ではない。負傷した状態で送還しても傷は残り、山に置いたままマンションから消すこともできない。先週問題になった「離れた場所からの緊急帰還」の代わりにはならなかった。

 それでも、いったん送還する必要が生じた時に、別の個体へ置き換わらず同じアカネが帰ってくる。その一点を確認できたことで、啓介は初めて心底安心した。

 

 ネームド化のためのマナ費用を確認する。

 

 通常概算。

『通常必要マナ:生命2・知識2・境界2(合計6)』

 

 しかし、これまでの啓介とアカネの実績が、コスト計算へ強烈な割引補正をかけた。

 一ヶ月以上の継続召喚。自発的な学習。山の家の取得。固有財産の所有。命令系統の確立。使用者との相互信頼。命名への選択的反応。

 

 補正後。

『今回必要マナ:生命1・知識1・境界1』

 合計3マナ。

 

 これは、強力なネームドカードを新規作成する費用ではない。

 現実にはすでに成立している「アカネ」という固有存在を、魔法のカード上でも正式に再定義し、システムに認めさせるための登録費用だ。

 

 システム上は、今このマンションの部屋でも更新はできる。

 しかし啓介は、すぐには実行しなかった。

 

 アカネの固有性(アイデンティティ)を構成する重要な要素の中には、あの青梅の山林、《小竜の家》、宝物棚のプルタブ、そして啓介の古着で作った寝床が含まれている。

 

「どうせなら、お前の本当の『家』でやるか」

「あぎゃ!」

 アカネは「家」という単語に反応し、すぐさまソファへ飛んでいき、山へ行くための専用ハーネスをずるずると引っ張ってきた。

 

 山へ出発する前。

 啓介は《小さな工房箱》の工具を使い、新しい赤銅色の小さな名前板を作った。

 以前の板には『小竜の家』と書かれていた。

 新しい板には、油性ペンで『アカネの家』と丁寧に書き込む。

 

 古い板は捨てない。

 小竜がまだ名前を持っていなかった時に、啓介が初めて作ってやった家の記録として、マンションの引き出しに大切に保管する。

 

 アカネは、新しい名前板の文字は読めない。

 しかし、啓介が自分の新しい名前を何度も口にしながら作業しているため、興味津々で手元を見つめている。

 不意に、赤銅色の板を咥えようとした。

「こら。これは宝物棚に入れるおもちゃじゃない。お前の家の表札だぞ」

 

 出発前、恒例の《危険判定》を行う。

「本日、青梅の山林へアカネを連れて入り、家の名前板を交換し、《掌乗りの小竜》をネームドカードへ上位再設計する。第三者にアカネまたは魔法を認識・記録されず、俺、アカネ、または第三者へ重大な損害を生じさせずに帰宅できるか」

 

『否定』

 

 安全は確認された。

 本日のマナ配分。

 《思索の計数盤》の知識1は、今の《危険判定》に使用済みだ。

 ネームド化のコスト(生命1、知識1、境界1)には、以下のマナを充てる。

 《生命樹の苗床》:生命1。

 《借宿》:任意1を「知識」へ変換。

 《五彩の魔石》:任意1を「境界」へ変換。

 残るのは、《小さな工房箱》の物資1と、《名もなき雑木地》からの生命または物資1の、計二マナとなる。

 

 青梅の山林へ到着。

 現況記録用のカメラを止め、カバーをかけてからキャリーケースを開ける。

 

 啓介は、外へ出た小さな背中へ向かって言った。

「アカネ。家へ行っていいぞ」

 

 アカネは、その名前を呼ばれた瞬間にビクッと反応して啓介を見た。

 それから、一直線に《小竜の家》へと飛んでいく。

 これまでの「おい、小竜」という種別名への漠然とした呼びかけよりも、「自分への指示だ」と理解する反応速度が明らかに早くなっている。

 

 家へ入り、宝物棚を確認する。

 プルタブ、金属ボタン、磨いた小石。一週間前と変わらず、すべて残っている。

 アカネは満足そうに、一つずつ前脚でツンツンと触って並べ替えた。

 

