TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第23話 予言者は胡散臭いので匿名で実績を積むらしい

 

 平日夜。

 啓介はマンションのリビングで、ノートパソコンを開いて三崎とビデオ通話を繋いでいた。

 画面の向こうの三崎は、当直用の白衣を羽織り、コーヒーカップを片手にしている。

 啓介の手元には、先日アカネに与えた『安全確認済み木製リング』があり、アカネがそれに飛びついては短い前脚で転がして遊んでいる。

 

「で、例の体重計、結局どれにするか決めたのか?」

 画面越しに三崎が尋ねてきた。先日の『おやつ要求事件』以降、家庭でのアカネの健康管理(特に体重測定)が必須タスクとして追加されている。

 啓介は手元のスマホで候補の画面をスクロールさせながら答えた。

「まだ迷ってる。鳥用のスケールとか、料理用の精密なやつとかいくつか候補はあるんだが、こいつの体重の変化を数グラム単位で正確に追うなら、かなり精度が必要だ。しかも、そもそもこいつが大人しく『自分から乗って静止してくれるサイズと形状』かどうかが一番の問題なんだよ」

 

 横で木製リングを転がしていたアカネが、「あぎゃ?」と自分の話をされている気配を察して顔を上げた。

「お前の話だよ。測る時だけ、おとなしくしてろよ」

 啓介が指を向けると、アカネは興味なさそうにまたリングを転がし始めた。

 

「まあ、普通に台が広くてフラットなペット用の精密スケールを買え。無理やり乗せるより、乗ったところを記録する方が現実的だろ」

「だよな。今週末にでも見に行くか」

 

 そこまでは、いつもの『新米竜飼いと主治医』の日常的な雑談だった。

 

 会話が一段落し、三崎がコーヒーを啜ったタイミングで。

 啓介は、ふと、何となく思いついたような軽いトーンで尋ねた。

 

「なあ、三崎」

「何だ」

「……『予言者』って、どう思う?」

 

 三崎は、一秒も考えることなく即答した。

「胡散臭い」

「即答かよ」

「逆に、何秒考えればその評価が変わるんだよ」

 三崎が呆れたように言う。

「もうちょっとあるだろ。神秘的とか、ミステリアスとか、人類の導き手とか」

「百パーセント胡散臭い。詐欺師か、自己顕示欲のバケモノか、偶然当たった一回の裏で一万回外してるだけのペテン師だ」

 

 啓介は、思わず声を上げて笑った。

「ははっ、まあ、そうだよな」

 だが、三崎は画面の向こうで少しだけ目を細め、考え込むように黙った。

 

「まあ……」

 三崎が、コーヒーカップをゆっくりとデスクに置いた。

「……今のは一般論だ。もし、『お前』が『未来を予言できる』って言い出したのなら、話は完全に別だがな」

 

 数秒の、重い間。

 啓介は、少しだけ声のトーンを落として言った。

 

「……できるぞ」

 

 三崎の動きが、完全に停止した。

「…………は?」

 

「未来予知。万能じゃないけどな。条件さえ絞れば、見られる」

「……待て。待て待て待て」

 三崎は姿勢を正し、画面に顔を近づけてきた。

「お前……身体を治すだけじゃなくて、未来の出来事も見れるのか!?」

「ああ」

「いつからだ」

「割と前から。魔法を手に入れた最初の週末くらいからな」

「……なんで今まで黙ってた!」

 

 啓介は肩をすくめた。

「今までのお前の担当は、俺の身体の若返り検証と、アカネの生物学的データ収集だっただろ。未来予知なんて、医学には関係なかったからな」

 三崎が額を押さえた。

「お前の『関係ない』の判断基準、たまに範囲がおかしすぎるぞ……」

 

 そこから啓介は、自分が持っている『未来予測系カード』の存在について、最低限の仕様を説明した。

 条件の絞り込み方次第で、システムから要求される必要マナのコストが変わること。

 期間が短期で、対象が限定的で、結果が具体的であればあるほど、安いマナで発動できること。

 そして何より、見えた未来のビジョンは『絶対固定』ではなく、予知を見た後に観測者(啓介)が意図的に介入すれば、結果を変化させ得るということ。

 

