TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第24話 小竜を体重計に乗せたらおやつ台だと思われたらしい

 土曜日の午前中。

 マンションの玄関のチャイムが鳴り、啓介は届いた段ボール箱を受け取った。

 

 先日、三崎と相談して決めた『アカネの家庭用体重計(ペット用デジタルスケール)』が、通販の配達でようやく届いたのだ。

 リビングの床に段ボール箱を置くと、当然のようにアカネがパタパタと飛んでついてきた。

 

 箱を床へ置いた瞬間。

「あぎゃ?」

 アカネは不思議そうな声を上げ、段ボールの周囲をトテトテと一周した。

 鼻先を近づけて匂いをフンフンと嗅ぎ、箱の角を短い前脚でペシッと軽く叩く。

「お前のだからな。壊すなよ」

 啓介が言うと、アカネはさらに興味が湧いたのか、短い尻尾をパタパタと振った。

 

 カッターで梱包のテープを切り、箱を開ける。

 購入した条件は、アカネが翼を広げても無理なく乗れる広さがあること、平坦で滑りにくい測定台であること、そして小型動物の微小な体重変化を正確に追える分解能と、動いても数字が一時固定される『ホールド機能』がついていることだ。

 

 啓介が、本体を取り出すために緩衝材や説明書を取り出している、わずか数秒の間。

 ガサッ、と音がした。

 振り返って見ると、空になった段ボール箱の中に、すでにアカネが入っていた。

 前脚だけを箱の縁に引っかけてヒョコッと顔を出し、啓介を見て鳴く。

「あぎゃ」

 

「……違う」

「あぎゃ?」

「お前用に買ったのは、そっちの段ボール箱じゃない」

 アカネは箱の中から動こうとしない。むしろ、自分の新しい別荘を見つけたと言わんばかりに、箱の底で身体を丸め始めた。

 

「なんで中身より、ただの紙箱の方を気に入るんだよ……」

 新しいおもちゃを買ってきたのに、その外箱にしか興味を示さない。完全に普通の猫と同じ挙動だった。

 

 啓介はアカネを段ボール箱からつまみ出し、リビングの床に白いデジタルスケールを置いた。

 自分の手や、重さが分かっているペットボトルなどを乗せて動作をチェックする。

 零点設定、測定の再現性、動いた時のホールド機能。すべて問題なく機能していた。

 

 その間、箱から出されたアカネが、床に置かれた新しい「白い板」を発見し、慎重に近づいてきた。

 鼻先を近づけて匂いを嗅ぐ。

 そして、恐る恐る右の前脚を一つだけ、スケールの端っこにペタンと乗せた。

 

 その瞬間。

 体重計のデジタル表示が点灯し、『ピッ』と小さな電子音が鳴った。

 

 アカネの身体が、ビクッ!と大きく跳ねた。

 驚いて前脚を引っ込め、警戒するように後ずさりする。

 数秒して表示が消えると、またそろりそろりと近づいてきた。

 今度は、左の前脚を出す。

『ピッ』

 ビクッ!と震えて、また前脚を引っ込める。

 

 もう一回。前脚を乗せる。

『ピッ』

 ビクッ!

 

 啓介は、スケールの前で同じ行動を何度も繰り返すアカネを、しばらく無言で見つめていた。

「……おい。お前、遊んでないか?」

「あぎゃ」

 アカネは、完全に怖がっている様子ではなかった。

 前脚で踏むと、『ピッ』と音がして光る白い板。どうやら、謎のインタラクティブな新種のおもちゃとして認識されたらしい。

 

 これではらちが明かない。

 啓介は本来の目的を思い出す。先日、おやつの鶏肉を試験的に与え始めたことで、三崎から「食事は生命維持に不要だが、継続的に食物を与えるなら必ず体重変化を追え」と厳命されていた。

 