 啓介は、家の屋根の留め具を外し、パカッと開けた。

 壁面にネジ止めされていた古い名前板、『小竜の家』をドライバーで慎重に外す。

 その横へ、新しい『アカネの家』の板をネジで固定した。

 

 アカネが、鼻先で新しい板をカツカツと何度も叩いた。

 啓介は、板の文字を指差しながら呼んだ。

「アカネ」

 アカネが啓介を見る。

 もう一度、板を指す。

「アカネの家」

 

 アカネは、家の中を一周し、宝物棚へ戻った。

 啓介が実験のために作った五枚の白い札のうち、「アカネ」と書かれた札だけを器用に咥え、宝物棚のプルタブの横に置いた。

「……お前、読めてるわけじゃないだろうな」

 他の不採用になった候補の札は、啓介が回収して持ち帰った。

 

 バインダーを開き、カードのシステム表示を確認する。

 《小竜の家》の補助情報が更新されていた。

『居住者名:《アカネ》へ更新』

『固有名との強固な関連づけを確認しました』

『施設の通称:《アカネの家》』

『※カードの基本設計名(《小竜の家》)に変更はありません』

 

 施設カードの名称自体は、同じ設計の家を(マナさえ払えば)別の召喚生物にも作れるため、《小竜の家》のままシステムに登録される。

 しかし、この青梅の山林にある一棟の固有名は、名実ともに《アカネの家》となった。

 

 《名もなき雑木地》の補助情報にも変化があった。

『主用途候補:ネームド召喚生物《アカネ》の飼育、休息、および保護』

『再評価候補:《アカネの隠れ森》』

『現時点では再評価条件未達』

 

 これまでの曖昧な《小竜の隠れ森》から、アカネ自身の固有名を冠した候補へと明確に更新されたのだ。

 

 啓介は、《アカネの家》の前に座り込んだ。

 アカネは屋根の上に止まり、啓介を見下ろしている。

 

「アカネ。カードを更新するぞ」

 

 名前を呼ばれ、アカネが首を傾げる。

 啓介はマナを引き出した。

 生命1。知識1。境界1。

 緑、青白、薄紫の三色の光球が空中に並ぶ。

 

「《掌乗りの小竜》を、ネームドカードへ上位再設計」

 

 三色の光が弾け、アカネの小さな身体を優しく包み込んだ。

 しかし、身体が巨大なドラゴンに成長したり、別の禍々しい姿へ変形したりはしない。

 

 光は、赤銅色の鱗、小さな翼、金色の瞳、首輪代わりに着けているハーネス、そして《アカネの家》の屋根と、内部の宝物棚を順番に光の糸で結び、最後に啓介の肩を経由して、バインダーへと吸い込まれていった。

 

 カードの表題の文字が、サラサラと音を立てて変化していく。

 

 《帰る場所を得た小竜、アカネ/Akane, the Homebound Drake》

 ネームド・召喚生物・小竜

 必要マナ:生命1・境界1

 

【固有個体】

 このカードは、固有名《アカネ》を持つ一体の召喚生物のみを表す。同一個体の複製、または別個体による代替はできない。

 

【継続記憶】

 送還および再召喚を経ても、記憶、学習、技能、嗜好、習慣、帰属意識ならびに使用者との関係を保持する。

 

【高負荷制限】

 高速飛行、戦闘、長時間の物品運搬その他の高負荷行動は、高負荷活動可能時間を消費する。最大活動可能時間は十六分。非高負荷状態で休息することにより、上限まで徐々に回復する。

 

【飛行】 【警戒】

 

【戦時支援】アカネが参加している戦闘フェイズ中、使用者が使用するすべての術式の不特定マナコストは、2点分軽減される。

 

 家を得て、宝を得て、名を得た。

 その小さな翼が守る者のために開くとき、奇跡は二歩ぶん近くなる。

 

 カードの更新が完了した。

 アカネの姿そのものは、本当に何も変わっていないように見えた。

 鱗の光沢が、以前よりわずかに鮮明になったかもしれない。金色の目にも、少しだけ強い意志が宿ったように感じる。

 だが、それは名前をつけた啓介の主観かもしれない。体格は変わらない。翼の大きさも同じ。急に炎を吐くわけでもない。

 

