TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
平日夜。
啓介はマンションのリビングで、ノートパソコンを開いて三崎とビデオ通話を繋いでいた。
画面の向こうの三崎は、当直用の白衣を羽織り、コーヒーカップを片手にしている。
啓介の手元には、先日アカネに与えた『安全確認済み木製リング』があり、アカネがそれに飛びついては短い前脚で転がして遊んでいる。
「で、例の体重計、結局どれにするか決めたのか?」
画面越しに三崎が尋ねてきた。先日の『おやつ要求事件』以降、家庭でのアカネの健康管理(特に体重測定)が必須タスクとして追加されている。
啓介は手元のスマホで候補の画面をスクロールさせながら答えた。
「まだ迷ってる。鳥用のスケールとか、料理用の精密なやつとかいくつか候補はあるんだが、こいつの体重の変化を数グラム単位で正確に追うなら、かなり精度が必要だ。しかも、そもそもこいつが大人しく『自分から乗って静止してくれるサイズと形状』かどうかが一番の問題なんだよ」
横で木製リングを転がしていたアカネが、「あぎゃ?」と自分の話をされている気配を察して顔を上げた。
「お前の話だよ。測る時だけ、おとなしくしてろよ」
啓介が指を向けると、アカネは興味なさそうにまたリングを転がし始めた。
「まあ、普通に台が広くてフラットなペット用の精密スケールを買え。無理やり乗せるより、乗ったところを記録する方が現実的だろ」
「だよな。今週末にでも見に行くか」
そこまでは、いつもの『新米竜飼いと主治医』の日常的な雑談だった。
会話が一段落し、三崎がコーヒーを啜ったタイミングで。
啓介は、ふと、何となく思いついたような軽いトーンで尋ねた。
「なあ、三崎」
「何だ」
「……『予言者』って、どう思う?」
三崎は、一秒も考えることなく即答した。
「胡散臭い」
「即答かよ」
「逆に、何秒考えればその評価が変わるんだよ」
三崎が呆れたように言う。
「もうちょっとあるだろ。神秘的とか、ミステリアスとか、人類の導き手とか」
「百パーセント胡散臭い。詐欺師か、自己顕示欲のバケモノか、偶然当たった一回の裏で一万回外してるだけのペテン師だ」
啓介は、思わず声を上げて笑った。
「ははっ、まあ、そうだよな」
だが、三崎は画面の向こうで少しだけ目を細め、考え込むように黙った。
「まあ……」
三崎が、コーヒーカップをゆっくりとデスクに置いた。
「……今のは一般論だ。もし、『お前』が『未来を予言できる』って言い出したのなら、話は完全に別だがな」
数秒の、重い間。
啓介は、少しだけ声のトーンを落として言った。
「……できるぞ」
三崎の動きが、完全に停止した。
「…………は?」
「未来予知。万能じゃないけどな。条件さえ絞れば、見られる」
「……待て。待て待て待て」
三崎は姿勢を正し、画面に顔を近づけてきた。
「お前……身体を治すだけじゃなくて、未来の出来事も見れるのか!?」
「ああ」
「いつからだ」
「割と前から。魔法を手に入れた最初の週末くらいからな」
「……なんで今まで黙ってた!」
啓介は肩をすくめた。
「今までのお前の担当は、俺の身体の若返り検証と、アカネの生物学的データ収集だっただろ。未来予知なんて、医学には関係なかったからな」
三崎が額を押さえた。
「お前の『関係ない』の判断基準、たまに範囲がおかしすぎるぞ……」
そこから啓介は、自分が持っている『未来予測系カード』の存在について、最低限の仕様を説明した。
条件の絞り込み方次第で、システムから要求される必要マナのコストが変わること。
期間が短期で、対象が限定的で、結果が具体的であればあるほど、安いマナで発動できること。
そして何より、見えた未来のビジョンは『絶対固定』ではなく、予知を見た後に観測者(啓介)が意図的に介入すれば、結果を変化させ得るということ。
ただし。
当然だが、《約束された当選番号》というカードを作ったことは言わなかった。
宝くじで九十万円を荒稼ぎしたことも言わない。
そして、他人の記憶を強制的に消去する《秘密の切除》のカードの存在も、絶対に口に出さなかった。
三崎が今回初めて知らされたのは、「啓介には、限定的だが確実な未来予知手段がある」という大枠の事実だけだ。