「アカネ。乗って」

 啓介はスケールの台を指でトントンと叩いた。

「ここ。この台の上に乗れ」

 もちろん言葉だけでは分からない。

 アカネは、啓介の指の合図を見て、トテトテとスケールの手前まで歩いてきた。

 そして、スケールを飛び越えてピョンと跳ね、啓介のあぐらをかいた膝の上に着地した。

 

「違う。呼んだのは俺の膝の上じゃない」

「あぎゃ?」

 アカネは膝の上で満足そうに喉を鳴らした。

 

 ここで、啓介は「無理やり捕まえて台の上に押し付ける」という選択肢を完全に排除した。

 もちろん、一時的に捕まえて乗せるだけなら簡単だ。

 しかし今欲しいのは、今後何十回、何百回と継続して測り続けるための『日常の測定習慣』だ。

 無理やり捕まえて強制すれば、アカネはこの白い板を「不快で怖い場所」として学習してしまう。翼を持っているアカネが逃げ回るようになれば、捕まえるだけで大変なストレスになる。

 

 そこで啓介が選んだ手段。

『おやつ』の活用だ。

 

 啓介が立ち上がり、キッチンの冷蔵庫へ向かった。

 アカネは、膝の上から即座に飛び降り、パタパタと小走りでついてくる。

「まだ何も言ってないぞ」

 

 冷蔵庫のドアを開け、例の小さなプラスチック保存容器を取り出す。

 中に入っているのは、塩も油も使わずに茹でて小分けした、安全確認済みの鶏のささみ肉だ。

 ほんの小さな、人間の小指の爪の半分もない一片をつまみ出す。

 容器を見ただけで、アカネの金色の瞳がカッと見開かれた。

 短い前脚を揃え、翼を畳んで、冷蔵庫の前で完璧なお座り姿勢をとる。

 

「……お前、おやつの時だけ本当に物覚えがいいな」

 

 啓介は考えた。

 先日、おやつは「訓練の報酬(正の強化)」として利用できることを確認した。ただし、緊急避難などの命に関わる行動を「報酬がなければやらない」という状態にしてはならない。

 だが、日常の体重測定は命に関わる緊急事態ではない。

 嫌がらずに、自発的に協力してもらうための誘導手段として使うには、まさに完璧に準拠した用途だった。

 

 訓練を開始する。

 以前の診察では、啓介が体重計へ乗せた後に「待て」で静止させれば測定できている。今回はそこから一段進めて、家庭用スケールへ自分から乗る習慣を覚えてもらう。段階を踏む。

 まず、鶏肉をつまんだ指を、スケールの台の真ん中へ近づけた。

 アカネが、肉の匂いに誘われてスケールへ歩き出す。

 

 右の前脚が、一つだけ台に乗る。

 啓介は優しく声をかけた。「よし」

 でもまだ鶏肉は与えない。そのまま、肉を持った手を台の奥へ少しずらす。

 

 アカネがもう一歩踏み出す。

 二本の前脚が乗る。さらに、後脚も乗った。

 小さな四肢が、すべて白い台の上に収まる。

 

「よし」

 啓介は、肉の小片をアカネの前へ差し出した。

 アカネの金色の目が輝き、パクリと一瞬で肉を飲み込んだ。

 

 食べた直後。

 ピョンッ!

 アカネは、目的を果たしたと言わんばかりに即座にスケールから飛び降りた。

 

「……まあ、そうなるよな」

 初回の成功条件は、「四肢をすべて自発的に台へ乗せること」だけ。まずはそれで十分だ。

 

 少し間を置いて、二回目の挑戦。

 もう一度、鶏肉の小片を指先に見せる。

 今度は、アカネは一回目の時よりも圧倒的に早く、自分からトテトテとスケールの上へと乗り込んできた。

「覚えるの早すぎだろ……」

 

 だが、次の壁にぶつかった。

 デジタル表示の数字が、パラパラと激しく変動して定まらない。

 

 原因は、アカネの『尻尾』だった。

 おやつがもらえることが嬉しくてたまらないのか、赤銅色の長い尻尾が、台の外側のフローリングの床を『バタバタバタバタ!』と激しく叩き続けているのだ。

 その反動と震動で姿勢が揺れ、スケールが正確な重量を計算できない。

 