 啓介が呼んだ。

「アカネ」

 アカネは即座に屋根から飛び、啓介の肩へ着地した。前脚で、いつものように作業着の袖を強く掴む。

「あぎゃ!」

 

『固有呼称への自己認識を確認しました』

 

 別の恐ろしい生き物になったのではない。

 昨日までと同じ、手のかかる小さな生き物が、自分の本当の名前を得ただけだ。

 

 啓介は、カードのテキストで気になる部分を一つずつシステムに質問した。最初に気づいたのは、能力が増えたにもかかわらず、召喚費用が従来と同じ生命1・境界1のままであることだった。

「能力が増えたのに、召喚コストは据え置きなのか? それと、高負荷活動可能時間は前と同じ十六分で、休めば回復するんだな?」

 

『肯定』

『生命1・境界1は、掌サイズの身体を現実へ顕現させるための費用です。【飛行】【警戒】【戦時支援】は新たな器官や出力を追加したものではなく、対象がすでに獲得していた技能と役割の正式な定義であるため、召喚費用は増加しません』

『旧カードにおける最大十六分の高負荷活動可能時間、および非高負荷状態での休息による回復仕様も継承されます。十六分という値は、身体規格、翼面積、筋力、魔力循環および安全余裕から算出された実測上限です』

 

 続いて、啓介はネームドの【固有個体】と、遺物へ付く【唯一】の違いを確認した。別の召喚生物へ同じ音の「アカネ」という名前をつけること自体は、言語上は禁止されない。

【唯一】は同じ設計・同質のカードを複数存在させない物理的制約であり、ネームドは特定の個体とカードを一対一で結びつける存在の定義だ。別の個体が、このカードの《アカネ》になることはない。

 家と、財宝と、啓介との関係性と記憶まで含めた「個体としての識別」は、決して複製や代替ができないということだ。

 

「じゃあ、この新しくついた【飛行】ってのはなんだ? お前、最初から普通に飛んでただろ」

 啓介が肩のアカネに聞くと、代わりにシステムが答えた。

 

『従来の飛行は、対象生物が身体構造上行える単なる「通常移動」として処理されていました』

『ネームド化後は、戦闘行動において優位性を発揮する正式な能力【飛行】として定義されます』

 

【飛行】が戦闘能力として認められることで、地上の障害物を越える、地上から攻撃が届きにくい高所を取る、上空から敵の死角や危険を確認する、地上中心の攻撃を回避する、空中から敵の顔面を牽制する、といった行動が、明確な戦術としてシステムに判定されるようになる。

 ただし、アカネの身体は相変わらず掌サイズだ。大型の獣を爪で切り裂いて倒したり、車の金属ボディを噛み砕いたりすることはできない。

 主な役割は、索敵、牽制、注意の分散、軽量物の運搬、そして啓介への警告となる。

 

「【警戒】っていうのは?」

 

『【警戒】を持つ対象は、攻撃または能動的な戦闘行動を行った後も、防御の隙を減らし、使用者および指定された保護対象への警戒状態(ガード)を維持できます』

 

 普通なら、アカネが敵へ飛びかかって攻撃した時点で、啓介の側から離れ、警戒の隙ができる。

 しかし【警戒】があれば、敵へ牽制を入れながら周囲を旋回し、新たな伏兵を確認し、啓介の位置と安全を再確認して、次の接近に備えるという行動を「連続して」行うことができる。

 

 ただし、「あらゆる奇襲を見抜く」「疲労しない」「同時に360度全方向を見る」というような、絶対防御の能力ではない。能力を使えば高負荷活動可能時間を消費する。上限は従来どおり十六分で、戦闘から離れて休息すれば徐々に回復する。

 

 この能力は、

『猫を迎撃しようとして、前室から威嚇した経験』

『戦闘態勢に入っても、啓介の「待て」という遠隔命令に注意を向けた経験』

『自分の家を守りながら、退避行動をとった経験』

 という、先週の実績が高く評価されて反映されたものだった。

 