 ただし。

 当然だが、《約束された当選番号》というカードを作ったことは言わなかった。

 宝くじで九十万円を荒稼ぎしたことも言わない。

 そして、他人の記憶を強制的に消去する《秘密の切除》のカードの存在も、絶対に口に出さなかった。

 

 三崎が今回初めて知らされたのは、「啓介には、限定的だが確実な未来予知手段がある」という大枠の事実だけだ。

 

 三崎の第一反応は、医者らしい危機感だった。

「それ……身体を治す魔法以上に、とんでもなく危ない能力じゃないか?」

「治療の魔法よりか?」

「ベクトル(方向性)が違う。未来が確実に分かるなら、金にも、政治にも、犯罪にも、いくらでも悪用できる。世界経済すら簡単に歪められるぞ」

 

 啓介は頷いた。

「だから、今まで雑に使ったり、他人に見せびらかしたりしてない」

「……そこは、お前の性格ならそうだろうな。少し安心した」

 三崎は深く息を吐いた。

 

「で?」

「何が?」

「なんでお前は今日、急に俺に『予言者の印象』なんか聞いたんだ? ただの能力の告白じゃないだろ」

 

 啓介は、言葉を選びながら答えた。

「……匿名で、『予言者アカウント』でも作ろうかなと思って」

 

 三崎が、本日二度目の沈黙に陥った。

「……は?」

「だから、SNSとかで、予言者としてのアカウントを開設しようかと」

「なんでだ!?」三崎が思わず声を荒げた。「お前、さっき危ないから雑に使わないって言ったばかりだろ! 占い師にでも転職したいのか!?」

「違う。将来の話だ」

 

 啓介は、真面目な顔で説明を始めた。

「この先、俺がこの魔法絡みで、何か『商売』や『事業』をするとするじゃん」

「……何を売るんだよ」

「まだ決めてない。安全な治療かもしれないし、魔法道具(遺物)のレンタルかもしれないし、未知の素材の提供かもしれない。それは後から考える」

 

 啓介が問題視しているのは、提供する商品やサービスの内容ではなかった。

「もし俺がそれを社会に向けてやろうとした時さ。……俺って、世間から見て『誰』だと思う?」

 三崎が怪訝な顔をした。

「誰って。門倉啓介だろ」

「そういう意味じゃねえよ」

 三崎がフッと笑った。「分かってるよ。客観的な立場の話だろ」

 

「ああ。俺は、ただのシステム関連企業の中堅社員だ。一応十年以上真面目に働いてるから、それなりの社会的な信用はある。でも……」

 啓介は続ける。

「俺みたいな平凡な三十六歳が、ある日突然『俺、現代医学じゃ治せない病気治せます』とか『誰も知らない未来の出来事が見えます』って言い始めた瞬間。……その俺が持ってる今までの常識的な信用なんて、全部一瞬で吹き飛んでゼロ(無意味)にならないか?」

 

 三崎は、少し考えてから同意した。

「……なるな」

「だろ?」

「医者の立場から言わせてもらえば、三十六歳の会社員が突然『未来見えます、若返らせられます』って言い出したら、俺ならまず精神科の受診を強く勧める。次に、悪質な新手の詐欺を疑う」

「ですよね」

 

 啓介は言葉を継いだ。

「俺の伝手(人脈)って言っても、お前みたいな医者か、大学のTCG部の連中か……あと大学時代に仲良かった奴で、今霞が関で官僚やってるのが数人いるくらいなんだよな」

「普通に考えれば、十分におかしいハイスペックな人脈だぞ」

「でも、そいつらが俺の話を信じてくれたとして、『この門倉の魔法は本物で安全です』って、国や公的機関の判子を押してくれるわけじゃないだろ」

「当たり前だ。俺だって、お前の魔法を学会で発表する気なんか微塵もない」

 