「アカネ。待て」

 尻尾がバタバタと床を叩く。

 アカネの身体が止まる。

 ただし、興奮した尻尾の先だけが二、三度パタパタと床を叩いた。

「待ては分かってるのに、おやつが絡むと尻尾だけ遅れるのか……」

 

 啓介は少し待った。

 肉を持った指を、アカネの頭上少し高い位置で静止させる。

 アカネの視線が上に向く。肉に集中し、背筋が伸びた。

 前脚をビシッと揃え、翼を背中にピタリと畳む。

 今度こそ全身の動きが止まった。

 最後まで動いていた尻尾も、ピタリと止まる。

 

 数秒の静寂。

 デジタルスケールの液晶画面が点滅を止め、『ピピッ』と音がして、数字がホールド(固定)された。

 測定成功だ。

 

「……よし。取れたぞ」

 啓介は、鶏肉をアカネの口へ与えた。

 たかだかペットの体重を量るだけなのに、妙な達成感が胸に広がった。

 

 表示された数字は、一八四・六グラム。

 啓介はすぐにスマートフォンを取り出し、詳細な数値を記録した。

 測定日時。体重一八四・六グラム。条件は『直前の摂食なし・安静静止状態』。

 

 だが、一度の数字だけでは信用しないのがシステムエンジニアであり、三崎から鍛えられた実験作法だった。

 

「よし、もう一回だ。再現性を確認するぞ」

 啓介が肉を構えると、アカネは三度目にして完全に慣れ、呼ばれる前から自分から台の上へと乗って待機した。

 数秒静止。ホールド。

 数値を確認する。二度目も一八四・六グラム。表示上は全く同じ値だった。

 

「よしよし。完璧に再現性ありだ」

 

 少し休んでから、念のための三回目の測定を行った。

 アカネが自分からトテトテと台の上へ乗る。

 画面を見る。

「……ん?」

 

 啓介は眉をひそめた。

 表示されたのは二一七・八グラム。一回目、二回目より三十三・二グラムも重い。

 短時間のうちに、急に体重が増えるわけがない。姿勢のズレか? 測定器のバグか?

 

 啓介がスケールの上をよく見ると。

 アカネの口の端っこから、銀色に光る『ステンレス製のワッシャー(金具)』が少しだけ見えていた。

 先日の棚増築工事で拾い集めた、アカネのお気に入りの宝物だ。

 

「……お前」

「あぎゃ?」

「それ咥えながら乗るなよ。私物込みで測ってどうするんだ」

 アカネは、ワッシャーを口にくわえたまま、ポカンと首を傾げている。

 

「出せ、それ」

 啓介が手を出すと、アカネは一瞬抵抗したが、おやつと引き換えだと理解したのか、ワッシャーを啓介の手のひらへポトリと落とした。

 啓介はワッシャーを山の宝物入れのポーチへしまい、もう一度測定させた。

 表示は、一八四・六グラムへ戻った。

「やっぱりお前の持ち物の重さじゃねえか」

 

 しかし、これだけでは終わらなかった。

 さらに数分後、測定訓練を続けようとすると、アカネがまた自分からスケールへ歩いてきた。

 今度は何も口にくわえていない。よしよし、ちゃんと学んだな、と思って見ていると。

 

 アカネは、短い前脚で、自分の持っていた『赤い丸い小石』をコロコロと台の上へ押し込み、自分と一緒に台に乗せたのだ。

 

「なんで自分の宝物と一緒に乗るんだよ!」

「あぎゃ」

「健康診断の体重計に、私物を持ち込むな」

 

 啓介は苦笑しながら、手元のノートに厳格な手順書を書き連ねた。

 