三崎の第一反応は、医者らしい危機感だった。
「それ……身体を治す魔法以上に、とんでもなく危ない能力じゃないか?」
「治療の魔法よりか?」
「ベクトル(方向性)が違う。未来が確実に分かるなら、金にも、政治にも、犯罪にも、いくらでも悪用できる。世界経済すら簡単に歪められるぞ」
啓介は頷いた。
「だから、今まで雑に使ったり、他人に見せびらかしたりしてない」
「……そこは、お前の性格ならそうだろうな。少し安心した」
三崎は深く息を吐いた。
「で?」
「何が?」
「なんでお前は今日、急に俺に『予言者の印象』なんか聞いたんだ? ただの能力の告白じゃないだろ」
啓介は、言葉を選びながら答えた。
「……匿名で、『予言者アカウント』でも作ろうかなと思って」
三崎が、本日二度目の沈黙に陥った。
「……は?」
「だから、SNSとかで、予言者としてのアカウントを開設しようかと」
「なんでだ!?」三崎が思わず声を荒げた。「お前、さっき危ないから雑に使わないって言ったばかりだろ! 占い師にでも転職したいのか!?」
「違う。将来の話だ」
啓介は、真面目な顔で説明を始めた。
「この先、俺がこの魔法絡みで、何か『商売』や『事業』をするとするじゃん」
「……何を売るんだよ」
「まだ決めてない。安全な治療かもしれないし、魔法道具(遺物)のレンタルかもしれないし、未知の素材の提供かもしれない。それは後から考える」
啓介が問題視しているのは、提供する商品やサービスの内容ではなかった。
「もし俺がそれを社会に向けてやろうとした時さ。……俺って、世間から見て『誰』だと思う?」
三崎が怪訝な顔をした。
「誰って。門倉啓介だろ」
「そういう意味じゃねえよ」
三崎がフッと笑った。「分かってるよ。客観的な立場の話だろ」
「ああ。俺は、ただのシステム関連企業の中堅社員だ。一応十年以上真面目に働いてるから、それなりの社会的な信用はある。でも……」
啓介は続ける。
「俺みたいな平凡な三十六歳が、ある日突然『俺、現代医学じゃ治せない病気治せます』とか『誰も知らない未来の出来事が見えます』って言い始めた瞬間。……その俺が持ってる今までの常識的な信用なんて、全部一瞬で吹き飛んでゼロ(無意味)にならないか?」
三崎は、少し考えてから同意した。
「……なるな」
「だろ?」
「医者の立場から言わせてもらえば、三十六歳の会社員が突然『未来見えます、若返らせられます』って言い出したら、俺ならまず精神科の受診を強く勧める。次に、悪質な新手の詐欺を疑う」
「ですよね」
啓介は言葉を継いだ。
「俺の伝手(人脈)って言っても、お前みたいな医者か、大学のTCG部の連中か……あと大学時代に仲良かった奴で、今霞が関で官僚やってるのが数人いるくらいなんだよな」
「普通に考えれば、十分におかしいハイスペックな人脈だぞ」
「でも、そいつらが俺の話を信じてくれたとして、『この門倉の魔法は本物で安全です』って、国や公的機関の判子を押してくれるわけじゃないだろ」
「当たり前だ。俺だって、お前の魔法を学会で発表する気なんか微塵もない」
「だから」啓介は結論を口にした。「もし将来、俺がこの力を社会の表側で使う日が来るとしたら、俺には必ず『強固な後ろ盾(信用)』が必要になる」
三崎は、腕を組んで深く頷いた。
「……それ自体は、その通りだと思う」
本当に異常な(パラダイムシフトを起こすような)技術や現象を世間へ出すなら、提供者本人の圧倒的な信用、第三者による長期的な検証データ、反論の余地のない実績、そして社会的な接点が不可欠になる。
「だったらさ」啓介が言った。「その『後ろ盾』ができるのを何年も待つんじゃなくて。……今のうちから、俺が自分で先に『信用』を作っとけばよくないか?」
「どうやって?」
「匿名で、本物の『予言者』として」
三崎は数秒間、啓介の言葉の意味を咀嚼し。
「……ああ」
ようやく、その真の意図を理解した。
「今から完全に匿名の状態で、未来の予言だけをネットの海に公開し続けて……『絶対に外さない予言者』という実績(ログ)だけを積み上げていくのか」
「そう。今すぐ世間に正体を明かして大騒ぎする必要は全くない。一年、二年。必要なら三年でも五年でもいい。その間、俺はずっと『事前に公開された予言の履歴』だけを、改ざんできない形でネット上に積み重ねる」