「だから」啓介は結論を口にした。「もし将来、俺がこの力を社会の表側で使う日が来るとしたら、俺には必ず『強固な後ろ盾(信用)』が必要になる」

 

 三崎は、腕を組んで深く頷いた。

「……それ自体は、その通りだと思う」

 本当に異常な(パラダイムシフトを起こすような)技術や現象を世間へ出すなら、提供者本人の圧倒的な信用、第三者による長期的な検証データ、反論の余地のない実績、そして社会的な接点が不可欠になる。

 

「だったらさ」啓介が言った。「その『後ろ盾』ができるのを何年も待つんじゃなくて。……今のうちから、俺が自分で先に『信用』を作っとけばよくないか?」

「どうやって?」

「匿名で、本物の『予言者』として」

 

 三崎は数秒間、啓介の言葉の意味を咀嚼し。

「……ああ」

 ようやく、その真の意図を理解した。

 

「今から完全に匿名の状態で、未来の予言だけをネットの海に公開し続けて……『絶対に外さない予言者』という実績(ログ)だけを積み上げていくのか」

「そう。今すぐ世間に正体を明かして大騒ぎする必要は全くない。一年、二年。必要なら三年でも五年でもいい。その間、俺はずっと『事前に公開された予言の履歴』だけを、改ざんできない形でネット上に積み重ねる」

 

 そして、将来、本当に社会的な信用や発言力が必要になった時。

「……『このアカウントを運営していたのは自分です』と、管理権限を見せて証明するわけか」

「そういうことだ。予言者としての『信用口座』を、今から開いて少しずつ貯金しておくみたいな話だな」

 

 三崎は、感心したようにため息をついた。

「……お前、相変わらず嫌なシステム屋だな。一理ある」

「だろ?」

 

 ただし、と三崎が厳しい顔で指摘した。

「でもお前、それ、百発百中で当たり続けたら、いずれ絶対に目立つぞ」

「そこなんだよな」啓介も認めた。

 

 三崎が、半分冗談、半分本気で警告する。

「もし『本物』だと思われ始めたら、企業も投資家も政府も、血眼になってお前の正体を探りに来るぞ」

「だよな」

「得体の知れない新興宗教の教祖も寄ってくる」

「それは一番嫌だな」

「月刊のオカルト雑誌の編集部は、最初から来る」

「あいつらが一番最初に来そうだな」

 

 啓介は、すでにその対策も考えていた。

「だから、最初は『誰も得しない、価値のない未来』だけをひたすら当てるんだよ」

 三崎が首を傾げた。

「……価値のない未来?」

 

「ああ。例えば、『明日の夜の生放送のニュースで、司会者が青いペンを落とす』とか」

「……しょぼ」

「『明後日の公式ゲーム配信大会で、機材トラブルが起きて映像が五秒止まる』とか」

「しょぼいな」

「『動物園のペンギンのライブカメラで、飼育員の掃除道具をペンギンが倒す』とか」

「お前の予言者の威厳が、どんどん無くなっていくぞ」

 

 だが、啓介は真剣だった。

「いいんだよ。目的は、世間を『驚かせること』じゃない。ただ、事前投稿のタイムスタンプと、現実の結果が一致したという『客観的な記録』を残すことだ」

 

 しかも、この条件には完璧なメリットがある。

 誰も損をしない。

 事前に知っても、金銭的な価値がほぼゼロ。

 インサイダー情報として盗む価値もない。

 公開されている映像で、誰でも結果が後から検証できる。

 これなら、誰も血眼になって予言者の正体を暴こうとはしない。ただの「少し不気味で暇なアカウント」として扱われるはずだ。

 

 三崎が、医者として最も重要な質問をした。

「……地震とかの災害は?」

 啓介は、そこは逃げずに答えた。

「もし偶然見えたら、普通に知らせると思う。ただ、自分の予言の実績を作るためだけに、わざわざ災害の未来を探しに行くつもりはない」

「まあ、それはそうだな」

 