 《アカネ・家庭体重測定プロトコル》

 1.毎回必ず同じ機器(スケール)を使用すること。

 2.可能な限り同じ時間帯(食前・活動前)に実施すること。

 3.激しい飛行や運動の直後を避けること。

 4.測定台の零点(ゼログラム表示)を毎回事前確認すること。

 5.アカネが自主的に台へ乗るように誘導すること。

 6.四肢および尻尾が完全に台上に収まっていることを確認。

 7.数秒静止後のホールド値を公式記録とする。

 8.異常値(突発的な増減)が出た場合は、必ず複数回測定して検証すること。

 9.【※重要】対象が口、あるいは前脚に、宝物・玩具・その他の私物を隠し持っていないかを毎回厳重に点検すること。

 

 最後の一文を書き終え、啓介は呟いた。

「まさかこんな注意書きを業務マニュアルに書く日が来るとはな……」

 

 その日の測定訓練は、それ以上無理に繰り返さず終了とした。

「よし、今日はこれで終わりだ」

 啓介がスケールを持ち上げて部屋の隅へ片づけると、アカネはスケールを見て、啓介の手を見て、キッチンの冷蔵庫を見て、

「あぎゃ……」

 と、少し不満そうに鳴いた。まだ乗って肉をもらいたかったらしい。

 

 そこから数日かけて、体重測定の『習慣化』が進んでいった。

 

 翌日の夜。

 啓介が床にデジタルスケールを置いただけの段階では、アカネは台を見るだけで、乗ろうとはしなかった。まだ啓介がおやつの鶏肉を手に持っていなかったからだ。

 

 そこで啓介は、毎回同じ『音声合図(コマンド)』を作ることにした。

「アカネ。はかるよ」

 スケールの台を指先で軽く示す。

 

 最初は鶏肉を見せながらその言葉を言った。

 数日後。

 啓介が手ぶらでスケールを置き、

「アカネ。はかるよ」

 と声をかけると。

 アカネは、トコトコとリビングの隅から歩いてきて、自分から台の上へと乗ったのだ。

「おおっ、すごいな。ちゃんと覚えた」

 

 ただし、座り方は日によってまだバラバラだった。

 ある日は、台の上でベターンと横になって寝転がる。

 ある日は、前脚だけを台に乗せて、後脚はフローリングに残したまま満足げな顔をする。

 ある日は、台の端っこギリギリにお尻だけを乗せて座る。

 

「全部乗れ、全身だ」

「あぎゃ?」

「乗る」という行動は分かっても、「正しく重心を中央に乗せて静止する」という細かい要件を理解させるには、もう少しかかった。

 

 最大の壁は、相変わらず『尻尾』だった。

 スケールの上に乗れるようになっても、おやつの期待感で尻尾を『パタパタパタ!』と叩く癖は抜けない。

 静止そのものには、以前から覚えている「待て」をそのまま使った。

 似た意味の新しい合図を増やす必要はない。

「はかるよ」で台へ行き、全身が乗ったところで「待て」。役割はそれだけに分ける。

 その繰り返しだ。

 

 ここで、啓介は『報酬の与え方』を戦略的に変更した。

 

 アカネは数日で、「この白い台に乗れば鶏肉が出る」と完璧に学習した。

 しかし、毎日一回の体重管理のために、毎回必ず鶏肉を与え続ける必要はないし、そうすべきでもなかった。

 生命維持に食事が不要な生物だからこそ、余計なカロリーやタンパク質を毎日摂取し続けることが、長期的にどう悪影響を及ぼすか未知数だからだ。

 

 啓介は、最初からほんの爪の先ほどだった鶏肉のサイズを、さらにごく小さな「極小片」にまで減らした。

 そして徐々に、『鶏肉の提示頻度』を分散させていった。

 ・台に乗って測れた日には、大げさに言葉で褒める。

 ・背中や顎の下を撫でてやる。

 ・大好きな木製リングを回して、一緒に少し遊んでやる。

 ・そして、ときどき(ランダムに)鶏肉の小片が出る。

 

 毎回必ず鶏肉が出る仕組みにはせず、褒める、撫でる、遊ぶ、ときどき鶏肉という形へ少しずつ分散させる。

 