そして、将来、本当に社会的な信用や発言力が必要になった時。
「……『このアカウントを運営していたのは自分です』と、管理権限を見せて証明するわけか」
「そういうことだ。予言者としての『信用口座』を、今から開いて少しずつ貯金しておくみたいな話だな」
三崎は、感心したようにため息をついた。
「……お前、相変わらず嫌なシステム屋だな。一理ある」
「だろ?」
ただし、と三崎が厳しい顔で指摘した。
「でもお前、それ、百発百中で当たり続けたら、いずれ絶対に目立つぞ」
「そこなんだよな」啓介も認めた。
三崎が、半分冗談、半分本気で警告する。
「もし『本物』だと思われ始めたら、企業も投資家も政府も、血眼になってお前の正体を探りに来るぞ」
「だよな」
「得体の知れない新興宗教の教祖も寄ってくる」
「それは一番嫌だな」
「月刊のオカルト雑誌の編集部は、最初から来る」
「あいつらが一番最初に来そうだな」
啓介は、すでにその対策も考えていた。
「だから、最初は『誰も得しない、価値のない未来』だけをひたすら当てるんだよ」
三崎が首を傾げた。
「……価値のない未来?」
「ああ。例えば、『明日の夜の生放送のニュースで、司会者が青いペンを落とす』とか」
「……しょぼ」
「『明後日の公式ゲーム配信大会で、機材トラブルが起きて映像が五秒止まる』とか」
「しょぼいな」
「『動物園のペンギンのライブカメラで、飼育員の掃除道具をペンギンが倒す』とか」
「お前の予言者の威厳が、どんどん無くなっていくぞ」
だが、啓介は真剣だった。
「いいんだよ。目的は、世間を『驚かせること』じゃない。ただ、事前投稿のタイムスタンプと、現実の結果が一致したという『客観的な記録』を残すことだ」
しかも、この条件には完璧なメリットがある。
誰も損をしない。
事前に知っても、金銭的な価値がほぼゼロ。
インサイダー情報として盗む価値もない。
公開されている映像で、誰でも結果が後から検証できる。
これなら、誰も血眼になって予言者の正体を暴こうとはしない。ただの「少し不気味で暇なアカウント」として扱われるはずだ。
三崎が、医者として最も重要な質問をした。
「……地震とかの災害は?」
啓介は、そこは逃げずに答えた。
「もし偶然見えたら、普通に知らせると思う。ただ、自分の予言の実績を作るためだけに、わざわざ災害の未来を探しに行くつもりはない」
「まあ、それはそうだな」
「本当に人が死ぬような未来が見えたら?」
「その時は、信用作りとか、アカウントの運用方針とか言ってる場合じゃない。可能なら被害を減らすし、必要ならSNSの投稿以外のもっと直接的な手段も考える」
この方針だけは、明確にしておいた。
金融予測についても三崎が突っ込んでくる。
「株価の暴落とかは?」
「当面はやらない。経済が混乱する」
「競馬は?」
「やらない。オッズが狂う」
「宝くじは?」
一瞬だけ、啓介の心臓が跳ねた。
「……やらない」
三崎には気づかせず、極めて自然に流した。
啓介は、今回の予言アカウント運用のために、まず既存の未来予知カードで代用できないかを検討した。
最初に候補へ上がったのは、以前作った《一歩先の未来》だ。
だが、あれは『自分がこれから実行しようとしている行動』を起点に、その先の結果の断片を見るためのカードである。自分とは無関係に進行する他人のニュース番組や公開配信を、外側から覗く用途には使えない。
そこで、用途を逆に極端まで絞った専用カードを新設した。 《明日の一幕》
予言・知識
コスト:知識1
効果イメージ:
使用者が指定した、今後二十四時間以内に予定されている公開事象一つについて、一般公開後に第三者が客観的に確認可能な出来事一件を予測する。
強烈な制約(縛り)がついている。
【二十四時間以内】【指定公開事象】【単一事象】【第三者検証可能】【使用者非関与事象】【金銭結果指定不可】【個人の重大な傷病・死亡指定不可】
つまり、「明日の日経平均株価を教えろ」といった検索には使えない。「明日、誰が死ぬか」も取れない。「明日のロト6の番号」も弾かれる。
さらに重要なのは、「欲しい答えを選べない」ことだ。