「本当に人が死ぬような未来が見えたら?」

「その時は、信用作りとか、アカウントの運用方針とか言ってる場合じゃない。可能なら被害を減らすし、必要ならSNSの投稿以外のもっと直接的な手段も考える」

 この方針だけは、明確にしておいた。

 

 金融予測についても三崎が突っ込んでくる。

「株価の暴落とかは?」

「当面はやらない。経済が混乱する」

「競馬は?」

「やらない。オッズが狂う」

「宝くじは?」

 一瞬だけ、啓介の心臓が跳ねた。

「……やらない」

 三崎には気づかせず、極めて自然に流した。

 

 啓介は、今回の予言アカウント運用のために、まず既存の未来予知カードで代用できないかを検討した。

 

 最初に候補へ上がったのは、以前作った《一歩先の未来》だ。

 だが、あれは『自分がこれから実行しようとしている行動』を起点に、その先の結果の断片を見るためのカードである。自分とは無関係に進行する他人のニュース番組や公開配信を、外側から覗く用途には使えない。

 

 そこで、用途を逆に極端まで絞った専用カードを新設した。 《明日の一幕》

 予言・知識

 コスト:知識1

 

 効果イメージ:

 使用者が指定した、今後二十四時間以内に予定されている公開事象一つについて、一般公開後に第三者が客観的に確認可能な出来事一件を予測する。

 

 強烈な制約(縛り)がついている。

【二十四時間以内】【指定公開事象】【単一事象】【第三者検証可能】【使用者非関与事象】【金銭結果指定不可】【個人の重大な傷病・死亡指定不可】

 

 つまり、「明日の日経平均株価を教えろ」といった検索には使えない。「明日、誰が死ぬか」も取れない。「明日のロト6の番号」も弾かれる。

 さらに重要なのは、「欲しい答えを選べない」ことだ。

「明日の○○の生配信で起きる、ちょっと珍しい出来事を一つ教えて」と指定しても、システムが何を抽出して返してくるかは、啓介にはコントロールできない。

 

 だからこそ、コストは最安の「知識1」で収まった。

 ただし、安いからといって無料ではない。その日の固定知識マナを一つ丸ごと使うので、後から別の知識系魔法が必要になれば、《借宿》か《五彩の魔石》の任意マナを知識へ回す必要がある。予言一件ごとに、一日分の魔法リソースという明確な原価がある。

 

 カードには、【観測時点予測】という注記もついている。

 予言後に状況が変われば、未来は当然ズレ得る。特に厄介なのは、啓介が予言を公開すること自体が、新しい原因になり得る点だった。

 投稿を当事者や関係者が見て「明日は気をつけよう」と行動を変えれば、観測した未来から外れる可能性がある。だから本人へのリプライやメンションはせず、初期は検索用のハッシュタグも付けない。さらに、発生前に対象関係者へ情報が届いた形跡が確認された予測には【干渉可能性あり】を付け、通常の的中率集計から外すことにした。

 

 三崎が呆れたように言った。

「お前、本当にそのためだけに新しいカード作ったのか」

「《一歩先の未来》じゃ対象が違うからな。要件に合わない既製品を無理に使うより、用途を限定した専用品を作った方が安い」

「根っからのSEだなあ……」

 

 その夜。

 啓介は、新規の完全匿名アカウントを開設する作業に入った。

 名前候補をいくつか考える。

 

 《未来新聞》

 → 胡散臭すぎる。

 《予言者K》

 → ダサい。

 《Cassandra(カッサンドラ)》

 → ちょっと中二病っぽい。

 

 最終的に。

 啓介は、シンプルに『《明日のログ》』という名前に決定した。

 

 パソコンの画面共有で、開設したてのアカウントを見た三崎が言った。

「胡散臭い」

「お前、今日それしか言わないな」

「予言者アカウントなんて、名前が何だろうと全部胡散臭いんだよ」

 

 プロフィール欄には、簡潔にこう書いた。

『公開前の未来情報を記録します。投稿後の編集・削除は行いません』

 