 ただし、一つの厳格なルールは絶対に守った。

『「おやつ」という言葉を口に出した時は、必ず本物を出す』。

 一度だけ、確認のために「おやつ」と口にして何も出さなかった時、アカネは強烈に激怒した。あの『詐欺』は二度と繰り返さない。

 今回の合図は、あくまで「はかるよ」であり、「おやつ」という単語は一切使わない。

 

 啓介は、あぐらをかきながらアカネを見つめた。

 アカネ自身が、「自分の健康管理のために、長期的な体重変動データを主治医に送っている」なんて深い意味を理解しているわけがない。

 本人にとっては、

『あの白い板の上に乗って、ちょっと止まると、ご主人がすごく喜んで褒めてくれる。ときどき美味い鶏肉も出る楽しいゲーム』

 その程度の理解だろう。

 

 でも、それで十分だった。

 以前の啓介なら、「お前はどこまでこの測定の目的を理解してるんだ?」と、過剰に分析したくなったかもしれない。

 だが宝物選別で、本人の心理アルゴリズムをすべて言語化して解剖する必要はないと学んだ。

 

 必要なのは、アカネが嫌がることなく、ストレスなく、安全に毎日測定に協力してくれること。

 その目的さえ達成できれば、理由を完全に共有する必要などないのだ。

 飼育者としての、小さな、しかし確実な成長だった。

 

 その週の後半。

 最初は使い終わるたびに戸棚へ片づけていたデジタルスケールを、啓介はリビングの隅に「常設」することに決めた。

 毎日のように使うため、いちいち出し入れするのが面倒になったのだ。部屋の隅の壁際、人間の足の邪魔にならない位置に、白い板を置いたままにしておく。

 

 ある平日の夜。

 啓介は、ソファの横で洗濯物を畳んでいた。

 アカネは、リビングの床の少し離れた場所で、自分の宝物ポーチの紐を引っ張って遊んでいたはずだった。

 

 ふと。

『ピッ』

 部屋の隅から、電子音が聞こえた。

 

 啓介は洗濯物を畳む手を止めた。

 音のした方向、壁際を見る。

 

 そこには。

 常設しておいたデジタルスケールのド真ん中に、アカネがちょこんと座っていた。

 前脚をビシッと揃え。

 小さな翼を背中に完全に畳み。

 長い尻尾も動かさず、完璧な静止姿勢で、数字の液晶パネルの方向を見ている。

 

 啓介は、言葉を失った。

「…………」

 

 アカネが、顔を向けた。

 金色の瞳で、啓介を『じーっ』と見つめる。

 

「……おい。今日はもう、朝にちゃんと測ったぞ」

「あぎゃ」

 アカネは台の上から一歩も動かない。

 

 そして、アカネの視線が、極めて分かりやすい軌道を描いた。

 

 啓介の顔を見る。

 ↓

 キッチンの『冷蔵庫』を見る。

 ↓

 啓介の顔を見る。

 ↓

『冷蔵庫』を見る。

 

 あまりにも露骨だった。

 

「……お前、もしかして『おやつ』か?」

「あぎゃ!!」

 短い尻尾がパタパタと台の上を叩き始め、液晶画面の数字が激しく暴れ出した。

 

 啓介は、悟って天を仰いだ。

「お前……自主的に自分の健康管理をしてるわけじゃないな?」

「あぎゃ」

「あそこに乗れば、いつでも好きな時に俺から鶏肉が出てくる『魔法のおやつ台』だと思ってるだろ!」

「あぎゃあ!」

 

 もちろん、ここで「はいはい、偉いね」と鶏肉を出してしまえば、学習は完全に崩壊する。

 体重計が、単なる「おやつ自販機のボタン」になってしまう。

 

 啓介は、あえて動かずに首を横に振った。

「今日はもう食べたから、出ないぞ」

 アカネは台の上で、期待に満ちた目で待っている。

「出ない」

 待っている。

「……そこに乗ってても、追加のおやつは絶対に出ないからな」

 