 そして、啓介が最も驚愕したのが、最後に追加された【戦時支援】だった。

『アカネが参加している戦闘フェイズ中、使用者が使用するすべての術式の不特定マナコストは、2点分軽減される』

 

「……おい。不特定マナコストを2点分軽減って、これ、指定された色マナまで自由に減らせるのか?」

 

『否定』

『【不特定マナコスト】として要求されている部分のみを、最大二点まで軽減します』

『また、【任意マナ】はマナ源側の性質であり、支払い時に五系統のいずれかとして扱えるマナを意味します。【不特定マナコスト】はカード費用側の性質であり、どの系統のマナでも支払える要求を意味します。混同を避けるため、以後は両者を区別して表示します』

 

 例1。

 熱量1・不特定2の術式があったとする。

 アカネが参加している戦闘フェイズ中なら、不特定2がすべて軽減され、「熱量1」だけを支払えば使用できる。

 

 例2。

 啓介が以前見た、コストが重すぎて使えなかった《時間停止》。従来は「知識2・境界3・任意1」と簡略表示されていた。

 新しい区別では、知識2・境界3・不特定1。意味や総コストが変わったわけではなく、費用側の一色を問わない部分だと明確になっただけだ。

【戦時支援】が適用されると、不特定1の部分だけが消え、

 知識2・境界3となる。

 しかし、「境界3」という過酷な色拘束はそのまま残るため、啓介の今のマナ基盤では依然として支払えず、使用不能だ。

 

 例3。

 三崎の治療にも使った《古傷の修復》。

 生命2・知識1

 すべて色指定マナだけで構成されているため、軽減できる不特定コストがなく、変化なし。

 

 つまり、アカネの能力は、啓介が抱える根本的な「色拘束問題(特定の色のマナ源が足りない問題)」を解決してくれるわけではない。

 あくまで、戦闘用カードに付随する、処理規模や威力に由来する「不特定マナコスト」を軽くしてくれる能力なのだ。

 

「『すべての術式』って書いてあるけど、軽減される範囲はどこまでだ?」

 

 回答。

『軽減対象:戦闘フェイズ中に使用する、一時的な防御術式、攻撃術式、戦闘時の緊急治療、強化術式、一時召喚、退避や移動の術式など』

『軽減対象外:土地のカード化、恒久遺物の作成、ネームド化などの上位再設計、日次マナ源の起動、現実の購入費用、継続的な施設建築、すでに支払い済みのカードコスト、および【アカネ自身を召喚する費用】』

 

【戦時支援】は、アカネが現実の戦闘フェイズへ参加し、使用者のために警戒している間だけ有効だ。アカネ自身を召喚するためのコストを、アカネ自身の能力で軽くすることはできない。

 

 啓介は、システムの悪用を防ぐための当然の疑問を口にした。

「俺が『今から戦闘開始だ!』って大声で宣言すれば、それだけで戦闘フェイズになってコストが軽くなるのか?」

 

『否定』

『戦闘フェイズは、現実の敵対関係、当事者の危害意思、攻撃行動の有無、脅威の切迫性、逃走または防御の必要性、そして使用者とアカネの認識を総合し、システムが厳格に【自動判定】します』

 

 以下のケースでは、戦闘フェイズは成立しない。

 ・家にあるクッションを敵に見立てて殴る。

 ・三崎との遊びの組手やスポーツ。

 ・事前に打ち合わせた八百長。

 ・無抵抗で弱い相手を一方的に拘束して「戦闘」と主張する。

 ・自分から無害な動物を過度に刺激する。

 ・コスト軽減の恩恵だけを目的として、自作自演で危険を作る。

 ・敵が逃亡し戦闘が終了した後も、宣言だけでフェイズを延長する。

 

『軽減効果を利用する目的で戦闘を意図的に発生、維持、または延長した場合、戦闘フェイズの成立を否定、あるいは使用者にペナルティを科すことがあります』

 

 啓介は、それを読んでむしろ深く安心した。

「よかった。野良猫にわざと喧嘩を売って、戦闘フェイズになってる間に、コストを安くして別の遺物を作るとか、そういうズルはできないってことだな」

(そもそも遺物作成は軽減対象外だが)