「明日の○○の生配信で起きる、ちょっと珍しい出来事を一つ教えて」と指定しても、システムが何を抽出して返してくるかは、啓介にはコントロールできない。
だからこそ、コストは最安の「知識1」で収まった。
ただし、安いからといって無料ではない。その日の固定知識マナを一つ丸ごと使うので、後から別の知識系魔法が必要になれば、《借宿》か《五彩の魔石》の任意マナを知識へ回す必要がある。予言一件ごとに、一日分の魔法リソースという明確な原価がある。
カードには、【観測時点予測】という注記もついている。
予言後に状況が変われば、未来は当然ズレ得る。特に厄介なのは、啓介が予言を公開すること自体が、新しい原因になり得る点だった。
投稿を当事者や関係者が見て「明日は気をつけよう」と行動を変えれば、観測した未来から外れる可能性がある。だから本人へのリプライやメンションはせず、初期は検索用のハッシュタグも付けない。さらに、発生前に対象関係者へ情報が届いた形跡が確認された予測には【干渉可能性あり】を付け、通常の的中率集計から外すことにした。
三崎が呆れたように言った。
「お前、本当にそのためだけに新しいカード作ったのか」
「《一歩先の未来》じゃ対象が違うからな。要件に合わない既製品を無理に使うより、用途を限定した専用品を作った方が安い」
「根っからのSEだなあ……」
その夜。
啓介は、新規の完全匿名アカウントを開設する作業に入った。
名前候補をいくつか考える。
《未来新聞》
→ 胡散臭すぎる。
《予言者K》
→ ダサい。
《Cassandra(カッサンドラ)》
→ ちょっと中二病っぽい。
最終的に。
啓介は、シンプルに『《明日のログ》』という名前に決定した。
パソコンの画面共有で、開設したてのアカウントを見た三崎が言った。
「胡散臭い」
「お前、今日それしか言わないな」
「予言者アカウントなんて、名前が何だろうと全部胡散臭いんだよ」
プロフィール欄には、簡潔にこう書いた。
『公開前の未来情報を記録します。投稿後の編集・削除は行いません』
三崎が突っ込む。
「さらに胡散臭くなったぞ」
「じゃあ何て書けばいいんだよ。真実しか書いてないだろ」
啓介は、アカウントの運用規則を固定投稿(ピン留め)にした。
【明日のログ・運用規則】
・事象が発生する前に投稿します。
・投稿後は一切編集しません。
・予測が外れた場合でも削除はしません。
・当否の判定条件(誤差の許容範囲など)を可能な限り明記します。
・公開された映像等で、後から誰でも検証可能な対象を優先します。
・当面、金銭取引や相場に直接関係する予測は扱いません。
・個別のご依頼・ご相談は一切受け付けません。
・人命に関わる予測は、通常枠とは別扱いとします。
最後の一文だけ、少し含みを持たせた。
匿名性の確保については、専用のフリーメールアドレスを取得し、二段階認証を設定。啓介個人のメインアカウントや連絡先(電話番号)との同期は一切切断した。
スパイ映画のような過剰なIP偽装まではしない。目的は「今すぐ門倉啓介という個人へ繋がらないこと」だからだ。
ただし、長期運用で本当に怖いのはパスワード紛失だけではない。SNS側の誤凍結、規約変更、サービス終了で、数年分の信用履歴そのものが消える可能性がある。
そこで啓介は、投稿本文・投稿日時・結果判定・公開URLを毎回ローカルへ保存し、投稿直後のスクリーンショットも残すことにした。予測本文ごとのハッシュ値も外部の公開タイムスタンプへ記録し、公開先が消えても「この文章がこの時刻以前に存在した」と別経路で証明できるようにする。
「復旧情報と鍵はオフライン保管。必要になったら第二の公開媒体へミラーできるようにしておく」
「そこまでやるのか」
「信用資産を、一企業が運営してるアカウント一個に全額預ける方が怖いだろ」
翌日。
最初の対象を探す。
民放の夜の生ニュース番組。公式のゲームライブ配信。動物園の定点配信。企業の発表会。スポーツ中継。
当人をタグ付けせず、後で検索に引っかかる程度の固有名詞だけを含める。
対象は、翌日夜のニュース番組『イブニング・フロント LIVE』(20:00~21:00)に決定した。
条件は「第三者が映像で確認可能」「人身・財産被害なし」「番組進行に重大な影響なし」。