 三崎が突っ込む。

「さらに胡散臭くなったぞ」

「じゃあ何て書けばいいんだよ。真実しか書いてないだろ」

 

 啓介は、アカウントの運用規則を固定投稿(ピン留め)にした。

 

【明日のログ・運用規則】

 ・事象が発生する前に投稿します。

 ・投稿後は一切編集しません。

 ・予測が外れた場合でも削除はしません。

 ・当否の判定条件(誤差の許容範囲など)を可能な限り明記します。

 ・公開された映像等で、後から誰でも検証可能な対象を優先します。

 ・当面、金銭取引や相場に直接関係する予測は扱いません。

 ・個別のご依頼・ご相談は一切受け付けません。

 ・人命に関わる予測は、通常枠とは別扱いとします。

 

 最後の一文だけ、少し含みを持たせた。

 

 匿名性の確保については、専用のフリーメールアドレスを取得し、二段階認証を設定。啓介個人のメインアカウントや連絡先(電話番号)との同期は一切切断した。

 スパイ映画のような過剰なIP偽装まではしない。目的は「今すぐ門倉啓介という個人へ繋がらないこと」だからだ。

 ただし、長期運用で本当に怖いのはパスワード紛失だけではない。SNS側の誤凍結、規約変更、サービス終了で、数年分の信用履歴そのものが消える可能性がある。

 

 そこで啓介は、投稿本文・投稿日時・結果判定・公開URLを毎回ローカルへ保存し、投稿直後のスクリーンショットも残すことにした。予測本文ごとのハッシュ値も外部の公開タイムスタンプへ記録し、公開先が消えても「この文章がこの時刻以前に存在した」と別経路で証明できるようにする。

「復旧情報と鍵はオフライン保管。必要になったら第二の公開媒体へミラーできるようにしておく」

「そこまでやるのか」

「信用資産を、一企業が運営してるアカウント一個に全額預ける方が怖いだろ」

 

 翌日。

 最初の対象を探す。

 民放の夜の生ニュース番組。公式のゲームライブ配信。動物園の定点配信。企業の発表会。スポーツ中継。

 当人をタグ付けせず、後で検索に引っかかる程度の固有名詞だけを含める。

 

 対象は、翌日夜のニュース番組『イブニング・フロント LIVE』(20:00~21:00)に決定した。

 条件は「第三者が映像で確認可能」「人身・財産被害なし」「番組進行に重大な影響なし」。

 

 啓介は、《借宿》から知識マナ1を引き出し、支払った。

 《明日の一幕》が、システムから未来の断片を抽出して返す。

 

 表示された未来は、短かった。

『20時23分前後。男性キャスターが机上の青いボールペンを誤って床へ落とす。隣席の女性キャスターが拾って渡す』

 

 啓介は、画面を見て沈黙した。

「……しょぼい」

 三崎が画面越しにツッコミを入れる。

「お前が自分で『しょぼいやつ』って指定したんだろ」

 

 啓介は、記念すべき最初の予言を投稿した。

 

『明日のログ』

【予測001】

 明日20:23前後。

 ニュース番組《イブニング・フロント LIVE》放送中。

 メインの男性キャスターが、机の上の青いボールペンを床へ落とし、隣の女性キャスターが拾って渡す。

 

 送信ボタンを押す。

 

 フォロワー、0。

 閲覧数(インプレッション)、数件。

 反応(いいね、リポスト)、0。

 

 啓介が言った。

「……投稿したぞ」

「うん」

 数秒後。

「……誰も見てないな」

「うん。誰も見てないな」

 

 啓介がスマートフォンの画面を虚無の顔で見つめていると、アカネが膝の上に乗ってきて、スマホの画面を鼻先でツンと突いた。

「あぎゃ」

「お前はスマホ持ってないから、フォローもいいねもできないだろ」

「あぎゃ?」

 アカネは不思議そうに首を傾げた。

 

 翌日。

 会社から帰宅した啓介は、テレビの録画データと、ネットで公開された公式の見逃しクリップ動画を確認した。

 