 

「でも、どうしてアカネがいると、俺の術式のコストが軽くなるんだ?」

 

『固有名を与えたという儀式そのものが、術式コストを魔法的に軽減したわけではありません』

『ネームド化によって、アカネは、「自分で周囲を確認する」「危険を知らせる」「敵の注意を引く」「啓介の死角を守る」「退路を警戒する」「指示を理解して自律行動する」という、【戦闘時における使用者への協力者】として正式に定義されました』

 

 アカネが戦闘時の警戒・索敵・牽制という処理の一部を引き受けてくれる。

 その分、啓介の脳とシステムの演算領域に余裕が生まれ、啓介自身は強力な術式の設計と発動に集中できるようになる。

 この「現実的な負担の軽減」が、システム上で『術式の不特定マナコスト二点軽減』という強力な効果としてカード化されたのだ。

 

 名前をつけたから、魔法で突然能力が生まれたのではない。

 これまでアカネが懸命に担ってきた役割が、ネームド化によってようやく「正式な存在価値」としてシステムに認められただけだった。

 

 啓介は、能力を実地で試す前に、絶対に安全な模擬試験(テスト)を行った。

 

 キャリーケースから、マンションでアカネが寝床にしていた小さなクッションを取り出し、地面に置いた。

「アカネ。あれが敵だ。やっつけろ」

 

 アカネは、「あぎゃあ!」と勇ましくクッションへ飛びかかった。

 小さな爪で布地を押さえつけ、角をガブガブと噛み、翼を大きく広げて勝ち誇ったような声を上げる。

 

「よし、戦闘開始」

 啓介が宣言する。

 

 システム表示。

『戦闘フェイズ:未成立』

『対象に敵対意思、危害能力、および現実的脅威を確認できません』

 

 当然だった。

 アカネだけは完全に戦っているつもりで、ボロボロになったクッションを引きずり、《アカネの家》の前まで運んでいこうとした。

「こら。それは倒した敵の死体じゃなくて、お前の家の宝物にもならないただのクッションだ。返せ」

 

 能力の実地での発動は、これでは確認できない。

 しかし、啓介は「魔法の効果を確認したいから」という理由だけで、自分から野良犬を怒らせたり、危険な場所に突っ込んだりして、無理やり戦闘状況を作るつもりは微塵もなかった。

 

 実戦は行わず、設計シミュレーション(机上計算)だけを実施する。

 

 仮の戦闘術式。

 《火花の槍》

 術式・熱量

 必要マナ:熱量1・不特定2

 

 通常時なら、合計3マナかかる。

 だが、アカネが警戒している戦闘フェイズ中なら、不特定2が軽減され、必要マナは「熱量1」だけになる。

 

 仮の防御術式。

 《三重障壁》

 術式・境界

 必要マナ:境界1・不特定3

 

 アカネの効果適用後なら、境界1・不特定1の合計2マナで使用できる。

 

 計算してみて、啓介はその能力の強大さを改めて理解した。

 もし今後、戦闘用のカードを本格的に設計してバインダーに加えた場合、アカネが肩にいるかいないかで、一日に啓介が使用できる術式の回数と威力が劇的に変わる。

 

 ただし、現在の啓介は、戦闘に使えるような攻撃・防御カードを一枚も持っていない。

 現時点では、逃走も回避もできない危機でだけ働く「非常用の安全弁」であり、日常を戦闘へ変えるための能力ではなかった。

 

 啓介は、満足そうにクッションの上に座っているアカネを見た。

 ネームド化によって、アカネは正式な戦闘能力と、凄まじい支援効果を得た。

 

 しかし啓介は、

 アカネを「強力な戦力(武器)」にするために、名前をつけたわけではない。

 青梅の山に家を建てたのも、防犯カメラやスピーカーを設置したのも、すべてはただ、この小さな生き物を危険から守り、安全に過ごさせるためだ。

 