啓介は、《借宿》から知識マナ1を引き出し、支払った。
《明日の一幕》が、システムから未来の断片を抽出して返す。
表示された未来は、短かった。
『20時23分前後。男性キャスターが机上の青いボールペンを誤って床へ落とす。隣席の女性キャスターが拾って渡す』
啓介は、画面を見て沈黙した。
「……しょぼい」
三崎が画面越しにツッコミを入れる。
「お前が自分で『しょぼいやつ』って指定したんだろ」
啓介は、記念すべき最初の予言を投稿した。
『明日のログ』
【予測001】
明日20:23前後。
ニュース番組《イブニング・フロント LIVE》放送中。
メインの男性キャスターが、机の上の青いボールペンを床へ落とし、隣の女性キャスターが拾って渡す。
送信ボタンを押す。
フォロワー、0。
閲覧数(インプレッション)、数件。
反応(いいね、リポスト)、0。
啓介が言った。
「……投稿したぞ」
「うん」
数秒後。
「……誰も見てないな」
「うん。誰も見てないな」
啓介がスマートフォンの画面を虚無の顔で見つめていると、アカネが膝の上に乗ってきて、スマホの画面を鼻先でツンと突いた。
「あぎゃ」
「お前はスマホ持ってないから、フォローもいいねもできないだろ」
「あぎゃ?」
アカネは不思議そうに首を傾げた。
翌日。
会社から帰宅した啓介は、テレビの録画データと、ネットで公開された公式の見逃しクリップ動画を確認した。
20時22分48秒。
番組の進行中、原稿をめくろうとした男性キャスターの手が滑り、机の上に置いてあった青いボールペンが、カランと音を立てて床に落ちた。
隣に座っていた女性キャスターが、すぐに身をかがめてそれを拾い上げ、笑顔で渡した。
男性キャスターが「失礼しました」と小さく頭を下げる。
予言通りだった。
啓介は「……当たった」と呟き、三崎へメッセージを送った。
『001的中』
すぐに返信が来た。
『知ってる。たまたま見てた』
だが、ネット上の反応は『無風』だった。
アカウントの画面をリロードする。
いいね、0。リポスト、0。フォロワー、0。
「おい……未来の出来事を完璧に当てたのに、誰も見てないぞ」
三崎からの返信。
『世の中、最初はそんなもんだろ。有名人でもない匿名アカウントの独り言なんて』
啓介は、投稿を編集せず、自分の投稿にリプライ(返信)をぶら下げる形で結果を記録した。
【結果001:的中】
公開映像20:22:48付近にて確認。
過去の投稿は、一切いじらない。それが「事前投稿の証明」になるからだ。
翌日、二回目。
対象は、青梅市観光チャンネルの屋外ライブ配信。
【予測002】
14時台、案内役が地名を一度言い間違え、横のスタッフに訂正されて言い直す。
投稿。
結果、当たる。
反応。いいねが『1』ついた。全く知らない外国人かボットのアカウントだった。
啓介はスクリーンショットを撮って三崎に送った。
『初いいね付いたぞ!』
『良かったな』
『全く知らない人からだ』
『SNSなんだから当たり前だろ』
三回目。
対象は、動物園の公式ライブカメラ。
【予測003】
カワウソが、飼育員の落とした白い清掃用ブラシを水へ落として遊ぶ。
実際に起きた。
今度は、「え、これ投稿昨日じゃん?」という返信が一つだけついた。
フォロワー数十人程度の、ごく普通のアカウントだった。
『これ偶然ですか?』という問いかけに、啓介は返信しなかった。運用規則通り、個別の説明や絡みは一切行わない。
四回目。
公開音楽配信ライブ。
【予測004】
機材トラブルにより、演者のマイクの音が数秒間だけ入らなくなる。
的中。
ただし、発生時刻が予測していた時間から二分ほどズレた。
だが、啓介は運用規則の判定ルールに「事象の発生時刻は、原則として±5分の誤差を許容範囲として判定する」と最初から明記していたため、これも「的中」とした。
啓介が三崎に確認する。
「これ、的中でいいか?」
「お前が投稿前に『±5分』って明確にルール設定してるなら、何の問題もないだろ。重要なのは、外れた後に『本当は前後十分までセーフだったんです』とか、みっともない後付けの言い訳をしないことだ」
ここで、実績の信頼性が少しずつ育っていく。
一週間が過ぎた。