 20時22分48秒。

 番組の進行中、原稿をめくろうとした男性キャスターの手が滑り、机の上に置いてあった青いボールペンが、カランと音を立てて床に落ちた。

 隣に座っていた女性キャスターが、すぐに身をかがめてそれを拾い上げ、笑顔で渡した。

 男性キャスターが「失礼しました」と小さく頭を下げる。

 

 予言通りだった。

 啓介は「……当たった」と呟き、三崎へメッセージを送った。

『001的中』

 すぐに返信が来た。

『知ってる。たまたま見てた』

 

 だが、ネット上の反応は『無風』だった。

 アカウントの画面をリロードする。

 いいね、0。リポスト、0。フォロワー、0。

 

「おい……未来の出来事を完璧に当てたのに、誰も見てないぞ」

 三崎からの返信。

『世の中、最初はそんなもんだろ。有名人でもない匿名アカウントの独り言なんて』

 

 啓介は、投稿を編集せず、自分の投稿にリプライ(返信)をぶら下げる形で結果を記録した。

【結果001:的中】

 公開映像20:22:48付近にて確認。

 

 過去の投稿は、一切いじらない。それが「事前投稿の証明」になるからだ。

 

 翌日、二回目。

 対象は、青梅市観光チャンネルの屋外ライブ配信。

【予測002】

 14時台、案内役が地名を一度言い間違え、横のスタッフに訂正されて言い直す。

 

 投稿。

 結果、当たる。

 反応。いいねが『1』ついた。全く知らない外国人かボットのアカウントだった。

 啓介はスクリーンショットを撮って三崎に送った。

『初いいね付いたぞ!』

『良かったな』

『全く知らない人からだ』

『SNSなんだから当たり前だろ』

 

 三回目。

 対象は、動物園の公式ライブカメラ。

【予測003】

 カワウソが、飼育員の落とした白い清掃用ブラシを水へ落として遊ぶ。

 

 実際に起きた。

 今度は、「え、これ投稿昨日じゃん?」という返信が一つだけついた。

 フォロワー数十人程度の、ごく普通のアカウントだった。

『これ偶然ですか?』という問いかけに、啓介は返信しなかった。運用規則通り、個別の説明や絡みは一切行わない。

 

 四回目。

 公開音楽配信ライブ。

【予測004】

 機材トラブルにより、演者のマイクの音が数秒間だけ入らなくなる。

 

 的中。

 ただし、発生時刻が予測していた時間から二分ほどズレた。

 だが、啓介は運用規則の判定ルールに「事象の発生時刻は、原則として±5分の誤差を許容範囲として判定する」と最初から明記していたため、これも「的中」とした。

 

 啓介が三崎に確認する。

「これ、的中でいいか?」

「お前が投稿前に『±5分』って明確にルール設定してるなら、何の問題もないだろ。重要なのは、外れた後に『本当は前後十分までセーフだったんです』とか、みっともない後付けの言い訳をしないことだ」

 ここで、実績の信頼性が少しずつ育っていく。

 

 一週間が過ぎた。

 啓介は毎日必ず予言をしたわけではない。仕事があり、アカネの世話があり、山の管理がある。普通の生活が最優先だ。

 それに《明日の一幕》は一回ごとに知識1を食う。固定の知識マナを使えば、その日は別の知識系魔法の自由度が落ちる。山へ行く日、新しい魔法を試す日、緊急時の選択肢を残したい日は投稿しない。『今日の知識1を数年後の信用へ回しても困らない日』だけ、一件積むことにした。

 

 一週間余りで、公開した予測は合計7件。

 結果。

 的中、6件。

 判定保留、1件。

 

 その中で、一件だけ判定に迷うものが出た。

 予測:『配信者が机の上の紙コップを倒して水をこぼす』。

 実際の結果:『配信者が肘でコップを動かしたが、ギリギリで倒れず、スタッフが慌てて押さえた』。

 

 啓介は、これを「ほぼ当たり」とはしなかった。

【結果005:判定保留/不一致寄り】

 事象は発生せず。

 