 能力が増え、コストが軽くなったからといって、積極的に危険な戦闘へアカネを連れ出すつもりは毛頭なかった。

「……戦えるようになったのと、実際に戦わせていいのは、全く別の話だからな」

「あぎゃ?」

 アカネは啓介の言葉の意味を理解せず、クッションの端をカミカミと噛んでいた。

 

 夕方。

 山に日が沈みかけ、帰宅の時間が近づいた。

「アカネ、帰るぞ」

 

 《アカネの家》の奥で、またしても古い部屋着の下に潜り込んで寝たふりをしていたアカネが、すぐにヒョコッと顔を出した。

「おい、小竜」という種族名ではなく、「アカネ」という自分だけの名前で呼ばれたことが嬉しいのか、まだ泊まれないことに抵抗しながらも、尻尾をパタパタと振っている。

 

 アカネは宝物棚に、プルタブ、ボタン、小石、そして「アカネ」と書かれた白いプラスチックの札を残した。

 新しい赤銅色の名前板を、名残惜しそうに鼻先でツンと触る。

 それから、自分から大人しくキャリーケースの中へ入った。

 

 マンションへ帰宅した後の夜。

 啓介はノートを開き、本日の記録を詳細に書き残した。

 

【命名】

 固有名:アカネ

 呼称への選択的反応:確認。

 啓介との相互認識:確認。

 本人の拒絶反応:全くなし。

 

【ネームド化】

 旧カード:《掌乗りの小竜》

 新カード:《帰る場所を得た小竜、アカネ》

 一回限りの上位再設計費用:生命1・知識1・境界1。

 既存個体の記憶・人格・関係性:完全に維持。

 別個体への置換・複製:不可。

 

【新規能力】

【飛行】【警戒】【戦時支援】:戦闘フェイズ中、使用者が使用する術式の不特定マナコストを2点分軽減。

 

【未検証】

 実際の戦闘フェイズの成立条件。

 コスト軽減の実地発動。

 攻撃行動時の高負荷活動可能時間(最大十六分)の消費ペースと、休息時の回復速度。

 アカネの戦闘時の判断能力。

 戦闘ストレスによる心理的影響。

 ※能力の実地試験は、回避不能な必要が生じるまで無期限で保留とする。

 

 この日使ったマナ。

 《危険判定》に知識1。

 ネームド化の儀式に、生命1、知識1、境界1。

 合計4マナを消費した。

 

 残っていたのは、《小さな工房箱》の物資1と、《名もなき雑木地》の生命または物資1。

 啓介は、緊急時のためにこれを温存した。

 結局、夜まで使う事態は何も起きず、そのまま午前零時を迎えて自然失効した。

 命名やネームド化の達成感に任せて、調子に乗って新しい戦闘カードを作るような無謀な真似はしなかった。

 

 啓介は、ノートの過去のページを見返した。

 そこにはすべて、「小竜の寸法」「小竜の家」「小竜の留守番」と書かれている。

 

 啓介は、過去の記録の文字をボールペンで書き直すことはしなかった。

 あの時はまだ、本当に「名もなき小竜」としか呼んでいなかったのだから。

 

 新しいページの一番上にだけ、明確に表記を変えて書いた。

 

 《帰る場所を得た小竜、アカネ》

 

 アカネが、啓介の動かすペン先を興味深そうに追いかけ、前脚でノートの端をペチッと押さえた。

 

「アカネ」

 

 名前を呼ばれた瞬間、アカネが顔を上げた。

 以前の「小竜」という種別に対する条件反射とは、明らかに違う。

「今、自分が呼ばれている」と確信している、強い金色の瞳だった。

 

「これからもよろしくな、アカネ」

「あぎゃ!」

 アカネが啓介の肩へふわりと飛び乗り、いつものように作業着の袖をギュッと掴んだ。

 

 名前をつけたから、急に特別な一匹になったわけではない。

 山に自分の家を作り、宝物を集め、啓介の帰りを待ち、言葉を覚え、一緒にマンションと山を行き来する時間の中で。

 とうの昔に、すでに代わりの利かない「特別な一匹」になっていたのだ。

 

 啓介は今日、ようやくそれを、正式な名前で呼べるようになっただけだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。