 じーーーーっ。

 痛いほどの視線が、啓介に突き刺さる。

 

 十数秒の無言の根比べ。

 ついに、「今日は乗っても鶏肉は出ない」と悟ったアカネは、露骨に不満そうに「あぎゃあ……」と鳴いて、スケールから飛び降りた。

 床をトテトテと歩き、啓介の足元を登って膝の上によじ乗り、そこでクルンと丸まって寝たふりを始めた。

「切り替えだけは本当に早いな、お前……」

 

 しかし、事件は翌朝にも起こった。

 

 朝。啓介が起きてコーヒーを淹れていると。

『ピッ』

 また音がした。

 振り返ると、またしてもデジタルスケールのド真ん中で、アカネが背筋を伸ばしてお座りし、冷蔵庫の方を熱い視線で見つめていた。

 

「朝飯前から、店が開くのを並んで待つみたいにそこに座るなよ」

 そもそも、アカネに朝飯など必要ないのだ。妙におかしい日常のやり取りだった。

 

 啓介はノートを開き、今週の測定ログのまとめを書き残した。

 

『測定協力:極めて良好』

『自発的なスケールへの移動:習得』

『音声合図《はかるよ》への反応:高確率で確認』

『測定や機器に対する明確な拒否反応:現時点で確認されず』

 

 ここまでは、極めて優等生な記録だ。

 啓介は、少し考えてから、その下の『備考欄』に追記した。

 

『備考:対象個体は、体重計(スケール)を、【おやつの提供装置】ないしは【おやつ獲得のための特定の儀式台】と認識している可能性が極めて高い』

 

「……完全におやつ台だと思われてるな、これは」

 

 測定記録を整理した後、啓介は《創世札典》側のアカネの補助情報も確認した。

 バインダーの補助情報には、

『アカネ基礎生理データ:初回体重基準値を登録』

『家庭内環境における継続的な物理測定記録:開始』

 という記録が追加されていた。

 今後の比較に使える基準値が、現実側とカード側の双方に残れば十分だった。

 

 ノートの最後には、この数日間の測定値の数字が美しく並んでいる。

 

 初日の基準値。

 翌日、その翌日からの、一グラム未満から数グラム程度の小さな変動。

 どれも、食事や水の摂取量、トイレ、測定誤差の範囲に近い、見事な平行線の数字だった。

 

「少なくとも今のところ、鶏肉の試験開始後に明確な異常変化は確認できない、と」

 ただし、数日間のデータだけで安全を断定しない。これからも週単位、月単位で、この白い台の上で数字を追い続けていくことになる。

 

 夜。

 啓介はソファに深く腰掛け、スマートフォンで仕事のメールを確認していた。

 膝の上には、アカネが腹を見せて仰向けに近い姿勢で横たわり、啓介の指先を短い前脚で掴んでいる。

 

 部屋の隅には、白いデジタルスケールが静かに置かれている。

 啓介は、ノートに記録された平穏な数値を思い出して、膝の上のアカネの柔らかい腹部をそっと撫でた。

 

「お前の体重が増えるか減るか、これからも毎日、俺がちゃんと見ててやるからな」

「あぎゃ」

 意味は分かっていない様子で、アカネは眠そうに喉を鳴らした。

 

 数分後。

 ふと、アカネが立ち上がり、啓介の膝から床へとピョンと降りた。

 トコトコトコ、と小走りで部屋の隅へ向かう。

 

 そして。

『ピッ』

 またしても白いデジタルスケールの上に乗った。

 

 前脚をビシッと揃え。

 小さな翼をきれいに畳み。

 ド真ん中で、ちょこんと完璧なお座り姿勢をとる。

 そして、啓介の顔を見る。

 キッチンの冷蔵庫を見る。

 もう一度、啓介の顔を『じーっ』と見る。

 

「……だから、今日はもう店じまいだって言ってるだろ」

「あぎゃ!」

 

 言葉の通じない小さな竜との、終わりなき「おやつ台」をめぐる根比べの夜は、まだしばらく続きそうだった。




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