啓介は毎日必ず予言をしたわけではない。仕事があり、アカネの世話があり、山の管理がある。普通の生活が最優先だ。
それに《明日の一幕》は一回ごとに知識1を食う。固定の知識マナを使えば、その日は別の知識系魔法の自由度が落ちる。山へ行く日、新しい魔法を試す日、緊急時の選択肢を残したい日は投稿しない。『今日の知識1を数年後の信用へ回しても困らない日』だけ、一件積むことにした。
一週間余りで、公開した予測は合計7件。
結果。
的中、6件。
判定保留、1件。
その中で、一件だけ判定に迷うものが出た。
予測:『配信者が机の上の紙コップを倒して水をこぼす』。
実際の結果:『配信者が肘でコップを動かしたが、ギリギリで倒れず、スタッフが慌てて押さえた』。
啓介は、これを「ほぼ当たり」とはしなかった。
【結果005:判定保留/不一致寄り】
事象は発生せず。
三崎が驚いた。
「そこまで厳しくやるのか? ネットの占い師なら『危機一髪の未来を見抜きました!』とか言って当たりにカウントするぞ」
「駄目だ。将来これを信用資産として使うなら、自分に甘い判定(都合のいい解釈)が一件でもログに残っているだけで、全部の履歴が『こいつは結果をこじつけてるだけの詐欺師だ』と疑われる」
非常に、啓介らしい徹底した品質管理だった。
一週間後のフォロワーの推移。
0人 → 1人 → 3人 → 7人 → 11人。
全然、バズってはいない。
二週目。
さらに数件の予測を重ねる。
予言番号が、008、009、010と進んでいく。
10件到達。
数字としては、的中9件、判定保留1件。
「明らかな大外れ(全く関係ない事象が起きた)」は、まだ一件もない。ただし、啓介自身が一件を不的中扱いとして処理しただけだ。
ある夜。
啓介のスマートフォンに、通知が連続して入った。
知らないユーザーからの引用リポストだった。
『このアカウント、さっき偶然見つけたんだけど……過去の投稿、全部「結果が起きる前」に投稿されてない?』
それに別のユーザーが返信する。
『編集履歴のマークもついてないね。たまたま?』
さらに別のユーザー。
『何これ、ちょっと不気味なんだけど』
拡散が始まった。
リポスト、3件。いいね、十数件。フォロワー、27人。
世間一般のバズりからすれば、まだ誤差のような数字だ。
三崎から電話がかかってきた。
「おい。《明日のログ》、少しずつ見つかり始めてるぞ」
「その呼び方ならいい」
「まだ27人だが、過去ログを遡ってる奴が出てきた」
啓介は笑った。
「まだフォロワー27人だぞ。インフルエンサーの足元にも及ばない」
「だが、27人の人間には、『こいつは本当に何か知ってるのかもしれない』と思われ始めている、とも言えるな」
啓介は、フォロワーが増えたことに喜びすぎず、むしろ「計画通り、ちょうどいいペースだ」と冷静に評価していた。
誰も大騒ぎはしていない。ニュースにもならない。
でも。
『第三者が、このアカウントの予言履歴を過去に遡って観測し始めた』。
この事実こそが、啓介が最も欲しかったものなのだ。
なぜ、第三者の目が必要なのか。
自分だけのローカルのメモ帳や、鍵付きのアカウントで「全部当たってました」と主張しても、後から「どうせ結果が出た後に日付を偽造したんだろ」と言われれば反論できない。
しかし、今この瞬間から、見知らぬ他人のリプライ、リポスト、引用、スクリーンショットが、ネットの海に残り始める。
「……これで少しずつ、俺一人の力だけでは絶対に書き換えられない『客観的な履歴』が構築されていく」
啓介が言うと、三崎は深く感心したように息を吐いた。
「……お前、本当に数年単位の長期プロジェクトとして考えてるんだな」
「信用ってのは、必要になってから慌てて金で買えるもんじゃないからな。平時の時から、コツコツ積んでおくしかないだろ」
三崎が確認する。
「フォロワーが何万人にも増えたら、有料のオンラインサロンでも開いて、金を取って占いや株の予測を始める気か?」
「やらない」
啓介は即答した。
「このアカウント自体で、日銭を稼ぐつもりは全くない。《明日のログ》は、俺にとって商品(キャッシュカウ)じゃない。『信用資産』だ」
ここだけは、明確にしておかなければならない。