 三崎が驚いた。

「そこまで厳しくやるのか? ネットの占い師なら『危機一髪の未来を見抜きました!』とか言って当たりにカウントするぞ」

「駄目だ。将来これを信用資産として使うなら、自分に甘い判定(都合のいい解釈)が一件でもログに残っているだけで、全部の履歴が『こいつは結果をこじつけてるだけの詐欺師だ』と疑われる」

 非常に、啓介らしい徹底した品質管理だった。

 

 一週間後のフォロワーの推移。

 0人 → 1人 → 3人 → 7人 → 11人。

 全然、バズってはいない。

 

 二週目。

 さらに数件の予測を重ねる。

 予言番号が、008、009、010と進んでいく。

 

 10件到達。

 数字としては、的中9件、判定保留1件。

「明らかな大外れ(全く関係ない事象が起きた)」は、まだ一件もない。ただし、啓介自身が一件を不的中扱いとして処理しただけだ。

 

 ある夜。

 啓介のスマートフォンに、通知が連続して入った。

 知らないユーザーからの引用リポストだった。

 

『このアカウント、さっき偶然見つけたんだけど……過去の投稿、全部「結果が起きる前」に投稿されてない?』

 それに別のユーザーが返信する。

『編集履歴のマークもついてないね。たまたま?』

 さらに別のユーザー。

『何これ、ちょっと不気味なんだけど』

 

 拡散が始まった。

 リポスト、3件。いいね、十数件。フォロワー、27人。

 世間一般のバズりからすれば、まだ誤差のような数字だ。

 

 三崎から電話がかかってきた。

「おい。《明日のログ》、少しずつ見つかり始めてるぞ」

「その呼び方ならいい」

「まだ27人だが、過去ログを遡ってる奴が出てきた」

 啓介は笑った。

「まだフォロワー27人だぞ。インフルエンサーの足元にも及ばない」

「だが、27人の人間には、『こいつは本当に何か知ってるのかもしれない』と思われ始めている、とも言えるな」

 

 啓介は、フォロワーが増えたことに喜びすぎず、むしろ「計画通り、ちょうどいいペースだ」と冷静に評価していた。

 誰も大騒ぎはしていない。ニュースにもならない。

 でも。

『第三者が、このアカウントの予言履歴を過去に遡って観測し始めた』。

 この事実こそが、啓介が最も欲しかったものなのだ。

 

 なぜ、第三者の目が必要なのか。

 自分だけのローカルのメモ帳や、鍵付きのアカウントで「全部当たってました」と主張しても、後から「どうせ結果が出た後に日付を偽造したんだろ」と言われれば反論できない。

 しかし、今この瞬間から、見知らぬ他人のリプライ、リポスト、引用、スクリーンショットが、ネットの海に残り始める。

 

「……これで少しずつ、俺一人の力だけでは絶対に書き換えられない『客観的な履歴』が構築されていく」

 啓介が言うと、三崎は深く感心したように息を吐いた。

「……お前、本当に数年単位の長期プロジェクトとして考えてるんだな」

 

「信用ってのは、必要になってから慌てて金で買えるもんじゃないからな。平時の時から、コツコツ積んでおくしかないだろ」

 

 三崎が確認する。

「フォロワーが何万人にも増えたら、有料のオンラインサロンでも開いて、金を取って占いや株の予測を始める気か?」

「やらない」

 啓介は即答した。

「このアカウント自体で、日銭を稼ぐつもりは全くない。《明日のログ》は、俺にとって商品(キャッシュカウ)じゃない。『信用資産』だ」

 ここだけは、明確にしておかなければならない。

 

「で。その信用資産とやらは、いつ使うんだ?」

「……分からん」

 一年後かもしれない。五年後かもしれない。

 あるいは、平穏無事に一生を終えて、最後まで使う機会がないかもしれない。

 でも、いざという時に「過去の確固たる履歴」は金では買えない。だから、今から作っておくのだ。

 

 通話中。

 啓介の膝の上で遊んでいたアカネが、啓介のスマートフォンの通知音の連続に興味を示した。

 前脚を伸ばし、画面をペシッ!と叩く。

 画面が真っ暗になった。

 

「おい、アカネ」

「あぎゃ」

 アカネは知らん顔で、自分の尻尾を追いかけ始めた。

 画面越しの三崎が笑った。

「大層な予言者様より、そっちのチビ竜の方が家ではよっぽど偉そうだな」

「家の中の絶対的なヒエラルキーは、あいつが頂点だからな」

 

 その夜。

 啓介は、その日の予定を確認してから、《明日の一幕》を使用した。

 山へ行く予定も、新しい知識系カードを試す予定もない。固定知識1を《明日のログ》へ回して問題ない日だった。対象は、翌日行われる小規模な公開音楽ライブの配信。

 

 システムから返ってきた未来は、相変わらずどうでもいい内容だった。

『16時41分前後。MCが次の演目名を一度言い間違え、隣の出演者に小声で訂正されて言い直す』

 

 啓介はため息をついた。

「……相変わらず、世界の命運には一ミリも関係ないな。まあ、毎回何か落ちる未来ばかりじゃないだけマシか」

 

【予測011】

 投稿。

 フォロワー、27人。

 投稿直後、閲覧数は数十件ほど回った。

 

 投稿して数分後。

 今までとは違う反応があった。

 

 初めて。

『予言された出来事が起きる前』に、リプライ(返信)がついたのだ。

 

『明日、本当にそうなるか確認しますね』

 

 啓介は、スマートフォンの画面を見たまま、動きを止めた。

 

 まず、口元が少し緩んだ。これまで一人もいなかった『結果が出る前から待っている第三者』が、ついに現れた。

 これまでの人々は、「出来事が起きた後」に過去の投稿を見つけて驚いただけだった。

 でも今、初めて『未来の出来事が起きる前に、予言を読んで、その結果が出るのを待っている第三者』がいる。後から投稿を捏造しただけだという疑いを、一段崩せる。

 

 だが、喜びは数秒で止まった。 「……待てよ」 この人物が予測をリポストし、それが出演者やスタッフへ届けばどうなる。本人が『明日16時41分に演目名を言い間違えるらしい』と事前に知れば、意識して間違えなくなるかもしれない。逆に明日外れれば、今度は『外れた瞬間』そのものをリアルタイムで見られる。

 

 啓介は、そのリプライのスクリーンショットを撮り、三崎へ送った。

『事前観測者が一人ついた。ただし、これが広がると予言自体への干渉になる』

 

 三崎からの返信。

『言い方が実験記録なんだよ。でも、その通りだな』

『見られないと信用にならない。見られすぎると未来が変わる。面倒な能力だ』

 

 啓介は《明日のログ》のトップページを見た。

 フォロワー、27。

 インフルエンサーなら気にも留めないような、大した数字ではない。

 世間全体から見れば、まだ存在していないに等しい。

 

 だが。

 十一件の事前予測。

 その履歴を、少なくとも何人かの赤の他人が見始めている。そして今、初めて一人が『明日起きる』と書かれた未来を、起きる前から知っている。

 

「……信用を積むってことは、観測されるってことか」

 啓介は呟き、スマートフォンをテーブルに置いた。見られることは必要だ。外すところも、干渉で変わるところも含めて、そのまま記録する。それでも長い履歴が残るなら、その方が後から作った百発百中の神話より、ずっと強い信用になる。

 

 膝の上で丸くなっていたアカネが、「あぎゃ」と小さく鳴いた。

「お前は何にも分かってないだろ」

 アカネは、意味も分からず尻尾をパタパタと振った。

 

 啓介は、アカネの背中を撫でながら、静かに思った。

『信用』というものは、自分が必要になったその日に、突然コンビニで買えるものではない。しかも、誰にも見られていない記録では信用にならない。

 だからこそ。今日から少しずつ、見られることのリスクごと抱えて、誰にも書き換えられない履歴を積み上げていくのだ。




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