「で。その信用資産とやらは、いつ使うんだ?」
「……分からん」
一年後かもしれない。五年後かもしれない。
あるいは、平穏無事に一生を終えて、最後まで使う機会がないかもしれない。
でも、いざという時に「過去の確固たる履歴」は金では買えない。だから、今から作っておくのだ。
通話中。
啓介の膝の上で遊んでいたアカネが、啓介のスマートフォンの通知音の連続に興味を示した。
前脚を伸ばし、画面をペシッ!と叩く。
画面が真っ暗になった。
「おい、アカネ」
「あぎゃ」
アカネは知らん顔で、自分の尻尾を追いかけ始めた。
画面越しの三崎が笑った。
「大層な予言者様より、そっちのチビ竜の方が家ではよっぽど偉そうだな」
「家の中の絶対的なヒエラルキーは、あいつが頂点だからな」
その夜。
啓介は、その日の予定を確認してから、《明日の一幕》を使用した。
山へ行く予定も、新しい知識系カードを試す予定もない。固定知識1を《明日のログ》へ回して問題ない日だった。対象は、翌日行われる小規模な公開音楽ライブの配信。
システムから返ってきた未来は、相変わらずどうでもいい内容だった。
『16時41分前後。MCが次の演目名を一度言い間違え、隣の出演者に小声で訂正されて言い直す』
啓介はため息をついた。
「……相変わらず、世界の命運には一ミリも関係ないな。まあ、毎回何か落ちる未来ばかりじゃないだけマシか」
【予測011】
投稿。
フォロワー、27人。
投稿直後、閲覧数は数十件ほど回った。
投稿して数分後。
今までとは違う反応があった。
初めて。
『予言された出来事が起きる前』に、リプライ(返信)がついたのだ。
『明日、本当にそうなるか確認しますね』
啓介は、スマートフォンの画面を見たまま、動きを止めた。
まず、口元が少し緩んだ。これまで一人もいなかった『結果が出る前から待っている第三者』が、ついに現れた。
これまでの人々は、「出来事が起きた後」に過去の投稿を見つけて驚いただけだった。
でも今、初めて『未来の出来事が起きる前に、予言を読んで、その結果が出るのを待っている第三者』がいる。後から投稿を捏造しただけだという疑いを、一段崩せる。
だが、喜びは数秒で止まった。 「……待てよ」 この人物が予測をリポストし、それが出演者やスタッフへ届けばどうなる。本人が『明日16時41分に演目名を言い間違えるらしい』と事前に知れば、意識して間違えなくなるかもしれない。逆に明日外れれば、今度は『外れた瞬間』そのものをリアルタイムで見られる。
啓介は、そのリプライのスクリーンショットを撮り、三崎へ送った。
『事前観測者が一人ついた。ただし、これが広がると予言自体への干渉になる』
三崎からの返信。
『言い方が実験記録なんだよ。でも、その通りだな』
『見られないと信用にならない。見られすぎると未来が変わる。面倒な能力だ』
啓介は《明日のログ》のトップページを見た。
フォロワー、27。
インフルエンサーなら気にも留めないような、大した数字ではない。
世間全体から見れば、まだ存在していないに等しい。
だが。
十一件の事前予測。
その履歴を、少なくとも何人かの赤の他人が見始めている。そして今、初めて一人が『明日起きる』と書かれた未来を、起きる前から知っている。
「……信用を積むってことは、観測されるってことか」
啓介は呟き、スマートフォンをテーブルに置いた。見られることは必要だ。外すところも、干渉で変わるところも含めて、そのまま記録する。それでも長い履歴が残るなら、その方が後から作った百発百中の神話より、ずっと強い信用になる。
膝の上で丸くなっていたアカネが、「あぎゃ」と小さく鳴いた。
「お前は何にも分かってないだろ」
アカネは、意味も分からず尻尾をパタパタと振った。
啓介は、アカネの背中を撫でながら、静かに思った。
『信用』というものは、自分が必要になったその日に、突然コンビニで買えるものではない。しかも、誰にも見られていない記録では信用にならない。
だからこそ。今日から少しずつ、見られることのリスクごと抱えて、誰にも書き換えられない履歴を積み上げていくのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!